第9章 祈り /sect.9





 真田は緑を点検口の奥に運ぶと背中から装置を外し、肩の傷口を補修テープできつく縛って止血した。エネルギー吸収機構を動力炉の内壁に接続する。
 転送装置は直方体だが、下側を開くと折りたたんである部分を大きく展開できる構造になっており、脱出時にはその部分に乗って転送を受けるようになっていた。真田は緑の基本設計を見て転送装置の構造や操作方法を知っていたが、新しい装置が追加されていることに気づいて手に取った。
 …厚さ10センチ程度の細長い箱は、長めのコードで本体と接続されている。
 真田の傍らに横たわっていた緑は、それを見ると切れ切れに言った。
「それは…ビームバリアです。エネルギー充填を待つ間…入口に展開して…防御に使ってください」
 真田はすぐに動力炉の入り口に装置をセットした。スイッチを入れると、空間磁力メッキのような膜が入り口を覆う。真田は動力炉の奥に戻った。要塞破壊用の対消滅転送設定を入力する。緑は苦しそうに浅い呼吸を続けている。すべての設定を終えると、真田は緑を抱き上げ、装置の上に移動した。エネルギーの吸収にはあと四分ほどかかる。真田はヤマトへの通信スイッチを入れた。
「ヤマト。こちら真田だ。対消滅装置が届いたので、今から四分後に対消滅を起こす。大至急都市帝国から10宇宙キロ以上離れてくれ。転送で脱出するから救助を頼む。転送先はポイントA600だ。青の発信器をつけている。以上だ」
 真田は通信を終えると緑を見た。緑の唇は真っ青で、こうしている間にも体が冷えていくのがわかる。
(肩の出血が止まっていないのか…?)
 真田は緑の傷口を片手で圧迫し、ヘルメットの上からバイザーを叩いた。
「しっかりしろ、緑!」
 緑は薄く目を開いた。
「…すみません…お届けするのが…こんなに…遅れて…」
 真田はかぶりをふった。
「許してくれ。俺こそ、おまえをこんなところまで来させて……おまえが大工作室で死んだと思っていたんだ。圧迫止血しているから、もうすぐ出血は止まるはずだ。頑張れ」
 緑はわずかに首をふった。静かな声が聞こえる。
(さっきの転送のとき…たぶん、胸部で分子対消滅を起こしました…それで…)
「な…なんだと……」
 真田は蒼白になりながら転送装置のメーターを見た。めまぐるしく変化する数値は、あとわずかで充填が完了することを示している。真田は転送開始に備え、装置からはみ出さないよう緑を膝に乗せて抱きかかえた。
 緑は真田の肩に頭をあずけ、ゆっくりと目を上げて真田をみつめた。
(…この一年間、ほんとうに幸せでした……ありが…とう…ございまし…た)
 もうよく見えていないのか、言葉もなく見つめる真田の前で、緑の目は急速に焦点を失っていく。緑はかすかに微笑んだ。
(……………あなたに…お会い…できて……)
 ささやくような声が途切れ、緑は眠るように目を閉じた。真田は絶叫した。
「馬鹿野郎!まだ二人でしなければいけないことがたくさんあるんだ。こんなところであきらめるんじゃない!」
 その時、転送装置からエネルギー充填完了を示す電子音が響いた。脱出用転送に続いて破壊用の対消滅が発生するはずである。真田は装置の上で緑を抱きしめてスイッチを入れた。


ぴよ
2010年05月30日(日) 09時36分47秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは。sect.9をお届けします。

長いお話にこれまでずっとおつきあいいただいて,まことにありがとうございました。
残りあと1話となりましたが,最後までどうぞよろしくお願いいたします。

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No.2  Alice  ■2010-06-25 13:32  ID:GJRPD.o9Lw.
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こんな所で、お別れの挨拶は、やめて〜〜〜。
胸で分子対消滅を起こしているのに、転送直後にバズーカを撃ったんですね。緑は戦闘班所属でも、十分やっていけるかも。(真田さんの心労は一挙に一万倍ですけど(^^ゞ)
余談ですが、もし転送装置から足や腕がはみ出していたら、その部分は置いてきちゃうんでしょうか…?
No.1  メカニック  ■2010-05-31 14:02  ID:AtHRGSqYRU2
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緑…! 緑……!! 緑ぃ〜〜〜…!!! しっかりするんだ!目を開けろ!!頼む〜!!!!
総レス数 2

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