第2章 予兆 /sect.2 |
その翌日は土曜だった。真田と緑は休みをとり、いつものようにヤマトの整備をするため第8ドックに向かった。二人がドックに着いた時には、既に技術班の旧乗組員たちが何人も到着して作業を始めていたが、その人数はいつになく多かった。懐かしい顔触れが揃っているのを見て、真田の顔がほころぶ。その姿を見て、遠くから山下が駆け寄ってきた。 「局長!」 山下は顔じゅうで笑いながら真田の両手を握った。真田は強く手を握り返しながら言った。 「元気そうで何よりだ。会えてうれしいよ」 「私もです。吉川から話を聞いた時には、早くここへ来たくておかしくなりそうだったんですが、何しろ責任者なんてものになってしまったんで、アンドロメダの建造が終わるまではどうしても駄目だったんです。三か月も待ちましたが、ようやく終わって、ほっとしましたよ」 「すまんな、おまえに何もかもまかせてしまって。…明日だったな、進宙式は」 「はい。ちゃんと飛んでくれるか、いささか心配ですが」 「冗談だろう。そんなに不具合が多かったのか」 「ええ。…局長が設計なさった後、司令部からわけのわからん追加注文が沢山入ったんです。極秘とか言って直接ドックの現場に命令する形でやられたんで、どうしても抵抗できませんでした。できるだけ肝心な所は変えないようにしたんですが…」 山下のその言葉を聞いて、真田の眉がくもった。 「うーん、そうだったのか。しかし、やつら、そんな重要なことを設計者の俺に何の相談もなく…」 「はい。多分、局長が全自動化に強硬に反対されていたからだと思います。…いま、一番心配なのは大気圏内航行システムなんです。結局自動化させられてしまったんですが、どうも、レーダーと近接質量検知計と反重力システムの連動がうまくいっていなくて」 「なに、そりゃやばいぞ。下手すればニアミスか接触事故だ」 さらに眉をひそめる真田に向かって、山下はにやっと笑った。 「小さい事故なら、いっそ起きてしまった方がいいんです。そしたら、司令部も自動化の危険性を少しは認識しますよ。素人め、あんなどでかいものを反重力装置で飛ばすというのがどういうことか、ちっともわかってないんだから」 真田は心配そうに山下の顔を見た。 「しかし、それじゃ、悪くすればおまえの責任にされてしまうだろう。…今からすぐ行って俺が調整してくるよ」 山下は強硬に首を横に振った。 「いいんです。だいたい、私は第1ドックの技師長なんて柄じゃありませんから、左遷されたらされたでかまいません。局長室の専属掃除係でもさせて下さい。司令部の馬鹿どもと話をしていて、つくづく嫌になりました。…それに、あんな自動化戦艦なんか作っていたせいで、沖田艦長の命日までにヤマトの整備を終わらせられなかったなんてことになったら、夢見が悪いですから」 そう言うと、山下は振り返った。作業台に乗ったもと一班の乗組員たちが、艦体にビームコーティングを施そうと準備している。 「あと少しですから、この分だと今日中には終わらせられますね。いっそ、局長やみんなと一緒にこれに乗って、どこかに出撃できたらいいんですが。…念のために今朝早く来て、食料培養タンクもクリーンアップしておきましたから、その気になれば本当にいつでも出航可能ですよ」 真田は黙ってヤマトの巨大な艦体を仰いだ。ヤマトの背後、暗いドックの隔壁に、白色彗星の姿が見えるような気がする。 (出航か。…そんなことにならなければいいが) 「?」 不思議そうに首をかしげている山下の肩を叩くと、真田は元気をふるいおこすように大きな声で言った。 「よし、冥王星のガミラス基地攻略戦の後みたいに、一気にやってしまおう。俺は波動エンジンとエネルギーラインのチェックに行ってくる。外回りは一班で頼んだぞ」 「はい!」 山下が答えると同時に、一班の者たちは一斉に片手を挙げ、親指を立てた。 その日の午後、整備は完全に終了した。かつて64人だった技術班員は、イスカンダルへの過酷な航海の間に56人に減っていたが、この日、第8ドックにはそのうちの実に52人が集まっていた。旧乗組員たちは、作業がすんでも名残り惜しそうに真田をとりかこみ、なかなか解散しようとしない。真田も部下たちの近況を聞きながら談笑していたが、ふと耳に入った言葉に振り返った。 「…見たっていうのがあの山本なんだから、おれは嘘じゃないと思うんだ。でも、ガミラスの戦闘機とは全然タイプが違ったっていうんだよ。色とか、形とかさ。なんでも、カブトガニとか、エイとか、そんな感じの変わった機体だったんだって」 その声は、緑をとりかこんだ技師たちのほうから聞こえていた。真田が足早に近づいてみると、緑は蒼白な顔で懸命に尋ねていた。 「それで、その機体はいったい何をしていたんですか」 「おれもあまり詳しくは聞いてないんだけど、偵察みたいな感じで月基地の近くをうろうろした後、逃げていったらしいよ。山本が追いかけたけど、猛烈に逃げ足が早くて見失ったんだとさ」 真田は話していた技師の肩に手をかけた。 「谷口。それは、いつのことだか聞いているか」 技師は驚いた表情で振り返り、真田を見て姿勢を正すと言った。 「…今週に入ってからのことのようです。ただし、前からどうもおかしなことが度々あったとは言ってましたから、そいつが初めて現れたのがいつなのかはよくわかりません」 緑は訴えるような目で真田を見上げた。 「同じです。…形が」 真田は黙ってうなずいた。それを見ていた周囲の技師たちは口々に騒ぎ始めた。 「また何か見たのか、緑!」 「新しい敵なのか?」 「地球を襲ってくるのか?」 「どうしたらいいんでしょう、局長!」 真田は周囲を見回した。技師たちはそれを見ると黙って真田の言葉を待った。 「…実は、きのう、緑がまた映像を見た。地球に接近中の白色彗星から大艦隊が発進している映像だ。その映像に出てきた艦と山本が見たという機体の形は似ているらしい。しかし、現段階で判明している情報はこれだけで、まだ敵とも味方ともわからん。…おれはあさっての防衛会議でこの件を調査するよう提案するつもりだが、おそらくもう少し材料がないと政府は動いてくれないと思う。緑の予知能力を知っているのは、同期生とヤマトの乗組員だけだからな。…とにかく、相手の正体が明らかになるまで、この件については口外しないでくれ。おまえたちの協力でこんなに早く整備がすんだことは、本当にありがたいと思っている」 「局長、明日は沖田艦長の命日です。他の班の連中もみんな集まりますから、謎の艦隊についても、きっと、もっと多くの情報が入りますよ。護衛艦隊の古代たちや輸送部隊の島も来るそうですから」 真田はそう言う山下を見てうなずいた。若い技師たちは興奮して肩を叩き合っている。 「もし、新しい敵だったら、俺、またヤマトに乗組ませてもらえるかなあ」 「はるばるイスカンダルまで行くわけじゃないから、こんなに大勢技師ばかり乗せてくれないんじゃないか」 「はみ出すぐらいだったら、おれ、戦闘班でもいいや。実はパルスレーザー得意なんだ」 緑は技師たちの輪からそっと抜け出すと真田の傍らに立った。 「あの…私、これから本部に行ってきます」 真田は振り返り、低い声で答えた。 「山本に連絡だな。…俺は今からアンドロメダの調整に行くから、結果は夜教えてくれるか」 「はい。それと、彗星のデータをもう一度確認して、地球到達予想日時を計算し直してきます。…防衛会議提出用の資料の形にしておけばよろしいですね」 真田は目元をほころばせながら、さらに声を落として言った。 「助かるよ。いつもありがとう。10時までには帰るようにするから」 緑は真田を見上げてにっこりと微笑み、かたまって口々に話し合っている技師たちに向かってそっと会釈すると、ドックを出ていった。 |
ぴよ
2010年03月30日(火) 11時16分59秒 公開 ■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.3 煙突ミサイル ■2010-09-06 09:57 ID:t.3XWgQsmHk | |||||
こういう人の下で働くのって、働き甲斐がありそうですね・・・。 苦労もそれ以上にありそうですが(^^; なんのかんのといいながら、この部下達は すごい実力を持っているんですよね。それがすごい。 |
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No.2 Alice ■2010-04-08 13:21 ID:ZcWG01oTM2I | |||||
アンドロメダの大気圏内航行システムに不具合がある。これって古代君が遭遇するニアミスの伏線ですね。 ストーリーの組み立てが本当にち密で、お見事!としか言いようがありません。 ヤマトの絵、かっこいいですよ。 ちょっとだけど、山本が出てきて、嬉しい(^o^) |
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No.1 メカニック ■2010-04-25 14:49 ID:iyCGIiSgNpw | |||||
ついに彗星帝国の長距離戦略偵察機がやってきましたか…。 それにしても今の司令部にはロクな人間がいないみたいですね。 本編の防衛会議を見ていてもそう思いましたが、設計者に無断で変更をするなんて軍法会議ものです! 挿し絵のヤマト、迫力ありますね(^^) |
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