第3章 反逆 /sect.7 |
緑は薄暗い観測室に入るとまっすぐ中央コンソールに歩み寄った。スクリーンを見上げながら立ったままキーボードに指を走らせる。吉川はその様子を後ろから見守っていたが、部屋の隅で動く人影があることに気づいた。 「おいっ、誰だ!今日の正午までの間、ここの当直は局長が解除されたはずだろう!」 誰何されて現れたのは新米俵太だった。新米は、おどおどとした口調で言った。 「あの…すみません。当直はしなくていいという連絡はもらっていたんですが、どうしてもこの彗星のことが気になってしまって」 「だからといって勝手に入っていていいということにはならんじゃないか。おれたちは局長のご指示で…」 緑は背後で続く二人のやりとりにかまわず、謎のメッセージを起動させた。がらんとした観測室の中に、高く低く、女の歌声のような音声が流れる。それとともに、周囲から圧迫してくるような異様な雰囲気が体を押し包んだ。 「あ…」 緑は耐えられず床に膝をついた。声は圧倒的な力で頭の中に入り込んでくる。 (いま、私たちの宇宙を、巨大な彗星が席巻しています。白色彗星はあなたがたの地球を襲って壊滅させるかもしれません。危機が迫っています。時間がありません。早く、誰かがこの通信を聞いて、一刻も早く、立ち上がってください) 緑の目の前には、金色に光り輝く女が天に向かって祈る姿が一杯に広がっていた。 (あなたは一体…) 強制的に繰り広げられるメッセージに抵抗するようにその考えを頭に浮かべた瞬間、女の声はさらに大きくなった。 (私は、テレサ…テレザートのテレサ……) その時、強圧的な声は唐突に消え去った。ほっとして目を開こうとした緑は、突然、目の前が真っ暗になり、周囲の光景が透き通っていくのを感じて恐怖した。 (また予知映像なの…お願い、不吉な内容でありませんように) 周囲はいつのまにか宇宙空間になっていた。そこでは、地球防衛軍の主力艦が、周囲に群がるカブトガニのような平面的形状の円盤から激しい爆撃と砲撃を受けていた。主力艦はたちまち爆発し、艦体の至る所から炎が吹き出した。 (ああ…っ!) 映像は唐突に終わった。緑は床に両手をついたまま、しばらく起きあがることができなかった。 (やはり…白色彗星は地球を攻撃してくるんだわ…) その時、緑は、吉川が自分の肩に手をかけて抱き起こそうとしていることに気づいた。吉川の緊張した声がようやく聞こえ始める。 「大丈夫か、緑!しっかりしろ!」 緑はわれに帰ると顔を上げた。隣では、新米も心配そうにのぞき込んでいる。 「あ…大丈夫です…。すみません、メッセージと予知が一緒に来てしまって…」 「ほんとに大丈夫なのか。顔が真っ青だぞ」 緑はかぶりをふるとバッグから携帯端末を取り出した。乱数チップをつなぐ。 「これまで目撃されたのと同じ不審機の艦隊が、地球の主力艦を攻撃していました。謎のメッセージも、白色彗星は地球を攻撃する、早く対応しろ、と言っています。もう選択の余地がありません。技師長にご連絡します。一時からの防衛会議に間に合わせないと」 それを聞いた吉川と新米は顔色を失い、呆然と立ちすくんだ。緑が聞き取った通信の内容と映像の内容を真田に送信すると、たちまちのうちに真田から返信があった。 (防衛会議の内容にかかわらず、明朝0700に出航する。最悪の場合、技術班の有志だけでも決行するから、出航準備を頼む。ただし、防衛会議で発進許可が出た時のために、資材搬入は15時以降にしてくれ。それまでの時間は賛同してくれる者の身辺整理や荷造りのために充てるように。他班の者については、地下都市の会合で説明する。俺はもう家には戻らずにヤマトに直行するから、荷造りと家の整理を頼む。すまない) 緑は真田のメッセージの最後の2行だけを削除して開発室の青木に転送すると、唇をかんで立ち上がった。くるりと振り向いて吉川に言う。 「吉川さん、技師長から出航準備のご指示が出ました。明朝7時出航、本日15時以降資材搬入、それまでは各自の身辺整理と荷造りとのことです。これから自宅に行って荷物をとってきます。吉川さんもご一緒くださるなら荷造りをなさってください。私は資材の手配があるので、荷物を持ったらすぐ開発室に行きます」 吉川はうなずくと、車のキーを差し出した。 「わかった。おれの車を使ってくれ。技師長の荷物もあるし、きみは急ぐだろう。おれの官舎は近いから大丈夫だ。第八ドックの駐車場に乗り捨ててくれていいから」 「ありがとうございます」 緑は吉川に向かって頭を下げた後、少し離れていた新米に歩み寄った。 「これまで白色彗星を観測されてきたからよくご存じでしょうが、あれは宇宙人の艦船です。それが地球に敵対してくることがわかりました。私たちはこれからヤマトで偵察のために出航しますが、そのことと、今日ここで見聞きしたことは、決して司令部や他の方に漏らさないでくださいませんか。局長や、ほかの多くの方の命がかかっています。あなたを信じています。どうかよろしくお願いします」 緑は新米の手を握り、じっと目を見ながらそう言うと、深く頭を下げた。そして、身をひるがえして観測室から出て行った。吉川は新米に近づいて言った。 「おい、聞いたか。もしこのことを漏らすつもりがあるというなら、局長のために、おれはお前をここで射殺してでも阻止するからな」 新米はぼうっと緑を見送っていたが、吉川の言葉を聞くときっとなってにらみ返した。 「私がどうして真田局長のためにならないことをするなんて思うんですか。私は局長にあこがれて防衛軍に入ったんですよ」 「本当なんだな」 新米は強くうなずいた。そして、急に自信なさげな顔になって言った。 「でも、あの人は、どうしてあのメッセージが、白色彗星が地球を攻撃する、って言ってるように聞こえたんでしょう。私には、綺麗な女の人が何か危険を予告してるという程度にしか聞こえなかったんです。それに、予知ってどういうことなのか…」 「ヤマトの乗組員以外には知られていないが、緑には予知能力があるんだ。だから、テレパシー通信についての感受性がおれたちと違うんだろう。これまで緑が予知した映像は100パーセント実現している。その緑が敵艦隊の攻撃を見たというんだ。白色彗星が敵だというのは間違いないさ。だから見ろ、局長だって緑の情報を全面的に信頼してるだろう。…まあ、局長の奥さんなんだから当たり前だけどな」 新米は吉川の顔を見た。 「え、いまの人、局長の奥さんなんですか?!」 吉川はそれには答えず、新米の肩をつかんだ。 「俺たちヤマト技術班の者は、みんな、局長…真田技師長のためならいつでも死ぬ覚悟で仕事してきたんだ。今回だって、出航すれば反逆罪で死刑になるかもしれないが、それでもいいと思っている。おまえ、たとえ司令部に拷問されても、つまらないことをしゃべるなよ」 「…それなら、私も連れて行ってください。そうしたら、よけいなことをしゃべりようがないでしょう」 「なに?」 「ずっと、ヤマトに乗ることと、真田さんの部下になることが夢でした。それがかなうなら、反逆罪だろうが死刑だろうが平気です。自分がヤマトに乗れるような優秀な人材じゃないことはわかってますが、努力だけは誰よりもさせていただきます。これから明日の出航まで、ずっとあなたと一緒に行動しますから、どうかヤマトに乗せてください。お願いします」 新米は瞳を輝かせて吉川を見つめている。吉川はしばらく黙って虚空をにらんでいたが、しぶしぶうなずいた。新米は大声をあげて吉川に抱きついた。 「ありがとうございます!ああ、夢みたいだ。あの隊員服が着られる日がくるなんて。雑用でも便所掃除でも何でもしますから」 吉川は辟易した顔で新米を引き離した。 「お前の着られるサイズの在庫があるかどうかわからないが、倉庫を探してみるよ。ああ…なんだかまた山下さんに怒られそうな気がする」 緑はスーツケースをクローゼットから引っ張り出し、収納ケースの上の段に大切にしまってあった真田の隊員服をそっと入れた。下着や洗面用具などを次々に揃えて入れ、真田の分の支度が終わると、自分用のスーツケースにとりかかる。自分の隊員服を取り出そうと引き出しを開けた緑は、隊員服の下に隠すようにしまってあったフォトフレームを見て胸をつかれた。…それは、イスカンダルへの航海の途中、雪に頼んで隠し撮りした真田の写真を納めたものだった。結婚した後、隠し撮りのことを言い出せず、恥ずかしさから隠したままにしていたのである。思わずボタンを押すと、第一艦橋の艦内管理席に座った真田の横顔が浮かび上がる。その厳しい表情は、イスカンダルへの過酷な航海の途中に起きた戦闘の数々と、そのたびに真田が命をかけて危険な任務をこなしていたことを思い出させた。緑はにじんできた涙をふりはらうと、フォトフレームをスーツケースに入れた。その後、棚の上のぬいぐるみをとりあげ、抱きしめるとつぶやいた。 「熊ちゃん、どうか最後まで技師長をお守りくださいね…」 緑は隊員服と一緒にぬいぐるみをそっとスーツケースに納め、その上からポーチや下着を次々に入れて蓋を閉めた。自宅内を見回す。冷蔵庫の食品類は既にダストシュートに入れてあった。ダブルのベッドは、シーツと上掛けをはがして引っ越したばかりのときと同じ状態に戻してある。それを見ていると、地球に帰還した日、真田の単身者用官舎に二人で戻った時のことが思い出された。真田は官舎の寝室のシングルベッドを見て、苦笑いしながら言ったのだった。 「すまん。どう見ても狭いが、既婚者用の官舎に移れるまでは、ここで我慢してくれるか。もっとも、明日からは本部の工作室に泊まり込みでコスモクリーナーの複製を作ることになりそうだから、ベッドで寝るような贅沢は当分できないかもしれないがな」 その後に続いた甘やかな時間の記憶は、それを失うという恐怖に変わってきりきりと胸を締めつけてくる。緑は激しく首を振ると自分に言い聞かせた。 (いまは考えちゃだめ……この局面を打開して、技師長をお助けして、なにもかも落ち着くまでは、過去をふりかえっている暇はないわ) 緑はきっと顔を上げると二つのスーツケースをつかんだ。そして、振り返らずに官舎から出て行った。 |
ぴよ
http://yamatozero.cool.ne.jp/ 2010年04月13日(火) 20時39分56秒 公開 ■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.3 煙突ミサイル ■2010-10-29 13:27 ID:t.3XWgQsmHk | |||||
新米君がかっこいいなあ。 きっと、おばあちゃんに誇りを持って報告できるんだろうなあ・・。 あ〜、緑ちゃんには熊のぬいぐるみを持って笑えるような 生活をさせてあげたいです。 |
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No.2 Alice ■2010-04-23 15:43 ID:heaggj750lo | |||||
メカニックさんの仰るとおり。「そして振りかえらずに官舎から出て言った」…に、緑の切ない思いが凝縮されている感じがします。 まだ10代、ぬいぐるみを抱きしめちゃうようないかにも女の子な面と、技師長のためなら反逆も厭わない!…という意思の強さが同居する緑、くらくらするほど魅力的です。 新米君も真田さんLOVEだったんですね〜。多分吉川君に射殺は無理。山下さんには怒られるだろうけど、連れていくのがよろしいかと思います。 |
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No.1 メカニック ■2010-04-13 21:50 ID:LABEjfsNLFE | |||||
ついにこのときが来てしまいましたね。もう後には引けません! 吉川くん!優秀ではないけど私もヤマトに乗せて下さい!!! 最後のくだりを読んでいたときまた涙で目がかすむ(TT) |
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