第6章 テレザートへ /sect.4 |
ヤマトがテレザートへの航路の半分程度まで到達したころ、新米はようやく艦外作業に慣れ始めていた。無重量下でぶざまな動きをすることも少なくなり、装甲板の扱いもまともになりつつある。中央コンピュータ室での当直でも、とんでもない間違いを記録するといった失態は演じなくなっていた。 …吉川は、新米が小心者で、ミスを叱るとすぐに萎縮し、うまくいった時に褒めてやるとその作業を一生懸命完成させようとするタイプであることに気づき、イライラする気持ちを抑えてできるだけ褒めてやるように心がけていた。とはいうものの、自分でやったほうが百倍早い、と思うことはしょっちゅうである。 食事時間に大食堂に行った吉川は、古賀と青木が食事していることに気づき、トレイを持って近づいた。 「おっ、吉川。ひさしぶりだな」 古賀が手を上げて言う。吉川は笑いかけて隣に座った。 「なんだかずいぶん会ってないような気がするな。どうだ、忙しいか」 古賀は目をぐるりと回した。 「うん。前に青木が飲み屋で忙しい忙しいって言ってたの、大げさだろうと思ってたけど、とんでもないわ。めしだってほとんどアナライザーの出前でデスクめしだぜ。いまみたいにここで暖かいもの食えるなんて、ひさびさの贅沢なんだ」 青木は残った食事をかきこみながら言った。 「まあ、ぼやくなぼやくな。多弾頭砲もだいたい終わったから、あとはとりあえず波動砲だけだし」 古賀が呆れたような顔で言う。 「おまえ、肝心のアレを忘れてるだろ。どうするんだよ、奇跡のワープ光線なんて」 青木は空のトレイを持って立ち上がると、ひとさし指を立ててウインクした。 「さっぱりわからん。しょうがないから地獄のデスラーかドメルにでも作り方を聞きに行くか。じゃお先に」 食堂を出て行く青木を見送ると、古賀は溜息をついて吉川に向き直った。 「一班のころが懐かしいよ。正直、根がナマケモノの俺にはきついわ」 「…なんだか大変そうだな。技師長が開発をそんなに急いでるの、何かあるのかな」 吉川の問いに、古賀は声を低くした。 「それがさ。…緑、心理探査機でぶっ倒れただろう。あの後、どうもときどき様子がおかしいんだ。額に手を当ててじっと宙をにらんでたりしてさ。後遺症の心理傷害かも、と思ってみんな触れずにいたんだけど、どうやらそうじゃないみたいなんだ」 「じゃ、何なんだよ」 「カンが前より鋭くなったというか、やばそうな予感っぽいものがどんどん来てるらしい。テレサのアオリ系テレパシーのせいかもしれないけどな。そのせいで技師長が猛烈に開発急いでるんだ。班編制変えたのもそれがきっかけらしいよ」 「予感って、何を見てるんだろう…」 「聞いてみたんだけど、いままでみたいにはっきり映像が見えるというんじゃなくて、なんとなくこういう兵器がないとまずいことになる、といういやな感じ、らしいんだ。だけど、スキャナといい地上戦用兵器といい、ああいうものが必要な戦況ってあんまり考えたくないよな」 そう言うと、古賀は腕時計を見て慌てて立ち上がった。 「ごめん。風呂入る時間なくなるわ。お先にな」 ひらひらと手を振って出て行く古賀を見送り、吉川は自分の食事に手をつけた。そのとたんに聞き慣れた声がした。 「吉川先輩、ここ、いいですか」 吉川が顔を上げると、向かいに新米が立っていた。 「こないだの敵艦スキャナって、すごい発明ですよね」 新米はフォークに刺した人造肉をもちあげたまま、ぼうっとした顔で言った。 「ああ。スキャナの操作系のプログラムがすごいな。…アステロイドシップのときと似ているから、たぶん緑が中心で組んだんだろうと思うけど」 「すごいですよねえ、緑さんって。…技師長と緑さんのお子さんって、ものすごく頭のいい子供になるでしょうね。それに女の子だったらさぞかし美人だろうなあ」 新米の大きな声に、周囲にいた乗組員数名が思わず振り返る。吉川は顔色を変え、まさかとは思うものの、食堂内に真田や緑がいないか、とっさに見回した。…そして、二人の姿がないことを確認してから、新米の腕をつかんで廊下に引きずり出した。新米は何が起きたかわからないままおろおろしながらついていく。人影がないことを確認してから、吉川は厳しい声で言った。 「いいか、もしお前が緑の前で、技師長の子供とか赤ん坊とか言ったりしたら、即刻エアロックから放り出すから、覚えておけ」 「え…でも、ご結婚されてるんですよね」 「緑は七色星団の会戦の時、ヤマトを救うためにドメル艦のアンカーを爆破しに出て行って、もう助からないと言われたぐらい被爆してるんだ。技師長だって、補修でさんざん被爆した揚げ句、宇宙要塞爆破のときに閾値をはるかに超える放射線を浴びている。だから二人とも、遺伝子損傷で、もう子供は作りたくても作れない体なんだ」 新米は青ざめて黙り込んでいる。 「それから、またおまえがバカなことを言うといけないから教えておくが、技師長は子供のころの事故で手足を全部切断されていて、いまの手足は全部義手義足だ。緑も七色星団の時に左腕を切断して義手になってる。いいか、技師長や緑を傷つけるようなことを言ったら、ほんとにただじゃおかないぞ」 新米は泣き顔になった。 「すみません、吉川先輩。そんなに大変だったなんて、全然何も知らなくて…ただかっこいい、ステキだ、とばかり思ってました」 吉川は溜息をついた。かっとなったあまり激しく叱責してしまったが、確かに外部の者が知らないのも無理はない。泣いている新米を見ていると、自責の念がこみあげてきた。 「いや…おれも言い過ぎた。プライバシーのことだから、乗組員以外の者が知らないのは当たり前だ。すまなかった」 吉川は新米の腰の放射線計を手にとり、数値を確認してから言った。 「ほら、これを見てみろ。…ここのレッドゾーンまで数値が上がったら、医務室に行ってDNAチェックを受けるんだぞ。ビデオで技師長がおっしゃってただろう。お前も将来子供が欲しいなら、ちゃんと気を付けておくんだ」 新米はポケットからハンカチを出して、涙をふき、メガネも拭いてからうなずいた。その時、突然吉川の肩を叩いた者がいた。…振り返った吉川の前には、ファイルを抱えた真田が立っていた。 「吉川、通常業務以外に、新米の実習を熱心にやってくれてるそうだな。有り難う。山下が宇宙戦士訓練学校の実技教官みたいだと言ってたぞ」 にっこりと笑いながら真田が言う。吉川は自分の顔が真っ赤になるのを感じながら、精一杯胸を張って答えた。 「ありがとうございます、技師長!」 「ああ。これからもしっかり頼む。…新米、いい先生に教えてもらえて良かったな。艦外補修がうまくなってきていると聞いたよ。戦闘の後は修羅場になるから、いまのうちにしっかり教わっておくんだ」 「はっ、はい!」 新米の声は感激でうわずっていた。真田はもう一度二人に微笑むと、足早に廊下を遠ざかっていった。吉川は目を閉じて思った。 (ああ、やっぱり、尊敬してる方に褒めていただくのって、本当にうれしいや。おれも新米を教えるとき、指導の仕方に気を付けて、本当の教官みたいに上手に教えられるようになろう。…いままで設計室に入れなかったことを悔しがってたけど、よく考えたら、技師長だって開発を急いでる時に部下の仕事の手直ししてる余裕なんてないもんな。少数精鋭体制をとったのは、限られた時間で結果を出すために仕方ないことだったんだ) |
ぴよ
2010年05月08日(土) 01時44分00秒 公開 ■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.2 Alice ■2010-05-24 21:42 ID:t0s58ByvrnU | |||||
褒めて育てるというのは、子育てと同じですね。これがけっこう忍耐を要する難しい技術で、自分でやった方が1万倍速い…と思うのは、私もしょっちゅうです。(頑張れ、吉川!) 素晴らしい発明を連発する真田さん&ヤマトの技術班なら、DNA損傷を回復させる薬の開発も夢じゃないのでは?(頑張れ、技術班!) |
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No.1 メカニック ■2010-05-08 09:16 ID:LMMpoHtVW8U | |||||
吉川くんの成長を見ていると胸が温かくなります。真田さんも忙しいなかでもキチンとみんなのことを見ているのですね。 新米くんもメキメキ腕を上げているみたいですし、二人の成長は見ていて嬉しいです。 この戦いに勝利したら…真田さんと緑には新しい家族を持ってほしいです…。 |
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