第1章 朝 /sect.2 |
夜の街に、色とりどりのネオンが輝く。最近できたばかりの繁華街は、一日の仕事を終えた若者達で一杯だった。真田の設計した大型の食料供給プラントが稼働し始め、食糧問題が完全に解決したのは四か月前だったが、それと時を同じくして余剰物資を使ったと称する酒類が製造されるようになり、居酒屋やレストラン、バーなどが次々に開店したのである。 地球防衛軍司令部の制服を着た若い男が、そんな一軒の店のドアを開けた。しゃれた内装のレストランで、店のあちこちに観葉植物が飾られており、照明を薄暗くして各テーブルに小さなランプが置かれている。男が店内を見回すと、店の奥の一段高くなったところにあるテーブルに、同じような制服を着た男が三人座っていた。男は手を上げた。 「すまん、遅くなった」 奥のテーブルの手前に座っていた眼鏡の男が振り向き、ひらひらと手を振った。 「よう、こっちこっち。…ひさしぶりだな、青木」 眼鏡の男の向こう側では、既にかなり飲んでいるのか、若い男がテーブルに突っ伏している。青木は歩み寄りながら言った。 「おい吉川、どうしたんだよ。もうつぶれちまったのか?しょうがないやつだな。…古賀、お前がいじめたんじゃないのか」 眼鏡の男…古賀は、吉川を見て肩をすくめた。 「まさか。こいつが勝手に荒れてるだけだよ。まったく、こんなぼやき酒だとは思わなかったな」 「何をそんなに荒れてるんだ。…って、やっぱりアレか?松本、おまえは一緒の職場なんだろう」 青木は座りながら奥にいたもう一人の男の顔を見た。松本は頬杖をついたままグラスを傾けた。 「そうでもあるし、そうでもないな。こいつ、帰還以来ずっと暗くてさ。一班Dでいい思いをしすぎたんだよ。毎日緑の顔を見て暮らしてたのが、急に野郎ばっかりで宇宙船ドックだろう。まあ、おれだってああいう汗くさい職場なんで多少はヤだけどさ。こいつ、合コンに誘っても来ないし、どうしていいかわかんないよ」 その言葉が聞こえたのかどうか、吉川はテーブルから少し顔を上げると呟くように言った。 「ずっと前からわかってるんだ。…そりゃ、おれなんかがかなうわけないってことは」 それを聞いた青木は呆れた顔で吉川の肩を叩いた。 「おい、ボケたのか?今頃何言ってるんだよ。緑が結婚したのはもう八か月も前だぞ。それに、相手を誰だと思ってる。あのころだって少佐で技師長だったのに、もう今じゃ二階級特進で大佐、しかも宇宙開発局長なんだ。おまけに緑がべた惚れで、今でもあつあつのラブラブときてる。おまえの出る幕じゃないってば」 しかし、その言葉は吉川には聞こえなかったようだった。吉川は再びテーブルに顔を伏せると、うめくような声を出している。古賀が軽い調子で言った。 「ま、俺の考えるところじゃ、これは禁断症状ってやつだね。吉川のやつ、あの航海の間に一応あきらめてた筈なんだ。ずっと緑に会ってないから、虫がわいたんだろ。…それはそうと、最近どうなんだ。忙しそうだな。土曜だってのに、この時間まで残業か?」 「おお。地球に帰ってきたなんて嘘みたいだぜ。月月火水木金金ってのは、開発部のためにあるセリフだな。…局長も緑も、土日もおかまいなしに毎日出てくるんだ。土日とか五時以降は局長も局長室からうちの部屋に来るしさ。そうすると俺たちが休むわけにもいかないじゃないか。毎日やたら遅くまで残業してるし、ほんと大変だぜ。壁に貼ってある開発予定のアイテム表を見るとぞっとするよ」 少し得意そうに青木がそう言うのを聞いて、松本は笑った。 「何言ってるんだ。おまえ、出勤すれば緑とずっと一緒なんだろうが。念願のD班移籍がかなったも同然じゃないか。土日出勤だって、半分は趣味だろ、趣味」 「まあな。そりゃあ、人妻だし、今じゃ中尉さんで階級も俺より上になっちゃったけどさ。でも、いいぜ。朝行くと、可愛い声で『おはようございます』だろ。それに緑、結婚してから、なんていうか、こう、色気が出てさ。目つきとかが時々ぞくっとするくらい色っぽいんだ。…どっちみち手に入る相手じゃなかったんだから、人妻だろうが何だろうが関係ないや。あんなにかわいくて愛嬌のある子と毎日いられるだけで俺は充分だよ。夜、帰る時にさ、あの声で『お疲れさまでした』って言われると、明日もがんばろうって気になるよ」 晴れ晴れとした顔で青木がそう言うのを聞いて、吉川が急にがばっと顔を上げた。 「頼む、青木、俺と代わってくれ」 「嫌なこった。おまえだって去年おれが頼んだ時そう言っただろうが」 がっくりと肩を落とす吉川に、松本が声をかけた。 「吉川、悪いことは言わん。彼女を作れよ。…また来週合コンやるからさ」 吉川はかぶりをふった。 「いやだ。…なんで合コンに来る女って、みんなあんなにブスばかりなんだ」 「おまえ、それは目が肥えすぎてるんだよ。おれはちゃんと可愛い子を選んでるんだぞ」 「もういい。俺はヤマトに乗ってもう一度イスカンダルへ行くんだ!」 吉川がそう叫んだ時、店のドアが開いた。来客を知らせるチャイムの音に何気なくドアの方を見た四人は、そこにいる二人の人影を見て驚愕した。 「局長…!」 「緑…」 そこには、濃紺のジャケットを着た真田と、淡い色合いのワンピースを着た緑が立っていた。 「やあ、みんな揃って、一班の同窓会か?…青木、今日も出勤したのか。緑の分の仕事までさせて、すまないな」 真田は歩み寄りながら言った。緑はその後ろから、控えめについてくる。青木は立ち上がって席を勧めた。 「とんでもありません、局長。…よろしかったらどうぞおかけ下さい。あの、緑…も」 「そうか。しかし、せっかく友達同士で飲んでるところに俺がいたんじゃ気詰まりだろう。あっちの席へ行くよ」 緑の後ろにはウェイトレスが立ち、真田を他の席へ案内したものかどうか、様子を見ている。そのとたん、吉川が勢いよく立ち上がった。いつのまに酔いがさめたのか、顔はすっかり青ざめている。吉川は必死の形相で言った。 「そんなこといいんです。ほんとに、どうかお掛け下さい。このテーブルは広いですし」 古賀はそんな吉川を見ながら、呆れた表情でひとりごちた。 (まったく、現金なやつだな。一緒に座ってほしいのは緑だろうが) 吉川のあまりの勢いに、真田は笑い出した。 「あはは。そう一生懸命言われると、断っちゃ悪いな。じゃ、邪魔させてもらうよ」 そう言うと、真田は軽く振り返った。少し離れて待っていた緑が微笑む。白いレースの衿とカフスがついたワンピースを着て、長い黒髪を揺らしながら小走りに駆け寄る緑は、まるで深窓の令嬢のように見え、輝くように美しかった。 (驚いたな。…青木が自慢するのもわかるよ。結婚してこんなにきれいになってたとはな) ヤマトの隊員服やハードスーツを着た姿しか見たことのなかった古賀は、八か月ぶりに見た緑の変わりように驚いていた。横目で吉川を見ると、半ばほうけたような表情でじっと緑を見つめている。ウェイトレスに真田と緑の注文を伝えていた青木は、振り返ってその吉川の様子を見ると眉を上げた。 「おい、吉川。何をじろじろ見てるんだよ。変態か、おまえは」 「え、あ、いや、そんなことないよ。…すいません、技師長」 「違うだろう、今は局長だってば。まったくなあ…申しわけありません、局長。こいつ最近、新しい職場に不適応で、ちょっとおかしいんです」 横で聞いていて慌てた松本が吉川の頭に手を添えて無理やりお辞儀させながら言う。真田は少し体を乗り出しながら吉川の顔を覗き込んだ。 「不適応だって。そりゃいかん。…吉川、アンドロメダの建造はつまらんか?あの艦は新兵器の拡散波動砲や空間磁力メッキを搭載した新鋭艦だから、要所要所にヤマトの精鋭を配置したつもりなんだが。どんなところに問題があるんだ?」 吉川はうつむいたまま黙っている。気まずい雰囲気を何とかしようとした古賀は、吉川の肩に手を回しながら言った。 「局長、こいつ、単にホームシック気味なんです。ヤマトに帰りたくなってるっていうか…」 古賀は冗談のつもりだったが、その言葉を聞いた途端、吉川はがばっと顔を上げた。目が座っている。そして吉川は叫ぶように言った。 「技師長、帰りましょう、ヤマトへ。俺はヤマトで戦いたいんです!」 吉川の発言に、他の三人の若者達は度胆を抜かれた。一斉に腰を浮かせて押さえにかかる。 「何言ってるんだ、吉川!」 「すいません、こいつ酔ってるんです。見逃してやって下さい」 「吉川、もう帰ろうな」 しかし、真田は三人を押し止めた。 「いいんだ、みんな。吉川の気持ちはわかるよ。…実は俺もさっき、緑と一緒にヤマトへ行ってきたところなんだ」 四人は目を見開いた。 「あるんですか、ヤマトが!」 「ああ。海底の第8ドックで、一応管理は宇宙開発局の管轄になっているから、中に入ることはできるんだ。しかし、あれから全然整備されていないから、随分傷んでいる。予算は全部新造戦艦に回っていて、ヤマトの整備予算は公にはゼロだし、俺たちもコスモクリーナーや食料プラントの製造に追い回されていたからな。今日行ってみて、ショックだったよ。あれはなんとかしなきゃいかん」 「でも、どうして忙しい結婚式の前日に、わざわざヤマトに行ったりされたんですか」 青木の問いに、真田は笑った。 「どうしてかな。緑のドレスを選んだ後、どこか行きたい所はあるかって聞いたら、俺が考えてたのと同じことを言ったんだ。…たぶん古賀のいうホームシックってやつかも知れん。俺は技術屋だからな。今みたいに、局長なんて立場にされて、政治家の偉いさん達を相手にいろいろ下らん説明をさせられたり、事務仕事を山積みされたりするのは性に合わないんだと思う。おまえたちのような優秀な部下に助けてもらいながら、必死に補修や開発をしていたあのころのほうが楽しかったような気がするよ」 「技師長…」 その呼び方を止める者はもういなかった。四人は黙り込み、緑もうつむいている。真田はその雰囲気を引き立てるように言った。 「どうだ、松本。仕事の忙しさは。…休みはとれるのか?」 「はい。三交代でちゃんと休めます。明日も非番ですから」 「そうか。古賀はどうだ」 「今は中央電算機室ですから、当番以外は土日休みです」 「そりゃいいな。…おれも昨日まではずっと休まずにやってきたが、コスモクリーナーの製造のような人の生死にかかわる仕事もやっと終わったし、これからは毎週休みをとろうと思ってるんだ。で、日曜大工でもしようと思っている。まあ、場所は第8ドックだし、費用は宇宙開発局の新兵器実験用の予算を使うつもりだがな」 「技師長!」 「おれも、おれも手伝わせて下さい!」 「今の仕事とバッティングしたら、仕事辞めてでも行きます!」 一斉に叫び出した若者達を見て、真田は苦笑した。 「ありがとう。しかし、間接的とはいえ、みんな今でもおれの部下なんだぞ。仕事をやめられちゃ困るよ。日曜大工なんだから、目立たないようにやってくれ」 一同は笑い出した。青木は目を輝かせて言った。 「技師長、明日、結婚式に来る連中にもこの話をしていいですか。後でわかったら、のけものにしたっていって怒られそうですし」 「ああ。しかし、あくまでも趣味でやるんだからな。内緒の話だぞ。最初は緑と二人でやろうと思っていたんだ」 「わかってます。でも、みんなきっと喜びますよ。作業の段取りは最初の時にご指示いただけるんですよね」 「そうだな。俺は一応あさってまで休暇だが…」 そう言うと真田は緑の顔を見た。緑は大きな目でじっと真田を見つめている。その表情に、真田は今朝のことを思い出し、ふっと微笑むと青木に向き直った。 「すまんな。作業は来週の日曜からでいいか。帰還以来、こいつもずっと休んでいないし、結婚式の次の日ぐらいはゆっくりさせてやりたいんだ」 その言葉に、緑の頬が薄紅色に染まった。それを見た古賀は、吉川が何か言い出さないうちに急いで言った。 「もちろんです。さ来週からだってかまいません。だいたい、八か月も休みなしなんて無理のなさりすぎですよ。…どうだ、緑。奥さん業は慣れたかい?」 緑はにっこりと微笑んだ。 「はい。だいぶ…。でも、ずっと残業が続いているので、まだ夕ごはんを家で作ったことがないんです。みなさんに式の前に家に来ていただくお約束だったのに、全然守れなくてすみません」 なつかしい澄んだ声は、どこか微妙に震えを帯びていて、聞いていると背筋がぞくっとした。 (駄目だな、吉川のやつ、完全に溶けてるに違いない。俺だって危ないや。ちぇっ、いいなあ技師長。家に帰ったら、この子とあんなことや、そんなことをしてるんだよな。まあ、人徳ってもんだからしょうがないけど) 古賀は内心に浮かんだいろいろな妄想を押さえつけると、さりげない声を出した。 「いいんだよ、あれはつい発作的に言っただけだから、気にしなくても。…それより明日、加藤と根岸も出席できるんだそうだよ。新型戦闘機の大気圏突入テストがあるんで、ちょうど地球に戻れるんだってさ」 「ほんとですか!うれしい。ブラックタイガーの方はみなさん月面基地だから、ぜったい無理だと思っていたんです」 手を打ち合わせて喜ぶ緑に、青木が指を立てて言った。 「偶然、ってわけじゃないんだぜ。新型機のテストの日程を決めたのは加藤だからな。しかし、よくナンバーツーの山本をさしおいて根岸がテストメンバーに入れたな」 「根岸のことだ。山本に一服盛ってでも来るさ」 古賀がクールに答える。真田は笑いながら言った。 「そういうことだったのか。…あの新型機はマイクロ波動エンジン搭載の試作機の後継機なんだが、一か月くらい前に、加藤に連絡して大気圏突入テストをしてほしいと言ったら、すまないがテストの日程は少し後にしたい、テストパイロットも自分のほうで選ばせてくれって言われてな。どうしてかと思っていたんだ。…根岸といえば、宇宙要塞の時にハッチを開けてくれたのはあいつだそうだな。ずっと知らなかったせいで、俺はいまだに礼も言ってないんだ。会えることになって良かったよ」 吉川は不安そうに真田を見た。 「そんなことをおっしゃって、根岸のやつ、行動力があるから、式の前に緑をさらって新型機で逃げる気かもしれませんよ」 「うーん、それは困るな。…しかし、新型機を設計したのは緑だからな。後部座席にも操縦装置があるし、緑にその気がない限り、さらうのは無理だろう。どうする、緑。根岸と逃げるか」 真田は笑って緑を見た。緑はまっ赤になった。 「もう、からかわないで下さい。それじゃ根岸さんに失礼です。まったく、吉川さんたら、いいかげんなことをいっちゃダメですよ!」 「だってさ、根岸のやつ、あの時、艦載機発進口を開ける前に『これでおれも同罪だからな。おまえ一人に抜け駆け心中なんてさせるもんか』って俺に言ったんだぜ。あいつならそれぐらいやりかねないってば」 吉川は酒でやや怪しくなった口調で抗弁する。他の三人の若者はそれを聞いて口々に騒ぎ始めた。真田が手を挙げて押し止める。 「まあまあ、待て。みんな、まだろくに食べてないんだろう。今日は俺がおごるから、好きなだけ注文してくれ。俺のことを殴りたいと思ってるやつは大勢いると思うが、明日、式が終わったら順番に希望者の相手をするから」 「そんな…!やめて下さい」 目を見開いて抗議する緑に、真田は笑って見せた。 「大丈夫だよ。…実は帰還してから義手義足を改造したんだ。白兵戦用にだいぶパワーを上げてしまったから、いささかアンフェアな戦いになるが、相手がみんな若いから、大目に見てくれるだろう。まあ、俺も顔面やボディーにヒットするとかなりつらいが、頑張ってみるよ」 |
ぴよ
2010年03月22日(月) 11時05分30秒 公開 ■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.3 煙突ミサイル ■2010-08-31 11:14 ID:t.3XWgQsmHk | |||||
吉川くん、可愛いですね。顔見えないけど・・(^^; 古賀くんがなかなか好みですわ。 そうか、真田さんにはこんなにいい部下達がいたんだな、と 改めて思いました。ヤマトには何人も載ってんだから当り前なのに 「本編」では書かれてないなんて勿体ないですよね〜。 |
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No.2 Alice ■2010-04-05 12:16 ID:RsZmjQ4olvo | |||||
いいんですよ、ぴよさん、出向前の話に思いっきりページを割いてくださって。 ヤマトが飛び立ってからの粗筋は周知のことですから、知られていない部分を書いてくださった方が、ストーリーが膨らみます(妄想も!)し、信ぴょう性も増します。 イスカンダルから帰還して反逆者として飛び立つまでに、飲みながらみんなでワイワイやる、こんな場面もきっとあったでしょうね。 何気ない一時がどれだけ貴重で幸せな時間だったのか、きっと出向後にそれぞれが改めて噛みしめることになるのでしょう。 それにしても、山本君、一服盛られて大丈夫だったのか? |
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No.1 メカニック ■2010-03-23 18:11 ID:AtHRGSqYRU2 | |||||
真帆ちゃんには申し訳ないですが…緑のワンピース姿いいです!! もしこの場に私もいると思うと…吉川くんや古賀くんの気持ちがよくわかります。 真田さん羨ましい!!!そして真帆ちゃんごめんね!! |
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総レス数 3 |
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