第3章 反逆 /sect.1 |
科学局本部の開発室でアンドロメダの修正後データに基づく飛行シミュレーションをしていた緑は、端末に突然メッセージの入電を示すアイコンが現れたのを見て首をかしげた。アイコンには「生活部 森雪」と表示されている。緑がキーを押すと、画面上にウインドウが開き、雪の顔が映し出された。背後にロッカーが映っているところからすると、どうやら、司令部の女子更衣室からかけている様子である。雪は泣きそうな表情で、なぜかピンク色のミニのジャンプスーツという私服姿だった。 「どうしたの、雪?」 「緑?いまいいかしら。職場にかけて、ごめんね」 「ううん。きょうは休日出勤だし、午後からの進宙式のためにみんな第1ドックに行ってるから、私だけなの。…でも大丈夫?今日は午後から古代さんが帰ってくる日じゃなかった?」 「そうなんだけど、それより結婚式のことで真田さんにお詫びしなきゃいけないことができちゃったの。…ほら、うちのママが旧弊な披露宴にしたいとか頑張ったせいで、真田さんに新郎側の主賓挨拶をお願いしてたでしょう?」 「ええ。スピーチならもう準備済みだから安心してね」 「それなんだけど、ついさっき、長官が突然、「私も出席させてもらうよ」なんて言うのよ!ずっと前に招待状出したのに、返事もしないでおいて、挙式の三日前になって行くって言い出すなんて、うちの祖父ぐらいの年のくせに、非常識すぎるわ!いったい何を考えてるんだか…」 「わかったわ。それで主賓は長官に変更、ということなのね」 「そうなの。真田さんには本当に申し訳なくて…スピーチは順番を繰り下げてお願いすることでいいかしら」 「大丈夫よ、心配しないで。席次とか序列とか、そういうことを気にする人じゃないもの。そんなことより、二人とも、雪のウエディングドレス姿を見せてもらうのを楽しみにしているから」 「それが、古代くんから、いまだに休暇がとれたかどうかの連絡がこないのよ。もし休暇がとれていなかったら、私一人で挙式・披露宴なんてことになっちゃうわ」 雪はこぼれてきた涙を指先でふいた。 「ごめんね、みっともないところ見せて。私には、長官が決裁をギリギリまで伸ばしてるとしか思えないの。今日も、午後からは古代くんと待ち合わせして新居の買い物に行くから、アンドロメダの進宙式にはご同行できません、と言ってあったのに、長官ったら、私がさっき着替えてここから出て行こうとしたら、廊下に出てきて「いやいや、そういう私服も活発な感じで実にいいねえ。やはり、進宙式にこれから一緒にどうかね。ああ、私も来賓席をやめて一般席に座ればいいから、きみはその格好で全然問題ないよ」なんて言い出すし…はっきりいってセクハラとしか思えないわ」 緑は雪の言葉の途中から、コンソールに第3区船団の現在位置とアンドロメダの進宙式の進行予定を呼び出して確認をしていたが、雪が涙声で訴え終わると、呼び出したデータと第1ドックの配置図を雪の携帯端末に転送しながら言った。 「雪、第3区船団は予定より入港が遅れるみたいだから、ギリギリだけど、アンドロメダの発進後にドックからすぐ宇宙港に行けば古代さんの出迎えに間に合うと思うの。第1ドックではGブロックの3扉が一番出口に近いから、長官にはそのあたりにすわってもらって、発進したらご挨拶してすぐに脱出したらどうかしら。エンジンの轟音でうまく抜けられると思うわ。ドックの座席案内図を送ったから、見てね」 雪は感謝の表情で頭を下げた。 「ありがとう。ほんとに緑は頼りになるわ。…今日は緑と真田さんの結婚記念日なのよね。お祝いを言うのが後になって、ごめんね。また奥さん業のこともいろいろ教えてね」 「こちらこそありがとう。でも、私は奥さんらしいことはほとんど何もしてないから…それより早く行かなくちゃ。長官のご機嫌を損ねたら、ほら、古代さんの休暇が」 「そうよね。ああ、古代くんに会えると思って、せっかく綺麗にお化粧したのに台無しだわ…。じゃ、また夜に英雄の丘でね」 緑は、雪がいつもの笑顔に戻ったのを見ると、にっこりと笑って答えた。 「ええ。気をつけてね」 真田は、宇宙港の管制室でアンドロメダのテスト飛行のデータ収集に備えていた。コンソールの端に、第1ドックの進宙式の状況が映し出されている。地球連邦政府の大統領は、地球連邦の旗で飾られたドックの演台で、空々しい美辞麗句を並べて熱弁をふるっていた。 「宇宙の平和、それをもたらし、それを守るリーダーとなるのは、この地球であります…」 危機感の欠如した大統領の顔つきに、真田はあらためてやけつくような焦燥感を感じた。 (この調子じゃ、やつら、選挙が終わるまでは絶対に敵の侵攻の可能性など認めないだろう。…来月末に選挙が済んだころには、白色彗星は太陽系に到達してしまう。月に敵の偵察機が出没しているということは、どこかに前衛艦隊が隠れているということだ。本来、大規模な武力偵察をしながら住民の避難態勢を作らないとまずい段階なんだが…) その時、真田の前のコンソールに、緑からのシミュレーションデータが送られてきた。今朝、進宙式のための警備が解除された直後、ようやく最終図面とシステムデータを受け取ることができたため、その確認を指示してあったのである。問題の大気圏内航行システムに関する部分には、赤字で警告表示がされていた。 (まずい。これでは小型艦が接近したときにかえって航行が不安定になる。本当にニアミスか接触事故だぞ) 真田は急いでアンドロメダの艦橋に連絡をとり、離陸時に宇宙港空域を出るまではとりあえず手動で操縦をするよう依頼したが、アンドロメダの艦長は強硬で、参謀本部から自動航行するよう指示を受けているので変更する予定はないと言うばかりだった。真田はアンドロメダの通過時刻に入港する予定の艦船のリストを確認した。 (第3区船団…古代と相原の艦か。…輸送船団で小型なのは護衛艦だけだから、古代ならよけてくれるとは思うが) 真田は古代宛に警告メッセージを送ったが、その30分後、第1ドックを飛び立ったアンドロメダは、ちょうど入港のため降下体勢に入った古代の護衛艦15号に吸い込まれるように接近していった。護衛艦は降下用に補助エンジンに切り替えて下方噴射を最大にしているため、うまく回避できない。管制官たちが悲鳴を上げる。 「なんだアンドロメダのあの動きは!あれじゃ特攻だ」 「護衛艦15号、取り舵と側方噴射で回避せよ!」 アンドロメダは、護衛艦の艦体をこするように、わずか数メートルの間隔ですれ違い、飛び去った。二つの艦体が離れたことを確認すると、管制室に安堵のため息があふれた。真田も、大きく息をついて額の汗をふくと、アンドロメダから送られてくる制御データに注意を戻した。 |
ぴよ
http://yamatozero.cool.ne.jp/ 2010年04月04日(日) 21時02分48秒 公開 ■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.3 煙突ミサイル ■2010-09-09 15:45 ID:t.3XWgQsmHk | |||||
真田さんのスピーチが聞きたいなあ・・・ と無条件でうっとりしてました、すみません。 アンドロメダともあろうもんが、あのニアミスは何たることか と思っていましたが、納得しました。全自動化も考えものですね。 |
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No.2 Alice ■2010-04-13 10:55 ID:6ChW.ZWEJzk | |||||
そっか〜〜、様々な???な点を、ぴよさんが的確に補足してくださったわけですね。 ほんとに長官ったら、なんてイケズなのかしら。 有能な秘書の結婚に内心は反対だったのでしょうか。 最新鋭艦と護衛艦のニアミスだって、本来なら考えられないこと。 昔はアンドロメダの嫌がらせかと思ってましたが、全自動化の弊害だったのですね。納得しました。 ベソかいてる雪が、なんか可愛らしいです。 |
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No.1 メカニック ■2010-04-04 21:45 ID:LABEjfsNLFE | |||||
あの穏やかなやりとりの裏でこういうドラマがあったのですね…。 確かに結婚式への出席の返事が3日前では挙げる側としては「えええ〜!!!」です。 ましてや主賓クラスの長官ではなおさらのこと…。子供の時は気付かなかったことがいろいろありますね。 アンドロメダもあわや大惨事というところで危機を回避しました。これも古代艦長の咄嗟の判断で回避できたのでしょう(^^) 最新鋭艦がこのありさまでは当分は真田さんの気が休まることがなさそうです。 |
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