第3章 反逆 /sect.6


「宇宙開発局開発部の真田緑です。長官が御出席予定の、明後日の森雪さんの披露宴のスピーチのことでご連絡があって参りました」
 長官室の手前にある秘書課に出頭し、緑は几帳面に頭を下げた。白いスーツに赤いスカーフの秘書課職員は、みな雪の同僚で、雪が結婚式を前に休暇に入っていることを知っていたため、あっさりと長官室に通してくれた。緑は長官執務室に続く廊下を歩きながら、ポケットのボールペンを見た。キャップのところがかすかに振動している。
(やっぱり、盗聴されているわ…。この分だと監視カメラもあるかもしれない。長官は雪のことをやたらに触りたがるって言うことだから、思い切り近づいてしまったほうがいいかしら)
 重厚なドアを丁寧にノックし、中に入ると、藤堂は満面に喜色を浮かべて立ち上がった。
「やあ、緑くんじゃないか。どうしたんだね、今日は。…いや、いつ会っても君は綺麗だねえ。真田くんがうらやましいな」
 緑は、雪からかねがね聞かされていたセクハラの話を思い出しながら、最大級の笑顔を浮かべた。
「身に余るお言葉を、ありがとうございます。今日は、森雪さんの披露宴の件で、雪さんからのご依頼で、お願いに上がりました」
 そう言いながら、緑はデスクに歩み寄った。藤堂はミニスカートからすらりと伸びた緑の脚をじっと見ている。
「実は、主人が新郎側の代表で祝辞を述べる予定だったのですが、古代さんも雪さんも、長官がお運びくださるなら、ぜひ長官からお言葉を賜りたいと申しておりまして、主人も、長官がいらっしゃるというのに、自分のような者が祝辞を述べるのは僭越だということで、辞退させていただきたいとのことでございます」
 すらすらとそう言いながら、緑は藤堂の椅子のすぐ隣まで近づき、封筒の中の文書を取り出して首をかしげ、再度にっこりと微笑んだ。藤堂は緑がいまにも触りそうなほどそばに来たことに気を良くして、嬉しそうに椅子に座った。天井のすみにある監視カメラらしきものに文書の内容が映らないよう、緑は藤堂に向かってやや前屈みになり、わざと長い髪が藤堂の目の前に垂れるようにして、カメラから文書をガードした。
 藤堂は、当初、髪の輝きと香りに気をとられていたが、目の前に広げられた密約文書に目を落とすと、その内容に目を見張った。文書の冒頭部分には、与党本部の決定事項である旨の序文も付けられている。緑は微笑しながら、藤堂の更迭やヤマト旧乗組員の追放などについて記載された決定的な部分を指さした。
「こちらが、主人が当初準備していた祝辞の予定原稿でございます。もちろん駄文ではございますが、長官から古代さんと雪さんにご祝辞を賜ることが可能でございましたら、ご多用中でいらっしゃると存じますので、長官のご祝辞の叩き台としてこれをご利用いただければ幸いだと主人が申しております」
 藤堂は額に汗を浮かべ、緑の顔を見上げた。緑はさらにもう一度、にっこりと微笑んだ。
「雪さんは美人ですから、帰還の際にもマスコミでずいぶん取材されていました。ですから、お式にも、きっと取材の方がたくさんいらっしゃるのではないかと思います。トップニュースになるかもしれませんね。最近は、個人に対してハッキングとかのプライバシー侵害までして特ダネをとろうとする報道陣も多いですから、披露宴当日はどうぞ長官のお身の回りにお気を付けてお越しくださいませ」
 緑は「トップニュース」「ハッキング」「特ダネ」と言いながら、密約文書のうち、白色彗星が敵性宇宙人である可能性は小さくない、と記載された部分を順番にそっと指で押さえた。その後、手際良く文書を封筒に入れ、藤堂に手渡して、深々と頭を下げた。
「つまらない要件で長官の貴重なお時間を頂戴いたしまして、まことに失礼いたしました。明後日の披露宴でお目にかかりますのを、主人ともども楽しみにいたしております」
 藤堂はしばらく気を呑まれたように黙っていたが、緑が顔を上げると、両手で緑の手を握った。
「緑くん。…いや、私の個人的なことまで、いろいろ心配をかけてすまないね。真田くんにも、ご配慮に感謝すると伝えてくれたまえ。これで私も恥をかかないですむというものだ。これから…うまく運ぶよう、祈っているよ」
 そう言いながら、藤堂は視線だけでうなずいた。緑は祈るような気持ちで最敬礼をした後、藤堂の執務室を出た。





 吉川は緑を車に乗せた後、急発進して観測室に向かった。
「どうだった、長官」
「たぶん、わかってくれた…と思いたいです。うまく運ぶよう祈っている、と言っていましたから」
「そうか、良かったな」
 そう言うと、吉川は横目で緑を見た。切れ長の美しい眼の周りが赤く腫れている。
「あのさ、緑…技師長と、うまくやってるか」
 緑は驚いて吉川を見た。
「どうしたの、吉川さん」
「いや、いいんだ。きみが幸せに暮らしてるなら。…ごめん、変なこと聞いてるよな、俺」
 吉川は慌てた様子で視線を前方に戻したが、緑ははっとして頬に手をやった。いままで気づかなかったが、こめかみの周りの髪は涙で濡れて固まっていた。
「…ご心配かけてごめんなさい。開発部であんなに泣いたりして…。技師長はヤマトで出航した後、もし反逆罪に問われたら、責任をとってご自分が処刑されるおつもりだったらしいの。それでさっきは、あまりみなさんのお気持ちがうれしかったので…」
 そう言うと、緑はじっと膝の上の手をみつめた。吉川は静かに言った。
「技師長もきみも、なんだか生き急いでるみたいな感じがして心配なんだ。もっと自分たちの普通の幸せとかを考えてもいいんじゃないかと思うよ」
 その言葉に、緑ははっと胸をつかれたように顔を上げ、ぼんやりとフロントガラスの向こうを見ながらつぶやくように言った。
「ほんとうは、私も技師長にそう申しあげたいときがあります。でも、本当に責任感の強い方だから……。私のことなら大丈夫です。技師長の背負っていらっしゃる重荷を、少しでも減らしてさしあげたいと思ってるだけですから」
 視線を落として淋しそうに微笑む緑を見ながら、吉川は心の中でもう一人の自分が抗議の声をあげるのを感じていた。
(だから、そのせいで結局、二人して死に急ぐことになるんじゃないか)
 しかし、それはとても口に出せることではなかった。吉川は心の中とは裏腹に、わざと明るい声を出して言った。
「そうだな。…今回の危機が片づいて、また平和になったら、どこか静かなところに技師長専用の研究施設か秘密基地を作ってもらって、そこでゆっくり開発ができたらいいのにな。月基地とかアステロイドみたいな重力が低くて開発がしやすい場所でさ。…技師長のような天才科学者に組織の管理とか政治向きの仕事をやらせておくのって、ほんとに国家的損失だと思うよ。責任感が強くて有能だから、なんでも上手にこなしてしまわれるけど」
 緑はあこがれるように視線を宙にさまよわせた。
「本当に、そんなところで技術班のみなさんといっしょにお仕事できたらどんなにいいでしょうね。技師長もきっとお喜びになると思います。このところ、政府関係の会議の後は、特に疲れていらっしゃるの」
 途中まで明るい声を出していた緑が、また沈み込んだのを見て、吉川はひそかに溜息をつきながら車を観測施設の駐車場に乗り入れた。
ぴよ
http://yamatozero.cool.ne.jp/
2010年04月12日(月) 19時58分12秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
宿直室で原画を描きためたおかげで挿絵の製造がはかどりまして(手の込んだ背景とかメカを描いてない,というのも大きいですが),連日ですがsect.6をお届けします。

個人的には,藤堂さんって,有能なんだか無能なんだか,何を考えてるんだか,いまだによくわからない人だったりします。さらばでは反逆罪通告取り消す前に太陽系外周艦隊の安否聞いたりしてますし(汗)。さらばの冒頭でユキちゃんの肩をがっしりつかみまくっていた印象が強いため,一方的にセクハラ認定してしまいました。もしも藤堂さんの熱烈なファンだ,という方がいらしたらお許しくださいね。

次回sect.7はまた観測室ですが,それで第3章は終わりまして,第4章「出航」に入ります。…いよいよヤマトが飛ぶので,挿絵にメカ満載の予感なのですが,なんとか頑張って乗り切りたいです。どうぞよろしくお願いいたします。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  LAKOTA  ■2011-07-03 17:25  ID:x51ZRpZuCXg
PASS 編集 削除
秘密の研究施設・・・。「ヤマトよ永遠に」や「暗黒星団帝国の逆襲」に登場する小惑星イカロスはその伏線だったんですね。
No.3  煙突ミサイル  ■2010-10-29 13:21  ID:t.3XWgQsmHk
PASS 編集 削除
藤堂長官が実はすごい切れ者で!!という話になるのかと
期待していたのですがただのセクハラ親父なのか!?
次回を待て!(いや、違いますか・・・ははは(^^;)
No.2  Alice  ■2010-04-22 15:40  ID:d7zIwgFWjU2
PASS 編集 削除
ほんとにスパイ大作戦ばりの活躍ですね〜。
それにしても、長官執務室への廊下が盗聴されてるなんて、防衛軍ともあろう組織のセキュリティはどうなってるんでしょう。

緑が結婚しても吉川くんはまだやきもきしなきゃいけないんですね。すごくいい青年だけに、不憫だなぁ…。
No.1  メカニック  ■2010-04-12 23:03  ID:6zz/fZw9Qko
PASS 編集 削除
緑、すごいですね〜。度胸があって冷静で。
真田さん責任感が強いですからね。でも緑の支えがあるから真田さんも思い切りできるのでしょう。
総レス数 4

お名前(必須)
E-Mail(任意)
メッセージ
削除用パス    Cookie 



<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD   編集 削除