第6章 テレザートへ /sect.3



 青木の努力は無駄ではなかった。間もなく設計室を真田が訪れ、アオキスーパーの効力を試した後、第一艦橋に持って行ってスタッフ全員に試験させた。土方も自ら装着して試験し、その後、正式に採用が決定された。そして、上陸作戦に備え、乗組員全員の制式ヘルメットの内側に、装着不要の内蔵型を追加で取り付けることも決まった。
 真田は青木と古賀をねぎらい、新兵器開発を促進するために班編制を見直すと発表した。…元開発部所属だった乗組員8名に古賀を加えた9名を設計室直属とし、通常の中央コンピュータ室と兵器量産ラインの当直及び補修待機から外して、1日8時間の非番時間以外の16時間をすべて設計室で勤務させることとしたのである。一班から四班までの各班については、設計室直属部員を除いた48名を12名ずつ配属し、その各班ごとにD班を廃止してA班からC班までの3班体制として4名ずつを配置した。
 …設計室直属の者は、他班のような待機時間なしの16時間連続勤務という激務となったが、実際には地球防衛軍本部の開発部に勤務していた当時の勤務時間と変わらず、かえって通勤時間等のロスがない分、体が楽になった、と言う者が多かった。また、補修作業時には設計室勤務者も例外なくシフトに組み込まれることとなっていたため、班編制の変更によって他班の負担が増加することはなく、その点についての不満を言う者もなかった。
 とはいうものの、班編制の変更によって取り残されたような淋しさを感じた者がいないわけではない。



 吉川は新米に艦外補修作業を実地に教えるため、ハードスーツで上甲板に出ていた。山下も同行している。吉川は第一砲塔の横に仮設置した破損装甲板を指さして言った。
「よし、これを端から1.5メートルの位置で縦に切断して、俺に切断片を渡すんだ。おれが台車の上にいると思うんだぞ」
「はいっ」
 新米はレーザーカッターを持ってバーニアを噴射した。
(あの馬鹿…吹かしすぎだ)
 新米は装甲板よりもはるかに高い位置まで飛び上がり、命綱で宙に浮いた状態で手足をばたつかせている。吉川は溜息をつくと甲板を蹴り、新米の足をつかむと命綱で反動をつけ、甲板に戻った。
 …吉川は新米に罵声を浴びせようとしたが、ふと、自分が冥王星前線基地での戦闘で命綱を切ってしまった時、真田が追いかけてきて同じように足をつかんで助けてくれたことを思い出した。
(あの時、技師長は、こんな平時じゃなくて、戦闘中に敵弾の飛び交う中をバーニアで助けに来てくれたんだ。そして、無事なようだな、とだけ言って、笑ってくれたっけ…)
 吉川は新米をぐいと引き寄せると、自分のヘルメットを接触させた。新米は早くも汗まみれになっており、おびえた目つきで吉川を見上げている。
「大丈夫か、新米。バーニアの加減を早く覚えることだな。もう一回やってみよう」
 吉川が笑ってみせると、新米は黙ってうなずいた。吉川は新米から手を離した。新米がまたバーニアを噴射する。今度はわずかずつ噴射させて適当な位置まで移動することができた。新米は装甲板の寸法を計測してレーザーカッターを構える。

(宇宙戦士訓練学校の教官も、実習の時、どんくさいおれたちを見てこんなふうにイライラしてたんだろうな…)
 吉川は溜息をつきながら作業を見ていた。こうして新米の作業をじっと見守っていると、青木たち開発室勤務の者だけでなく、古賀が一人だけ抜擢されて設計室直属になったことが思い出されて、心の奥のあせりが表面に浮かび上がってくる。
(古賀はずっと前からコンピュータの操作も精密機器の扱いも一流だったからな。おれも何かひとつ、これだけは人に負けない、というものを作らないと、いつまでもその他大勢のままだ…)
 青木が整った顔立ちで開発面の才能もずば抜けており、おそらくは緑のために驚異的な速さで解読装置を開発したことも、ずっと吉川の心をちくちくと刺し続けている。
(ああ、おれ、青木や古賀のことを妬いてるんだ。みっともないったらありゃしない。こうなるとかえって緑と別の班になったのが有り難いぐらいのものだよな。とにかく俺自身がもっと早く成長しなきゃ……こんなざまじゃ、新米のことを叱れやしない)
 その時、新米が切断を終わり、切断片を持って吉川に向かってバーニアを噴射した。吉川は叫んだ。
「新米、バーニアを止めろ!」
 新米は慌てて噴射を止める。吉川は甲板を蹴り、こちらに向かって突っ込んでくる切断片に飛びつくと、背中のバーニアの噴射を大きくしてようやくその動きを止めた。
「馬鹿野郎!いいか、一度噴射したら、同じ時間だけ反対方向に噴射をかけない限り物体は止まらないんだ。無重量状態で物を動かすときは、ほんのちょっと押すだけでいい。押しながら噴射しつづけたりしたら、装甲板がすごい運動エネルギーを持ったまま台車に衝突して、挟まれた同僚が確実に死ぬぞ!」
「す、すみません、吉川先輩」
「手で押す場合も同じだ。無重量だからといって、重い物を長時間押したりしたら、重量分のエネルギーが蓄積されて驀進することになる。俺たちは何トンもある装甲板が相手なんだ。いいか、押したものは引けば止まるなんて思うなよ。自分の脚に鉄板が突っ込んできてから後悔したんじゃ遅いぞ」
「わかりました。気をつけます」
「よし、もう一回受け渡しの練習だ。溶接はそれができてからだ」
 吉川は頭上に広がる星空を見上げた。道は遠そうである。


 技術班の編成が変更されてからわずか3日で、設計室では敵艦用探索スキャナの開発を終え、実証試験に入った。…ヤマトの救命艇を敵艦に見立ててヤマトの左舷側を併走させ、敵艦潜入中の戦闘班員の役として一班の松本が発信器をつけて救命艇内で待機している。真田は第一艦橋、古賀は中央コンピュータ室、その他の設計室付班員は大工作室に設置された艦外モニターとコンソールでデータ分析を担当することになっていた。設計室付以外の技術班員らも、大工作室や中央コンピュータ室でテストを見守っている。真田は第一艦橋の艦内管理席に座るとインターコムに向かって指示を出した。
「よし、テストを開始する。スキャナ放出」
 ヤマトの左舷魚雷発射管から球形プローブのようなスキャナが多数放出された。スキャナには周囲を取り囲むように小さな噴射口が設けられており、間欠的に小さな噴射をしては移動を繰り返している。…やがてスキャナは救命艇の周囲を取り囲んだ。第一艦橋と大工作室のスクリーンには、救命艇の周囲に展開したスキャナの位置情報が模式図となって表示されている。
「スキャン開始」
 真田はそう命令するとあらかじめ第一艦橋に設置しておいたスイッチを押した。…敵艦用スキャナには発信スキャナと受信スキャナの二種類があり、発信スキャナの出したX線や赤外線などの波長を受信スキャナが読み取ってヤマトに送信するようになっている。スキャナ群は集団として対象物の周囲を螺旋状に移動し、立体的に対象物をスキャンしていくようプログラムされていた。ヤマトに送信されたデータは、中央コンピュータで3DCGに変換され、敵艦の内部を立体的な視覚情報として見られるように再構成した上で表示される。周囲で見守っていた他の技術班員から感嘆の声が上がった。
「すごいや…これがガミラス艦だったら、どこにデスラーがいるかもまるわかりだ」
 今回は解像度を精細に設定してテストを開始したため、発信器をつけ救命艇の中にいる松本の姿までもがはっきりとわかる。CG上では、松本の胸の位置に発信器を示すピンクの発光表示がついていた。
「松本、少し艇内を移動してみてくれ。そして、救命艇を適当に動かしてくれるか」
「はい」
 真田の指示で松本が救命艇の中を動き出し、CG表示の中のピンクの光点が移動を始めた。やがて光点が操縦席で止まり、救命艇がヤマトから離れるような動きを開始すると、スキャナの画像が乱れた。大工作室にいた緑と青木がコンソールを操作して次々に指示を出す。スキャナ群は、再び救命艇を包囲する位置へと動き出した。インターコムから真田の声が響く。
「どうだ、動きについていけそうか」
「対象の動きが速い時は、やはり精細設定より速度優先設定でないとついていけないようです。いまから設定を切り替えます」
 緑がそう言いながら操作すると、乱れていた画像が元に戻った。しかし、今度の画像にはそれまでのように人体の状況がわかるほどの精密さはない。
「よし、青木、狙撃された前提でいくつかスキャナを停止させてみろ」
「はい。18番から25番と34番、38番を停止します」
 青木の操作で、画像がまた乱れた。しかし、すぐに他のスキャナが補完したのか、従前と大差ない画像に戻る。
 テストは様々な事態を想定して続けられていた。それを見守っていた山下はつぶやいた。
「画期的な発明だが…これを使うということは、敵艦が接舷して白兵戦になったとか、敵の空母が目の前にきて激戦になってるとか、そういう非常事態が起きてるってことだよな。本当はそもそもそんな事態になってほしくないんだが」
ぴよ
2010年05月06日(木) 23時04分17秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんは。sect.3,吉川新米編をお送りします。

なんだか吉川くん,大殺界か天中殺のまっただなか,という感じですが,苦あれば楽あり,そのうちきっといいことがあるはず…です。
しかし,書いた本人が言うのもなんですが,この時代には労働基準法ってないんでしょうか…技師長(汗)

敵艦スキャナはデスラー戦で技師長が「探知するから」の一言で即使っておられたアレですが,どんなものかなあ,と考えてこのようにいたしました。しかし,スキャナのディテールを書けば書くほど,ララァ操縦のエルメスのビットに似てくるのはなぜでしょう(泣)

次回ももう一回若い子チームのお話です。どうぞよろしくお願いいたします。

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No.2  Alice  ■2010-05-24 21:29  ID:t0s58ByvrnU
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周り中がライバルなのに、自分だけ出遅れたというか、まだ方向性すら掴めていないというか…、吉川くんが焦る気持ちも分かります。だけど彼の才能って、教育の分野にあるかもしれませんね。将来は宇宙戦士訓練学校の名物(鬼)教官?
そして、敵艦スキャナ。いきなり現れたデスラー艦の内部構造が、当たり前のようにCGになっていて不思議だったのですが、こういうカラクリがあったんですね。本編だけでは説明不足の部分をぴよさんが次々と補足&解明してくださるので、どんどん引き込まれます。
No.1  メカニック  ■2010-05-07 00:04  ID:LMMpoHtVW8U
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吉川新米編で吉川くんは技師として、人として大きく成長しそうですね。
吉川くんも誰にも負けない武器を持って緑に認められる立派な宇宙戦士になって欲しいです(最近吉川くんと自分が微妙にダブります)
デスラー戦で真田さんが「探知する」の裏にはこんな装置の開発があったのですか。
山下さんの危惧が杞憂であればいいのですが、そうはならないのが「ヤマト」です。
総レス数 2

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