第9章 祈り /sect.1 |
検査の結果、緑の体には微少脳出血と心機能のかなりの低下が発見された。緑が必死に頼み込んだため、青木は佐渡や真田には報告せず、重傷者の治療が終了してから医療機械でこっそり治療するという緑の主張を受け入れた。しかし、青木は、緑が艦外作業に加わったりα−4をこれ以上一度でも使用したら何もかも真田に話すと迫り、緑に設計以外の業務をさせないようにする傍ら、艦外補修の休憩時間には設計室に戻って開発に没頭した。…医務室で本心をうちあけてからというもの、青木は緑と二人きりの場合には冗談めかした態度で自分を偽ることをやめ、真剣な表情で接していたが、その様子はなぜか驚くほど真田に似ていた。 それから4日後、ヤマトの補修はすべて完了した。驚いたことに、真田はデスラー艦から回収した瞬間物質移送機のパーツを参考にして、このわずかな間に瞬間物質移送機を完成させていた。その照射器を設置する工事と、大山らが手がけた次元断層の検出器を艦首に設置する工事が一班の最後の艦外作業となった。真田の指揮で後部カタパルト脇にワープ光線の照射器を据え付けていた吉川は、配線を持って移動する新米の動きを見て微笑んだ。 (この一週間でずいぶん変わったものだ。…最初はどうなることかと思っていたが、デスラー戦終了後は本当によくやってくれた) 作業を終了してエアロックに戻った吉川は、新米がハードスーツをてきぱきと脱いで片づけているのを見て、また目を細めた。最初は度し難いバカで足手まといだと思っていたが、一生懸命な性格が今では本当に可愛いと思える。…その時、新米は急にまじめな顔で振り向いた。 「吉川先輩」 「ん、何だ」 新米は何か言いたそうだったが、近づいてくると吉川のヘルメットを受け取り、待機ボックスの決められた場所に片づけた。吉川は言った。 「おまえもようやくヤマトの技師らしくなったな。艦外補修もおせじじゃなく上手になった。最初のころとは別人みたいだ。俺も指導官として本当にうれしいよ」 「ありがとうございます。…先輩」 新米は真剣な表情だった。 「この何日か、技師長や吉川先輩たちと、ずっと一緒に艦外補修していて、やっとわかったんです。…ヤマトに乗るのがどういうことなのか」 吉川はじっと聞いていた。新米は自分の手を見ながら言った。 「みんな、誰に命令されたからというのではなく、仲間や大切な人を守るために自分のしなくてはならないことを全力で処理していく…そういう艦なんですね。技師長も先輩たちも、ずっと寝ていないのに、体をぼろぼろにしながら必死に補修されていたのは、そうしないとまた被弾して、仲間がたくさん死んでしまうからでしょう」 吉川は黙ってうなずいた。新米は顔を上げた。 「私も、吉川先輩や、地球にいる家族を守るために、これから精一杯頑張ります。まだ役に立たないと思いますが、どうかよろしくお願いします」 「ありがとう。守るべきものがあると人間は強くなれるからな。こちらこそ、彗星帝国との戦いではよろしく頼む」 吉川は手を差し出した。新米は両手で吉川の手を握る。吉川はにこっと笑った。 「おまえのおかげで、おれもずいぶん勉強になったよ。さて、18時間ぶりにめしでも食いに行こうか」 青木と古賀、そして緑が担当していた携帯型の転送装置は、物質を転送させる技術自体は実施設計レベルに達したものの、動力を外部調達するシステムと、侵入時に使用する大気排除システムがまだ未完成だった。青木と古賀は、開発途中の装置を持って機関部に行き、こっそりエネルギーの吸収実験を行ったため、徳川を激怒させた。 「一刻も早く地球へ戻らなきゃいかんと言ってる時に、波動エンジンの出力を下げるとは何事じゃ!ワープに支障が出たらどうしてくれる!」 二人は平謝りに謝りながら、波動エンジンの出力がどれだけ低下したのかのデータだけはしっかり収集していた。一方、緑は大気中でワープアウトすることを可能にするための大気排除システムを懸命に制作していた。古賀は必死にシミュレートを繰り返す緑に尋ねた。 「これを使うってことは、敵にワープバリアがあるってことだよな。…だとしたら、侵入用の小ワープというか転送って、バリアの内側に入ってからじゃないと使えないんじゃないか。そんな半端なことなら、この機能はやめといてもよくないか?」 緑は顔を上げた。 「破壊すべき敵のコアが要塞の奥深くだった場合、侵入部隊がそこまで到達できずに撃破されてしまう危険があります。要塞内で小ワープできれば、コア到達までのリスクを減らせると思いますので」 そう言いながら、緑は心の奥の何かが、違う理由でこの機能が必要だと言っていることを感じていた。 (わからない…でも、この機能は絶対に必要だとわかるのはどうしてなの…) 緑は顔を上げた。もう時間切れになりつつある。 (いまの技術だと、多少の酸素や窒素の分子程度は残る形になってしまうかもしれない。分子1、2個レベルでも、脳や心臓の真上で対消滅が起きると危険だけれど、それもリスクの範囲内ということで許容して次に進むしかないわ…。でも、そうだとすると、もしこれを技師長にお渡しする時には危険なこの機能を封印しておかないと) 8時間後のワープでヤマトは太陽系に戻る予定になっており、白色彗星との戦闘はもう目前だった。緑は古賀に尋ねた。 「古賀さん、機関室の実験結果はどうだったんですか」 古賀は手元のデータを緑に渡しながら笑った。 「一応なんとかなった。動力炉とか、機関部とか、そういう高エネルギー体に直接接続できれば、5分もあればじゅうぶん脱出プラス破壊ができるレベルまで吸収できるよ。ただ、敵のど真ん中で5分も時間かせぎするのは大変だろうな」 青木がやにわに顔を上げて言う。 「ビームバリアを併設すればいい」 古賀はいやな顔をした。 「また動力をくうぜ」 「バカだなあ、エネルギー吸収中の時間稼ぎが目的なんだろう。周囲に高エネルギー体がある前提じゃないか。ぐいぐい吸い込みながら、おつりでバリア張ればいいんだよ。空間磁力メッキの簡易版だ。よし、すぐ追加するぞ。あと2時間待ってくれ」 青木はコンソールに向かい、一気に設計を始めた。その姿は、やはりどことなく作業中の真田に似ていた。緑ははっとわれに返ると、大気排除システムの最終版を図面として確定させる作業に戻った。古賀が外形の設計をしながら尋ねてくる。 「外形は緑の当初設計のままで作ってたけど、エネルギー関係で少し大きくなるよ。横40、縦50、厚さ30センチぐらいだ。いいかな。重さはすごいけどな」 「何キロぐらいですか」 「うーん、4、50キロはあるかも。青木、ビームバリア分の重さは」 「ほかの機能とセットで入れるからそんなに増えないと思う。2キロぐらいかな。サイズは縦か横にプラス10センチで見といてくれ」 緑はうなずいた。 「大丈夫でしょう。それなら、たぶん私でも背負えます。古賀さん、ショルダーハーネスを太くしておいてくださいね」 古賀と青木は作業の手を止めて顔を上げた。 「私でもって、どういう意味なんだ」 「まさかおまえが要塞に行くつもりじゃないだろうな」 緑は二人の剣幕に、微笑みながら嘘をついた。 「違います。誰でも使えるという意味で言っただけです」 |
ぴよ
2010年05月20日(木) 00時23分12秒 公開 ■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.2 Alice ■2010-06-03 23:10 ID:HvFArhxOHew | |||||
ヤマトに乗るのがどういうことなのか…新米のセリフにぐっときます。大切な人を守るために闘う、一見個人レベルの小っぽけな理由ですけど、実はそれが一番大切なことかもしれません、…多分私たちの実生活でも。 涼しげに微笑む緑とは対照的な古賀と青木の表情が面白い挿絵ですね。、 |
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No.1 メカニック ■2010-05-20 10:04 ID:dPqLtHYdQoc | |||||
ついに最終章になってしまいましたか…。 思えばつかの間の平和から彗星発見、出航、帰還といろいろなことが思い浮かびます。技術班では吉川くんの成長が一番感じます。 新米くんの指導を経て技師として人として大きく成長しました。 青木くんも最初のちょっと軽い感じでしたが、シリアスな感じに変わりましたね。 最後に緑がシレっと言ったセリフが気になります…。 ぴよさん、私が開発したαー5を使って下さい。これは副作用ゼロです(^^) |
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