第5章 敵影 /sect.2



 真田は中央コンピュータ室の当直員を除く技師全員を動員して格納庫の改造に着手した。大型機格納庫との隔壁をいったん除去してハンガーを3段から4段に増加させ、エレベーターで下部の大型機格納庫から昇降可能な構造に変更するという作業は、予想していたよりも困難を伴い、30時間以上を要した。その間、コスモタイガーは上甲板やカタパルトにまるで赤とんぼが止まっているかのように駐機させておくしかなかったため、ヤマトはワープせず、通常航行速度で太陽系外をめざすことになった。そして、ヤマトが十一番惑星付近に差し掛かり、徹夜の突貫工事によってようやく格納庫の改造作業が終了した時、異変は起こった。…前衛監視衛星の付近から救助を求める緊急通信が発せられたのである。ヤマトが急行した時には既に戦闘は終了しており、付近を防衛していたはずの地球防衛軍の太陽系外周艦隊は全滅していた。ヤマトから発進した救命艇は、旗艦「ゆうなぎ」に乗り組んでいた艦隊司令の土方竜だけを救助して帰還した。
 真田は、技術班員に命じて全滅した艦隊の周辺を捜索させ、敵艦船の破片を回収させた。それは、敵の性質を知るための貴重な資料であった。


「どうですか、真田さん」
 古代は緊張した表情で真田の顔をのぞき込んだ。…真田が黙って手元のダイヤルを調整すると、破片に注がれるレーザーが色を変えた。真田はその状況を見ながらキーボードに指を走らせ、いくつかの画面を順番に確認してから言った。
「……ガミラスとも地球とも違う。これは全く新しいタイプの合金だ」
「ええっ、それじゃやっぱり…」
「戦闘現場で発見された破片の形状からしても、あのカブトガニ型の戦闘機の一部だろう。古代、この合金は信じられないような結合構造をしている。どういう製錬技術によるものなのか…少なくとも、これを作った異星人がガミラスや地球をはるかに超越した科学力を持っていることは間違いない」
「……」
「長官に報告するんだ。太陽系外周艦隊が全滅したことを含め、新たな敵が攻撃を始めたことを一刻も早く地球に知らせなくてはならない」
 古代はうなずいた。


 驚いたことに、古代と真田が第一艦橋に戻ると、正面のビデオパネルに藤堂長官が大きく映し出されていた。
「ちょ、長官!」
「古代。…連絡するのが遅れたが、きみたちの出航は、白色彗星を調査するという密命を帯びたもので、長官である私が事前に許可した完全に合法的なものだ。そのことを知らせておこうと思ってね」
 藤堂の手元には、出航許可の文書が置かれている。
(長官…ようやく決裁してくれたのか…)
 真田は安堵が胸を満たすのを感じていた。出航前の苦労の数々があらためてよみがえる。藤堂はうっすらと笑みを浮かべて続けた。
「空間騎兵隊の斉藤はうまくやっているかね」
「…え?」
 面食らう古代に、藤堂は言った。
「実はあれは、私が差し向けた男でね」
「それでは長官は、最初からわれわれのことを…」
「ヤマトと君たちの身柄は私が預かった。頑張ってくれたまえ。ところで、太陽系外周艦隊が消息を絶った。何か情報をつかんでいないか」
 古代はいったん視線を落とした後、スクリーンの下にあるカメラをふりあおいだ。
「長官、太陽系外周艦隊は、敵の攻撃を受けて全滅しました。救助に向かいましたが、生き残ったのはゆうなぎの土方司令お一人です」
「そうか。しかし土方くんが無事だったのは不幸中の幸いだった。私からよろしくと伝えてくれ」
「はい。破片を分析した結果、太陽系外周艦隊を襲った敵は、ガミラスとは違う全く新たな敵であることも判明しました。データは追って送信します。ヤマトはこれから、敵の実態を調査しに向かいたいと思います」
「よろしく頼む。新たな情報が入り次第、報告してくれたまえ」
 その時、突然スクリーンの藤堂の画像が大きく乱れ、通信が途絶した。相原が慌てて計器を確認する。その直後、第一艦橋に女の歌声のような音声が大音量で流れ、スタッフ全員が眼前に浮かび上がる女の姿を見た。相原が叫ぶ。
「例のメッセージです!」
「発信源を探れ!」
 古代が命令する。真田は太田の航法補助席に歩み寄った。電波や音波など、外部からの情報については太田のコンソールが一番情報収集しやすい構造になっている。…しかし、しばらく分析していた真田は、振り向いて古代に言った。
「古代、このメッセージには指向性がない」
「なんですって?!」
「これは、電波でも音波でもない精神波通信だ。しかも、受信状態から見て、おそらく別の次元から時空を超えて送られてきている。…精神波が距離や空間を超越して瞬時に届けたい相手に届く、ということについては、前世紀からずっと研究がされてきた。しかし、そういった研究は、離れた場所にいる双子などが、カードに描かれた丸や三角の記号を当てる程度にとどまっていた。今のこのメッセージは、そんな常識を超えた恐るべき技術か、又は途方もない超能力者が送ってきたものとしか思えない」
 二人が会話している間にも、メッセージは高く低く続いている。第一艦橋にいるだれもが、美しく光り輝く女の姿の後に、銀河系を背景にした緑色の星の姿をぼんやりと見たように感じていた。焦燥感を伴った危機意識があおり立てられることは前回と同様である。その時、突然メッセージは終わった。古代は言った。
「でも、それじゃ、我々はいったいどうしたらこのメッセージの送り主と接触できるんでしょうか?」
「俺に考えがある。しばらく時間をくれ」
 真田はそう言うとメッセージに関連するデータをカプセルに落とし込み、立ち上がった。





 太陽系外周艦隊の全滅した戦場跡で敵艦船の破片を探す任務を終えた後、一班は全員が非番に入っていた。緑は自分の船室に戻った後、隊員服のままベッドに座ってじっと闇を見つめていた。
…破壊された艦艇が漂う宇宙空間は凄惨な光景だった。主力艦一隻、巡洋艦二隻、駆逐艦五隻からなる艦隊には、延べ300人を超える乗組員がいた。それが全て戦死し、多くの者が減圧により宇宙に吸い出されて死亡していた。突然の奇襲を受けたためか、ノーマルスーツを着る暇もなかったと見られ、ほとんどの者が軍服のまま、減圧で全身の血液が沸騰して真っ黒となり、四肢が散乱した見るも無惨な死体と化していた。…ヤマトもイスカンダルへの航海で多数の戦死者、戦傷者を出したとはいえ、これほどの人数が一度に死亡した戦場を見たのは誰もが始めてであり、敵艦の破片を回収に出た一班の技師たちは、あまりの悲惨さに全員が言葉を失って動揺していた。その現場で、ただ一人、口元をひきしめて黙々と作業に没頭していた真田の姿を思い出し、緑は腕の中のぬいぐるみを強く抱きしめた。
(…これでも軍人かしら。ほんとうに自分が情けないわ…。でも、もし技師長があんなことになったら、と思うと恐ろしくてたまらない)
 緑は壁際に飾っておいたフォトフレームを手にとった。ボタンを押していき、笑顔の真田の写真で止める。…こうして自分の船室で以前と同じ真田の写真を見ていると、真田が自分の気持ちをを受け入れてくれたことも、真田との一年間の結婚生活も、何もかもが夢にすぎず、実はまだイスカンダルへの航海からの帰途なのではないかという気がしてくる。そう思いながらじっと写真を見ていると、わけもなく涙がこぼれて止まらなかった。


 真田は自室に帰るとコンソールに向かい、艦内チェックモニターのロックを解除した。
(一班は非番の時間だ。もう寝ているかもしれないが…やはり緑にこれを聞いてもらうしかない)
 緑の部屋のモニターにアクセスする。すると、暗い部屋の中に、隊員服が白く浮かび上がって見えた。…緑はベッドに座り、うつむいてじっと何かを見ている様子である。
(こんなに暗い中でいったい何を見ているんだ…?)
 不審に思って拡大してみると、緑が手に持っていたのは真田の写真だった。細い肩が小さく震えている。真田は椅子を蹴って立ち上がった。


 突然ドアが開いた音に驚いた緑は入口を見た。そこには真田が立っていた。
「技師長…」
 真田は大股に入ってくると、かがみこんで緑の両肩に手をかけ、顔をのぞき込んだ。
「大丈夫か。さっきの戦場の死体の山でショックを受けたんじゃないのか」
 緑は黙ってかぶりを振ると、頬の涙を手の甲でふいた。顔を上げ、微笑んでじっと真田を見つめる。真田は視線を落としてフォトフレームを見た。
「それならいいんだが…。おまえ、こんなものを持っていたんだな」
 真田はそう言うと緑の手からフォトフレームを取った。緑が慌てて取り返そうとする。真田は壁際の棚にフォトフレームを伏せて置くと、緑を立ち上がらせた。
「俺が一緒にいるんだぞ。困ったことがあったら、写真なんかに言っていないで、ちゃんと俺に話してくれよ」
 黙ってうなずく緑の頭を二、三度撫でた後、真田は言った。
「すまないが、またあのメッセージが来た。お前が聞いてみてくれないか。発信源がわからなくて困っているんだ。何か具体的な情報があったら教えてほしい」
「わかりました。すぐに聞きます。…どこにしましょうか」

ぴよ
2010年04月26日(月) 02時14分46秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんは。sect.2をお届けします。

「さらば」のシナリオには,この敵艦分析シーンがあるのですが,放映版ではカットされています。挿絵の分析器はヤマト1の23話のものを使用させていただきました。

テレサのメッセージが何万光年も向こうから届く以上は電波じゃない,ということにすると,今度は発信源探知ができなくなります。じゃあどうやってテレザートの位置情報を手に入れようか,ということになるのですが,映画のように一瞬で判明,というわけにはいきにくいと思うので,この後しばらくはこの問題についてのお話が続きます。どうぞよろしくお願いいたします。

この作品の感想をお寄せください。
No.3  煙突ミサイル  ■2010-12-13 15:17  ID:t.3XWgQsmHk
PASS 編集 削除
写真なんかじゃなくて、直接話しなさい、緑ちゃん!
と思ってたら技師長がちゃんと自分でそう言ってくれたので安心しました。
直接話すって、大事なことよ?緑ちゃん。何を遠慮してるんだ!!
頑張れ、緑ちゃん!
No.2  Alice  ■2010-05-15 08:56  ID:qfj6MjNL4/k
PASS 編集 削除
藤堂長官、美味しいとこ取りだなぁ…。

電波じゃなければ、発信源は探知できない…、勉強になります。でも確かに何万光年の彼方から電波が到達する頃には、地球はとっくに滅びているし、テレサも老婆になっちゃいますもんね。

写真じゃなくて、俺に話せよ…って、そんな痺れる決め台詞、いつの間に言えるようになったんですか、技師長。
No.1  メカニック  ■2010-04-26 09:50  ID:LMMpoHtVW8U
PASS 編集 削除
長官は今までは頼りない感じでしたが、今回はビシッと決めてくれましたね。
外周艦隊全滅は凄惨なシーンでした…。映像ではゆうなぎへ救助に行くところしかありませんでしたが、緑をはじめ、技術班の心労は我々では図り知れません。
テレサのメッセージは全方位の精神波…これは簡単に分析はできないかもしれませんが、真田さんならきっと!
総レス数 3

お名前(必須)
E-Mail(任意)
メッセージ
削除用パス    Cookie 



<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD   編集 削除