第5章 敵影 /sect.1



 月面基地の航空隊駐屯地では、パイロット達が夜通し地球からのテレビ放送にかじりついていた。報道番組「今日の地球」の特別放送は深夜まで及び、白色彗星の接近や不審機の出現について政府が国民に秘匿していたのは、総選挙を有利に運ぼうとする与党の陰謀である、このような政府には危機管理能力がない、といった論調で、有識者らが批判的な論陣を張っていた。番組は午前3時過ぎに終わり、芸能関係の深夜番組が始まったものの、そこでは、芸能ニュースとして、古代進が昨日急遽ガニメデ基地に出航を命じられたため、2日後に予定されていた古代と雪の結婚式が中止見込みとなったこと、このため結婚式の特別中継もできなくなったことなどが取り上げられていた。ゲストとして出演していたタレントは、へらへらと笑いながら言った。
「やっぱり、これはアレでしょう。ヤマトを廃艦にして見せ物にするなんて決定に、熱血漢の元艦長代理が納得するわけがないから、体よく地球から追い払ったんじゃないんですか。…しかし、あの森雪さんの花嫁衣装が見られないなんて、ぼくは実にザンネンだなあ」
 興味本位の内容に、加藤が腕時計を見ながらそろそろ仮眠をとりにいこうかと立ち上がった時、根岸が駆け込んできた。…根岸は月面司令部から離れた駐屯地に事情を知らせに行っていたのである。
「根岸、あけの海のほうはうまくいったか」
 加藤の問いに、根岸は額の汗をこぶしでふきながら嬉しそうに答えた。
「はい。山本たちも全員賛同してくれました。もし司令部からヤマトの迎撃を命じられたら、従うふりをしてヤマトに合流する、という話になってます。…実は、ヤマトの乗組員じゃなかった連中まで、今日のテレビを見て興奮してしまって、一緒に行くと言ってきかないんですが」
 加藤はにっこり笑った。
「いいさ。艦載機は多いほうがいいんだ。もし格納庫に入り切らなかったら、真田さんがなんとかしてくれるよ。こっちでも新人含めて全員参加だぞ。…これで地球防衛軍の艦載機部隊は、ヤマトが出て行った後にはもぬけのカラ、ってことになるな。よーし、これでできることは全部やったぞ」
 そう言うと、加藤は力強く根岸の肩を叩いてから、談話室のテレビの前に群がっているパイロット達に向かって怒鳴った。
「おい、パイロットが夜更かしというのは感心しないぞ。ヤマトが発進したら、どうせ司令部から迎撃命令がくるんだ。おまえら全員、早く寝てこい!」


 ヤマトは発進後、順調に高度を上げ、間もなく大気圏を脱出した。…真田が懸念していた巡航ミサイルによる攻撃や、防衛衛星によるレーザー攻撃は一切されなかった。真田は、第一艦橋の艦内管理席で、ヤマトを攻撃することが可能な地球周辺の軍事施設や、近くにいる防衛艦隊の状況を調査しながら考えていた。
(もう長官も出航許可の決裁文書を目にしているころだ。…あれだけ何もかも報道されてしまった以上、ヤマトの出航は実は長官の秘密指令によるもので、政府も実は白色彗星対策を怠りなくやっているんだ、ということにしたほうが、むしろ世論の受けはいいはずだが…。結局は与党がどう出るかが問題だな。出航の時に反逆罪だと騒いでいたのが総参謀長の一存であればいいんだが)
その時、太田が緊張した声をあげた。
「飛行編隊確認。急速接近中!」
「ビデオパネル、チェンジ!」
 古代が言うのと同時に、第一艦橋中央のパネルスクリーンに映像が映し出された。くさび形の編隊を組んだ新鋭機、コスモタイガーがまっすぐヤマトをめざして飛行してくる。機影は相当な数で、ヤマトが前の航海で搭載していたブラックタイガー隊の数を超えると思われた。
「艦載機だ。…月基地から発進してきたな」
 そう言いながら、真田は手元のディスプレイでヤマト周辺の電波状況を確認した。太陽風がやや強いせいか、地球磁場との干渉で電波状態は決して良くない。
(加藤が来てくれたなら、まず通信をよこすはずだが…これでは受信自体が厳しいぞ…)
 艦載機群からはまだ何の通信も入らない。南部が不安そうに言った。
「まさかこっちを攻撃してくる気じゃないだろうな」
(…この沈黙が太陽風のせいならいいんだが)
 そう思いながら、真田は低い声で言った。
「わからんぞ。われわれは反逆者だからな」
 第一艦橋に緊張が走る。南部はそれをまぎらそうとするかのように、おどけた口調で言った。
「冗談じゃない。同士討ちなんてごめんだぜ!」
 通信班長の相原は、艦載機群と連絡をとろうと必死に受信装置を調整している。しかし、何の通信も入らないまま、コスモタイガー隊はヤマトとの距離を縮めつつあった。
「距離8000、有効射程距離に入りました」
 太田の報告に古代は決断した。
「総員、戦闘配置につけ!」
 聞き慣れた第一戦闘配置のサイレンが鳴り響く。艦内では乗組員たちが持ち場に走っているはずだった。その時、パネルスクリーンに映った先頭の一機が、翼を大きく振るような動きをした。第一艦橋の全員が相原の手元に注目する。
…相原はダイヤルを調整してヘッドセットを耳に押しつけ、確認した後、受信内容を第一艦橋に解放した。
「こちら、元ブラックタイガー隊長、加藤三郎!着艦を許可されたし!」
 第一艦橋に歓声がわきあがった。


「何をもたもたしとるか!早く着艦口を開けろ!」
 加藤の陽気な怒鳴り声が無線で格納庫に響く。着艦口が開くと、加藤に続いて、山本や根岸ら、歴戦のメンバーが次々に着艦した。
「加藤、山本!」
 古代と真田、南部と太田は、第一艦橋からベルトウェイを走って駆けつけた。加藤はキャノピーを開けてコクピットからひらりと飛び降り、古代の手をしっかりと握った。
「ひどいぞ、おれたちを置いていくなんて」
 古代は笑いながら答えた。
「すまんすまん、突然のことでしかたがなかったんだ」
「月面基地でもどエラい騒ぎだぜ。ヤマトが謀反を起こしたってな」
 加藤の言葉に、周りにいた一同は大笑いした。加藤は古代から真田に視線を移し、にっこりすると言った。
「真田さん、ヤマトに乗ったことのない新米パイロットもみんなついて来ちゃったんです。コスモタイガーの数がハンガーより多くなると思うんですが、なんとか格納庫にきちんと入るようにしていただけませんか。みんな、やる気は満々ですから」
 真田は苦笑した。
「なんだって。…わかった。突貫工事で追加のハンガーを作るよ。隔壁を一部ぶち抜く必要があるかも知れんが、なんとかなるだろう」
「すみません。よろしくお願いします。なにしろ、今度の相手はものすごい強敵みたいですからね。月面基地で見かけた不審機も、信じられないような速さで逃げていきました。…だから、味方は一機でも多いほうがいいと思うんです」
 加藤の言葉に、真田は真顔でうなずいた。その時、根岸がコクピットから降り立った。真田は根岸に歩み寄り、根岸がヘルメットをとると笑顔で手を差し出した。
「根岸、今回も本当に世話になった。いつもありがとう」
 根岸は真田の手を握り返した後、白い歯を見せて爽やかに笑った。
「こちらこそ、ああいう時に連絡する相手に選んでいただいて光栄です」
 真田は少し申し訳なさそうな表情になって言った。
「いや。…それにしても、突然わかりにくいメッセージを送ってすまなかったな」
 根岸は笑った。
「実は、最初は真田さんと緑が司令部に拘束されたんじゃないかとか、悪いことばかりあれこれ考えてたんですが、隊長が謎解きしてくれました。それに、テレビでひっきりなしにニュースを流してましたからね。…今朝7時過ぎに司令部から、ヤマトが地球連邦に対して反乱を起こしたという通知が来て、全員戦闘態勢で迎撃せよ、と命令されたんです。基地じゅうが反乱だ、反乱だって大騒ぎしてましたが、こっちはあのメッセージをもらってたので、夜のうちにパイロット全員に話をしてありましたから、素直に出撃するふりをしてこちらに合流することができました。本当にありがとうございます」
 南部はそれを聞いて、眼鏡を押し上げながらつぶやいた。
「月面基地に迎撃命令が出たんだ。…しかし、テレビでは朝になってからもヤマトが反乱したというニュースは全然流れてないけど」
 それを聞いた古代は眉を吊り上げた。
「おい、南部。おまえ、俺が必死でヤマトを操縦してた時に、実は第一艦橋で悠長にテレビなんか見てたのか?」
「え、いや、サブモニターで消音してトレースしてただけですよ。ほら、情報収集の一環として…」
 慌てる南部とむくれる古代を見て、周囲のみんなが爆笑した。加藤は笑いながら言った。
「南部、第一艦橋でテレビ見てたなんて沖田艦長にばれたら、間違いなく一人で格納庫の大掃除だぞ!」


ぴよ
2010年04月24日(土) 17時45分07秒 公開
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■作者からのメッセージ
いつもお読みいただいてありがとうございます。この第5章から後編の始まりです。
表紙がなにやらとても不吉な感じになってしまって恐縮なのですが……やっぱりそこは「さらば」ですので,この先…うにょうにょ。

さて,BT隊のメンバーが出てくると,つい枕詞のように「爽やか」を使ってしまうのですが,みんな本当に爽やかの国から爽やかを広めにきたようなナイスガイですよね。真田さん以外のクルーでは1,2を争うぐらい,とっても大好きです。体育会系の極み,といいましょうか…(笑)
ということで,後ろのほうで恐縮なのですが,今回はナンバー2の山本くんも描かせていただきました♪

この作品の感想をお寄せください。
No.3  煙突ミサイル  ■2010-11-11 20:33  ID:t.3XWgQsmHk
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この古代君と南部君の表情が好きですね〜。
第一艦橋でテレビを観ることが出来たとは知らんかった。
今回はニュースだったからいいようなものの、
まさか南部君、他のものも観てなかったでしょうね!?
No.2  Alice  ■2010-05-15 08:38  ID:qfj6MjNL4/k
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「今日の地球」…って(^^ゞいろいろな組織が国家単位ではなく地球規模なので、報道番組もそんな感じなのでしょう。「地球の四季」とか「おはよう!地球」とかもあるのかな。

ふと思ったのですが、加藤君と根岸君は同期ですよね。でも根岸君はたとえ同い年の上官にでもきちんと敬語を使っている…、復活編では上下関係めちゃくちゃのタメ口が横行するというのに。わずか10数年で軍の風紀がここまで変わるのには、なにか理由があったのでしょうか...。

爽やかの国、私もそこの住人になりた〜〜〜い。(やっぱり山本が一番いい男♪)
No.1  メカニック  ■2010-04-25 14:00  ID:iyCGIiSgNpw
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最初の挿絵を見たときドキッとしてしまいました。都市帝国が不気味に浮かび上がり緑が悲痛な表情を…。まさか真田さん!?
BT隊も合流しヤマトも万全の体制になりました!これで安心です。
出撃早々に真田さんは大仕事を抱えてしまいましたが、実は「こんなこともあろうかと思って」の名台詞と共に
拡張した格納庫がすでに出来上がっていたとかいないとか…。
みんなの和やかなやりとりもいいですが、やはり南部くんはこの後古代くんからキツイ?罰を受けたのでしょうね。
総レス数 3

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