第6章 テレザートへ /sect.5



 真田は設計室に急いでいた。波動砲のエネルギーを集約して破壊力を高めるための射出制御装置がほぼ完成したのである。
 真田はもともと、拡散波動砲の採用については懐疑的で、波動エネルギーを分散させることは、波動砲の運用局面において通常想定される巨大かつ主要な敵の破壊という戦闘目的の遂行を困難にするのではないかと主張していた。今回のエネルギー集約機構は、その主張を形にしたものだった。
(白色彗星の艦艇の防御機構がどの程度のものかはわからないが、あの合金からして相当の強度が予想される。しかし、エネルギーシールドを含め、どんなに堅固な防御機構を有する敵でも、艦橋や動力炉など、必ず弱点となる箇所があるはずだ。そこを狙えば、敵の主要戦力を非戦力化することができる)
 通常型のままの波動砲を使用すべき局面も想定されるため、集約機構は選択的に使用できるように設置する予定だった。ファイルにはさんだ基本設計図を持ち、エレベーターに乗った真田は、突然聞こえてきた声に耳を疑った。
(技師長、危ない!)
 慌てて周囲を見回しても誰もおらず、もちろんインターコムや艦内オール放送からの音声でもない。しかし、その声…間違いなく緑の声は、耳元で叫ばれたかのようにはっきりしたものだった。
(何だ…?いったい何が聞こえたというんだ)
 一抹の不吉な予感に駆られ、エレベーターを降りた真田は走り出した。廊下の端に設計室のドアが見える。緑が設計室であの声を上げたとしても、エレベータの中の真田にその声が届くということは通常ありえない。設計室に飛び込むと、緑が顔を手で覆ってコンソールの上に突っ伏していた。今は設計室の休息時間のため、他の技師たちは全員キャビンに戻っている。
「どうした、緑!」
 真田が駆け寄ると緑は顔を上げた。顔が恐怖に青ざめている。真田は事態を悟った。
「また予知映像を見たんだな。何が見えたんだ」
「……テレザートに着いたら、やはりテレサと接触するために上陸されるご予定ですか」
「もちろんそのつもりだ。どうした」
「暗い洞窟の中のようなところで、敵兵が技師長と古代さんに向かってレーザーライフルを撃っていました。レーザーがまわりの岩に雨のように当たって…」
 そこまで言うと緑はまた両手で顔を覆ってしまった。真田は静かに言った。
「レーザーがおれに当たったのを見たのか」
 緑は激しくかぶりをふる。真田は緑の両手を握った。緑は顔を上げた。
「当たってないなら大丈夫だ。安心しろ、冥王星基地のときと同じで、おまえに予知してもらえたんだから、ちゃんと帰ってこられるよ。洞窟の中に入ったら敵兵に気をつけるようにするから」
 緑は何か言いたげだったが、真田の笑顔を見ると唇をきつくかんで言葉をのみこんだ。真田は続けた。
「さっき、その映像を見ていた時だと思うが、「技師長、危ない」と言わなかったか」
 緑は目を見開いた。
「はい。声に出したかどうかはわかりませんが、心の中では叫んでいました。…でも、どうしておわかりになったんですか」
 真田は答えず、しばらく黙ったまま考えていた。やがて言う。
「心理探査から後、以前より予感が多くなった気がする、と言っていたな」
「はい。…でも、予感なのか心理傷害なのかわからないので…」
 真田は不安そうにうつむく緑を立ち上がらせ、肩に手をかけた。
「心配するな。きっと、あのことがきっかけでおまえの持っていた超能力的な素質が強くなっただけだと思う。…さっき、エレベータに乗っていた時におまえの声が聞こえたんだ。おれが隊員服の衿のところにアオキスーパーの改良版をつけてることと関係があるのかどうかわからないが、再現実験をしてみたい。協力してくれるか」
「はい」
 真田は再現実験に入ろうと腕時計を見たが、時間を見ると眉をひそめた。
「…もうこんな時間か。いまは設計室は非番のはずだろう。なんで一人で残ってたんだ。早く寝ないと寝不足になるぞ」
 緑は手元に視線を落とした。そこには、てのひらぐらいの大きさの携帯モニターがあった。真田がモニターを手に取り、スイッチを入れると、前回のスキャナテストの画像が表示される。それは、敵艦スキャナで読み取ったデータを転送して表示させるための装置だった。
「これは…」
「敵艦に乗り込んだ後、いま自分がどこにいるのかわからなくなると困るので、潜入部隊用に携帯モニターを作ったんです。ただ、敵艦内部の電波状態が悪いと受信不可能になるというのがネックだったんですが」
 そこまで言うと緑はようやく微笑んだ。
「もし私に、何か送信する素養ができた、ということなら、脳波測定で分析して、それをもとに精神波通信器の送信装置を開発できますね。テレサの例もありますが、確か精神波は物理的に減衰しないはずです。それを電波的に再変換するシステムを作れば、通信技術に革命を起こせますし、このモニターももっと役に立つようになります」
 真田は即座に言った。
「心理探査や深層探査は絶対許さないぞ。やるとしたら医務室でできる脳波測定までだ。わかってるな。もう二度とあんな思いはしたくない」
 緑はうなずいた。真田は心理探査の時のことを思い出しながら、じっと緑をみつめていたが、急に視線を外してあごにこぶしを当てた。不思議そうに首をかしげる緑に言う。
「…まさかとは思うが、カンが冴えているといっても、おれの考えていることがみんなわかってしまうとか、そんなことまではないんだよな」
 緑はかぶりをふった。
「そんなことができたらほんとうにうれしいですが、全くわかりません」
 真田は笑い出した。
「できたとしてもしないほうがいいぞ。男の頭の中なんて、くだらない考えばかりだからな。…おまえに尊敬してもらえなくなるのは淋しいよ」
「あなたを尊敬しなくなるだなんて、そんなこと、絶対にありませんから」
 緑は頬を赤くして抗議する。真田は笑いながら緑の肩を抱いて設計室の入り口に向かうと、ドアの内側にあったスイッチを押し、電源を落とした。部屋の照明が消える。
「もう遅い。再現実験は明日にしよう。ここに戻って仕事したりしていないで、ちゃんとキャビンで寝るんだぞ」
 そう言うと、真田は暗闇の中でいきなり緑を抱きしめて口づけした。緑は一瞬驚いたが、すぐに目を閉じ、真田の腕に体を預けるとその背中に手を回す。二人はそのまま、時間が止まったかのように唇を合わせて抱き合っていた。
…その時、真田はささやくような緑の声を聞いた。
(愛しています。どうかご無事でお戻りください)


ぴよ
2010年05月08日(土) 22時31分54秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんは。sect.5をお届けします。

今回,ラストがかなり甘めで恐縮しております(特に挿絵が…)。ただ,この後,中ボス戦からラスボス戦へとだんだん状況が深刻化いたしますので,どうぞ大目にみてやってくださいませ。

また,新しい能力うんぬんについて,なんぼなんでも「地球へ…」じゃあるまいし,というご批判があるようにも思うのですが,実はこの後の展開との関係でどうしてもこうせざるをえなかったという事情がございます。ということで,なんとかご容赦いただけましたら幸いです。

次回から第7章「上陸」になります。どうぞよろしくお願いいたします。

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No.2  Alice  ■2010-05-25 19:36  ID:heaggj750lo
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真田さん、私も愛しています。どうかご無事でお戻りください(^^ゞ

緑に尊敬してもらえなくなる、くだらない考えって、あんなことや、こんなことかな…?ロマンチックで素敵な挿絵ですね。
No.1  メカニック  ■2010-05-09 09:18  ID:LMMpoHtVW8U
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戦いの中の束の間の甘い一時…。私は設計室に用事があったのですが、出直してきます。
緑の新たなる力、今後どのように活用されるのか…楽しみです。でも私の頭の中を分かられたら…グウが飛んでくる上に軽蔑されそう(T-T)
総レス数 2

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