第4章 出航 /sect.5


 真田は午前5時の当直交替時間に合わせて第一艦橋に入った。古代や南部、太田らの第一艦橋スタッフも間もなく集合する。機関部では既に補助エンジンの始動に向けた試験回転が始まっており、徳川はその点検のために艦底部に降りていた。各自が担当部署の最終点検を進めている途中、部外者である空間騎兵隊隊長の斉藤始が、佐渡にスカウトされたと称して部下を連れて艦内に入るというアクシデントがあったが、古代が残留を認めたことから同行を許可することになった。…そうこうするうち、時刻は午前6時半を過ぎようとしていた。艦底部から戻った徳川は、第一艦橋を見回すと不審そうに言った。
「古代、島がおらんようだが」
 それは第一艦橋のスタッフ一同の気持ちを代弁したかのような発言だった。島は地下司令部の会合の時、出航に反対すると明言していたのである。生真面目な優等生タイプの島が、反逆罪になる危険を回避する可能性は少なくないと誰もが思っていた。しかし、ガミラス戦で苦楽を共にしてきた頼れる仲間が、ここにきて自分たちと袂を分かつとは、誰も考えたくなかったのである。真田はこの七時間余り、じりじりする気持ちを抑えてずっと島を待っていたため、腕時計を見て思わずつぶやいていた。
「出航まであと30分、来るならとっくに来ているはずだ…」
「やっぱり島さん、チェ、見損なったな」
 南部が吐き捨てるように言う。しかし、徳川は年長者らしく重々しい声で言った。
「いや待て、司令部の監視網にひっかかったのかも知れんぞ」
「じゃ、われわれのことを司令部では」
 慌てた口調の太田に、徳川はうなずいた。
「当然、気づいていて不思議はない」
 その時、相原が緊張した声を上げた。
「司令部からの緊急通信です」
 古代が通信席に駆け寄る。相原はスクリーンをオンにした。そこには、先任参謀が大写しになっていた。
「ヤマト乗組員に告ぐ。長官命令だ。直ちに退艦せよ。諸君の行為は地球連邦政府に対する反逆である。直ちに退艦せよ。命令に従わない場合は、反逆罪で逮捕する」
 古代は司令部からの通信を艦内オール回線に回した。参謀の声が大音量で全艦に流れる。
「もう一度繰り返す。直ちに退艦せよ。地球連邦政府に対する反逆である。よく考えたまえ。今からでも遅くはない」
 真田はその声を聞きながらじっと宙をにらんでいた。
(ついに反逆罪適用通告か。…この分だと発進後にすぐミサイルで攻撃してくる可能性もある。月基地のほうがうまく運んでいてくれればいいが、加藤たちが阻止されたり、同調してこなかった時は、月面基地上空を通過する時にコスモタイガーと戦闘に入る可能性もあるな…)
 古代は艦内オール回線で乗組員に対して自由意思で退艦するよう呼びかけたが、20分待っても退艦者はいなかった。退艦者の有無について各部署からの最終報告が入ると、第一艦橋にほっとした空気が流れる。その時、佐渡が空席になっていた艦長席の上方に、沖田の上半身を刻んだレリーフを飾った。
(発進準備)
 スタッフの誰もが発進を命じる沖田の声を聞いたように感じた。真田はレリーフの沖田の顔を見てうなずいた後、自席のスイッチを入れて大工作室に命令した。
「タラップ上げろ。船台ロックオープン」
 ヤマトのタラップが収納され、ドックの船台にセットされていたロックが工作室からの遠隔操作で解除される。真田は艦内管理席の計器類とスクリーンを次々に切替えて最終確認しながら、沖田が健在であった時のように規律正しく報告した。
「艦内全機構異常なし、エネルギー正常」
 真田の声に続いて、徳川も報告する。
「補助エンジン内圧力上昇、始動10秒前」
 古代は島の代わりに操縦席に座っていた。島の声がどこかから聞こえるような気がする。その幻想を振り払って、古代は声を張り上げた。
「補助エンジン動力接続」
「補助エンジン動力接続…スイッチオン」
 復唱した徳川は着々と発進シークエンスを進めていく。
「補助エンジン低速回転1600、両舷バランス正常…パーフェクト。対水圧ドームへ注水、後部ゲート閉鎖」
 真田は徳川の声を聞いて工作室への指令スイッチを押した。
「ドーム注水」
 その瞬間、第八ドックの天井部分の両側にある注水口から、怒濤のような勢いで海水が注ぎ込まれた。海水はみるみるうちにドームを満たし、ヤマトをのみこんでいく。
「水位5、6、7…」
 真田は水位計を読み上げる。ドック内の機器の破損を防止するためには、満水になった段階で注水を停止する必要があった。
「水位上昇、12、13、14…」
 海水は第一艦橋の窓の外を泡立ちながら渦巻き、上昇していく。
「水位、艦橋を超えます」
 やがて水位計は満水を示すレッドゾーンに入った。
「注水、完了!」
 真田が報告すると注水は直ちに停止した。古代が振り向き、真田に向かって親指を立てる。その仕草には、どことなく不安が隠されているのが見て取れた。…島がいない今、戦闘班長である古代が操縦を担当することに不安を抱くのは無理もない。真田は安心させるようにうなずいた。古代はそれを見て口元をひきしめると操縦桿を握り直した。

「ガントリーロック解除、微速前進0.5」
「微速前進0.5」
 徳川の復唱とともに、ヤマトの補助エンジンが噴射を始めたことによる震動が艦橋に伝わってきた。同時にガントリーロックが解除され、支えを失ったヤマトはゆらりと水中で傾く。古代の額には汗が玉になって浮かんでいた。古代が操縦桿を引くと、ヤマトは不安定に揺れながらゆっくりと前進を始めた。
(とうとう動いた…)
 乗組員の胸に感慨がわき上がる。しかし、古代の操艦は、島のそれとは異なり、かなり危なっかしい印象を与えた。補助エンジンでの低速航行なのに艦体の振動がなかなか治まらない。古代は懸命に操縦桿を操作していた。ヤマトはドックの一部をなす海底洞窟を通り抜け、やがてドックの出口にあるゲート部分までたどり着いた。
「ゲートオープン」
「ゲートオープン」
 古代の指示に真田が復唱する。司令部がゲートを緊急ロックしているのではないかと危惧されたが、六角形のゲートは大工作室での操作で上下に滑るように開いた。ヤマトは遮るもののない海中に進み出た。
「ヤマト海中に進入!」
 心なしか古代の声が弾んでいる。徳川は古代をちらっと見ると言った。
「波動エンジン内エネルギー注入」
 古代はすぐに波動エンジンの点火と発進のタイミングを合わせることの難しさを思い出し、緊張した声に戻った。
「波動エンジン、第2戦速から第1宇宙ノットまであと30秒」
「波動エンジンシリンダーへの閉鎖弁オープン、波動エンジン始動5分前。波動エンジン内圧力上昇、エネルギー充填90パーセント」
 徳川は落ち着いた声で決められた手順を追っていく。古代の肩に力が入り、手が細かく震えているのを見た真田は声をかけた。
「落ち着け、古代。海面に出ると同時に波動エンジンに点火して、ジャンプするんだ」
 古代は黙ってうなずいた。操縦桿を引くと同時に、ヤマトの艦首がぐっと上を向く。
「補助エンジン最大戦速、上昇角40度。海面まであと2分」
「波動エンジン内圧力上昇、エネルギー充填100パーセント。波動エンジン点火、2分前」
 古代に合わせて徳川が報告したその時、第一艦橋に入ってくる人影があった。…人影はまっすぐ操縦席に向かうと、古代の肩に手をかけた。
「古代、上出来だよ」
 振り向いた古代も、第一艦橋のスタッフ全員も、声の主をじっと見つめていた。…それはヤマト航海班の隊員服に身を包んだ島大介だった。
「…島!」
 真田は思わず声を上げたが、島はそれには答えず、笑いながら古代を押しやって操縦席に座った。
「話は後だ。俺がやろう」
 ヤマトはぐんぐん海面に向かって上昇していく。古代は感極まった表情で戦闘指揮席に移った。島が操縦桿を握った途端、ヤマトの不安定な振動はぴたりと止まった。全員の胸に安堵感が広がる。…操縦席に島がいるというだけで、第一艦橋の雰囲気がまるで違ったものになっていた。
「フライホイール始動、10秒前」
 徳川の声に、島はさっと計器類を一瞥して報告した。
「海面まであと30秒。現在、補助エンジンの出力最大」
「波動エンジン充填120パーセント、フライホイール始動」
「フライホイール始動」
島と徳川の報告が重なり合い、艦底部からフライホイールの重厚な響きが伝わってくる。島はカウントダウンに入った。
「波動エンジン点火、10秒前……5、4、3、2、1、フライホイール接続、点火」
 その瞬間、波動エンジンの轟音が艦橋を震わせた。第一艦橋が海面に出る。古代は顔を上げて言った。
「ヤマト、発進!」
 波動エンジンの噴射が海面を叩く。宇宙戦艦ヤマトは艦体からおびただしいしぶきを飛散させながら、未知の危険の待つ新たな航海へと飛び立った。

ぴよ
http://yamatozero.cool.ne.jp/
2010年04月22日(木) 20時08分16秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんは。お待たせいたしました。
前編ラストのsect.5をお届けします。

斉藤が入ってくる順番が少し変わっていますが,部外者(しかも陸戦部隊)がこのシチュエーションでヤマトに入ろうとしたら,たぶんドック入口と舷門で「すわ司令部の手先か!」と大騒動になりそうなので,乗艦のいきさつをはしょる趣旨で入れ替えさせていただきました。
(真田さんの「どうする古代,使い道あるか?」は,もし自分が言われたらショックで即死確実,という捨てがたい名セリフなのですが…)

ようやくヤマトも飛びましたので,次回から後編になります。長田艦長のご尽力で,特製CGIのバージョンアップ版を設置していただき,黒い宇宙背景とカラー背景を両方使用できることとなりました。インターフェースも黒っぽく,宇宙らしくなっております。この場を借りて厚く御礼申し上げます。
また,前編にコメントくださった皆様,ほんとうにありがとうございます。ウルウルするぐらい嬉しいお言葉の数々,なんとお礼申し上げてよいかわかりません。せめてもの恩返しのつもりでこれからも一生懸命挿絵を描きますので,どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  LAKOTA  ■2011-08-05 23:40  ID:ZnrTvDlDIGo
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ということは、11番惑星での戦闘は無いのか。
残念・・・。
No.3  煙突ミサイル  ■2010-11-05 17:40  ID:t.3XWgQsmHk
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どこがどう、というわけではないのですが、この真田さん、好きです。
いや、どの真田さんも好きなのですが、この画は特に。

「どうする、古代。使い道あるかぁ?」は私、最も好きなセリフです〜。
なんか、「技師長バリバリ」じゃなくて「普通の人」っぽくて。
No.2  Alice  ■2010-05-07 10:24  ID:dIgSnKZzEuE
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もう〜〜〜、航海長ったら、なんてもったいぶった登場の仕方!乗艦しているのなら、発進準備からしてくれたらいいのに。古代君がヤマトを洞窟にぶっつけないかとハラハラしました(^^ゞ

古代君の挿絵、いいですね。さらばの画風が見事に再現されています。高校生の頃、本当にこの人が大好きでした。当時の熱い気持ちを懐かしく思い出します。
ヤマトの絵もナイスです。
No.1  メカニック  ■2010-04-23 12:27  ID:IiEEMC5T9WY
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反逆罪なんて関係ない!ヤマトはみんなの未来のために行くんだ!!
最初の挿絵、古代くんの緊張しているところが伝わってきます。
フライホイ−ル接続点火、ヤマト発進から挿絵の流れは感動で鳥肌が立ちました。
みんな、無事に帰ってきてね!ヤマト乗組員並びにぴよさんに敬礼!!!
総レス数 4

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