第5章 敵影 /sect.3



 ヤマトの映写室は、もともと工場長でもある真田の執務室として計画されたものだったが、真田は艦橋や工作室、設計室などを飛び回って働いていたため、部屋はもっぱらミーティング室や映写室として用いられるようになり、いつしか名称も映写室と変わっていた。
 真田は映写室に入るとすぐにカプセルを再生機にセットした。緑は前回メッセージを聞いた時のことを思い出し、手近な椅子に座った。メッセージは唐突に始まった。
(宇宙のみなさん、私はテレザートのテレサ。…巨大な彗星は次々と惑星を破壊しています。もしこのまま地球も壊滅させられてしまえば、彗星帝国に対抗できる者はだれもいなくなり、宇宙全体が彗星帝国の餌食となってしまいます。一刻も早く、この危機を救う人が必要です。どうか立ってください。時間がありません)
 メッセージの冒頭には前回と同じ裸の女の映像がかぶっていた。しかし、次第にその映像は薄くなり、白色彗星が惑星をのみこんで破壊する映像が続いた。その後、銀河系のどこかと思われる星雲の一部を背景として、緑色に輝く惑星が見えた。惑星にはテレサと思われる女の姿がかすかに重なっている。映像は惑星を中心に回り込み、背景が一二〇度前後旋回した。そしてまた唐突にメッセージは終わり、映像もかき消えた。
(これは…テレサのいるという、テレザートという星なの…?)
 眉をひそめていっしんに聞いていた緑は、メッセージが終わってずいぶんたっていたことに気づき、目を開けた。真田が心配そうに見守っている。
「どうだ、何かわかったか?」
 緑はいま聞いた内容と、自分が見た映像について説明した。真田はうなずきながら聞いていたが、銀河を背景とした惑星を見た、という部分で身を乗り出した。
「やはり見えたか。緑、その映像を再現できないか」
 緑は一生懸命思い出して絵を描こうとしながら、確認のために何度もメッセージを再生した。しかし、脳裏にははっきりと鮮やかな映像が見えているとはいうものの、広大な宇宙に芥子粒のように一面にばらまかれた恒星系を手書きで正確に再現することは不可能だった。緑は真田を見上げて言った。
「都合良く回り込んでくれていますし、この映像さえ正確に再現できれば、コンピュータのスターアトラスに検索させて、数時間程度でテレザートの位置を特定できるはずですね」
「そうだ。…しかし、スターアトラスにかけられるぐらい正確に再現するなんてことは人間の手じゃ無理だな。別の方法を考えよう」
 緑はきっぱりと顔を上げた。
「…これから心理探査室に行って、心理探査機で私の見ている映像を抽出していただけませんか」
 真田は顔色を変えた。
「だめだ!あれは危険すぎる。もともと捕虜の尋問用として作られた機械なんだぞ。精神汚染とか人格崩壊とか、とんでもない結果を引き起こすおそれが大きい。そんなものをおまえに使わせられるか。無茶をいうんじゃない」
 緑は落ち着いた口調で言った。
「以前に操作方法を勉強した時、表層意識に限って探査すれば危険は少ない、とありました。たぶん、このメッセージは、人の意識に働きかけて一定の意味や画像を見せているんだと思います。心理探査機を使ってメッセージの内容と脳波や表層意識の関係性を分析すれば、そのメカニズムが解析できるかもしれません。そうしたら、テレザートの位置が特定できるだけでなく、精神波通信についての翻訳機や、精神波通信機自体も開発できるかもしれません」
 真田の額には一面に汗が浮かんでいた。…謎のメッセージが時空を超えた精神波通信だということがわかってから、真田はそのメカニズムについてさまざまな仮説を立てて検討していた。緑の指摘は、真田がその時に考えたことと完全に一致していたのである。しかし、真田は目を閉じて叫んだ。
「いかん。駄目だと言ったら駄目だ!」
 緑は黙って真田の腕に手を乗せた。真田は目を開いた。緑はじっと真田をみつめている。
「……このままでは、今日のように、また大勢の人が殺されてしまいます」
「…………」
「あなたご自身が操作してくださるなら、きっと大丈夫です。それなら、どんなことがあっても耐えられますから」
 そう言うと緑は微笑んだ。真田はそれを見ると黙って目を閉じ、顔をそむけた。緑は静かに続けた。
「私も、早く敵を倒して、あなたとご一緒にうちに帰りたいです」
 真田は目を開き、ゆっくりとうなずくと緑の両手を握った。



 心理探査室は、沖田の手術の際に手術室として用いられた部屋で、心理探査機と手術台が置かれている。部屋の二階部分には、部屋の外から手術や心理探査の状況を観察できるよう、ガラス張りの観察室が設けられていた。真田は部屋に入るとインターコムをとり、山下を呼び出して伝えた。
「山下、すまないがメッセージの発信源の解析に緑を借りる。2時間後の当直交替までに戻らなかったら、たぶん解析が済んでいないせいだ。悪いが緑抜きで当直しておいてくれ。古代には、何かあったらおれは心理探査室にいるからと伝えるように」
「技師長、まさか緑にあれを使うおつもりじゃないですよね?!」
 真田は黙ってインターコムを置き、緑を見た。緑は心理探査機に座り、大量にある端子を順番に頭のそこここに貼り付けている。真田は近づいてその作業を手伝い始めた。
「メッセージのうち、テレザート星の画像が出るところで指示してくれ。そこをずっとループさせて再生するようにしておけばいいな」
「はい。モニターを私の前にも一つ置いておいていただけますか。…きちんと画像を再現できているか、自分でも見ながらやったほうがうまくいくかもしれません」

 心理探査機には、手首と足首に取り付けるセンサーもあった。それが、いかにも拷問道具のように不吉な印象を与える。…最後にドーム型の探査用スキャナを上から引き寄せ、すっぽりと頭にかぶせると、顔が半ばまで覆われた。
「それでは、始めてください」
 緑の言葉に、真田はメッセージを再生した。途中で緑が映像の開始ポイントを指示する。銀河とテレザートの画像部分が自動でエンドレス再生されるようセットした後、真田は言った。
「本当に大丈夫か。…苦しくなったら我慢せずに言うんだぞ。すぐにやめるからな」
「大丈夫です。お願いします」
 真田は唇をかんで心理探査機のスイッチを入れた。表層意識だけを探査するようセットし、強度のスライダーを慎重に操作する。


 心理探査機のスイッチが入った瞬間、緑は頭を何かで殴られたような衝撃を感じた。無骨な手が頭の中にむりやり侵入して、ひっかき回されているような不快感と痛みを感じる。目の前では鮮やかな銀河がテレザートを中心にぐるぐると動いていたが、かろうじて目を開いてモニターを見ると、モニターにはぼやけた映像が踊っているだけだった。
(だめだわ、こんなピンボケではアトラスにかからない)
 緑は懸命にメッセージに集中しようとした。…次第にモニターの映像ははっきりとした形をとってくるものの、依然薄いことにかわりはない。緑は言った。
「もう少し強くしてみてください。綺麗に抽出できていないようです。大丈夫です、この程度なら全然平気ですから」
 真田は緑の様子を見ながらスライダーを少しだけ押し下げた。…頭痛がいっそうひどくなる。モニターの映像はわずかに濃さを増した。
「まだ、いけます」
「もうやめよう。頭痛がするんじゃないか。…レベル5だ。かなりひどいはずだ」
「痛く…ありません。こんな画像では、使い物に…なりません。お願いします」
 その時、二階の観察室に山下と吉川、青木、新米が駆け込んできた。
「技師長っ!」
 山下の声が聞こえる。緑は黙って真田の手を握った。真田は無言で手元のボタンを押した。観察室と探査室の間にスクリーンが降り、視界を遮断する。真田は通信用のスイッチを入れて言った。
「二人とも了解の上でしていることだ。口出しするな。緑の気が散る」
「しかし、技師長」
「ほかの部下が相手なら俺はこんなものを使わない。これは二人の問題だ。帰ってくれ」
 そう言うと真田は通信スイッチを切った。緑に向き直る。
「これは二人の問題だ。だから、失敗してもかまわない。もうやめよう」
 緑はしばらく黙っていた。頭痛は激しさを増していく。緑は絞り出すような声で言った。
「いや…です…。あと…少しだけ、やらせて、ください。私が、後悔、します。…あと、20、だけ」
 そう言うと、緑は手を伸ばしてスライダーを目盛り2つ分引き下げた。モニターの画像が急に鮮明になる。…しかし、数秒そのまま耐えた後、緑の背中が苦痛にのけぞり、急に力が抜けた。
「緑っ!」
 真田はとっさに心理探査機の出力側電源をカットした。緑はがっくりと椅子に沈み込んでいる。真田は端子をひきちぎるように外すと、緑を抱き上げて部屋から駆け出した。イスカンダルから供与された医療機械はすぐ隣の部屋に設置されている。
…真田の背後では、モニター上でくっきりとした美しい銀河の画像がスクロールを繰り返していた。


 真田は医療機械に緑を横たわらせ、スイッチを入れたが、すぐに機械のハッチが開いた。この機械は心理面の傷に対応するようにはできていないようである。真田はインターコムを取り上げ、山下を呼んだ。
「山下、さっきはすまなかった。…発信源の星の画像抽出ができた。心理探査室にデータがあるから、スターアトラスにかけて場所を特定してくれ。五、六時間もあればできるはずだ」
「技師長、緑は大丈夫ですか」
「心配するな」
 そう言ってインターコムを切り、真田は蒼白な顔で緑を抱き上げた。…緑はぐったりと意識を失ったままである。真田の脳裏では、かつて緑がコスモクリーナーを始動した時の光景が渦巻いていた。

ぴよ
2010年04月28日(水) 18時10分22秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは。遅くなりましたが,sect.3をお届けします。

映写室が実は真田さんの執務室,という話は,ケイブンシャの大百科に載っていました。確かに技師長はあちこち飛び回って仕事してますから,執務室はいらなさそうですね。

心理探査機は,1の13話でガミラス捕虜に真田さんが使ったやつと,2の9話で通信班のミスター拷問係(汗)が使ったやつがありますが,今回は画像としての出番が多くて資料として使いやすかったヤマト2パージョンにしました。…ガミラス捕虜は真田さんにフレンドリーな雰囲気でニコニコとお答えしてたんですが,ヤマト2はすさまじいですよね。機械の性能がバージョンアップ(?)したんでしょうか…

この作品の感想をお寄せください。
No.3  煙突ミサイル  ■2010-12-13 15:22  ID:t.3XWgQsmHk
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ちょっと、技師長、あんたどんだけ緑ちゃんを危険な目に合わせりゃ
気が済むんだ!・・・とみんな言いたいのに我慢してるんだろうなあ、
と思うと気の毒でなりません。
No.2  Alice  ■2010-05-20 11:10  ID:RsZmjQ4olvo
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精神波通信のメカニズムって、その道の専門家が長い時間をかけて試行錯誤の末に解明するような難解な仕組みだと思いますが、それを「今、やっちゃおう」と提案する緑も、「できるかも」と思う技師長も、どんだけ天才なんだぁぁぁ…。
科学者としての純粋な探究心と可能性、そして緑にそんな危険なことをさせられないという思いの狭間で激しく揺れ動いたのでしょうね、真田さん。

しかし緑って、ほんとに心臓に悪い子だ。
No.1  メカニック  ■2010-04-28 19:55  ID:AtHRGSqYRU2
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最初の挿絵で邪な感情を抱いてしまったことを深くお詫びいたしますm(__)m
我が身を呈して情報を得ようとする献身的な緑の行動には尊敬しますが、見ているこちらはハラハラで心臓に悪いです。
今回はコスモクリーナーの時と重なるので悪い予感が…いや、大丈夫だ!!
総レス数 3

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