第4章 出航 /sect.2

 真田はその後すぐ、地球にいた旧乗組員全員に対し、古代と連名でヤマトが廃艦になることと白色彗星についての防衛会議の決定を伝え、敵を偵察して早期に対応するためヤマトで発進することを宣言する通知を送った。間もなく、ヤマトへの乗艦を希望し、出航予定時刻の一時間前までに必ず第八ドックに集合するとの回答が続々と寄せられ始め、通知発送後わずか二時間で、森雪と島大介以外の全ての乗組員が乗艦すると回答した。
…雪は古代から乗艦を固く禁止されており、島からは何の回答もなかった。
 
 海底の第8ドックに到着した真田は、ドック入口で制式マシンガンを掲げて歩哨をしている元技術班員に近づき、手を握った。
「大石。…おまえのようなベテランが歩哨とはご苦労だな」
「いえ、ここにいま司令部の手先が乱入したりしたら困りますから、当然です。うちの班は、緑と青木が本部の開発室からヤマトの設計室へのデータ移行作業中なので、私と古賀でゲートと舷門を担当して乗員チェックをすることにして、艦内の発進点検作業は免除してもらいました」
「そうか。しかしすまない。今回のことは本当にありがとう」
「やめて下さい、そんな水くさいおっしゃり方は…。俺たち、どこに配属されて、どんな仕事をしていても、いつも技師長の部下ですから」
 笑顔でそう言う大石に、真田は胸の奥が一杯になるのを感じながら、もう一度強く手を握り、タラップに向かった。ヤマトの砲塔やエンジンノズル周辺など、いたるところで白地に青いラインの入った隊員服の技術班員が最終点検作業を進めているのが見える。

 見慣れた自分の船室に入ると、真田のベッドは既に寝具をセットしてベッドメークがされており、その上に隊員服一式が揃えて置いてあった。真田は懐かしい隊員服を身につけながら船室内を見回した。下着は引き出しの中に、洗面道具は棚の上に、生活用具一切が整然と並べられ、持参しようと思っていた開発関係の資料やツールも、自宅と同じ配置になるよう整理して机に収納されている。引き出しは少しずつ開けてあり、どこに何が入っているかすぐにわかるようになっていた。着替えが終わればそのまま出て行くだけで良い。一年前に乗艦した際、発進終了後に生活班で寝具を受け取ったり、荷物を整理したりなど、ごたごたした雑務に時間をとられた時とは雲泥の差だった。
(ヤマトの中でまで、おまえにこういう世話をしてもらえるとは思わなかったよ、緑。…しかし、だんだん自分が怠慢になっていきそうで怖いな)
 真田は着替えをすませ、ふっと微笑むと艦内の状況確認のために第一艦橋に向かった。


 それから三時間後、ヤマトの発進準備は完了した。真田は作業終了を確認すると、技術班員に交替で休息するよう指示を出してから設計室に向かった。
(青木が一班Dに移籍されたのは、吉川には酷だが、確かに有り難い配置だ。青木は緑を除けば技術班の中で一番開発関係のスジがいいからな…。白色彗星の艦隊が強敵だとしたら、いま開発中の兵器を早く完成させなければならん)
 そう考えながらも、真田は心の奥底に小さなひっかかりがあることを認めざるを得なかった。青木は吉川に比べると積極的な性格で、イスカンダルへの航海のころから、軽口を叩く形とはいえ、緑に関心があることを隠さなかった。しかも古代守にどことなく似た陽気で派手なタイプで、自分の容姿に自信を持っている様子である。
(全く…これじゃまるでやきもち焼きのバカ亭主だな。緑を他の男に見せたくないなんて)
 真田は溜息をついて自分を叱りつけた。しかし、設計室のドアが開き、白い隊員服を着た緑が振り返るのを目にしたとたん、心の底のひっかかりはますます強くなった。ヤマトの女性用隊員服は身体にぴったりとフィットしたデザインで、身体の線がはっきりと出てしまう。隊員服を着た緑なら、イスカンダルへの航海の間に見慣れていたが、当時は技術班全員が不眠不休の補修に明け暮れており、しかも緑は負傷して長期入院し、生死の境をさまよったこともあって、ただほっそりとはかなげな印象を与えていただけだった。しかし、帰還後一年間の幸せな生活によって緑の体はすっかり女らしさを増しており、ほっそりした印象は変わらないものの、隊員服の胸の周りがかなりきつそうに見える。


 緑は真田の気持ちも知らず、軽やかに駆け寄ると持っていた端末を持ち上げた。
「技師長、月面基地のブラックタイガー隊のみなさんのことですが」
 真田は瞬時にわれに返った。
「ああ。それは俺も気にしていた。…しかし、古賀の暗号回路は月面基地との間では使用できないぞ」
「はい。それで、司令部にわからないように連絡をとれないかと思いまして…」
 緑は端末の画面を真田に見せた。
「私信の形で、本人にしかわからない言葉で書けば、うまくいくんじゃないかと思ったんです」
 端末の画面上、通信ウインドウには、数行の通信文が記されていた。宛先は月面基地の根岸となっている。真田は一読して眉をひそめた。
(訓練所の卒業試験の時のことを覚えていらっしゃいますか。いま、あの時と同じような状態でいます。お会いできるよう祈っています。 緑)
「……これは…いったいどういう意味なんだ?」
 真田は自分の声が堅くなっていくのを意識せざるを得なかった。緑はそれには気づかず、一生懸命に説明を始めた。
「卒業試験のサバイバルテストの時、私の通過していた地域で土砂崩れがあって、スペアのエアーボンベが壊れた上に、足首を捻挫してしまったんです。でも、サバイバルテストは通信ができない前提なので、救助も求められず、そのままエアー切れで死ぬのかと思っていました。その時に同期の根岸さんが来てくれて、エアーを分けてくださった上に、崖の上まで背負って運んでくださったんです」
「………」
「艦載機部隊なしでは、白色彗星との戦闘に勝てるわけがありません。いまは司令部からも反逆者扱いされそうで、全員が絶体絶命の状態ですから、あの時のように助けに来てくださると有り難い、という意味なんですが…。隊長の加藤さんに通信したのでは、あまりにもあからさまですし、既にマークされているのではないかとも思います」
 真田は顔を上げた。緑の背後では青木が何か言いたそうな表情で話を聞いている。真田は青木に声をかけた。
「青木、どう思う。根岸ならこれで参加要請だとわかるか」
「そうですね。たぶん、ヤマトが反逆したという情報と合わせればわかってくれると思います。ただ、一割ぐらいの確率ですが、緑からの駆け落ちの申し込みだと思う危険はありますね」
 そう言うと、青木はにこっと笑った。緑は真っ赤になって黙り込んでいる。真田はしばらく考えた後、青木の肩を叩いた。
「よし。もう一本合わせ技でいこう。青木、おまえから加藤に、明日の午後予定していたコスモタイガーの大気圏脱出用増槽ブースター試験は中止する、と連絡してくれ。理由はプログラムの不具合だというんだ。…古代の結婚式用にテストの予定を入れていたんだが、どのみち式は中止だし、艦載機部隊と合流するなら、むしろ月基地の近くの宇宙空間でのほうがうまくいくだろう。いま加藤と根岸に連絡しておけば、おそらく事情を察知して準備してくれる…と思いたい」
「わかりました!」
 青木はすぐに自分の携帯端末を取り出した。真田は緑を見た。緑は端末を抱えて、唇をかんでいる。真田が問いかけるように見下ろすと、緑は顔を上げた。
「すみません。そんな形で根岸さんにご迷惑をかけるかもしれないとは…思っていませんでした」
 真田は緑の手から端末を取り、根岸へのメッセージを送信して蓋を閉じた。
「人間はどうしても自分の期待する方向に考えてしまう生き物だからな。…艦載機部隊が増援に来てくれるということも期待しすぎないほうがいい」
 緑はうなずいた。青木が後ろから声をかける。
「技師長、送信完了しました。…開発部で開発中のアイテムデータは全部こちらに移行しましたが、今後、どれを優先的に仕上げたらいいですか。やはり、瞬間物質移送機でしょうか」
 真田は振り返った。
「いや。…敵艦隊との接触が近い。まずは敵艦用の探索スキャナだ。その後は多弾頭砲だろう。あのメッセージの女に接触しようとした場合、上陸戦が発生するかもしれん。それに、瞬間物質移送機はまだコアの部分が不確定だからな」
「波動砲のエネルギー集約機構はどうしますか」
「あれは理論的にはたいした手間がかからないから、俺のほうで設計しておくよ。実施設計まで行ってからこちらに返す。それでいいな」
「了解しました!」
 緑と青木は同時に敬礼した。
「よろしく頼む。青木、今度から一班Dだ。大石や古賀と協力して頑張ってくれよ」
「はいっ!」
 うれしそうに顔を輝かせる青木を見ながら、真田はさきほどまでの懸念がどこかに消えていくのを感じていた。
(ああ、俺は本当にヤマトに帰ってきたんだ…)
ぴよ
http://yamatozero.cool.ne.jp/
2010年04月17日(土) 23時32分47秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんは。sect.2をお届けします。

訓練学校時代の根岸くん関係エピソードは前作でちらっと出てきたのですが,詳しいお話は今回が初めてになります。この崖崩れの場面の挿絵を描こうかな,と思ったのですが,なにしろヘルメットに宇宙服状態でイマイチ顔がわからないだろうなあ,ということで,角刈りナイスガイ根岸くんの本編挿絵デビューは次回に譲ることにいたしました。sect.3は月面基地ですので,加藤くんがいっしょに出て参ります。どうぞよろしくお願いいたします。

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No.3  煙突ミサイル  ■2010-11-05 17:20  ID:t.3XWgQsmHk
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真田さんの額の汗が気になる、気になる(^^;
ま、それはいいとして、久々の「白青服」が
なんだか懐かしい気がして、ちょっとうるっときました。
No.2  Alice  ■2010-04-23 17:17  ID:heaggj750lo
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緑…、なにげに巨乳だ…。

女性用の制服ってちょっとなぁ…って常々思っていました。ただでさえ男が多い狭い艦内では刺激が強すぎるし、メタボな女性クルーには酷なデザインですから。すっきりした上着がセットであるといいですね。
No.1  メカニック  ■2010-04-19 08:27  ID:AtHRGSqYRU2
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真田さんも人の子。焼きもちを妬いているのも微笑ましいです。
今まで防衛軍の制服でしたが、緑の隊員服姿を久しぶりに見たらこちらもちょっとドキッとしました(*^^*)目のやり場に困ります!
多弾道砲って真田さんが開発したんですね。
総レス数 3

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