第7章 上陸 /sect.2



「いよいよ来たな、古代」
 真田は囁いた。下り坂は終わり、横穴が続いている。右カーブの洞窟を曲がった先に、人工の通路とおぼしきものが見えていた。古代はうなずくと、手榴弾を手に持ち、小走りに前進して通路に投げ込んだ。古代と真田が床に伏せるのと同時に大爆発が起こり、通路部分から爆風が吹き出す。…爆風と煙がおさまった後、敵兵は一人も残っていなかった。断面が六角形の通路は壁や床が金属製で、突き当たりには分厚い金属製の扉があり、前進を阻んでいる。
「どうしましょう」
 困った表情で古代が振り返る。
「ちょっと待て」
 真田は周囲を見回した。どこかに開閉機構があるはずである。左側の壁面、ちょうど手を乗せられる位置に六角形の切れ目があるのを見つけ、真田は手をかざした。金属製の蓋がすっと開き、そこに開閉用らしきボタンが現れた。真田がボタンを押すと、正面の扉は電子音とともにゆっくりと上下に開いていった。
「ココガ、コノドウクツノ、シュウテンデス」
 アナライザーが言う。扉の向こうは、広大な地底湖だった。湖の中央あたりの上空に、ぼんやりと光るものがある。三人が前に進むと、光球は急速に輝きを増し、青白い洞窟内にまぶしい光を放ち始めた。明るさが増すにつれ、周辺の状況がわかってくる。…光の中心には、何度も映像で見た女が浮かんでいた。女の上方に1か所、周辺に4か所の合計5か所に、半球形の機械が設置されており、そこから投射された光が女を浮かび上がらせているようにも見える。真田は眉をひそめた。
(周囲のあれが映写機だとしたら、女はただの立体映像だということになるが…。それとも何かの幽閉装置だというのか?)
 真田が機械の形状からその機能を検討している間に、古代はどんどん湖の中に足を踏み入れて叫んでいた。
「テレサ…テレサだ!」
 古代はいきなりコスモガンを構え、テレサに向けた。真田は古代がテレサを撃つ気かと驚いたが、古代はどうやらテレサの周辺の機械を狙撃して破壊するつもりらしく、慎重に狙いを定めている。そこに、敵戦車を倒したのか、空間騎兵の斉藤が駆け込んできた。斉藤は眼前に広がる光景に度肝を抜かれている。古代は銃を発射した。5個ある装置のうち、テレサの真上にあった半球体が壊れ、金属的な音とともに崩れ去った。その瞬間、テレサの体から正視できないほどの金色の光が周囲にほとばしり始めた。
(やはり幽閉装置のたぐいだったのか。しかし、テレサが落ちてこないのはどういうわけだ。…それにこの光は)
 いぶかしむ真田の前で、テレサは光り輝きながらこちらを向いた。これまで送られてきた映像はすべて横顔ばかりで、正面からテレサの顔を見たのは始めてである。その顔を見たとき、真田は心臓が一回大きく鼓動したように感じた。内部から自力発光しているかのような金髪であることを除けば、テレサの整った容姿は驚くほど緑に似ていた。
…そしてテレサは声を発した。
《私は、テレサ。テレザートのテレサ》
 透明感のある声は直接脳の中に響いてくる。それは、緑との間で経験したテレパシー会話と同じ感覚だった。真田は茫然とテレサを見上げていた。古代も斉藤も、言葉もなくテレサを見つめている。



《私の、全霊を傾けた祈りに答えてくれたのは、あなた方だけでした》
 古代がようやく声を発した。
「テレサ。われわれは、あなたのメッセージに答えようと、必死でここまで来ました。あなたの警告の内容を教えてください」
 テレサは微笑んだように見えた。
《あなたがたは、白色彗星をご存じですね》
「ええ」
《あの白色彗星は、大きな楕円軌道を描いて宇宙を巡り、軌道上の惑星を侵略、植民地化して、全宇宙をわがものにしようとしているのです。私たちの母なる星がどのような目にあったか、お見せしましょう》
 テレサは手を差し伸べると空中に円弧を描いた。そこがスクリーンのようになり、映像が映し出される。…平和な惑星の上空に、白色彗星のものと思われる大型戦艦が出現した。戦艦は次第に高度を下げ、地表の住民は不安に逃げまどう。しかし、戦艦が大気圏に突入したと思われるころ、突然戦艦はまばゆい光と化して大爆発を起こし、惑星ごと何もかもが消し飛んだ。真田は戦慄した。
(これは…テレサが言っていた侵略とか植民地とか、そういう映像じゃない。これではまるで……戦艦が対消滅したように見える)
 テレサは手を振り、映像を消すと続けた。
《私はただ一人逃れたものの、彗星帝国に捕らえられ、この星に幽閉されてしまったのです。…彼らの次の目標は、あなたがたの地球です。あと20日で、彼らは間違いなく地球をあの火の玉に巻き込み、粉々に砕いてしまうでしょう。ヤマトよ、今こそ立ってください。それが地球を救うためならず、全宇宙のためなのです》
 テレサの言葉は謎に満ちていた。真田は考え続けた。
(何のためにこの女を一人だけ裸で幽閉したというんだ。なぜおれたちの艦名がヤマトだと知っている。…それに、地球時間あと20日で白色彗星が地球に到達するとなぜわかる)
 しかし、古代は若さからの素直さで、テレサに次々と問いかけていた。
「テレサ、われわれもそのために来ました。しかし、地球の科学力では、あの彗星の実体がわかりません。どうすればあの彗星を葬ることが。その方法を教えてください」
《あの火の玉のような高速中性子の嵐と、高圧ガスの帯の中に、人工の帝国があるのです。白色彗星を倒すには、まず白色に燃えるガス帯を取り払わなければなりません。でもおそらくそれは、ヤマトの波動砲をもってしても不可能なことでしょう》
「ではどうやって、どうすれば破ることができるのです?!」
 古代の問いかけは、叫びに近かった。しかし、テレサの答えは無情なものだった。
《それは私にもわかりません。しかし、いかに悪魔的な文明であろうと、所詮は人間の考えたもの。必ず弱点があるはずです。それを見抜くのがあなたがたです。宇宙を救おうとするあなた方の力によってしか、見抜くことはできません》
 真田は憮然としてテレサを見上げた。神々しく光り輝く姿は息が止まるほど美しかったが、その話の内容に真田は複雑な気持ちが沸き上がるのを抑えられなかった。
(ガス帯の中に帝国があるというのは貴重な情報だが…肝心の部分がこれでは何のヒントにもならん。地球到達予定日時やヤマトの波動砲のことまで知っているなら、もう少しましな情報をくれても良さそうなものだ)
 しかし、古代は魅入られたようになりながら湖の中に踏み込み、テレサに手を差し伸べた。
「テレサ、われわれと一緒に行きましょう!そして、白色彗星と戦いましょう!」
 テレサはうつむいた。
《私は、あなたがたに触れることはできません。私の体と、あなたがたの世界を構成する物質がふれあった時、お互いにエネルギーと化して大爆発を起こし、まわりにある全ての物が消滅してしまうでしょう》
 真田の脳裏に答えがひらめいた。
(反物質…!)
 それならさきほど見せられた光景についても説明がつく。…白色彗星が時空を超えて宇宙を放浪するうち、戦艦の一つが他次元にあった反物質の惑星と遭遇し、大気圏で対消滅を起こしたために惑星ごと文明が消滅したとすれば…
(しかし、反物質の人間を通常空間の人間が捕まえて幽閉するなんてことは不可能だ。しかも衣類は与えずに裸ですませるとしても、食事はどうしているというんだ。到底生命維持が不可能じゃないか)
 その時、真田は、テレサが幽閉機を破壊されてもふわふわと空中に浮遊しており、見かけの大きさが変化を続けていること、人間とは思えない光を発し、信じられないような強さの精神波を放つことが、ある結論を指し示していることに気づいた。
(自分は反物質だというようなことを言っているが、本当は精神生命体で、そのことにテレサ自身が気づいていないというだけじゃないのか?)
 一つの惑星、一つの文明が一瞬で崩壊した時に失われた生命の量は想像を絶する。その思念が集合し、強い力を持つ精神生命体として浮遊するようになったとしたら。そして、その精神生命体が、ある女性のアイデンティティをもとに、独立した自我を持つに至ったとしたら。…滅亡した住民の想念からして、白色彗星に恨みを持ち、白色彗星による破壊を止めたい、という思いはさぞかし強いことだろう。そして、おそらく、白色彗星の側でも、その強い精神エネルギーに恐怖を抱くに違いない。あの幽閉機は、精神生命体を異次元に閉じこめることを目的に作られた次元断層装置ではないか。テレサが強力な精神生命体だとしたら、宇宙の彼方にまで思念波を送ってきたことも、ヤマトについて何もかも知っていることも説明がつく。
(おそらくそういうことなんだろう。しかし、それだけ強い思念の集合体だとしたら、おまえは人間ではない、精神だけの存在だ、と指摘してもおそらく認めないだろう)
「反物質…あなたは反物質世界の人間なのですね」
 真田は事実ではないであろうことを承知で、あえてテレサに向かって言った。本当は、テレサが反物質なのだとしたら、大気が満ちあふれたこの洞窟内に存在していること自体、科学的に不可能なことである。
…自己認識のない精神生命体ではないかという真田の推測を裏付けるかのように、テレサはうなずいた。
《宇宙のいまの危機をお伝えすることはできても、手をとりあうことはできないのです。…私は、あなたがたのために祈り続けます。しかしそれは、ヤマトや地球のためだけに祈るのではありません。宇宙は広い。でも、一つなのです。私は、あなたがたが全宇宙のひとびとのために戦い抜く、その勇気のために、祈り続けます》 
 そこまで言うと、テレサの姿は急速にふくれあがり、真田たちを呑み込まんばかりの大きさになった。その後、急速に小さくなり、洞窟の天井付近にするすると後退すると、ふっと消え失せた。
(人が大勢死んだ場所には、強い力を持った「何か」が発生する。…子供の頃に聞いた幽霊話だ。それがあんなふうに光り輝く美人の姿だと、幽霊じゃなくて神様みたいに見えるということだな。しかし、何の情報もくれないにしても、あれだけ強い精神生命体がおれたちのために祈ってくれるというんだ。有り難いと思うべきなのかも知れん)
 真田はつぶやいた。
「そうか。…宇宙の愛、か」
ぴよ
2010年05月11日(火) 23時51分10秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんは。sect.2をお届けします。

かねてからアナライザーの某せりふにつきましては,1Gっぽいテレザートの中心までどうやって歩いて行くんだ,と批判の多いところでしたので,ごらんのとおりとさせていただきました。また,テレサの正体について,今回いささか強気なことを書いておりますが,われらが技師長が科学的に根拠のないことをおっしゃるはずはない,ということで,強行突破させていただきました。女神様としてのイメージを損なっておりましたら申し訳ありません。この場をお借りしてお詫び申し上げます。(30年来の技師長ファンといたしましては,真田さんの科学者としてのお立場のほうが重要だったんです…すみません)
m(_ _)m

次回から第8章「復讐者」です。どうぞよろしくお願いいたします。

この作品の感想をお寄せください。
No.3  Alice  ■2010-05-29 09:42  ID:6ChW.ZWEJzk
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テレサの正体について、いちいち納得です。「さらば」封切当時は、私も古代君と同じく純真だったので何も疑問は持ちませんでしたが、今、捻た大人の目で見ると、確かに????のオンパレードですものね。
強い想念の集合体、しかも怨念を抱いている…、姿は美しいけど、怖い。
だけど真田さん、「祈り」なんて科学的に実証できないモノ、信じるのかな。
No.2  ミュウ  ■2010-05-12 03:48  ID:/rKDRnAh3ks
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今回はぴよさんがテレサに対してずっと抱いてきた疑問と、その解釈を技師長に言わせたのかな〜と思いつつ読んでおりました^^
テレサは「精神生命体」。面白い解釈です!  緑と共通する部分が姿だけではなさそうな感じもしますネ。
No.1  メカニック  ■2010-05-12 00:57  ID:LMMpoHtVW8U
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真田さん、トコトン冷静ですね…。あの僅かなやりとりでテレサの正体を推測できるとは。
総レス数 3

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