第8章 地球よ、ヤマトは帰って来た /sect.3
 
 工作室に充満していた放射能ガスは、白い光が消えた時には跡形もなく消滅していた。コスモクリーナーは規則的なうなりをあげ続けている。真田はヘルメットを投げ捨てるとコスモクリーナーのラッタルをかけのぼった。
 緑はコンソールにつっぷしていた。乱れた長い髪が覆い被さって、うつ伏せになった顔は見えない。真田は駆け寄ると緑を抱き起こした。首ががくりとのけぞる。顔にかかった髪を払いのけると、蒼ざめた白い顔が現れた。
「緑!しっかりしろ、緑っ!」
 真田は緑の頬を叩きながら叫んだが、全く反応はない。真田は緑を操縦席から抱え下ろすと、操縦席の後ろの平らな場所に寝かせた。胸に耳を当てても心臓の鼓動は聞こえず、呼吸も完全に止まっている。真田は絶望的な気持ちで人工呼吸を始めた。遅れてコスモクリーナーに登ってきた雪も、その光景を見るとすぐに心臓マッサージを手伝い始める。しかし、途中で何度雪が頸動脈を調べても脈は戻らず、状況は変化しなかった。雪は一五分が過ぎた後、緑の瞼を開けて瞳孔を調べ、顔を上げた。しかし、必死に人工呼吸を続けている真田を見ると、真実を宣告する勇気は出なかった。
「真田さん、医務室へ運びましょう。…これ以上ここで蘇生措置を続けていても効果が上がりません。私が人工呼吸と心臓マッサージをしていますから、佐渡先生を呼んで下さい」
 真田は蒼白な顔でうなずき、ラッタルを降りようとしたが、その時、足元に落ちていたクリップボードに気付いて拾い上げた。何気なくデータを見た真田の表情が凍りつく。真田は振り向き、倒れている緑をくいいるように見た。…ふたたびクリップボードに目を落とし、きつく目を閉じる。真田はラッタルを降り、インターコムで佐渡に連絡をとった後、蘇生措置を続けている雪のところへ戻った。
「雪、ありがとう。もういい。……ここでは佐渡先生に緑を引き渡せないだろう。おれが下へ降ろす」
 雪はその声の調子に思わず振り返った。…真田は緑に視線を据えたまま立ち尽くしていた。真田は抑揚のない声で続けた。
「コスモクリーナーには欠陥があった。操縦席にいる者を放射能除去反応に巻き込んで殺してしまう。…これでは誰も助からん」
 雪はうつむいて体を引いた。真田は無造作にクリップボードを投げ出すと、横たわっている緑のそばにかがみこみ、ほっそりした体をそっと抱き起こした。緑は穏やかな表情で、無心に眠っているように見える。真田はじっとその顔を見ていたが、やがて覆いかぶさるように強く抱きしめた。折れてしまいそうに細く、きゃしゃな体は、真田の腕の中でどんどんぬくもりを失っていく。白くなめらかな頬は、最後の望みを断ち切るかのように、ひんやりと冷たかった。長い黒髪が、指にからまる。
(緑………緑……緑っ!)
 真田は必死に歯をくいしばって声にならない叫びを押さえこんだ。
 雪は二人の傍らで、何も言えずにただその光景を見つめていた。真田の広い背中が小刻みにふるえている。雪は目をそむけ、口元を覆った。その時、艦内放送が響きわたった。
『ガミラス艦、後退して本艦より離脱。ガミラス兵は全員撤収した模様。白兵戦態勢は解除、総員戦闘配置』
 ガミラス艦が兵員を撤収して後退した以上、次は砲撃戦になることが予想された。すぐに破損部分の補修を開始しなくてはならない。真田はゆっくりと顔を上げ、目を開いた。緑を抱き上げてラッタルを降り、丁寧に床に寝かせる。そこに、山下が駆け込んできた。山下は目の前の光景に立ちすくんでいる。真田は立ち上がり、山下に言った。
「山下、緑が死んだ。…もうすぐ佐渡先生がここに来ると思う。すまんが後を頼む。おれは艦橋に行ってくる。敵艦がエネルギー兵器を撃ってきたら、あれを使う必要がある」
「…技師長っ!」
 山下の叫びを背に、真田は壁面に設置されたインターコムに向かい、補修開始の指示を出した。そして、振り返ってじっと緑を見た後、工作室を駆け出していった。
 山下はよろめくように緑に近づき、床にすわりこんだ。その時、背後のドアから大勢の技術班員が入ってきた。…三班の技師たちは、山下と緑の姿を見ると、叫び声を上げて駆け寄った。
「山下さん、これはいったい…!」
「緑は大丈夫なんですか!」
「緑、しっかりしろ!」
「早く佐渡先生を…!」
 その時、コスモクリーナーから降りてきた雪がぽつりと言った。
「緑は亡くなりました。…もうすぐ佐渡先生がここに来ます」
 その言葉に、技師たちは水を打ったように静まり返った。雪は山下にクリップボードを差し出しながら涙のあとの残る顔で言った。
「真田さんはコスモクリーナーの欠陥のせいだと言っていました。でも、私にはどういうことなのかわかりません。…コスモクリーナーを動かす前、緑は真田さんに、システムに異常はなかったと言ってたんです。それなのに、どうしてこんなことに」
 山下はクリップボードを雪から受け取って読み始めた。呆然としていた三班の技師たちも覗き込む。読み進むうち、技師の間からうめき声がもれた。山下は暗い表情で雪を見た。
「緑はこのデータを見ていたんですか」
「ええ。それで、放射能ガスが充満してきた時に、真田さんがコスモクリーナーを始動するからデータを貸せ、って言ったら、緑は、シミュレーションをしたのは私だから自分が始動する、と言って…」
 山下は床に手をついた。緑にむかって絞り出すような声で言う。
「緑、おまえ、技師長を助けようとして…」
 周囲の技師たちのすすり泣きが大きくなった。山下は目を閉じていたが、しばらくしてからうつむいたまま言った。
「コスモクリーナーに欠陥があることは、このデータを見れば、うちの技師なら一目でわかります。…緑は技師長を安心させようとして、システムに異常はなかったと言ったんでしょう。このデータを見せたら、技師長は自分で始動をするに決まっていますから」
「そんな…」
 雪は絶句した。その時、泣いていた技師が声をつまらせながら言った。
「今日、展望室に行ったら、技師長に告白してしまえってきみに言うつもりだったんだ。おれはきみが試作機で飛び出したとき、吉川に言ってたことを聞いてしまった。あの時から、いつかそう言ってあげようと思ってたのに…」
「おれもだ。きみの悲しそうな顔を見ているぐらいなら、早く技師長と幸せになってもらったほうがいいと思ってた」
「せっかくこんなに地球の近くまで戻ってきたのに、死んでしまうなんて…」
「おれがかわりにコスモクリーナーの稼働シミュレーションをすればよかったんだ」
 工作室は技師たちのすすり泣く声に包まれた。


ぴよ
2001年11月25日(日) 01時36分02秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
みなさんから暖かいコメントをいただき、たいへん感激いたしております。本当にありがとうございます。…というものの、今回、ご要望に反してこのような非道な展開となってしまい、心苦しい限りです。まことに申しわけありません。
なお、一部で、第8章は7まであります、と申し上げたことがあったのですが、従来挿絵の関係でこまぎれにしていたsect5と6をつなげて、前後に二枚挿絵を入れることにしましたので、8−6で完結いたします。あと少しですが、どうぞ最後までよろしくお願いいたします。

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私も言葉はありませんですわ。Aliceさんと共に泣くしか……。ぐす。ずびっ……。鼻水まで出ちゃいました。 楽天ストリッパー ■2001年11月26日(月) 00時01分57秒
(↓続き)思いは1話で霧散してしまいました。そして、今ではかけがえの無い『ヤマト』の“登場人物”の1人です。僕の中では緑は確かに『ヤマト』の世界に存在している人間です。・・・死んで欲しくなかった。それしか言葉が見つかりません。ただ原作では雪が同じ状況から奇跡の生還を果たしている・・・それに賭けるしかありません。(でもぴよさんの思う通りに書き上げてくださいね。あと4話、ぴよさんがこの物語をどう完結させるのか楽しみにしております。) 藤堂進 ■2001年11月25日(日) 21時39分39秒
実は当初第1作のストーリーにオリジナルキャラが深く関わることには懐疑的だったんです。でもそんな 藤堂進 ■2001年11月25日(日) 21時24分25秒
シクシクシクシクシク…。他に言うことはありません。技術班のみんなと一緒に泣きます。 Alice ■2001年11月25日(日) 16時45分06秒
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