第5章 敵影 /sect.5




 吉川は中央コンピュータ室の当直に当たりながら、新米にコンピュータの管理方法について教えていた。ルーティンな仕事の説明ではあったが、吉川の頭の中には心理探査機に座っている緑の姿が一杯に広がっており、ともすると説明が途切れた。いったいどこまで話したのだったかと吉川が考えていた時、新米が突然言った。
「吉川先輩、今日はこれぐらいでいいです。また明日教えてください。私は今から一人で真田技師長のガイダンスの録画を見させていただきますから」
「なに…どうしてだ」
「緑さんの安否がわかるまでは、私に教えているような場合じゃないという気がします」
 心の中を見透かしたような新米の言葉に、吉川は真っ赤になった。新米は続けた。
「昨日、先輩たちが敵艦の破片回収に行かれてた時、二班の先輩に一班の班替え前の編成についてうかがって、吉川先輩が班替えになって悔しい、とおっしゃっていた意味がやっとわかったんです。本当にすみませんでした。私も、観測室ではじめてあの方にお会いした時、こんな人と一緒に仕事してみたいなあ、と思っていましたから」
吉川は視線を落とした。
「緑に何事もなければいいんだが…」
 新米は快活に言った。
「技師長が対応されているんでしょう。きっと大丈夫ですよ」
 吉川はじろりと新米を見た。
「おまえ、何を根拠にそんなことを言うんだ」
 新米はうっとりした表情で手を組み合わせると虚空を見上げた。
「新聞社から出たヤマトの航海記を読みましたから。技師長のご活躍が凄いと思って、ものすごく感動したんです。…戦闘班とかに比べると目立たない書き方になってましたけど、よく読んでみたら、冥王星とか、宇宙要塞とか、重要な潜入作戦には全部参加されてるし、空間磁力メッキみたいな秘密兵器も沢山開発されてるし。ほんとに、何を頼んでも全部解決してしまわれるような感じがします。コスモクリーナーだってあんな短期間に全世界に設置されたでしょう」
 吉川は黙っていた。帰還後、新聞社から発行された「宇宙戦艦ヤマト航海記」と題する書籍は、興味本位の内容ではあったものの、大筋では間違っていなかった。新米は続ける。
「でも、技師長にあんな美人の奥さんがいて、しかも技術班の乗組員だったなんて、どこにも書いてなかったので知りませんでした。…艦長代理の古代さんと森雪さんのことは、たくさん書いてあったし、写真や動画もあちこちで一杯見たんですが」
 吉川は頬杖をついて言った。
「技師長がガードされてたんだ。…開発部の連中は帰還後、コスモクリーナーと食料プラントの設置で半年以上超繁忙だったからな。技師長は、余分な取材を受けて仕事が遅延すると人命に関わる、といって、取材は全部拒否されてたし、開発部員の写真の隠し撮りをしようなんて奴が出ないように、写真用のジャミング装置まで配っておられたっけ。それでマスコミがあきらめたのさ」
 新米はまたうっとりした口調で言った。
「いいなあ。部下としてそんなふうに守ってもらえるなんて。私も早く技師長とご一緒に働いてみたいです。それじゃ、録画見てきますね」


 
 真田は眠り続ける緑をじっと見つめていた。緑のまぶたや目の下には濃い紫の影が落ちており、精神疲労の激しさを物語っている。さっき意識が戻った時にわずかな会話をできたとはいうものの、まだ完全に心理的傷害が回復したかどうかの確信を持てず、真田は不安に駆られていた。なぜ心理探査機の使用を許してしまったのかと何度も自分を責める。
(…おまえに二度と危険なことはさせないと言っていたのに…)
 なすすべもなく見守るしかないという状況は、緑が大量に被爆して片腕を失った時のことを思い出させた。しかし、あの当時は七色星団の会戦で壊滅的に破壊されたヤマトの補修に追われていたため、こんなに長時間緑のそばについていることはできなかった。そう思い出しながら考えてみると、帰還後も、休む間もなく仕事に追われていたため、ゆっくりと緑を見守るなどということはなかったような気がする。緑はいつも、なにひとつ言わずに先回りして真田の仕事の補助をしていたが、果たしてそれで幸せだったのだろうかという疑問が真田の胸に浮かんだ。真田の写真を見ながらひっそりと泣いていた姿も目に浮かぶ。
(結婚以来、ずっと仕事、仕事ばかりで、おまえには何もしてやれていなかったな…)
 出航前夜の会話が脳裏によみがえる。これから白色彗星との間で激しい戦闘が始まるであろうこと、その戦いで緑を含むヤマトの全員が戦死する可能性も低くないことを思うと、胸がつぶれるように痛かった。
(本当は、おまえはもっと俺に甘えたりしたかったんじゃないのか。…軍紀違反は承知だが、せめて、アトラスの分析が終わるまでのあと数時間だけでも)
 真田は艦内チェックモニターをロックした。隊員服の上着を脱ぐと椅子に投げかけ、シャツ姿になって静かにベッドに上がる。そして、緑の頭を腕に乗せ、そっと肩を抱いた。
(おまえは眠っているからわからないかもしれないが…夢の中だけでも思い切り甘えてくれ)





 青木はスターアトラスに心理探査機から抽出されたデータを読み込ませると、照合作業にとりかかった。…見えている銀河の形からおおまかな位置を推測して入力し、候補の中から絞り込むよう指示する。コンピュータがテレザートの位置の検索を始めたことを確認してから、青木は緑の脳波や表層意識とメッセージの関連性についての分析を開始した。数時間懸命に作業した後、青木は暗い表情でスクリーンのデータを見た。細部はまだ詰めていないものの、なぜメッセージを聞いた時、緑だけが鮮明な映像やはっきりした意味を感じ取れるのかについての原因が予測できたのである。
(予知能力があるとか、テレパシー通信の理解度が違うというのはこれが原因なんだろうな。おれたちと同じ刺激を受けても、脳の深層部分でされている処理がどうも違うような気がする…。しかし、最後の十秒ぐらいとはいえ、こんな深層のデータが残ってるってことは、緑は本当に危ないんじゃないのか。深層をいじると廃人になるかもしれないって話だけど…)
 これは二人の問題だ、という真田の声が浮かぶ。
(いや、一番辛いのは技師長なんだ。いまさらおれがここでどうこう思っていても緑が助かるわけじゃない)
 その時、スターアトラスの照合作業が終了したことを示す電子音が響いた。青木は振り返るとテレザートの位置データをディスクに落とした。立ち上がるとインターコムに近づく。
(技師長はいまどこだろう。緑があんな状態で第一艦橋とか工作室…のわけはないよな。医務室かな…?いや、佐渡先生じゃあんな複雑な心理傷害を治せるとは思えないし)



 真田の船室のインターコムが鳴り響いた。緑を抱いてじっとしていた真田は、手を伸ばしてインターコムを取った。
「真田だ」
「青木です。スターアトラスの検索終わりました。データはどちらにお持ちしますか」
 真田は腕の中の緑を見た。緑はまだこんこんと眠っている。
「第一艦橋のおれの席に送ってくれ。すぐに行く」
「わかりました」
 真田は緑を起こさないようにそっと腕を引き抜くとベッドから降りた。そして、急いで上着を着ると部屋を出て行った。
ぴよ
2010年04月30日(金) 20時27分26秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんは。sect.5をお届けします。

ヤマトがイスカンダルから戻ったときのマスコミの熱狂ぶりって,想像するだにすごそうです。
「さらば」では,なんとなく古代くんたちが忘れられてる,みたいな雰囲気でしたが(英雄の丘での佐渡さんのセリフとか),たかが1年ぐらいで「過去の人」になるとはあんまり思えなかったりしています。

なお,青木くんと吉川くんの奮闘努力編は第6章の予定ですので,いましばらくお待ちくださいませ。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  煙突ミサイル  ■2010-12-17 00:23  ID:t.3XWgQsmHk
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新米君が自分に見える今日この頃です。
そして、「技師長!!そういう事は緑ちゃんの意識がある時に
やってあげてくださいよ!!」
なんだか、最近技師長に風当たりの強い自分がいる・・・。
だって、緑ちゃんが可哀そうなんですもん。
No.3  Alice  ■2010-05-20 11:53  ID:RsZmjQ4olvo
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吉川と新米、なかなか味のあるコンビになってきましたね。憎めない新米が、だんだん可愛く思えてきました。(母性本能の一種か?)
データに残っていた緑の深層心理って、テレザートの映像だけだったのでしょうか。真田さんへの想いとか、幼少期の思い出とか、プライバシーに関わるようなことも含まれていたような気もします。
添い寝については、見逃してあげるから、どうぞごゆっくり〜(^^ゞ
No.2  ミュウ  ■2010-05-02 13:59  ID:/rKDRnAh3ks
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うれしーい^^
今回の新米のセリフは技師長ファンの気持ちをまさしく代弁しています〜。
新聞社の出した「宇宙戦艦ヤマト航海記」 読みたいですねぇ。

そして技師長〜♪ あんな顔して(失礼^^;)どうしてどうして女性の気持ちをわかってるじゃないですかぁー^^ それって歳が離れてるからかな?
No.1  メカニック  ■2010-04-30 23:18  ID:LMMpoHtVW8U
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「緑…大丈夫だろうか…。」恐らくみんな悶々とそのことを考えているのでしょう(私を含め)
真田さんの軍規違反の件は…私は何も見ていませんので夢の中で存分に甘えさせてあげて下さい。
総レス数 4

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