第2章 予兆 /sect.1 |
「いかがですか、局長」 真田は観測員の言葉には答えず、スクリーンをじっと見つめていた。そこには白い尾を長く引いた巨大な彗星が映し出されている。真田が黙ってキーボードを操作すると、彗星に関する詳細なデータが画面の隅に現れた。 (前面に重力波と高速中性子の嵐を起こしつつ、地球に向かって超光速で亜空間を接近中、か。こんなものが自然物のわけがない。これを操っているやつの目的は…) 真田の表情は険しかった。観測員は心配そうにその表情を見守っている。真田はじっと画面をにらんだまま尋ねた。 「…これを捕捉したのはいつだ」 「私が気付いたのは今朝一番です。記録を確認したところ、ここの観測エリアに入ったのは昨夜遅くのようです」 「他に何か気付いたことはないか」 「今のところは何もありません」 「最優先で観測を続けてくれ。少しでも変化があったらすぐ報告するように」 「わかりました」 真田はふと観測員の顔を見た。最近採用されたばかりなのか、度の強い眼鏡をかけた小柄な若者は見るからに不慣れな様子で、顔を緊張にこわばらせ、額に薄く汗を浮かべている。 (実戦経験がないんだ。無理もないか) 真田は若者の肩をぽんと叩いた。 「よくこの段階で気付いてくれた。ありがとう。…それから、肩の力を抜いておけよ。あまり力みすぎるとかえってデータを見落とすからな」 「はい!」 観測員の顔がぱっと明るくなった。真田は微笑むと観測室を出た。…今後の防衛計画に関して政府首脳と打合せをする時間である。 真田が出ていった後、若い観測員の所には同僚が集まってきた。 「すごいじゃないか!真田局長にほめてもらうなんて」 「おまえ、前から局長にあこがれてたんだろう?」 「うん。おれ、防衛軍に志願して良かったよ。実物に会ったの初めてだけど、やっぱりすごくかっこいいや。天才科学者って感じがする」 観測員…新米俵太は、真田が叩いていった肩を握りしめて、うっとりと言った。 その日、真田の帰宅は遅かった。不安を押し隠して出迎えた緑は、真田の暗い表情を見て胸を痛めたが、精一杯微笑んで言った。 「お帰りなさい」 真田はその言葉に、われに帰ったように顔を上げた。緑はにっこりと笑いながら続けた。 「遅くまでお疲れさまでした。すぐお風呂になさいますか?」 「あ、ああ。ただいま。…すまん、少し考え事をしていたんだ」 緑は微笑んでうなずくと真田の上着を受け取り、奥に入った。真田は居間のソファに腰をおろし、しばらく黙っていたが、やがて低い声で言った。 「緑。…最近、何か映像を見ていないか」 上着にブラシをかけていた緑は、その言葉に動きを止め、凍りついた。真田は振り返った緑の表情を見ると、一呼吸置いて、静かに言った。 「やはりそうか。…何が見えたんだ」 緑は上着を抱き締めたままつぶやくように言った。 「白い彗星です。それが惑星を次々に砕きながら、恐ろしい勢いで…」 そこまで言うと、緑は真田のもとに歩み寄り、足元に座ると泣きそうな表情で真田の膝に顔を伏せた。 「お帰りを待っていた時…ほんの3時間くらい前のことでした。…やっぱり、あれは本当に起こることなんでしょうか。彗星の中から大艦隊が発進していたんです」 真田は緑の髪をそっとなでながら目を閉じた。 (人工物に違いないとは思っていたが、まさか大艦隊まで一緒だとは…) 「まだ敵だと決まったわけじゃない。艦隊といっても、交易船かも知れないだろう。先入観を持って異星人と接触するのはかえって危険だよ」 緑はベッドに入った後も不安そうな表情のままだった。真田が緑を抱き寄せながらそう言うと、緑はようやく少し微笑んだ。 「そういえばそうですね。…彗星だって、何かの自衛装置かもしれないですし」 「ああ。ただ、備えをしておいたほうがいいのは間違いない。防衛会議の連中におまえの見た映像の話をできればいいんだが、話したって信じるようなやつらじゃないしな」 真田の横顔を見て、緑は控えめに言った。 「今日の会議のことですか」 「…ひどい話だった。確かに人口が激減しているから、兵員を増やすのが困難なのはわかるが、宇宙艦隊を全部自動化して、人間なしでも戦えるようにしろ、というんだ」 「そんな…!」 「徴兵制を存続させるかどうかは票に直結するからな。…そんな艦隊で敵に勝てるかどうかぐらい、まともな神経があれば誰だってわかりそうなものだが、やつらは理解しようとしない。アンドロメダには一部自動制御システムを導入したが、あれは人材不足が分かっているからやむなくしたことであって、開発した俺自身、そのほうが戦力増強になるなんて全く考えていないというのに」 「政府の人たちは、ヤマトが強かったのは乗組員の力のおかげだとは考えてくださらないんですか」 「…おれもそのことは言ったが、ヤマトは比較の対象にしにくいんだ」 真田は不思議そうに見守る緑に少し笑って見せた。 「ヤマトは特別な人員構成の艦だったからな」 「どういうことですか?」 「気がつかなかったか?ヤマトの乗組員で一番階級の低かったのは誰だった?」 「私たち新人です」 「そうだ。一番人数の多かったのは18歳の新人で、少尉だった古代や島を除いてほとんどみんな准尉だっただろう。…ヤマトは下士官や兵員のいない艦だったんだ。全員が志願兵で、しかも若い士官。どうしてかわかるか?」 緑は黙ってかぶりをふった。 「ヤマトはもともと、地球脱出のために建造されていた艦だった。それがスターシャのメッセージのせいで、急遽長期間の、しかも成功の見通しのない航海をすることになった。これが何を意味するかということだ。ヤマトの乗組員はガミラスとの戦闘で戦死する確率がきわめて高い。しかし、場合によると、地球人類が全て滅びても、ヤマトの乗組員だけは助かるかもしれない。つまり、平たく言えば、地球を見捨てて逃げてしまえば自分たちだけは助かるということだな。そういう誘惑に勝つためには高いモラルが必要だ。しかも、万一の時には地球人類の最後の生き残りとして乗組員だけで地球の文明を背負っていかなくてはならない。だから、参謀本部は若い士官を中心に乗組員を選抜したんだ。機関部や技術班などベテランの必要な一部の部署では軍曹などの下士官を准尉に昇進させて乗り組ませたがな。だから、班別の縦割り式組織になっていて、全体的に上下の指揮命令関係が曖昧だっただろう。階級を楯に命令されなくても自分から命を張って動く者しか乗り組ませない、そういう艦だったんだよ。普通の艦だったら、一年目の少尉にすぎなかった古代や島が班長として大きな権限を持つなんてことはありえないし、いくら艦長が戦時任官で二階級特進させたからといって古代が艦長代理になるなんてことは考えられないだろう。そもそも副長もいなかったんだからな。それに、若い連中は古代を含めてみんなよく殴り合いのけんかをしていたが、普通なら上官殴打で良くて営倉入り、悪くすれば銃殺だよ」 「そういえばそうですね」 「ああ。あんなに過酷な戦闘を次々にこなしていけたのも、メンバーが粒よりだったからだと思うよ。あれだけ優秀な人間ばかりを選抜して乗り組ませるのは、ヤマトが最後の一隻の戦艦だったからできたことで、平時の宇宙艦隊ではおよそ無理だ。人口が激減して志願兵も底をついている現状ではなおさらだろう。だから、どうしても一部は機械の力に頼らざるをえないんだ。…しかし、機械には限界がある。たとえアンドロメダのスペックがヤマトの倍だったとしても、倍の戦果が上げられるかというとそうじゃない。偉いさんには、それがわからないのさ」 |
ぴよ
2010年03月28日(日) 11時19分55秒 公開 ■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.3 煙突ミサイル ■2010-09-02 14:22 ID:t.3XWgQsmHk | |||||
いくら箱が良くても、中身が優秀でないと 駄目なんですが、お偉いさんにはわからんのですよ! と現場を知る人は言いたい事もあったでしょうね。 ところで自宅での真田さんと緑ちゃん、話の内容は深刻ですが なかなか見られないプライベートシーンがほのぼのしてますね。 |
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No.2 Alice ■2010-04-06 17:20 ID:GJRPD.o9Lw. | |||||
粒ぞろい…、確かにそうですね。 みんな優秀で、性格もそこそこOKで、見栄えもよくて…、こんな恵まれた艦なら、食堂の皿洗い係でもいいから乗艦したいものです。(格納庫のモップ管理係でもアナライザー磨き係でも可) この人たちがいたから、ヤマトが強かった!…と言われると無条件で嬉しくなります。 やっぱり人間の底力みたいなものに期待しちゃうからかな。 |
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No.1 メカニック ■2010-03-29 15:18 ID:LABEjfsNLFE | |||||
ついに平和なときが破られてしまうのですね…。 巨大彗星に大艦隊…それらが地球に与える損害は…。 ヤマトが若手ばかりで構成されていたのはそういうわけだったのですか。 新米くん凛々しくてカッコいいです! |
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総レス数 3 |
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