第8章 地球よ、ヤマトは帰って来た /sect.4
「真田さん、無事だったんですね!」
 第一艦橋に入ってきた真田を見て、古代が駆け寄った。
「あの戦艦はガミラスの総統、デスラーの艦だったんです。デスラーは自らヤマトに乗り込んできて、ぼくに挑戦してきました。それで、放射能ガスが通路に一杯になって、もうだめかと思った時、ガスが消えて助かったんです。…真田さんがコスモクリーナーを動かしてくれたんですね!」
 その言葉を聞いて、真田は古代の顔を見た。その顔は、なおも話し続けようとした古代が思わず口をつぐむほど、空虚で、絶望感に満ちていた。真田は顔をそむけると低い声で言った。
「…敵艦の状況はどうだ」
 古代は真田のただならぬ様子に気を呑まれ、何も言うことができない。やがて、みかねた太田がかわりに答えた。
「後退後、姿を消しました。ワープして逃げた模様です」
「そうか。…補修には三時間半程度はかかると思う。対空監視を怠らないでくれ」
 真田はそれだけ言うと、右舷の自分の座席に座った。補修状況管理画面を出し、黙ってモニターを見つめている。第一艦橋のクルーたちは、真田の様子から工作室で何かが起きたことを悟ったが、それ以上尋ねることもできず、ただ黙り込むしかなかった。艦橋に重苦しい時が流れる。…
 真田はじっとモニターを見つめていたが、その眼に映っていたのはモニターの画面ではなかった。緑はクリップボードを持ったまま、微笑みながらじっと真田を見上げている。澄んだ声が真田の耳に響いた。
(私が始動します。…私なら、シミュレーションで経過を全部見ていますから)
 やがて、その美しい顔は簡易宇宙服のヘルメットの向こうに消えた。…そこは崩壊した宇宙要塞の傍らだった。緑は真田の乗った試作機のハッチを閉めようとしている。緑がうつむくと、フェイスプレートが傾き、それまで強化ガラスの反射のために隠れていた顔が見えるようになった。緑は小さな口元に淋しげなほほえみをただよわせて、じっと真田をみつめている。黒い瞳からはいまにも涙がこぼれそうだった。そして、緑はハッチを閉めた後、身をひるがえしてシームレス機に向かった。…その後ろ姿に、コスモクリーナーのラッタルをのぼってゆく緑の姿が重なる。真田は目を閉じた。口に出せない叫びで胸が張り裂けそうだった。
(いつだって、おまえはなにもかも知っていた。…知っていて、おれを助けるために)
 あたりは暗闇に包まれていた。その暗闇の中に、ぼんやりと白い姿が見える。…緑は入院着を着せられて横たわっていた。真田が近づくと、緑は眼を上げ、青ざめた頬をほころばせてにっこりと笑った。
(ありがとうございます。…来てくださって)
(あれから、ずっと考えていたんです。きのうお話しになっていた空間磁力メッキのこと、よろしければ、もっと聞かせて下さいませんか)
(この航海の間に実用化できたら、みんなの命を守ることができますね)
 真田は目を開いた。目の前のコンソール中央に、山下がとりつけた空間磁力メッキの操作パネルがある。真田は心の中の緑に向かってつぶやいた。
(緑、おまえと一緒に作ったこの兵器で、おれは必ずデスラーを倒す。…だから、いまそばにいてやれないおれを許してくれ)
 
 三時間がたった。モニターの画面は補修完了が近いことを示している。真田は立ち上がり、古代に言った。
「古代、機関部の補修状況を確認してくる。…もし俺がいない間に敵艦が現れるようなことがあったら、このスイッチを入れてくれ」
 真田はそう言うと艦橋の出口に向かって歩き出した。その時、雪が艦橋に入ってきた。雪は真田を見ると顔を伏せ、さっと脇にどいた。真田は視線を落としたまま艦橋から出ていく。雪は振り返ってその姿を見送りながらレーダー席についた。古代は足早に雪に近づき、低い声で尋ねた。
「雪、いったい何があったんだ。あんな真田さんを見るのは初めてだよ」
 雪はうつむいた。…たったいま、霊安室に安置してきた緑の静かな顔が目の前に浮かぶ。
「コスモクリーナーの欠陥のせいで、始動の時、緑が亡くなったの。自分から真田さんの身代わりになって、真田さんの目の前で。技術班の人たちはみんな取り乱してるわ。…私、気の毒でとても見ていられない」
 古代は絶句した。艦橋にいたクルーが一斉に振り返る。島は操縦席についたまま目を上げた。進路前方、暗黒の宇宙空間の彼方には、なつかしい太陽の姿が見え始めている。
「なぜだ。地球はもうすぐそこなんだぞ、緑…」
 
 真田はハードスーツを着て艦外に出た。損傷部位の補修はほぼ完了し、技師たちは気密チェックに入っている。その時、真田のヘルメットに山下の声が響いた。
「技師長!」
 驚く真田の前に、山下がふわりと流れてくると敬礼した。真田は周囲の技師を見渡して言った。
「どうした、ここの担当はおまえたちじゃないだろう。二班と四班はどこへ行ったんだ」
「すみません、私の独断で一班と三班が途中で作業を交替しました。…二班と四班は艦内に行っています。最後に…一目だけでも会わせてやりたかったので」
 山下はじっと真田の顔をみつめている。真田はしばらくしてからようやく声を出した。
「そうか。…すまん」
「技師長、ここはいいですから、どうか緑についていてやって下さい。あいつはずっと技師長のことを想っていたんです。せめて、いまだけでも…」
 その途端、作業中の技師たちの声が次々にヘルメットに飛び込んできた。
「あとは気密チェックだけです。俺たちが責任を持ってやりますから」
「どうか行ってやって下さい。あの子は冷たい霊安室にひとりぼっちで寝かされてるんです。…きっと技師長の来てくださるのを待ってます」
「もうすぐ地球だからって佐渡先生に言って、冷凍処置はやめてもらいました」
「お願いします。技師長だって、緑のことを愛していらっしゃったんでしょう」
 若い技師たちの真剣な声は、たたみかけるように重なっていく。真田は手を挙げてその声をさえぎった。
「ありがとう、みんな。…たしかにおまえたちの言うとおりかもしれん。しかし、おれは緑が守ってくれたヤマトをいまここで沈めるわけにはいかんのだ。わかってくれ」
 その言葉に、技師たちは静まりかえった。真田は続けた。
「ガミラス艦はあの後ワープして姿を消した。どこかに隠れてヤマトを狙っているだろう。あのデスラーがこのままヤマトを無事地球に戻らせてくれるとは思えん。きっとまたワープアウトして奇襲してくるに違いない。あの艦の艦首には波動砲のようなビーム兵器の発射口があった。あれに当たったら、おそらくヤマトは一撃で沈む」
「……」
「おまえたちの心づかいは忘れない。……敵艦を撃沈したら、緑のところへ行かせてもらうよ。約束する」
「技師長…」
 技師たちは作業を続けながら泣いていた。真田はその場を離れ、バーニアを噴射して艦体の状況をざっと確認し、追加補修の必要な箇所がないことを確かめた後、再び無線を開いた。
「真田だ。おれは第一艦橋に戻って待機している。…艦外作業が終わったら急いで撤収してくれ。撤収がすんだら連絡を頼む。すぐに最後のワープのはずだ」
 
 真田は第一艦橋の自分の席に戻った。間もなく、撤収終了の連絡が入る。古代は直ちに全艦ワープ準備の命令を出した。このワープで、ヤマトは地球の正面に出る。真田はワープのための準備を進めながら、時々空間磁力メッキのスイッチに目を走らせていた。
(あの口径のビームなら、おそらく波動砲と同程度の威力を持っているだろう。テスト用のビームとは桁違いだ。…本当にはねかえせるのか?もしわずかでも隙があれば、それが破滅につながる。そして…)
 その時、やさしい声が、真田の思いを断ち切った。
(これで、もし敵が波動砲なみのエネルギー兵器を撃ってきたとしても安心ですね)
 真田は眼を閉じた。瞼の裏で、緑はまぶしそうに微笑みながら真田を見上げている。真田の口元に寂しげな笑みが浮かんだ。
(そうだな、緑。…いまさら心配してもしかたないな。しかし、万一の時のために、次善の策は講じておくよ)
 真田は振り返った。
「太田、雪。デスラーはまた奇襲をかけてくるだろう。ワープアウトしてくる敵艦に特に注意してくれ」
「はい」
 太田と雪が緊張した顔で答える。真田はうなずくと島に声をかけた。
「それから島、敵艦に気付いたらすぐに回避運動に入ってくれ。おそらくデスラーは波動砲を撃ってくるだろう。一瞬の遅れが命取りになる」
「わかりました」
 古代はその様子を見ていたが、そっと立ち上がって真田の席まで来た。
「真田さん…」
 古代はそう言ったまま、じっと真田を見ている。真田はその肩をぽんと叩いた。
「心配するな、古代。どうしても回避できない時のために、防御用の新兵器も開発してある。ヤマトは必ず地球に帰れるよ」
「わかっています。ぼくは真田さんを信じていますから。…ぼくが言いたいのはそういうことじゃないんです」
古代はそこで言葉を切った。心配そうに真田を見つめている。そういう表情をすると、古代は兄の守に驚くほど似ていた。どこからか、守の声が聞こえるような気がする。
(真田、大丈夫か。…元気を出せ。俺はどんな時でもおまえの味方だ。一人で苦しんでないでおれに話せよ。きっと少しは楽になるぜ)
 訓練学校時代、真田が悩んでいた時、守はなにげなく真田を居酒屋に誘い、そう言ったのだった。
(守、すまん。おれはおまえの代わりにこいつの兄貴になると言ったんだったな。…弟に心配かけてるようじゃ兄貴失格だ。辛くても、いまは……頑張るよ)
 真田は顔を上げ、古代に向かって笑ってみせた。
「ありがとう。心配かけてすまん。俺のことなら大丈夫だ。…とにかく、一刻も早く地球に帰ろう。デスラーはいつ襲ってくるかわからんからな」
 
 それから間もなく、ヤマトは最終ワープを終えた。ワープアウトしたヤマトの眼前には、宇宙にぽっかりと浮かぶ赤い地球があった。古代は思わず立ち上がった。
「地球だ!おれたちはとうとう帰って来たんだ!」
 その声に、太田や南部、相原も次々に立ち上がった。しかしその時、雪が叫んだ。
「左舷後方に、敵艦出現!」
 太田は慌てて席についた。ディスプレイには信じられないような表示が出ている。
「高エネルギー反応が本艦に向かっています!すごいエネルギー量です!あと十秒!」
「駄目だ、ワープ直後でエンジン出力がゼロだっ!」
 島が悲鳴を上げる。真田は黙って空間磁力メッキのスイッチを入れた。太田は悲愴な声でカウントダウンを続けている。
「四、三…」
 雪が顔を覆う。古代も目を閉じた。
「…直撃します!」
 太田の声とともに、強い衝撃が艦体を襲った。激しい光が艦橋に溢れる。しかし、一瞬の後、艦橋にはもとの静けさが戻っていた。
「どうした、助かったのか…?」
 古代の声に目を開いた雪は、レーダーを見ると、すぐに後方監視モニターの映像をメインスクリーンに映し出した。そこには、大爆発を起こし、四散していくデスラー艦の姿があった。
「やった!」
「ざまあみろ、デスラーめ!」
「しかし、どうして…」
 艦橋のクルーたちは口々に叫んでいる。爆発するデスラー艦の映像をじっと見ていた真田は、ゆっくりと目を閉じた。
(とうとうやったよ、緑。…やはりおまえの言ったとおりだったな)
 やがて、古代が振り向いた。他の者も次々に振り向く。だれもが、真田にこの出来事について説明してもらいたがっていた。真田は立ち上がり、静かに言った。
「冥王星で見た反射衛星砲にヒントを得て開発した空間磁力メッキだ。敵のビームを反射して、撃破したんだ。…さあ、島。地球に向けて全速前進だ」
「了解!」
 島はそう答えるとエンジン出力を確認し始めた。古代は立ち上がり、真田に歩み寄ろうとしたが、真田はかすかに首を振った。
「すまん、古代。…しばらく、空けていいか。艦長のところに今の報告に行ってくる。その後、少し寄るところがあるんだ」
 古代は黙ってうなずいた。
 
 沖田の顔は病のためにげっそりとやつれており、目や鼻のまわりにあらわれた表情からは臨終の時が遠くないことが見て取れた。…イスカンダルの医療機械は、既に内臓のほとんどを人工臓器に交換していた沖田に対して治療を行うことを拒否したのである。肉体の治癒力を高めようとすれば、人工臓器に対する拒絶反応を促進してしまう。回復の望みを断たれた沖田は、もう一度地球を見るまでは死なないと言い続けていたが、こうして地球を目前にしたいま、静かに死を迎えようとしていた。真田からデスラーの二度にわたる襲撃と敗退についての報告を聞いた後、沖田は口を開いた。
「犠牲者が出たのは残念だが、放射能を除去できることがわかったのは幸いだった。…コスモクリーナーの欠陥は、直せるのか」
 真田はうつむいた。
「…始動のプロセスはわかりましたので、始動システムをリモート操作できるよう改造することは可能です」
「そうか。それなら安心だ。…それで、犠牲者は誰かね」
「技術班の藤井緑です」
 その言葉に、それまでずっと目を閉じていた沖田が目を開いた。真田は床の一点をじっと見つめている。沖田はしばらく無言で真田の顔を見ていたが、再び目を閉じ、低い声で言った。
「いつだったか、きみに、技師長としての立場を忘れるな、と言ったことがあったな。…すまないことをした。きみにも、藤井にも……許してくれ」
「艦長…」
「ヤマトが任務を果たして、無事に地球に帰ってこられたのはきみのおかげだ。ありがとう。……これからも、地球を、頼む」
「はっ」
 真田は敬礼した。沖田は最後にぐったりと枕に頭をあずけて言った。
「いままでほんとうにご苦労だった。…しばらく、一人にしてくれ」
ぴよ
2001年11月28日(水) 02時55分34秒 公開
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■作者からのメッセージ
いよいよ残りあと2話になりました。皆様のご声援に心より感謝いたしております。

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沖田艦長…。 メカニック ■2010年02月06日(土) 11時40分39秒
沖田艦長がクギをさしてなくても、きっと技師長は気持ちにブレーキをかけたろうと思います。そんな人なんですよね。でも、今となってはそれが悔やんでも悔やみきれないのでは…? Alice ■2001年11月29日(木) 17時53分14秒
緑は、・・・このまま?・・・それとも?・・・涙、涙、鼻水、涙・・・。 なんぶ ■2001年11月29日(木) 15時36分56秒
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