第6章 テレザートへ /sect.2



 真田は古代、島ら各班のリーダーを通じて乗組員全員に土方からの情報を伝達させた。出航時に流れた参謀の反逆罪通告に、密かに不安を抱いていた乗組員は少なくなかったため、政府が公式に出航を容認した、という情報は乗組員らを非常に喜ばせた。特に、大量の新規乗組員を抱えたコスモタイガー隊の反応は著しく、隊長の加藤は驚喜した全員に胴上げされた揚げ句、その勢いで機体洗浄槽に放り込まれた。…全身泡だらけのびしょ濡れとなって出てきた加藤が、その後新人らを徹底的にしごいたことはいうまでもない。



 緑は当直交替時間になったことを確認した後、隊員服に着替えて設計室に向かった。…結局、当直シフトが一周するまでの間、真田は緑が勤務することを許さなかったため、ちょうどまる一日休養してしまった形となった。いま、一班はまた非番の時間に当たっているはずである。緑が設計室のドアを開けると、そこには青木と古賀がいた。古賀は青木に向かって何かを言っているところだったが、ドアの開く音に顔を上げ、驚いた表情で言った。
「おお、緑じゃないか!もういいのか?」
 緑は頭を下げた。
「長い間ご迷惑をおかけしてすみません。もう大丈夫です」
 その時、青木が立ち上がった。青木の目の周囲は真っ黒なクマになっており、ずっと寝ていないことが一目でわかった。長めの前髪も汗で額にはりついている。青木は手元にあった小さな装置を手にとると、緑に近づいた。心配そうな顔でのぞき込む。
「緑、ほんとに大丈夫なのか?あのとき、最後にすごく深層まで探査しただろう」
 緑は視線を落とした。
「技師長はずっと表層しか探査させてくださらなかったんですが、最後に私が自分でスライダーを動かして強度を上げてしまったんです。そのせいで表層域から出てしまったようです」
「それで、自我境界がおかしくなるとか、そういうことにならなかったのか」
「……それが、一度はそうなったらしいんですが…」
 緑はしばらくいいよどんでから、にこっと笑って言った。
「あのあと、何もわからなくなって、真っ暗で何もないところに一人でいました。そうしたら、そこに技師長が助けに来てくださったんです。ただの夢かもしれませんが…その後すぐに意識が戻りました」
 青木はじっと黙っていた。古賀が頭をかきながら言う。
「うーん、まさか技師長が人格サルベージというか、テレパシー治療までできるとは思わなかったな。あれ、確か、かなり成功率低かったはずだぜ」
「…もともと気持ちが通じてたからとか、緑のテレパシー能力が強かったからとかかもしれないな」
 青木は静かにそう言うと、手にした装置を緑に見せた。
「緑、おまえの深層データをもらったおかげで、精神波通信の解読装置を開発できたよ。これがあればおれたちのような凡俗でも、テレパシーとか精神波とかそういう通信を普通に聞けるようになる。表層意識で普通に受け取れるように、受信した情報を選択的に増幅する機構をつけたんだ。骨伝導で脳に届くように、補聴器みたいに耳にかける形にしてあるよ。これならヘルメットの時も大丈夫だろう」
 緑は目を見開いた。指先で装置を回して見ながら感嘆の声を上げる。
「ここまで小型化するなんて…ほんとにすごい発明ですね。こんな短時間に、よくこんな実用段階まで開発されて…」
 横から古賀が得意そうに口を出す。
「言っとくけど、現物組み立てはおれだぜ。こいつ、頭はめちゃくちゃいいんだけどさ、惜しむらくは手先がイマイチ不器用なんだよな。細かい部分の組み立てがうまくいかないって泣き付かれたから、コンピュータと精密機器の魔術師であるコガファクトリーの出番になったってわけさ」
 青木は古賀をじろりとにらんだ。
「おい、開発したのは俺なんだからな。おれは体育会系の健全な青春を送ってきたから、おまえみたいにプラモ組み立てとか顕微鏡系の米粒職人技術を培ってないってだけだ。よし、この解読装置は、アオキスペシャル…はもう使っちゃったから、アオキスーパーと命名するぞ」
「おいおい、青木、それじゃまるで特売の食料品屋だよ」

 ふざけ合う二人を前に、緑はにじんできた涙をそっと拭った。青木がそれに気づいてびくっとする。
「どうした、緑」
 緑は目元を押さえながら微笑んだ。
「ほんとうにありがとうございます、青木さん、古賀さん。大変だったでしょうに、こんなにしていただいて…。これでもうあの機械に座らなくてもいいし、テレサからメッセージが入ったときに、第一艦橋ですぐに対応できると思うとうれしくて…」
 青木は緑の顔を見て黙り込んでいる。古賀はいつもの軽い調子と全く違う青木の反応に何かを思った様子だったが、すぐに明るい声で言った。
「そうそう、実用テストのために、さっきこれをつけてテレサのメッセージ聞いてみて仰天したんだけどさ。テレサって、緑に顔がすごく似てるだろう」
「え……そ…そうですか?」
「うん。おれ、いままではさ、ピンボケ画像しか見えないし、おお、裸だ裸だ、と思って身体ばっかり見てたんだけど、今回はじめてクリアな映像を見てみたら、こりゃあ黒髪にしたら緑と同じ顔だなあって思ったよ。…それとも人によって違う顔が見えてるのかな。そんなはずないんだけど」
 青木は無言で解読装置を耳にかけるとスイッチを押した。何度も聞き慣れたテレサのメッセージが流れる。目を閉じてメッセージを聞いていた青木は、しばらくしてからスイッチを切ってメッセージを停止させ、驚いた表情で目を開けるとあらためて緑の顔を見た。
「ほんとだ。…すごく似てる」
 緑はうろたえて真っ赤になった。
「誤解です。だいたい、そもそもあんな裸の…」
「いや、ほら、似てるっていっても体じゃないから」
「そうそう、緑のほうがあんなやつよりずっと胸大きいって」
 フォローしようとして墓穴を掘ったと二人が気づいた時には、既に緑は顔を両手で押さえて設計室を駆け出していた。青木は古賀に向かって毒づいた。
「おまえ、いったい緑のどこを見てるんだよ、変態!」
「だってそうだろ、去年よりずっと胸が大きくなっててさあ。あれに気づかないやつなんていないって。おまえだってずっとちらちら見てただろう」
「だからってわざわざ本人に言うことないだろうが。これからどの面下げていっしょに仕事しろっていうんだよ!だいたい、これが技師長に知れたら間違いなく殺されるぞ」
 青木の言葉に古賀はぎくっとして視線を泳がせた。
「本当だ。めちゃめちゃやばい…」
「それみろ!」
 青木はそう叫ぶと、コンソールに突っ伏して頭をかきむしった。
「ああ、緑のためにと思って寝ないで作ったのに…これじゃせっかくの努力がパアじゃないか!」
ぴよ
2010年05月06日(木) 00時38分22秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんは。今回は青木・古賀チーム編です。
まだ10代ということで,かねてから皆様に某所の成長ぶりをご指摘いただいていた緑ですが,今回,KYな同僚からもろに指摘される次第となりました。…といっても,技師長が殺人に走る,ということはない予定ですが(汗),アオキスーパー関連では次回以降,いろいろと派生問題が生じる見込みです。

なお,機体洗浄槽から出てきた加藤くんとそれを取り巻くブラックタイガーチーム,という挿絵も途中まで描いたのですが,どうも納得がいかないため,先々,もしうまく描けたら追加する,ということにさせてくださいませ。

それでは,どうぞよろしくお願いいたします。

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No.2  Alice  ■2010-05-21 10:32  ID:ZcWG01oTM2I
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なんだか楽しい雰囲気ですね。セクハラ発言なのに、なんでこんなに微笑ましい感じがするんでしょう…。
本来ならばお気楽な学生生活を謳歌しているような年ごろの彼ら、血なまぐさい戦場ではなく、明るいキャンパスではじけさせてあげたい…なんて思ってしまうのは、私が年をとった証拠でしょうか。すでに母の眼差しです(^^ゞ
No.1  メカニック  ■2010-05-06 09:56  ID:xnkT4ugxNqA
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泡だらけの加藤くんの怒号「お前ら〜!!!」が聞こえてきそうです(^^)
古賀くんのコガファクトリーと、青木くんのアオキスーパーはグッジョブでしたが、その後のデリカシー0発言で真田さんからできたばかりの精神波通信解読装置の試験を兼ねて
女心を理解する訓練を受けさせられるかもしれませんね(私を含め(^^;))
総レス数 2

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