第8章 地球よ、ヤマトは帰って来た /sect.2
 
 それから八時間後、緑はコスモクリーナーの組み立てが行われている中央工作室へ向かった。コスモクリーナーの図面入力は、組み立て中のプラットフォームを見下ろすように設置された二階の検査室で行われていた。緑が検査室に入っていくと、コンソールに向かっていた三班の技師が振り向いた。
「よう、緑!どうしたんだ。入力ならたった今全部終わったところだぜ。…良かったら食堂にお茶でも飲みに行かないか」
 二人いた技師のうち、若いほうの技師が陽気に声をかけた。緑はほほえんで答えた。
「これから稼働シミュレーションをしないといけないんです。…コンソールをお借りしてもいいですか」
「ああ。残念だな。まだ仕事があるってわけか。…次の当直交替のころまでには終わるんだろう」
「はい。たぶん…」
「たしかちょうど次の交替のころにワープがあるんだ。今度のワープで太陽系まで戻って、その四時間後の小ワープで地球の正面に出るはずだって航海班のやつが言ってたよ。だから、展望室からゆっくり太陽を見るなら、今度のワープの後が一番いいんだ。…当直交替のころ、また誘いに来るよ」
 緑が答えをためらっていると、もう一人の技師が立ち上がって緑のそばまで近づき、言った。
「技術班はいつも交替で当直しているから、三班のおれたちはきみと一緒に食事したこともほとんどないんだ。せっかく一緒の部署にいるのにな。技師長に配置換えしてくれって頼んであったんだけど、そうこうするうちにきみが大怪我をしただろう。…もうすぐ地球に着くから、最後に三班のみんなとお茶ぐらい一緒に飲もうや。前からうちの班でそういう話が出てたんだ。話をすれば三班のやつはきっとみんな来ると思うよ」
 緑はその言葉を聞いてにっこりと笑った。
「そうだったんですか。それじゃ、ご一緒させていただきます」
「ありがとう!時間になったらここに迎えにくるよ。皆にも言っておくから」
「みんな喜ぶよ。オーケーしてくれてよかった」
 二人の技師はそう言うと手を振りながら部屋を出ていった。緑はその姿を見送ると座席につき、コンピュータを立ち上げてシミュレーションの準備を始めた。
 
「よし、このワープでいよいよ太陽系に入るぞ」
 島はうれしそうに言うとワープ自動装置に手をかけた。全艦ワープ準備の命令は一五分前に発令されている。機関部制御席の徳川は右舷管理席にいる真田に向かって言った。
「真田くん、コスモクリーナーの組み立ては終わったのかな」
「はい。最終組み立ては一時間前に終わりました。私も確認しています。テストはシミュレーションの結果をチェックした後になりますが」
「それじゃ、すまんが工作室のエネルギーをカットさせてもらうよ。ワープ用の出力をアップさせたいんでな」
「少し待って下さい。確認します」
 真田はそう言いながら艦内チェックモニターの操作盤に手を伸ばした。画面を素早く切り替えていく。プラットフォームにそびえているコスモクリーナーの周囲に作業員の姿はなかった。しかし、検査室の映像を見たとたん、真田は手を止めた。そこでは緑がコンピュータディスプレイとプリントアウトしたデータとを見比べていた。真田は振り向いた。
「シミュレーションがまだ終わっていませんので、検査室のエネルギーは残していただけますか」
「わかった。…工作室のD系統を残せばいいんだな」
「はい」
 そう答えながら、真田はモニターに視線を戻した。モニターの中の緑は眉をひそめてじっとデータに見入っている。
(どうしたんだ、緑。…何か不具合でもあったのか)
 その時、島の声が真田の注意を引き戻した。
「ワープ、三十秒前。各自ベルト着用」
 真田はモニターを艦体の破損状況確認画面に戻し、シートベルトをしめた。ワープ自動装置の立てる規則的な音が艦橋に響く。…ワープアウトの地点は冥王星軌道の近くになる予定だった。
「五、四、三、二、一、ワープ」
 そして、島の声とともに空間が溶けた。
 
 ワープはいつものように唐突に終わった。真田は回転感覚と浮遊感が止まったのを感じて目を開けた。眼前のモニターに艦体の破損を示す表示は出ていない。
「ワープ、終了」
「波動エンジン、異常なし」
「艦の損傷を認めず」
 手順どおりの報告がすむと、艦橋にほっとした空気が流れる。その時、強い衝撃が艦体を襲った。ワープ終了とともにシートベルトを外していた乗組員はみな床に投げ出され、真田も座席から飛ばされたが、すぐに立ち上がって艦橋前方の窓に駆け寄った。
「おおっ、あれを見ろ!」
 ……ヤマトの右舷、艦底部付近に、黄金色に輝くガミラス戦艦の艦首部分が槍のように突き刺さっている。真田は自分の席に駆け戻ってモニターを見た。…衝突部位は機関部の波動エンジン制御室だった。真田はインターコムをつかんだ。
「技術班に告げる。二班、四班は至急ハードスーツ着用のうえ第二ボックスで待機。右舷エネルギー制御室に敵艦が衝突した。敵艦分離後直ちに補修を開始するが、作業開始は追って連絡する。敵が乗り込んでくる可能性もあるから、総員コスモガン、ライフルで武装せよ」
 その言葉を聞いた徳川は顔色を変えて艦橋から出ていった。真田は振り向いた。
「古代、敵は艦を離して砲撃戦をしかけてくるか、破損部分からヤマトに乗り移ってくるかのどちらかだ。もし砲撃戦になりそうならいったん逃げてくれ。破損箇所はコスモクリーナーの置いてある場所のすぐそばなんだ。早く装甲板を補修しないとまずい」
「わかった」
「乗り移ってくるようなら攻撃指揮を頼む。おれは下へ行く。艦内放送で敵艦の状況を教えてくれ」
 そう言うと真田は腰のコスモガンを引き抜き、駆け出した。
 
 シューターを使って徳川が機関部にたどり着くと、機関部員が周囲をとりかこんだ。機関部では多くの乗組員が藪の事件の時に死亡したが、残った者は人手不足をカバーするため、わずかな人数で懸命に連日の激務に耐えていた。徳川は息せき切って尋ねた。
「破損箇所の隔壁は閉鎖したか」
「はい。おやじさん、突っ込んできたのはやっぱりガミラス艦ですか」
「間違いない。金色の戦艦だ。…ん?」
 その時、激しい衝撃が機関部を襲い、徳川たちは床に叩きつけられた。目の前の隔壁を突き破って、突然直径三メートルほどの半球型の物体が現れている。…先端の尖ったその物体には放射状の割れ目が入れられており、その割れ目はまるでつぼみが開くように間隔を広げつつある。
「中から敵の乗り込み部隊が出てくるぞ!射撃用意!」
 徳川は叫び、機関部員たちは銃を構えた。半球型の物体は既に大きく口を開いている。しかし、そこから最初に出てきたのはガミラス兵ではなく、赤く染まったガスだった。一番前に出てコスモガンを構えていた機関部員がそのガスを吸い、喉をかきむしって倒れる。そして、赤い霧の向こうから、不敵な笑い声が聞こえてきた。…
 
 真田は工作室に駆け込んだ。衝突による破壊もここまでは及んでおらず、コスモクリーナーに別段の異常はみられない。
(よし、第一三五隔壁を閉鎖して修理にかかれば大丈夫だ。誘導ミサイルを打ち込んで、敵艦を引き離して…)
 その時、艦内放送が響き渡った。
『機関部を中心に放射能ガスが全艦に充満しつつあり、総員ヘルメットを着用せよ。ガミラス兵がGデッキに侵入。総員白兵戦用意』
「なんてことだ…!」
 自艦にガスを撒かれたらすぐに隔壁を閉鎖するのが戦いの常道だった。その機会を逸したということは……。真田はコスモクリーナーを見上げ、すぐに工作室の壁面に設置されたエネルギー制御盤に駆け寄った。スイッチを次々とオンにしてワープのためにカットされていたエネルギーを戻すと、沢山のライトがコスモクリーナーを明るく照らし出す。コスモクリーナーは高さ九メートル近くもある巨大な装置で、その中央付近に操縦席が設けられている。その時、検査室に通じる階段から緑が駆け降りてきた。緑はクリップボードにはさんだデータを持って懸命に走ってくる。
「技師長!」
「緑、シミュレーションの結果は…」
 しかし、緑が駆け寄るよりも早く、真田の背後にあったドアから森雪が走り込んできた。
「真田さん!コスモクリーナーを動かして!」
 雪の声に振り向いた真田は、雪の後ろに迫るガミラス兵の姿を見た。緑が叫ぶ。
「雪、伏せて!」
 雪が床に伏せるのと同時に真田は発砲した。正確な射撃は次々にガミラス兵を撃ち抜き、三人いたガミラス兵は入り口のところに折り重なって倒れた。倒れたガミラス兵の体によって開いたままとなったドアの向こうに、床を這う赤いガスが見える。
「何してるの、機関部を中心に放射能ガスが充満してきてるのよ!早くこれで放射能ガスを消して!」
 雪は助け起こそうと近づいた緑に向かって叫んだ。緑の顔がさっと青ざめた。
「雪、コスモクリーナーはまだテストをしていないの」
「いますればいいじゃないの!このままじゃ古代くんが死んじゃうわ!」
 真田は新たな敵兵が来ないことを確認してから、クリップボードを抱きしめて立っている緑のもとへ駆け戻った。
「緑、これからテストに入る。おれが始動するからデータをくれ」
「技師長…」
「ガスの勢いが強すぎる。こうなってはほかに方法がない」
 緑は足元に目を落とした。赤いガスは勢いよく流れ込んで足元に渦巻き始めている。緑は顔を上げ、まっすぐに真田の顔を見て言った。
「最終シミュレーションをしたのは私ですから、私が始動します。技師長は検査室で計測をお願いします」
「システムに問題はないのか」
「…はい。異常ありませんでした」
「それなら始動は俺がやる。おまえは検査室へ行け」
「…この装置は始動の時に少しクセがあります。私ならシミュレーションで経過を全部見ていますから」
 そう言うと、緑はすぐに身をひるがえし、コスモクリーナーの操縦席へと続くラッタルを登り始めた。真田は緑に追いすがって言った。
「何が起こるか分からん。パワーを上げすぎないようにするんだ。起動プラズマの振幅は…」
「真田さん、ガスよ!ここは緑に任せて早く検査室へ!」
 雪は必死に叫ぶと真田の腕を引っ張った。ドアから流れ込んだガスはもう胸の高さを越えている。真田は鼻口を押さえて階段をめざした。
 
 雪と真田は呼吸を止めたまま階段をかけのぼると検査室のドアを閉めた。真田はガラス張りの検査室の窓に駆け寄り、コスモクリーナーを見下ろした。ガスは緑のいる操縦席近くまで充満しつつある。緑は落ち着いてスイッチやダイヤルを調節しながら、いつものように報告を続けていた。その声が検査室のスピーカーから聞こえてくる。
「振幅…プラス二五。プラズマ起動軸…回転開始。セット…マイナス三度」
 真田は何も言わず、食い入るように緑をみつめている。
 
 緑は操作を続けながら操縦席の傍らに置いたクリップボードをちらっと見た。シミュレーションの結果を見た時、緑は数値の入力間違いではないかと思って何度も確認した。しかし、入力された数値に誤りはなく、何度やり直してみてもコンピュータの示す答えは同じだった。
(技師長、どうして出力を落とすような設計変更がされていたのか、わかりました。…この装置は始動の時、操縦者が出力をいくつに設定していようと、放射能除去反応を開始させるために、装置の持っている最大出力で作動してしまうんです。そして、この強度で作用が始まると、操縦席にいる者は…)
 緑を悩ませてきたまぶしい光とそれに続く暗闇の映像…それは、数秒後に間違いなく起こるであろう出来事を知らせるものだった。そのことが、今になってわかる。緑は始動レバーに手をかけると、肩ごしに背後の検査室を仰いだ。ガラス越しに、身を乗り出している真田の姿が見える。緑はこれまでずっと押し殺してきた思いの全てをこめて真田を見つめた。
(技師長…)
 
 振り返った緑の視線が、まばたきもせずに緑を見つめていた真田の視線とからみあう。その瞬間、一杯に見開かれていた緑の黒い瞳に涙があふれた。緑はくちびるをかんだままじっと真田を見つめている。真田の胸の中に、いいようのない不安が急速にふくれあがった。
(まさか…)
 真田は緑をみつめたまま手元のキーボードに指を走らせた。シミュレーションの結果をディスプレイに呼び出す。しかし、その結果が現れるより早く、コスモクリーナーのコンソールから、臨界に達したことを示す電子音が響いた。
「緑、待てっ!」
 真田は叫んだ。しかし、緑は自分の視線を真田からひきはがすように目を閉じ、コンソールに向き直ると、計器の数値を確認した後、始動レバーを引いた。瞬時に轟音がとどろき、稲光のような激しい電光が走る。工作室は純白の光に満たされた。そして、その光は、いま起こりつつあることをはっきりと真田に知らせた。
「緑ーっ!」
 真田は絶叫すると壁にかけてあったヘルメットを二つつかみ、検査室を飛び出した。
「真田さん、まだガスが!」
 背後で雪の叫ぶ声が聞こえる。真田はかまわず階段を駆け降りた。


ぴよ
2001年11月22日(木) 21時03分05秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
いよいよ26話なのですが、やむをえずこのような展開になってしまいました。雪ファンの方、申しわけありません。…なお、コスモクリーナーについては、TVでの説明がなんだか腑に落ちなかったため、今回のような設定とさせていただきました。

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(技師長…愛しています…さようなら…) 「緑〜!!!!!!」私は叫ぶしかできません。 メカニック ■2010年02月06日(土) 11時34分40秒
イラストの緑のすべてを覚悟した表情…。また涙が! メカニック ■2009年06月05日(金) 00時38分52秒
ずっとROMってたクセに申し訳ありませんが……。い、いけませんわ!この展開は!この際、後の二人も飛び出ていって三人で伸びてて復活して「わはは!どうやら生きてた!」って終わりじゃなきゃいや〜ん! 楽天ストリッパー ■2001年11月24日(土) 00時38分48秒
sect.1を読んで、こうなるんじゃないかと覚悟していましたが・・・・・・。緑、助かってくれ! 藤堂進 ■2001年11月23日(金) 05時26分52秒
いや、いや、いや!こんな展開は、絶対だめー!もう私には神様の姿が見えない! Alice ■2001年11月22日(木) 23時34分15秒
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