第4章 出航 /sect.4


 設計室では、真田と緑、青木が、各自のコンソールの隅に小さく表示させたニュース映像を時折見ながら、新兵器の設計作業を続けていた。その時、真田のポケットの中で、何かが激しく点滅し、振動した。真田はポケットに手を入れて小さな円筒形の物体を取り出した。それは、真田がいつも司令部制服の左胸につけているコールボタンだった。
「長官からの呼び出しだ」
 緑と青木がはっとして顔を上げる。真田は口の端を少し上げて笑うと言った。
「今夜、おれはヤマト廃艦がショックでヤケ酒を飲んで、つぶれているので出られないということにしておいてもらうさ」
 緑が心配そうに尋ねる。
「情報が漏れたことがわかったので、与党本部の漏洩ルートを逆探知してほしいとか、そういう依頼かもしれません」
 真田はうなずいた。
「おそらくそうだろうな。今の中央電算機室のスタッフのうち、そういう技術を持っているのは旧ヤマト乗組員だけだからな。有能なスタッフがなぜか全員シフト交替して非番になってる、となれば、おかしいと思うのが普通だろう。そろそろ司令部もこちらの動きに気づき始める頃だ」
 青木が遠慮がちに言う。
「当局筋、とか報道されてましたが、おれたちが情報を漏らしたという形にされるとまずいですよね…そういう捏造をしかねない連中ですが」
「そうだな。しかし、野党もそこまで馬鹿じゃないだろう。情報源が与党本部で、与党のほうこそ情報漏洩罪に該当することをしているなんて大切な攻撃材料を、野党が報道陣に提供しないはずがないと思う。それより、今は、ヤマトの乗組員がこのドックに集まってくるところを監視カメラで把握されて、本部が発進阻止に乗り出すことのほうが心配だ」
 緑は手元のデータを確認した。旧乗組員のうち、乗艦予定でまだ到着していない者は、ヨーロッパ地区の基地に派遣されていた二名のみである。
「技師長、残りはあと二人だけです。出航まで7時間もありますが、午前7時の出航予定を早めて、二人が到着次第発進、ということにするのはいかがなんでしょうか」
 真田は笑った。
「島が来てないぞ。…それに、ここまでハデに報道してもらっているんだ。長官が翻意して出航決裁をする気になってくれるのを待つのも重要だな。決裁文書を長官執務室に届ける時間は何時に設定した?」
「出航と同じ明朝7時です」
「じゃあ、やはり待つしかあるまい。…忘れていたが、一班は今日は午後9時から非番だろう。ずっとつきあわせてしまってすまなかったな。青木、朝5時の当直交替まで寝てこい。ゆうべは徹夜作業で寝ていないんじゃないのか」
 青木はにっこりすると頭をかきながら言った。
「…そういえばそうですね。ヤマトに戻れたのがうれしくて、いままですっかり忘れてました。なんだかあの宴会から三日ぐらいたったような気がします」
 その時、緑が立ち上がり、真剣な顔で言った。
「技師長もどうか5時までおやすみになっていて下さい。明日の発進の時には、第一艦橋にずっと詰めておられることになりますし、そのまま戦闘になるかもしれません。設計はこちらできちんと進めておきますから」
青木は緑の表情を見ると、真田にちらっと目をやってそそくさと立ち上がり、「それじゃおれはこれで失礼します」と言い残して逃げるように部屋を出た。真田は出て行く青木の後ろ姿を見送りながらつぶやいた。
「やはりまわりに気を使わせてしまうな…」
 緑はいぶかしそうに首をかしげている。真田の脳裏には、イスカンダルへの航海で緑から聞いたさまざまな言葉がよみがえっていた。
(別にいまに始まったわけじゃない。…こいつはいつでも俺に早く休め、かわりに自分が処理しておく、と言い続けてきたんだった)
 真田は不思議そうに見上げる緑の顔を黙って見つめていたが、いきなり胸に抱き寄せた。緑は目を閉じて顔をうずめる。…真田はしばらくそのまま緑の髪を撫でていたが、やがて口を開いた。
「…みんなの前で、あまり俺のことを心配するんじゃないぞ。…お前が俺に「あまり働くな」と言ってるところなんて、部下たちに見せられたものじゃない」
 緑ははっとして顔を上げた。
「すみません。私、そんな大切なことに全然気がつかなかったなんて」
「心配してもらえるのは有り難いんだが…平たく言うとかなり気恥ずかしいんだ」
 そう言うと、真田は笑った。
「宇宙戦艦に夫婦で乗り込んだなんて前代未聞だろうな。荷造りや船室の整理はすまなかった。本当に助かったよ。…ただ、これから技術班のやつらにはいろいろ気を使わせることになるだろうから、俺たちも気をつけないと」
「はい。配慮が足りなくて、ほんとうにすみません」
「いや。おまえの言っていることは別に以前と変わっていないんだが、聞く側の受け取り方が違うというだけなんだ。…そういえば、吉川は班替えになってずいぶん落ち込んでるようだな」
 緑はうなだれた。
「私があの観測員の方の前でいろいろ見せてしまったので、吉川さんはほかにどうしようもなかったんだと思います。もともと私の責任なのに、こんなことになって、本当に申し訳ないです」
 真田は緑の頭に手を置きながら言った。
「あまり気にするな。俺だってお前と同じ班じゃないんだ」
 驚いたように顔を上げる緑に、真田はもう一度笑った。
「今日、隊員服のおまえを見た時に、つい、ほかのやつらに見せたくないと思ってしまったよ。…これから、みんなの前では以前の航海のときのようにしか振る舞えなくて辛いかもしれないが、しばらくの辛抱だからな」
 そして、真田は優しい声で続けた。
「早くうちに戻れるように、全力で敵を倒そう」






 地球防衛軍司令部では、深夜になって慌ただしい動きが続いていた。藤堂は午後11時過ぎに官舎から呼び出され、防衛会議用の会議室に座っていた。閣僚や官僚が入れ替わり立ち替わり出入りする。
(とうとう報道されたからな。…緑が言っていた「ハッキング」「特ダネ」というのはこのことだったのか。おそらく与党本部のデータがハッキングされて流出したに違いない。ニュースに手回し良く幹事長が来ていたところからすると、攻撃元はやはり野党か)
 藤堂は冷ややかに官僚たちの動きを見ていた。その時、総参謀長が近づいてきた。
「長官、あの情報がマスコミで流れたということは、古代進らヤマトの旧乗組員が漏洩したということではないでしょうか」
 総参謀長は気色ばんでいる。藤堂は落ち着いた声で言った。
「いや、テレビでは与党の選挙対策の内容も詳しく報道されていたぞ。だとすると、彼らではなく、むしろ与党側のどこかから情報が流れたと見るべきではないかね」
 それを聞いて、すぐ近くにいた大統領と財務大臣が顔色を変えた。
「すぐ逆探知をしなくては…!」
 叫ぶ大統領に、藤堂は言った。
「しかし、どうやるおつもりですか。いままでお尋ねしたことはないですが、与党本部のセキュリティ関係はどうなっているんですかな。ちゃんとした担当者がいたなら、その者に調べさせればいいでしょう」
 大統領は動揺して宙に目を泳がせた後、思い出したように言った。
「開発局長の真田くんならコンピュータのことは何でもわかるだろう。彼にやらせたまえ」
 藤堂は溜息をついて立ち上がった。
「連絡はとりますが、こんな時間ですし、彼はまだ新婚です。国家的危機というより、これはむしろ与党の危機という状況でしょう。わざわざ局長を呼び出して技師レベルの仕事をさせるのはいかがなものかと思いますが」
「何でもいいんだ、とにかく呼びたまえ!何がどこまで漏れたのかわからないと、大変なことになる」
 藤堂は真田にコールを入れたが応答はなかった。官舎の電話も留守番応答にされている。大統領のヒステリーは増幅しつつあった。
「こんな時に何をしてるんだ、局長のやつ。中央電算室の技師を誰でもいいから呼んで作業させるんだ。いや、中央電算室なら、ハッキングの履歴をたどれるだろう。すぐにあちらで対応させたまえ!」
 …しかし、中央電算室の当直員は新採用の技師で、ハッキングの履歴をたどるような高級な作業をするには、非番の先輩技師がいないと無理だと繰り返すばかりだった。その間に時間はどんどん流れていく。大統領の怒りは爆発した。
「もういい、真田局長の官舎に車をやって、叩き起こしてすぐに連れてくるんだ。ええい、新婚だろうが夜中だろうがかまわん。このままでは明日朝のニュースでもっと大変なことになる。その前に手を打たないと」
 だが、夜明け前にようやく真田の官舎から戻った事務官は、官舎に人の気配がなく、電力メーターも止まっていた、と報告した。慌てた総参謀長が確認させると、古代の官舎も、他のヤマト乗組員の官舎もすべて無人の様子である。愕然とした総参謀長は第8ドックに続く道路の監視カメラの録画を全て解析するよう指示した。…そこには、昼過ぎころから続々と第8ドックに入っていく元ヤマト乗組員の姿があった。
「こ、これは…反逆だ!」
ぴよ
http://yamatozero.cool.ne.jp/
2010年04月21日(水) 00時33分46秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんは。sect.4をお届けいたします。

以前,第4章はメカ満載の予感,とかお書きしたのですが,結局ここまでは人物に逃げまくり,章立ての関係でメカはすべて次のsect.5に集中することになりました。第一艦橋とヤマト本体だなんて,ああ,どうしたらいいんでしょう…(泣)

次回は本来のヤマトクルーが,本来のセリフのみで勝負する発進シークエンスになります。今度こそ気合いを入れて逃げずにメカ系お絵かきに励みますので,多少お時間をいただきますようよろしくお願いいたします。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  煙突ミサイル  ■2010-11-05 17:33  ID:t.3XWgQsmHk
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緑ちゃんって、案外「天然」なところがあるんですね。
そこがまた可愛い。
真田さんが「気恥ずかしい」とか言う日が来るなんて。
そこがまた可愛い。

でも、地球で何事もなく新婚生活を送る二人にも興味ありますが、
こうしてヤマトに乗っている二人を見るのもやっぱり楽しいし安心する。
ごめんなさい、真田さん、緑ちゃん。
No.3  Alice  ■2010-05-07 10:06  ID:dIgSnKZzEuE
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真田君ならコンピューターのことは何でも分かるだろう!…そりゃ我らが技師長ですから、何でも分かるでしょうけど。
これまでセキュリティ対策を怠っていたことや、選挙優先で地球の危機を真剣に考えていなかったことは、全部に棚に上げたまま、困ったことが起こると、誰かに何とかしろと大騒ぎするあたり、如何にも無能な大統領って感じがします。
反逆に気づくのも遅すぎますし、こんな輩に地球の運命を託すわけにはいきません。

夫婦なのに、夫婦らしい会話すらも遠慮しなければいけない2人が不憫です。
早くおうちに帰れますように。
No.2  なんぶ  ■2010-04-22 16:42  ID:7zCdwJriPao
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ここまでの展開で【英雄の丘】→【ヤマト発進】までのヤマトクルーの動き、反逆を奨励するかのような真田さん心情、
司令部や政治家達の状況、そして藤堂長官の立場など、見事に描かれていますね。感心しました!脱帽です!。
しかも絵がスバラシイです。とくに緑ちゃんの・・・その・・・成長・・・どこがって・・・ますます美しくなって(^^;; 
前回のかっちょイイBT隊二人組も、今回の 困難に立ち向かう直前の夫婦の絆が伺える絵も、拍手喝さいモンです。
もちろん前々回の緑ちゃんは、永久保存デス!!
No.1  メカニック  ■2010-04-21 10:09  ID:iyCGIiSgNpw
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どうしても夫婦の言動は気になってしまうものです。以前と同じ仲間なのですが難しいですね。
ついに防衛軍に見つかってしまいましたが、出航は慌てず急いで正確にです!
総レス数 4

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