第4章 出航 /sect.3 |
「隊長っ!大変です!」 部下の大声に、加藤は振り返った。月面航空隊の駐屯地である月面基地にはパイロット達のための談話室がある。加藤は夕食後、その一角にあるコンソールで、明日予定されている大気圏脱出用増槽ブースター試験のシミュレーションをしていた。 「なんだ、どうした」 「このニュースを見てください。ヤマトが廃艦処分されて、記念艦にされると言ってます」 「何っ!」 談話室に設置されたテレビでは、女性キャスターがヤマトの帰還時の映像を背景に、地球防衛軍司令部がヤマトを廃艦処分にしたことについてしゃべっていた。 「…この決定は、アンドロメダの完成によって、地球防衛軍の旗艦が新しくなったことによるものだということです。ヤマトが記念艦として整備され、公開されるのは来年の予定ということですが、みなさん、あのヤマトの中をご自分でご覧になれる日がくるなんて、楽しみですね」 加藤は茫然と立ちつくしていた。 「なんだと…そんな馬鹿な…」 その時、加藤のポケットの携帯端末が振動した。端末を開くと、開発部の青木からのメッセージが届いていた。 「なに…テスト中止だって!それじゃ、古代の結婚式に出られなくなるじゃないか…」 加藤ははっとして顔を上げ、テレビ画面を見た。 (おかしい。真田さんか緑から直接電話がかかってこないのはどういうわけだ。…テストの依頼の時は、真田さんが「これは結婚式用のテストだからな」と言って笑いながら電話をくれた。絶対にこれは裏に何かある) 加藤は素早くコンソールに戻り、宇宙船団の航行予定表を検索した。…古代の所属する第3区船団と護衛艦15号の出航予定を調べる。案の定、第3区船団と護衛艦15号は、予定を繰り上げて明日の午後、木星のガニメデ基地に出航することになっている。 (これは古代の結婚式をできないようにした、ってことだな。ヤマトの廃艦と関係がありそうだ) じっと考え込む加藤の背後に人の気配がした。加藤が振り向くと、そこには根岸が思い詰めた表情で立っていた。 「どうした、根岸」 「隊長…これを」 根岸が差し出した端末の画面には、緑からのメッセージがあった。 「卒業試験って…確か、緑が事故で死にかけたときのことだろう」 根岸はうなずき、必死に言った。 「隊長、会いたい、っていうのは、助けに来てくれという意味だと思います。真田さんと緑に危険が迫っているんじゃないでしょうか。こんな遠回しな書き方しかできないのは変です。きっと、スパイされてるか監禁されてるんだと思います。明日のテスト、山本のかわりに自分を地球に降下させてくれませんか」 「根岸、テストは中止になったんだ」 「えっ?!」 加藤は立ち上がった。 「今日、ヤマトの廃艦処分決定がされたそうだ。古代は突然出航を命じられて結婚式は中止らしい。真田さんのテスト中止といい、地球で何か大変なことが起きていると思う。…これはきっと俺たちの力が必要になる。いま慌てて地球に降下するより、コスモタイガーを整備して長距離の航行に耐えるよう、増槽ブースターをつけておこう。その方が絶対に役に立つ。元ブラックタイガーのやつらには全員知らせて、いまからすぐ整備に入ろう。地球からの報道にも注意するんだ。いいな」 根岸は尊敬の眼差しで加藤を見た後、さっと敬礼した。 「ありがとうございます、隊長!」 加藤は爽やかに笑った。 「この一年、偵察ばかりで腐ってたが、なんだかワクワクしてきたぜ!」 大工作室では、隅にある打ち合わせデスクで、吉川が新米の前に教科書を積み上げていた。 「いいか。今からおまえに48時間やるから、その間にこの本にあることを全部覚えてこい。宇宙戦士訓練学校の基礎過程の教本ぐらい、本気を出せばすぐ覚えられる。それが済んでから、技術班のイロハを教えてやる。技師長がイスカンダルへの航海のとき、最初に俺たちにレクチャーしてくださった補修ガイダンスの録画があるんだが、今のおまえにそんな高級なものを見せてもネコに小判だからな。48時間の間は当直も免除してやるから、とにかく死んだ気で覚えてこい」 新米は情けない顔で教本の山を見た。8冊ある教本は、どれも細かい文字でびっしりと記載されており、吉川が使用したときのものなのか、付箋があちこちに貼り付けてある。 「2日でこれ全部なんて、無理かもしれません」 「バカ言うな。ノーマルスーツやハードスーツ、エアロックの扱いや、通信器の操作方法、銃器の取り扱い方法、軍隊での基礎的な行動規範なんかが全部出ているんだ。これを済ませてないやつを宇宙戦艦に乗せるなんてありえない。それなのにお前は乗ってしまったんだから、特急で間に合わせろ。言っておくが、真田技師長の部下として働くつもりなら、3日間徹夜で艦外補修するぐらいの根性がないととても勤まらないぞ。とにかく猛烈な仕事の鬼だからな」 新米はひきつった顔でうなずいた。吉川は新米の上腕をつかんで筋肉のつき具合を見ると、眉をひそめて続けた。 「貧弱な身体してるが、筋力トレーニングしたことはあるのか」 「ないです。子供のころから体育は苦手で…」 「話にならん。鋼鉄製の装甲板や重いメカを扱う肉体労働の部署なんだぞ。基礎体力がないやつに勤まるわけがない。これから毎日、最低2時間はFデッキのトレーニングジムで筋トレと持久走だ」 「あの、でも、技師長の奥さんとか、森雪さんとか、女性の乗組員の方もいらっしゃるようですが…」 「知らないのか。緑は重傷を負って入院するまでは、男顔負けの艦外補修や徹夜作業をずっとやっていたんだぞ。細い身体でもちゃんと鍛えてあるんだ。おまえも男ならしっかり鍛えてこい。努力だけは誰よりもする、と言った言葉を忘れるなよ。お前を連れてきたせいで、おれは配置替えされたんだ。どれだけ悔しい思いをしてるか、言ってもわからないだろうが、せめて俺を失望させないでくれ」 新米はうなだれて聞いていたが、最後の言葉の後、吉川の辛そうな顔を見ると、はっとして立ち上がった。 「吉川さん、私のせいでご迷惑をかけて、本当にすみません。あなたのご恩を裏切らないよう頑張りますから、どうか見捨てないで指導してください」 「よし。じゃあ、もう部屋に行っていいぞ。部屋割りは聞いているな」 「はい」 そう言うと、新米は教本を抱えて立ち上がった。吉川は座ったまま言った。 「48時間後にまたここに来い。ただし、そのとき、もし戦闘配置が発令されていたら、自分の部屋から出ないでじっとしているんだ。不慣れなままうろうろしていると命にかかわるぞ」 新米がうなずいて出て行くのを見ると、吉川は深く溜息をついて天井を見上げた。 (こんな馬鹿なことってあるか。せっかくヤマトに乗れたのに、あいつのせいで緑と違う班にされるなんて…) 悔しさに涙がにじんでくる。目を閉じてごしごしと手の甲で顔をこすっていた時、肩に手をかける者がいた。驚いて振り返ると、そこには山下がいた。 「吉川。…配置換えのこと、すまなかったな」 「山下さん…」 「お前の気持ちは知っているが、こういう形で乗艦させた以上、誰かが面倒を見なくてはならん。戦死による欠員も多いし、補充はどのみち必要なんだ。先輩として、なんとかあいつを一人前に育ててやろう。協力してくれるな」 「はい。乗りかかった船です。ちゃんと面倒見ます」 吉川はうつむいたまま答えた。山下は一瞬ためらったが、もう一度吉川の両肩に手をかけて言った。 「ありがとう。おまえもこれから人を使う立場になっていく側だ。使われるより使うほうが、教わるより教えるほうがずっと難しいし、大変だ。これを機会にそのことを一つずつ覚えて、いい技師に成長していってくれ」 山下の言葉に、吉川ははっとして顔を上げた。山下は続けた。 「技師長が前の航海で、部下をまとめるためにどれだけご苦労されていたか、たぶん、あの新米を教えていくことでお前にもわかってくると思う。もっと男を上げて、ただの同期の一人じゃなく、緑に尊敬されるような存在になれ。いいな」 吉川は深くうなずいた。山下は吉川の手を握った。吉川は山下の手を両手で強く握り返しながら、明るい声で言った。 「ありがとうございます、山下さん。おれ、なんだか長いトンネルから抜けたような気がします」 山下は破顔した。 「そうか、良かった。実は第一ドックでもずっと心配していたんだ。これからのお前の成長を楽しみにしているよ」 その時、大工作室の制御室にいた松本が大声をあげた。 「山下さん、ついに来ました!」 何事かと駆け寄る二人に、松本はうれしそうにスクリーンの映像を見せた。そこには、首都メガロポリスの公共放送テレビのニュース番組、「今日の地球」が映し出されている。 「もうだめかと思ってたけど、最終の夜11時のニュースで、ようやく報道が始まりましたよ。こんなに時間がかかるなんて、野党のやつら、よっぽどハッキングがヘタクソなんですね」 画面には大きく「またしても地球に敵対する異星人?!」というテロップが踊っている。他の技術班員もばらばらと集まってきて見守る中、美人キャスターの緊張した声が流れ出た。 「今日は宇宙戦艦ヤマトが廃艦になるというニュースをお伝えしたばかりですが、その折りも折、ついさきほど、極秘の当局筋からの情報で、地球に敵対する新たな異星人が出現している疑いが大きいということがわかりました。今日は、時間を延長してこのニュースをお伝えします。それでは、まず、軍事評論家の大森良和さんに話を聞きます。…大森さん、今回見つかった異星人が「新たな敵」かもしれない、というのは、どういう根拠でわかったことなんですか?」 元地球防衛軍参謀という肩書きを持つ男が現れ、白色彗星が亜空間航行をしていることについて説明を始める。それを聞いていた吉川はうれしそうに言った。 「ざまあみろ、防衛会議の連中がこれについてどう釈明するか見てみたいもんだ」 軍事評論家の隣には、野党の幹事長がちゃっかり座っていた。この後、政府と与党のあり方について批判する予定らしい。技術班員たちは固唾をのんでニュースに見入っていた。 |
ぴよ
http://yamatozero.cool.ne.jp/ 2010年04月20日(火) 01時22分33秒 公開 ■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.4 煙突ミサイル ■2010-11-05 17:28 ID:t.3XWgQsmHk | |||||
加藤さん、根岸君、二人ともかっこいいなあ! その上頭もいい。これまで「地球を救ったヒーロー」だったはずなのに、 どこでどう、こういう頭の回転を必要とするような状況になる可能性を 考えていたんでしょうね。やっぱり、苦労が多かったのかな・・・。 |
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No.3 Alice ■2010-05-07 09:46 ID:dIgSnKZzEuE | |||||
ヤマトって、ほんとにいい職場だなぁ…とつくづく思います。みんな情熱や志があって、自分の仕事に誇りを持ち、後輩育成にもきっちり目を配っている。なかなかないと思いますよ、こんなに人間関係が密で良好な職場って。 上司だけでなく、先輩にも恵まれていますね、吉川君は。 緑に尊敬されるような技師に、君ならきっとなれる。新米君ともども、頑張って! |
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No.2 メカニック ■2010-04-20 15:13 ID:iyCGIiSgNpw | |||||
人を教える立場になって初めてその人の気持ちが分かる。山下さん良いこといいますね。 吉川くんには立派な技師になって欲しいです。 挿絵の二人は映画に出ていそうくらいトップガンですね。 |
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No.1 ミュウ ■2010-04-20 12:08 ID:GD2qxoXcsHg | |||||
う〜ん さすがヤマトクルー! ちゃんと危機感持ってますねー。緑のメッセ−ジを浮付いた「駆け落ちの申し込み」だとは取らなかったのは勿論のこと、ちゃんと「裏」まで読んでます。 軍人のサガと思うとちょっと悲しいですが・・・。 挿絵のふたりを見てスグ「あ トップガン」と思ったのは私だけではないはず^^ |
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