第5章 敵影 /sect.4






 心理探査室に入った山下と青木は、モニター上でスクロールを続ける銀河の画像の鮮明さと美しさに感嘆した。
「緑の予知ってどんなものなんだろう、と思っていたけど、いつもこんなすごい映像を見ているんでしょうか」
 青木がつぶやく。山下はデータをカプセルに落とし込みながら暗い表情で言った。
「そうなんだろうな。…しかし、これだけ鮮明に抽出するには相当深くまで探査したような気がする」
「…え?」
 山下は顔を上げた。
「あまり深くまで探査すると、自我が奥に沈潜してしまって出てこなくなり、廃人になるおそれがあると聞いたことがある。…テレパシー療法、とかいう治療法があるとも聞いたが、ヤマトにそんな超能力者がいるわけはないし…大丈夫なんだろうか」
 青木は真っ青になっていた。いつもおちゃらけた言動の多い男だったが、今の表情を見ていると本当の気持ちがどこにあるのかわかる気がする。山下は青木の肩を叩いた。
「青木、アトラスは頼んだぞ。緑が命がけで抽出したデータだ。一刻も早く発信源をつきとめよう」
 青木は真剣な表情でうなずくと言った。
「場所の特定が済んだら、精神波通信のメカニズムの解析に入ります。解読器ができれば、緑にこんな辛い思いをさせなくても、すぐに意味がわかるようになるはずです」
「そうだな。技師長もきっとそのおつもりでこういう形でデータを残されたんだろう。全てのデータがメッセージとリンクしてある。…作業がすむまでお前の当直は解除しておくから、設計室をずっと使っていていいぞ」
「ありがとうございます、山下さん!」
 青木は敬礼するとカプセルを受け取り、部屋を駆け出していった。



 真田は緑を抱いて自分の船室に入り、ドアを閉めた。緑をそっとベッドに寝かせ、隊員服を脱がせる。緑は何をされてもぐったりとしたままで、意識が戻る様子はなかった。下着姿で横たわっている緑を抱き起こして自分のTシャツを着せ、もう一度横にして頭を枕に乗せてやってから、真田はコンソールに駆け寄った。
(確か、テレパシー治療とかいうのがあった筈だ。…あれはどういう方法だったのか)
 検索して出てきた文献を読んだ真田は眉をひそめた。こんなことが実際にできるとは信じ難い。しかし、他に方法はなかった。真田はベッドの横に戻り、ひざまずいた。
(俺にテレパシーだとか超能力だとかそういう素養があるとは到底思えない。しかし、少しでもそんなものがあるとしたら、たぶん前頭葉付近から出ているはずだ)
 真田は緑の額から髪を払いのけると、自分の額を重ねた。必死に念じる。
(緑、聞こえるか。おれだ。真田志郎だ。戻ってこい。こっちへ戻ってくるんだ。おまえが戻るのを待っている)



 緑は真っ暗な闇の中をさまよっていた。時折、戦死者の無惨な死体がすぐ脇を流れていく。ふと視線を降ろして自分の手を見ようとしても、手がどこにもなかった。動揺して見回しても、体自体が全く見えない。
(私、死んだのかしら……身体がないわ)
 歩いても歩いても、ふわふわと雲を踏むような感覚があるばかりで前に進めない。鈍い頭痛だけがしつこく続いており、それが唯一、自分の存在を感じるよすがになっていた。
(苦しい…このままずっとここにいるしかないのかしら…)
 何かを考えようとしても自分の名前すら思い出せない。叫ぼうとしても声が出せなかった。絶望感に押しつぶされそうになっていたその時、遠くから声がした。
(緑!)
 はっとして声の方向を見る。彼方に小さな光が見えた。
(あれは……私の名前だわ…)
 光と声の方向に行こうとすると、心なしか足元に地面のようなものが感じられるようになった。走ろうと努力するうち、全身の感覚がよみがえってくる。その時、声が叫んだ。
(聞こえるか。おれだ。真田志郎だ)
 その名前を聞いた時、ぼんやりとしていた緑の意識が急速に収斂した。光は爆発的にふくれあがりながら近づいてくる。緑は光の中に身を投げた。まぶしい光の中で、なくなっていた自分の身体が戻ってくる。光の中央に真田の姿を見て、緑は駆け寄った。


 必死に念じ続けていた真田は、腕の中の緑がかすかに動いたのを感じて顔を上げた。緑の瞼が震えている。真田は緑に覆い被さり、抱きしめると大声で叫んだ。
「緑、戻れ、戻ってこい!」
 緑の手が動き、真田の首を抱いた。真田ははっとして緑を見た。まぶたがゆっくりと開き、真田を見つめる。真田は緑の頬に手を当てて言った。
「大丈夫か、おれがわかるか」
 緑はゆっくりとうなずいた。
「…あなた……」
 そう言うと緑は目を閉じ、自分の頬に当てられた真田の手にそっと頬ずりした。
「助けに…来て…くださって…ありがとう…ございます」
 真田はただ黙って緑を見つめている。緑はつぶやいた。
「闇の中で、あなたの…お声が………」
 そこまで言うと、緑は力なく枕に頭を落とした。真田は心臓がぎゅっと収縮したかのような衝撃を感じたが、緑の呼吸や脈拍に問題はなく、極度の精神疲労から眠ってしまっただけだと思われた。…真田は安堵のため息をついた後、緑をきちんとベッドの中央に寝かせて掛け布団をかけてやり、机の前から椅子を引き寄せ、そこに腰を下ろすとじっと見守った。
ぴよ
2010年04月29日(木) 11時26分22秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは。sect.4をお届けします。

前作のころから,山下さんと古賀くんがお気に入りでした(そのわりに絵が少ないですが)。今回,山下さんはどアップとしては初デビューとなります。渋めの大人,という感じなのですが…若いころの山本学(旧作の白い巨塔のころ)みたいなイメージでおります(笑)。

そろそろこれから青木くんが頑張り始めます。どうぞよろしくお願いいたします。

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No.3  煙突ミサイル  ■2010-12-17 00:13  ID:t.3XWgQsmHk
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こんな場面で不謹慎ですが、この真田さんの表情、なんか好きです!
ああ、全く不謹慎だわ・・・。
しかし、科学者だと思っていたら、こんな非科学的(?)な方法も
取れるとは、やはりすごい人だ、真田さんも緑ちゃんも!!(号泣)
No.2  Alice  ■2010-05-20 11:27  ID:RsZmjQ4olvo
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精神波通信の解析をして、解読機も作るって…、青木君も天才かも!ヤマトを支えているのは、やっぱり技術班のみなさんなんですね。
 
真っ暗な中で精神だけがさ迷っている状態は、とてつもなく怖いと思います。真田さん以外の人が呼びかけても、緑は戻ってこれたのかな…?たぶん無理だったでしょう。そんな怖い所から抜け出せて、よかったね、緑。
No.1  メカニック  ■2010-04-29 17:31  ID:LMMpoHtVW8U
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緑、戻ってきてくれて良かった!真田さんと緑の絆はやはり深いですね。
初登場の山下さん渋めのいいお兄さんです。
総レス数 3

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