第9章 祈り /sect.5





 真田は出撃前に山下に連絡した。…山下は医療機械の力で命をとりとめ、業務に復帰していたのである。
「山下、今から都市帝国の動力炉を破壊しに行く。動力源が止まれば、全ての動きが止まるはずだ。そうすれば、次元断層バリアもなくなる。それを待って、5トン以上ある物体を瞬間物質移送機で都市帝国の中心に移送しろ。中央部には戦艦が隠してあるかもしれん。必ずそこを狙って送り込むんだ。それから、移送するときにはヤマトは10宇宙キロ以上後退して、爆発に巻き込まれないように気をつけろ。いいな」
「技師長!」
「スキャナの操作を頼む。破壊されないよう、しっかり管理してくれ。内部に侵入したらあれだけが頼りだ。何かあったら精神波通信で知らせてくれ。おれの発信器は青色にしてある。古代は赤だ」
 真田はそこまで言うとインターコムを切り、古代の待つカタパルトに向かった。
(緑…待っていろ。おれもすぐに行く)



「う…」
 どれぐらい時間がたったのかわからない。駆け寄ろうとする青木の姿を見た直後、すさまじい衝撃と熱波が襲いかかって、緑は何もわからなくなっていた。ただうつぶせになって転送装置を抱きしめていたが、耳元で囁く声に次第に意識がはっきりしてきた。
「緑…緑…」
首をひねって背後を見ようとすると、緑の背中には青木が完全に覆い被さっていた。青木はゆっくりと肘で体を浮かせようとしている。
「あう……っ」
 青木が苦しそうにうめき声を上げた。はっとわれに返ると、緑の周囲は血の海になっていた。青木の隊員服は背中からの血で真っ赤に染まり、今も脈動に合わせて血が噴出している。…青木は第2弾の直撃の際に緑におおいかぶさり、破損した装甲板の破片を背中で受け止めたのだった。
「あ…青木さん!」
 緑は叫んだ。青木は苦しい息をしながら両肘で体をもちあげ、緑が体を回せるようにした。緑は装置を脇にずらして仰向けになり、青木の顔を見た。…破片が肺に達しているらしく、鼻と口からも鮮血が流れ出している。背中は大小の鋭利な鉄片で針山のようになっていた。青木は咳き込みながら言った。
「早く、行け…」
 唇をかんでかぶりをふる緑に、青木は続けた。
「技師長、を……間に合わなく……なる…」
 緑は泣きながら叫んだ。
「青木さんっ!」
 青木はかすかに微笑んだ。
「泣いちゃ…だめ…だ」
 青木の力が抜け、片方の肘ががくっと崩れて緑におおいかぶさった。緑は泣きながら青木の首を抱きしめた。
 青木は緑の肩に顔をうずめたまま、ほとんど聞き取れない声で言った。
「ありが…………さい…ごに………おまえ…を…………よかっ……」
 そして青木の全身から力が抜けた。
 青木を呼び続ける緑の声が、廃墟となった真っ暗な工作室に響いた。





 吉川と新米は山下の指示で第三艦橋に降り、スキャナの情報管理を担当していた。
「もし第一艦橋がやられても、ここがあればスキャナの情報を技師長に送ることができる。…技師長が無事に要塞からお帰りになるためには、おれたちがここを守り抜く必要があるんだ」
 新米は黙ってうなずいた。…緑たちが新兵器を組み立てていた大工作室が2発の直撃弾によって完全に壊滅したこと、真田が決死隊として出撃したことは既に技術班全員が知らされていた。
 吉川は表情の失せた顔で、ひたすら感情を抑えてコンソールに向かっている。新米はスキャナからの電波を受信する装置を点検しようと壁面に歩み寄った。
 その時、すさまじい轟音と衝撃が襲い、新米は床にはねとばされた。全身が痛む。振り向くとスキャナが設置されたのとは反対側の隔壁が直撃弾で破られていた。1メートルほどの破裂口から、すさまじい勢いで艦橋じゅうの物が吸い出されていく。吉川は床に倒れたまま動かなかった。
 新米はとっさにシャッターの位置を探した。破れた隔壁を閉鎖するためのシャッターは2メートルほど向こうにある。しかし、シャッターの手前側にある開閉ハンドルは、直撃弾の破片で破壊されてメチャメチャに壊れていた。残る開閉装置はシャッターの向こうにあるものしかない。
 新米は倒れている吉川の姿を見た後、歯をくいしばって全力でシャッターの向こうの開閉装置まで走った。目を閉じて力一杯ハンドルを引く。瞬時にシャッターが降り、新米の周囲は暗黒に閉ざされた。


 吉川はシャッターの閉まる音に意識を取り戻し、はっと顔を上げた。…そこに新米の姿はなかった。壊れた開閉装置を見て、吉川は何が起きたかを悟った。血が音を立てて逆流する。
「新米、新米っ!」
 吉川はシャッターに駆け寄って叫んだが、向こう側からは何の音もしない。吉川はあふれ出た涙が頬をつたうのを感じながらコンソールに戻った。スキャナの管理システムはまだ生きている。
 吉川はインターコムをつかんで山下に報告した。
「こちら第三艦橋、吉川。…直撃弾を受けて大破しましたが、スキャナ管理システムは健在です。観測を続けます」


ぴよ
2010年05月24日(月) 23時37分34秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんは。sect.5をお届けします。

…このように非道な展開となってしまい,ほんとうに申し訳ありません。諸般の事情でやむをえずしたことですので,どうぞお許しください。

挿絵用に都市帝国戦のところのDVDを何度も見ているのですが,あれから30年以上もたったのに,今でも毎回辛いです…。

あと5話になりますが,どうぞよろしくお願いいたします。

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No.2  Alice  ■2010-06-16 16:19  ID:lmgw82KT0Zk
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「緑、待ってろ。俺もすぐ行く」…そういう心境だったのですか、技師長。本当に緑が死んでしまったとしても、彼女はそんなこと望まないはずですが、残された方は後を追わずにはいられない気持ちになるのでしょうね。

そして青木…。鉄片で針山状態だなんて!青木は本当にいい奴で、親しみを覚えていただけに、こんなことになってしまってとってもショックです。「泣いちゃだめだ…」って言葉が切なすぎます。
新米も以前吉川に教えられた通りに行動したんですね。…だけど隔壁の向こう側ってことは真空で…ってことは…(涙)。だから第三艦橋はやめとけって言ったのに!
No.1  メカニック  ■2010-05-25 08:41  ID:AtHRGSqYRU2
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青木〜っ!!!、新米〜っ!!! ううう〜(T_T)
だめだ!!ここで泣き崩れたら二人に顔向けできない。
総レス数 2

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