第8章 地球よ、ヤマトは帰って来た /sect.5 |
真田は艦内ベルトウェイに乗って進んでいた。遠くから乗組員の叫びが聞こえてくる。 「地球だ、地球が見えてきたぞ!」 「展望室へ行け!」 大勢の乗組員が、真田の横を駆け抜けていく。…次々にやってくる人の波は、一様に展望室をめざしていた。真田はポケットに手を入れたまま、ひとりその流れに逆らうように医務室のあるブロックに向かって運ばれていく。やがて、廊下の向こうに医務室が…そして、その奥にある霊安室のドアが見えてきた。 霊安室のドアが開くと、中から冷気が塊となって流れ出してくる。真田は暗い部屋の中に踏み込んだ。…霊安室の壁面には冷凍ケースのハッチが一面に並んでいたが、部屋の中はがらんとしており、置かれているのは処置用の寝台が一つだけだった。その寝台には上からすっぽりとシーツがかぶせられている。真田はゆっくりと寝台に近寄り、シーツの端をつかんで静かにめくった。 緑は入院していた時と同じ、白い衣服を着せられていた。雪が整えたのか、長い髪は輝きながら白い顔のまわりをとりかこみ、枕の上にふわりと広げられている。真田はじっと緑の顔を見つめていた。ととのった繊細な顔は、いまも生きている時と同じようにやさしく、愛らしく、夢見るように美しい。真田は寝台の横に膝をついた。緑が死んだという動かしがたい事実が、ずっしりと重くのしかかってくる。やがて、目の前の緑の顔がにじみ始めた。…涙は一度流れ始めると堰を切ったようにあふれ出て止まらなかった。真田は寝台に肘をつき、組み合わせた手を額に押し当てた。これまでずっと押さえていた嗚咽がもれる。固く閉じた瞼の裏に、緑の姿がつぎつぎによみがえった。 ……ハードスーツを着て、じっと真田を見上げている緑。入院している真田に食事をとらせようとしてスプーンを差し出し、頬を染めながらはにかんでいる緑。設計室で嬉しそうにほほえみながらデータを差し出している緑…… (許してくれ。おれは……ずっと前からお前の気持ちに気づいていながら…技師長としての立場とか、義手義足とか、どうでもいいことにこだわって、こたえてやれなかった大馬鹿野郎だ) 真田は目を開いた。涙でぼやけた視界の中央に、白い緑の顔だけがほんのりと浮かび上がっている。その小さな口元にはかすかなほほえみが漂っていた。真田は新たに溢れ出した涙を振り払うように激しくかぶりを振った。 (いや、違う。…おれは…どんどん大きくなっていく自分の気持ちを恐れていたんだ。一度でも口に出せば、押さえきれなくなることがわかっていたから……) 真田は手をのばし、そっと緑の頬にふれた。頬にかかっていた数本の髪をなでつける。そして、頬を包み込むように指をすべらせた。その瞬間、真田の心臓はぎゅっと収縮した。 (脈?脈があるだと!) 懸命に首筋をまさぐる真田の指先に、脈はかすかに、震えるように伝わってくる。次の瞬間、真田は緑を仰向かせて人工呼吸を始めていた。その間にも、指先に伝わる脈拍は次第にしっかりしたものになっていく。 (神様…!どうか、どうか緑をお助け下さい!) 心が燃え尽きるほど必死に祈りながら、真田は懸命に息を吹き込み続けた。そして、十数回目に息を吹き込んだ時、緑の喉が咳をするようにわずかに動いた。真田は緑の額に手を当てて叫んだ。 「緑、しっかりしろ、緑っ!」 そう叫びながら、ふたたび息を吹き込もうと顔を近づけた時、緑が顔を動かした。胸が大きく動き、息を吸い込む。そして、数回続けて呼吸した後、まぶたが震え、緑の目がゆっくりと開いた。まだ視力が戻っていないのか、その視線はぼんやりと宙をさまよっている。 「聞こえるか、緑!しっかりしてくれ!」 真田が緑の頬を両手ではさんで言うと、緑の瞳が急に焦点を結んだ。みるみるうちに顔に表情が戻ってくる。緑は真田の顔をみつめて唇をふるわせた。 「苦しいのか?待ってろ、すぐ佐渡先生を呼んできてやる」 緑はかすかに顔を左右に振った。真田が緑の上にかがみこみ、顔を近づけると、緑はささやくようにかすかな声で言った。 「技師長、の……お体、は…」 真田は緑の手を握った。胸の内の涙が再びあふれそうになる。唇をかんでその涙を押し戻し、かぶりをふると、緑は弱々しく微笑んだ。真田は両手に力をこめて緑の手を握りしめた後、インターコムに飛びついた。 佐渡は医務室におらず、インターコムの呼び出しに答える者はいなかった。真田は緑のもとへ戻り、壊れ物を扱うようにそっと抱き上げて医務室に運んだ。緑はぐったりと真田の肩に頭をあずけている。真田はイスカンダルの医療機械に緑を横たえ、スイッチを入れた。ランプが点滅し、機械は緑をすぐにカプセルに運び込む。そして、永遠とも思えるような二十分間が過ぎ、カプセルの蓋が開いた。 「緑…!」 真田はカプセルに駆け寄った。緑は目を開き、ゆっくりと上体を起こそうとしている。真田は腕をさしのべて緑を抱き上げた。緑の顔には血色が戻り、呼吸もさっきまでのように苦しそうなものではなくなっていた。ほっそりした体から伝わる暖かな体温が、回復の確かさを物語っている。真田は緑を抱いて奥の病室に向かいながら言った。 「しばらくいつもの病室のベッドで休んでいるんだ。あそこなら、自動で検査もできるはずだ。すぐに佐渡先生を探してきてやるから、待ってるんだぞ」 「技師長…」 緑は真田を見上げた。真田は厳しい表情で前を見ていたが、緑の視線に気付いて微笑んだ。真田のゆっくりとした心臓の音が聞こえる。緑は必死に言葉をさがしたが、出てきた言葉はまるで他人の声のように響いた。 「わたしは、もう大丈夫です。どうかご心配なさらないで下さい」 真田は眉をひそめた。 「無茶をいうんじゃない。…おまえはこの四時間の間、仮死状態だったんだ」 緑はうつむいた。真田は緑を抱いたまま、いつか緑が入院していた病室に入り、空いていたベッドに緑を下ろした。検査用のセンサーを腕につなぐ。 「五分くらいで一応の結果が出るはずだ。すぐに先生を呼んでくる。…あと二時間もすればヤマトは地球に着陸する。その前に診てもらったほうがいい」 そう言いながら、真田は枕元のパネルを操作した。すぐに医療コンピュータが作動を始める。緑は操作を続ける真田をじっとみつめていた。 (あと二時間で地球に…) ヤマトが出航した時のパレードが脳裏に浮かぶ。真田は古代や島とともに行列の先頭を堂々と行進していた。あの時、緑ははるか後方からその姿をあおぐことしかできなかった。そして第三ドック…地球防衛軍のドックは日本だけでも十二ある。 「技師長」 緑の手は、それと意識しないうちに、設定を終えて出ていこうとした真田の袖の端を握りしめていた。真田が驚いて振り返る。緑はうつむいて顔をそむけたが、押さえようとした時にはもう涙が溢れ出していた。真田は緑の頬に伝わる涙を見ると、ベッドの横に膝をついて顔を覗き込んだ。 「どうした、苦しいのか?どこか痛むのか?」 真田の心配そうな表情と、優しい声は、緑の胸の中で張り裂けそうになっているものをさらに大きくした。緑は震える声でかろうじて言った。 「地球……もう、地球に着くだなんて…」 「ほんとうにどうしたんだ。おまえのおかげでヤマトは助かったんだぞ。放射能ガスは消え、ガミラス艦も空間磁力メッキで撃破した。コスモクリーナーの欠陥もすぐに改造できる。もう何も心配することはないんだ」 緑は弱々しくかぶりをふると顔を上げた。いま、ほんとうの気持ちを口にすることはできない。しかし、じっと瞳をのぞきこんでいる真田の顔を見た瞬間、激情が緑を押し流した。 「地球に着いたら、ヤマトの乗組員はみんなばらばらになって、私も技師長のおそばにはいられなくなります。だから…」 緑はそこまで言うと口元を覆い、声をたてずに泣き崩れた。 真田は肩を震わせて泣いている緑をじっと見つめていたが、やがてその頬をそっと両手でつつみこんだ。緑がはっとして顔を上げる。真田は静かに言った。 「そのことなら大丈夫だ。もっとも、おまえの気持ち次第だがな」 緑は目を見開いて真田の言葉を聞いている。真田は長い間胸の奥に押さえこんできた思いを口にした。 「緑、おれはおまえをずっと想ってきた。できればそばにいてほしい。…いつまでも」 それはしみいるように優しい声だった。緑の涙にぬれたひとみがいっそう大きく見開かれる。真田は緑を胸に抱き寄せた。黒髪の優しく甘い匂いが腕の中に満ち、その香りは真田のせきとめられていた思いを一気にあふれさせた。目を閉じて緑の細い肩を抱きしめると、つい数時間前、絶望しながら工作室で冷えてゆく緑の体を抱いた時の思いがよみがえる。真田は緑の髪に顔をうずめながら激しく言った。 「愛している。…もう、おまえを失いたくない」 「技師長…」 真田の胸の暖かさと、その腕の感触が、茫然としていた緑をわれに帰した。緑は真田にすがりつき、その胸に頬を押し当てて、震える声で言った。 「好きです。ずっと…技師長だけをお慕いしていました。…私は…」 涙があふれて言葉が続かない。真田は緑の頬にそっと手をふれて顔を仰向かせた。震える唇に深くくちづける。やがて緑の両腕が真田の頸に回され、二人はこれまで耐え続けた長い日々を取り戻そうとするかのように、固く抱き合った。 その時、医療コンピュータが検査の終了を告げるピーッという音をたてた。真田は腕を伸ばし、ベッドのヘッドボードの横から排出された記録紙を取って一瞥した。そして緑の髪を優しくなでながら言った。 「緑、おまえさえよかったら、展望室に行かないか。…地球が大きく見えているはずだ。技術班の連中も多分そこにいる」 緑は真田の胸に顔をうずめてじっとしていたが、その言葉に顔を上げた。真田は微笑んだ。 「脈拍が少し早いが、ほかは全く異常ない。…これなら外へ行ってもいいだろう。展望室まではおれが抱いていってやるから」 緑は首筋まで真っ赤になった。 「あの、でも、皆さんがどう思うか…」 真田は笑い出した。 「心配するな。俺の気持ちも、おまえの気持ちも、みんなにはとっくにわかっていたんだ。補修の指揮に行った時、おまえを一人ぼっちで霊安室に寝かせておくな、そばについていてやれといって抗議されたよ。…みんな、おまえが死んだと思って泣いていた。早く元気な姿を見せてやろう」 緑は恥ずかしそうにほほえみ、うなずいた。真田は優しく緑を抱き上げた。 |
ぴよ
2001年12月09日(日) 22時36分14秒 公開 ■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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やった!! 真田さん GOOD!! | メカニック | ■2011年07月16日(土) 00時52分37秒 |
真田さん、緑を幸せにしてあげて下さい。緑、おめでとう!!! | メカニック | ■2010年02月06日(土) 11時47分31秒 |
真田さんを一途に想ってきた緑。そして緑への気持ちを押し殺して今まできた真田さん。ようやく二人の気持ちが通じ合いました!何回読んでも感動です。 | メカニック | ■2009年06月05日(金) 00時54分21秒 |
『愛とは。本当に地球を救う!』まさにその通りでございます!よ・・・よかった。緑も真田さんも同じ思いが遂げられて。 | 蓬 | ■2002年06月09日(日) 01時33分29秒 |
ありがとう。 | なんぶ | ■2001年12月12日(水) 18時19分28秒 |
よ、よかったわ……。これで安心してクリスマスも年末も迎えられるってもんです。はい。いや〜。もうみんなまとめて、幸せになっちゃって下さあ〜い♪そーそー。私も酒造ちゃんの脳死判定法、勉強してもらいたいですわ。 | 楽天ストリッパー | ■2001年12月11日(火) 11時06分05秒 |
愛って、やっぱり地球を救うんですね〜。今まで胸がキリキリするほど切なかったけど、こんな結末になってよかった!この後、大どんでん返しが待っている…なんてことは、ありませんよね?それと佐渡先生、帰還したら一度、脳死判定方法の研修受けてくださいね。あ〜、晴々としたさわやかな気分、外は雪降ってるけど。 | Alice | ■2001年12月10日(月) 13時51分23秒 |
われわれは、真田さんと緑が幸せになってくれれば、それでいいのであります(=断言)。…最終回の一つ前の回の緊張感と名残惜しさって、いいですよね。 | ゴーシ | ■2001年12月10日(月) 00時11分06秒 |
長かった連載もいよいよあと1回ですか。次回は木曜日。君は生き延びることが出来るか!?(番組違うって)(笑) | 長田亀吉 | ■2001年12月09日(日) 22時55分40秒 |
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