第8章 復讐者 /sect.4



 真田は中央コンピュータ室の当直と装甲板の製造業務すら航海班と機関部員に依頼し、技術班員を総動員して艦外補修に当たっていた。ボロボロになった装甲板を補修してワープが可能な状態に戻すまで、一切の休息は許されない。そのことは技術班の全員がよくわかっていた。真田は自らもレーザーカッターを手にして破損装甲板の切断作業に当たっていた。熟練した技師たちは、個別の指示がなくても各自の担当部署を着々と補修していく。しかし、エアー交換時以外休息なしという過酷な艦外作業は、確実に技師たちの体をむしばんでいった。
 作業時間が延べ50時間を超えたころ、ようやくヤマト本体の第一、第二装甲板の補修が終了し、ヤマトは戦闘後始めて、1200光年のワープを実施した。…しかし、このワープで、治療中だった重傷者三名が死亡し、過労状態だった技師一名が心臓発作を起こした。技師は命はとりとめたものの、容態は悪く、楽観を許さなかった。…それは一班の班長、山下だった。

 
「山下、許してくれ。…すべては無茶な命令をした俺の責任だ」
「私こそ、こんな大事なときにすみません。技師長、一班の班長は大石に、C班の代行は吉川にやらせて下さい」
「わかった。仕事のことは心配しないで治療に専念してくれ。おまえに何かあったりしたら技術班は成り立たなくなる」
 山下は少し笑ったが、すぐに苦しそうに眉をひそめ、目を閉じて言った。
「大丈夫ですよ…技師長さえご無事なら」
 真田は言った。
「いま、医療機械を増産中だ。砲塔の修理と併行で進めている。少なくとも6時間後の次のワープまでには機械でおまえの治療ができるようにするから、それまで頑張るんだ。いいな」
 山下は目を開けて真田を見ると、うっすらと微笑んだ。
「技師長のお約束は必ず実現しますから……私も頑張ります」
 真田は口元をひきしめてうなずき、部屋を駆け出していった。


 設計班は、ようやく完成した増産分の医療機械5台を艦内のうち最も敵の攻撃が届きにくいと思われる部署に分散して設置中だった。生死の境をさまよっている重傷者たちを一刻も早く治療する必要がある。4号機の配線を隔壁に接続しながら緑は思った。
(雪が危篤だなんて………早く、とにかく早くしないと)
「佐渡先生!設置終わりました!」
 叫ぶように報告すると、待機していたアナライザーがストレッチャーに載せた雪を押してくる。緑は機械に雪を移そうとするアナライザーを手伝った。痛みに雪がうめき声をあげて目を開く。
「う…うっ……緑……」
 雪の顔には血の気がなく、視線もどんよりとして生気がなかった。内臓損傷で危篤だという話は嘘ではない。緑は必死に笑顔を作った。
「雪、痛くしてごめん。もう少しだけがんばってね。これに入ればすぐ良くなるから大丈夫よ」
 雪は蒼白な顔でうなずいた。緑はもう一度、にっこりと笑いかけると、機械のハッチを閉め、スイッチを操作した。機械が着実なうなりを上げ始めたことを確認すると、緑はすぐに次の現場に走った。
(山下さんも重体だなんて…)
 しつこく続く眩暈と頭痛、締め付けられるような胸痛が、走り出したことでまた強くなり、波のように繰り返し襲ってくる。緑はテレザート離陸後、次元断層装置についての話を聞いた直後から、非番の時間に一人で携帯型の開発を続けるためにαー4を連用していた。公式の使用限界量を超えたころから症状が現れ始めて急速に進行し、それはデスラー戦後の不眠不休の補修作業によってもはや周囲に隠すことが困難なレベルにまで達していたが、いまとなってはどうしようもなかった。
 しかし、最後の五号機の設置場所に到着すると、既に青木が設置を終えていた。青木は振り向くといつもの明るい笑顔で言った。
「緑、設置はすんだよ。山下さんもいま入ってもらった。安心しろ、もう大丈夫だ」
 それを聞いたとたん、周囲の世界がぐらりと回転した。まずい、と思ったが、気がつくと床に頬を押しつけた状態で倒れていた。腕も指も、しびれたようになって動かせない。
「緑!大丈夫か、緑っ!」
 青木の声が遠くで聞こえる。視界に白い幕が下りてきて、やがて真っ暗になった。


 緑の意識がうっすらと戻った。
(暖かい…あなたなの?)
 誰かが緑を抱き上げて運んでいる。しかし、その胸の感触は真田のものとは違っていた。激しい痛みがふたたび頭に走り、目をきつく閉じて頬をそこに押しつけた時、緑は言葉が伝わってくるのを感じた。
(愛している。頼む、死なないでくれ)
 それは青木の声だった。緑は目を開いた。じっと見つめていた青木と目が合う。


 青木は緑を医務室に連れて行き、治療用のベッドに寝かせると腕にセンサーをつないだ。…こうしていると、1年前、コスモクリーナー始動後に仮死状態となり、蘇生した後に真田がここに連れてきてくれた時のことが思い出される。緑はさっき耳にした言葉のことを考えると何も言えず、ただ黙ってされるままになっていた。青木は真剣な顔で緑の額にセンサーを貼り付けている。検査を開始した後、青木は言った。
「山下さんのこともある。心臓とか脳に異常がないか、ちゃんと調べるまでは動かないでくれ」
 緑は小さくうなずいた。青木は必死に何かを抑えているように見える。緑は目をそらして視線を落とした。それを見た青木がはっとする。
「緑……聞こえていたのか」
 緑は目をあげた。青木は真剣な表情で緑を見つめている。その表情を見た時、緑は、これまで青木がとってきた冗談めかした態度や、不真面目にも見える発言は、ストレスで緊張した艦内の雰囲気を和らげ、本心を隠すための手段であったことを知った。
 青木は覚悟した様子で続けた。
「そうだ。…ずっとおまえのことが好きだった。だから、こんなのには耐えられない。頼むから無茶はしないでくれ。携帯型の開発は、おれがちゃんと進めておくから」
「青木さん…」
「俺だって男だ。おまえを抱きしめたいと思うことがないといえば嘘になる」
 青木は息を吐くと視線を外した。そして、わずかに微笑むと、また緑をみつめて言った。
「だけど、今のおれにとって一番大切なことは、おまえの笑顔を守ることなんだ。そのために全力でおまえと技師長を守ってみせる。技師長の命を守るために携帯型が必要だというなら、どんなことをしてでも白色彗星との戦いの前に開発するから」
 青木の言葉を聞くうち、緑の目には涙があふれていた。聞き取れないほどかすかな声で言う。
「ごめんなさい。わたし…あなたに何もお返しできないのに」
 青木は微笑んだ。それは包み込むような優しい笑顔だった。
「いいんだ。いつものように笑ってくれるだけで。…おれは技術班でピカイチの色男なんだぞ。そのうち、いつかきっと、お前が技師長を想うみたいにおれのことを想ってくれる、すてきな女が現れるさ。それまでは今のままで十分だよ」

ぴよ
2010年05月17日(月) 22時37分45秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんは。sect.4をお届けします。

昔,コバルト文庫の「さらば」のノベライズを読んだ時に,ユキの危篤の原因が出血多量だ,というくだりを読んで「なぜ献血しない,古代〜!」と思った記憶があります(そりゃ血液型が適合しなければ無理なんですが…)。ユキちゃんは左の脇腹を撃たれてましたが,あのへんにある臓器というと…膵臓か小腸?

第8章はこれで終わり,次回から最終の第9章「祈り」になります(タイトルから既に不吉ですみません)。
次章は展開の都合上,sect.10までの10回分割となる予定ですが,回数が多い分,1回あたりのテキスト量は従来より少なくなりそうです。こまぎれで恐れ入りますが,どうぞよろしくお願いいたします。

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No.2  Alice  ■2010-05-30 09:50  ID:aHgI8DiXyM.
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青木の想いがあまりにも切なくて…。
「ごめんなさい。あなたに何もお返しできないのに…」という言葉は、以前、告白する男を片っ端からお友達扱いしてきた緑が、真田さんを好きになったことで、人を愛する時の胸の詰まるような想いや片思いの切なさを知り、相手の気持ちを思いやれるようになったことの表れですね。
それにしても、真田さんといい青木といい吉川といい根岸といい、いい男は全て緑(人)のモノか…。(私の人生そのものだぜ(T_T))
No.1  メカニック  ■2010-05-18 10:12  ID:AtHRGSqYRU2
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青木くん、顔も心も男前ですね。ちょっとウルっときました
山下さんも雪も一時はどうなるかと思いましたが、回復できてよかったです。しかし、緑がα-4を使っていたとは…。
このことは真田さんは知っているのでしょうか…。まさか真田さんも…!!?
総レス数 2

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