第8章 地球よ、ヤマトは帰って来た /sect.1
真田はヤマトの艦内工場でコスモクリーナーを組み立てていた。イスカンダルで積み込まれたパーツは、地球に戻ってから複製を作る時に備えて、指定された順番に従って取り出された後、いったん分解され、地球の標準製図方式による図面を起こし直した後で組み立てられている。…イスカンダルの設計図は地球のそれとは異なる方式によって作成されていたため、そのままでは何かと不都合が多く、地球式の標準製図を作っておくことは不可欠だった。ヤマトが地球を出航する前、波動エンジンの製造に手間取ったのもイスカンダルの製図の問題によるところが大きかったのである。
 あれほどヤマトのクルーを悩ませていた食料補給のための回り道やガミラス軍との戦闘がなくなったため、帰りの航海は往路とはくらべものにならないほど順調であり、ヤマトはイスカンダルを出航してから二か月余りで早くも銀河系近くの宙域までたどり着いた。そして、さまざまな困難を伴ったコスモクリーナーの組み立ても、そのころにはようやく完成に近づいていた。
 
 ヤマトの波動砲発射口の下、球状艦首の周囲に、青白くきらめく光がある。…真田は一班の技師とともに新兵器の取り付けをしているところだった。山下は装置を設置し終えた後、装甲板を元通り溶接しながら尋ねた。
「技師長、操縦装置はどこに設置するんですか」
「そうだな。…いまは工作室に仮回路を繋いであるが、やはり第一艦橋だろう」
「それじゃ、この後すぐ配線にかかります」
「すまん。仮回路はできているから、おれのほうでテストに入っていていいか。…どうも、早くしておいた方がいいという気がしてしかたないんだ」
 真田は溶接を続けながら答えた。山下の隣で溶接をしていた古賀が不思議そうに尋ねた。
「でも、技師長、ガミラスは滅びたんだし、これを使うようなことにはならないんじゃないですか。現にあれ以来、一回も敵の姿は見てませんし」
 真田の声は慎重だった。
「いや。そうと決まったものでもないぞ。…ドメルは挑戦状を送ってきた時、太陽系方面作戦指令長官と名乗っていた。だとすると、ガミラスには太陽系以外の方面軍があるということになる。確かにガミラス星そのものは滅亡したかも知れんが、あれだけの科学力を誇っていたガミラスのことだ。他に軍事基地や植民地が全くないとは考えられない。その戦力が再びヤマトや地球を襲ってこないという保証はどこにもないんだ。安心するのはまだ早すぎると思う」
 真田の言葉に、技師たちの顔がひきしまった。その時、吉川が不安そうな声で言った。
「技師長、ひょっとして、緑が敵の姿か何か見たんでしょうか」
 作業をしていた技師たちがいっせいに振り向く。真田は苦笑した。
「安心しろ。もしそうなら、いまごろみんなにこんな方法で艦外作業をさせたりしてないよ。…多分おれの取り越し苦労だと思う。みんな、そんなに心配しないでくれ」
 
 艦外作業を終えた真田はまっすぐに工作室に向かった。…そこでは緑が取付けのすんだ新兵器の状況を確認していた。緑はリハビリ訓練を終えて、半月前からデスクワークに復帰していたのである。真田はコンソールに歩み寄った。
「取付けはうまくいった。艦外作業班は全員撤収したから、試運転に入れるよ。…仮回路の接続はどうだ」
 着席して計器を調べていた緑が振り返った。入院中に長く伸びていた髪は、もとどおり背中のまん中あたりで切り揃えられており、緑が振り向くと美しい弧を描いた。
「全回路、異常ありません。最終シミュレートの結果も良好です」
「そうか。それじゃ、試運転に入る。計測を頼む」
「はい」
 真田は緑の隣の席につくと計器を確認し、メインスイッチを入れた。遠くから低いうなりが聞こえてくる。
「エネルギージェネレーター出力、正常。反射粒子散布状況、異常なし。牽引ビーム、予定範囲に分布完了」
 報告を続ける緑の声を聞きながら、真田はモニター上に艦外の無人機から送られてくるヤマトの映像を出した。ヤマトの艦体はみるみるうちに銀色に輝く皮膜によって覆われていく。真田は皮膜が完全に艦体を覆ったのを確認してから、無人機に設置しておいたビーム砲のリモートスイッチを入れた。…無人機からヤマトに向けて、ビームがほとばしる。しかし、そのビームはヤマトを包む銀色の皮膜によってはね返された。一瞬の後、無人機からの映像が途切れ、ノイズに変わった。…跳ね返ったビームが無人機を破壊したのである。
「やったぞ!」
 真田はコンソールに手をついて立ち上がった。緑もすぐに立ち上がり、はずんだ声で言った。
「完全に成功ですね。おめでとうございます、技師長」
「ああ。これはおれ一人で開発したんじゃない。入院中におまえがいろいろなヒントをくれたおかげで反射粒子と牽引ビームの制御システムをうまく作ることができたんだ。本当にありがとう」
 真田は緑をじっと見つめた。まぶしそうに真田を仰いでいる緑の笑顔を見ていると、さまざまな思い出がよみがえってくる。……
 真田がこの新兵器、空間磁力メッキについて緑に話したのは、緑が闘病生活を送っている最中だった。それは、ブラックタイガーに設置したエネルギーシールドを改造して、ヤマト本体に使えるようにするとともに、単に敵のビームを拡散するだけでなく、鏡のようにはね返して敵を攻撃できるようにしてはどうかというものだった。真田は緑の入院中、約束どおり任務の合間を縫って毎日病室に顔を出していたが、緑の容態は一進一退を続け、次第に衰弱が進んでいた。そんな時、真田は沈みがちな緑の気分を変えようとしてふと開発の話題を口にしたのだったが、それからというもの、緑は真田が病室を訪れるたびに実用化のための技術的な問題点について懸命に話すようになったのである。被曝の後遺症や合併症による苦痛は間断なく緑をさいなみ続けており、真田が入っていった時に強い痛みの発作が起きていることもしばしばあった。しかし、緑はどんなに苦しんでいる時でも真田の姿を見るとすぐに顔を上げ、前の日からずっと検討していた結果を笑顔で報告するのだった。その時のいじらしい表情がいまも瞼に浮かぶ。
 …緑は真田の言葉に当時のことを思い出したのか、ふっと眼を落としたが、すぐに顔を上げた。
「いいえ、私こそ、技師長と開発をすることができて、どれだけうれしかったかわかりません。…あのころはこれが最後の仕事になると思っていました。こうして実用テストに立ち会うことができるなんて、夢のようです」
「緑…」
 真田は言葉に詰まった。緑はもう一度にっこりと微笑んだ。
「これで、もし敵が波動砲なみのエネルギー兵器を撃ってきたとしても安心ですね。…実は少し前から、気がかりな映像を見ているんです」
「どんな映像なんだ」
「突然あたりが真っ白になるほど強い光があふれて、その後、まわりが闇に包まれてしまうんです。…もう三度ほど見ていますが、いつも同じです。ずっと気になっているんですが、映像らしい映像が現れないので、何のことかわからなくて…」
「宇宙じゃないのか。星は見えなかったか」
「いいえ。全くの暗闇です」
 真田は眉をひそめて考え込んだ。緑はしばらく真田の顔を見ていたが、やがて空間磁力メッキのスイッチを切り、テストデータをプリントアウトし始めた。真田はその作業を手伝いながら言った。
「もしかしたら敵のビームが見えたのかも知れん。…その時、強い光で一時的に視力をやられてあたりが真っ暗に見えたということはありうるな」
「はい」
「レーダー班に、ワープアウトしてくる敵艦に注意するよう、よく言っておくよ。…無理もないことだが、銀河が見え出してからというもの、どうもみんなが楽観的すぎるようで気になるんだ」
 緑はデータを揃えながらじっと真田の言葉を聞いている。何気なく振り返った真田は、そのひたむきな視線を見ると急に立ち上がり、遠くのモニターをチェックしに行くふりをしてその場を離れ、目を閉じた。イスカンダル以来、ずっと考えないようにしようとしていた古代守の言葉が執拗に浮かんでくる。
(あの子、おまえの写真を病室の枕の下に入れてたぞ)
(いつまでもじらしとくのは残酷ってもんだ)
 真田は目を開いてコンソールに手をついた。
(…人のことを言ってる場合じゃない。俺自身がこんなうわついた気分でいてどうするんだ。コスモクリーナーのテストもまだだっていうのに)
 じっと虚空をにらんでいる真田を見て、緑はそっと近づいた。
「どうなさったんですか。…お体の具合でも」
「いや。何でもないんだ」
 真田の表情は硬かった。緑はそんな真田を心配そうに見ていたが、やがてデータを差し出し、姿勢を正して言った。
「計測データはこれで全部です。空間磁力メッキの開発も終了しましたので、今日から通常の任務に戻ってよろしいでしょうか。…確か一班は八時間後からコスモクリーナーの最終組み立て担当だったと思いますが」
 静かな緑の声に、真田は瞬時にわれに帰って振り向いた。
「だめだ。一か月間はデスクワーク以外するなと佐渡先生に言われているだろう。忘れたのか」
 緑はデータを持ったままじっと真田を見上げている。真田はデータを受け取りながら続けた。
「コスモクリーナーの図面入力がそろそろ終わるころだ。それをもとに最終シミュレーションをやってくれ。…どうも起動システムが今一つはっきりしないんだ。途中で設計が一部変更になっている形跡があるんだが、その目的も不明でね。…みんなの間ではもとの設計のほうが処理能力が高いんじゃないかという意見が強いんだ。とりあえず原設計に基づいてシミュレートをしてみてくれ」
「わかりました」
「山下には、最終組み立ては原設計部分までで止めるように言ってあるが、いずれにしても両方の仕様でテストをしてみる必要がある。…とにかく一度休憩してこい。シミュレーションは八時間後からでいい。おまえはまだ無理のできる状態じゃないんだ」
「はい。無理を言って申しわけありません」
 緑はそう言うと深く頭を下げてから工作室を出ていった。ほっそりとした華奢な後ろ姿がドアの向こうに消える。真田はそれを見届けると、疲れた表情で椅子に座り、頭を垂れた。部屋を出ていく時に緑が見せた淋しそうな表情が胸に突き刺さっている。目を閉じると古代守の陽気な顔が浮かんだ。
(古代、おまえなら迷わないだろうな。…ずっと自分を抑えてきたが、今度こそ自信がないよ。あんな悲しそうな顔を見ていると、後先考えずに自分の気持ちをぶちまけてしまいそうになる。どうしたらいい…教えてくれ)
 
 緑はキャビンに戻り、着替えるとベッドに横になった。照明を消すと、緑に背を向けてじっと一点をにらんでいた真田の表情が目の前を行き来する。
(技師長…やっぱり私のことがご迷惑になって…)
 イスカンダルで会った時、古代守は病室を出る直前に緑に目配せして笑った。その時、守は視線の動きで枕の下の真田の写真に気付いていることをわざと示したのである。その後、ドアの向こうから聞こえてきた守の笑い声は、緑を不安に陥れた。
(技師長はあの後、きっと古代守さんから写真のことをお聞きになったんだわ。それで私への対応に困っていらっしゃるに違いない)
 緑は唇をかんだ。さっき、真田と二人で話をすることができたうれしさから、つい余計なことまで言ってしまった自分が悔やまれる。
(私がこれまでいろいろ差し出がましいことを言った時にも、内心お困りになっていらっしゃったのかもしれない。宇宙要塞の時も、七色星団の時も、ほんとうにご迷惑ばかりかけてきたから…)
 緑は横をむいて掛け布団を抱きしめると顔をうずめた。涙がにじんでくる。ヤマトが地球に戻れば、乗組員はもとの部署に配属され、散り散りになる。地球が近づくにつれ、この航海が終わったら真田に会えなくなるという現実が否応なく迫りつつあった。それだけでも胸がかきむしられるように辛いのに、もし真田に避けられるようになったらと思うと、いてもたってもいられないほど苦しい。緑は固く目を閉じた。
(遠くから見るだけでもいい…地球防衛軍にいれば、一年に一度くらいは、何かの用できっとお会いできるわ。ヤマトに乗る前のことを考えたら、それでじゅうぶんだと思わなければ…)
 けんめいに自分に言い聞かせていても、涙はどんどんあふれてくる。緑はふとんに声をしのばせて泣いた。
「技師長…好きです…」
 暗い部屋にかすれた声がひびいた。


ぴよ
2001年11月20日(火) 20時42分41秒 公開
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■作者からのメッセージ
先日、ユーミンのバラードベストアルバムを買い、聴きながらずっと昔のことを思い出していました。進学、卒業、就職…。人生の節目ごとに、身近な人と別れてきたこと。
やたらに美人であるという設定のおかげで、恋の悩みなど無縁であるかのように見える緑ですが、主観的にはふつうの高校生の女の子と全然変わらなかったりします。先輩の卒業前に泣き明かす、というのと同じ感じでしょうか。

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切ないな〜(TT) メカニック ■2011年07月08日(金) 23時26分43秒
逆に真田さんも同じ気持ちなんだ!!!何回読んでも感想は変わりません。 メカニック ■2010年02月06日(土) 11時14分50秒
緑ちゃん、大丈夫だ!真田さんは困ってなんかいない、迷惑なんてしていない!思わずそう叫びたくなってしまいました。 メカニック ■2009年06月05日(金) 00時31分13秒
これは敵わん。女性ならではの視点から描き出される深い人物像と世界観。男性ではとても書けない文章です(僕だけかもしれないですが)。そして目が覚めるような緻密な設定が物語を深めていて(コスモクリーナーDの欠陥は実は既に改善されていたんですね?こういう所に本当に関心します。)、毎回続きが気になってしょうがないです。緑、頑張れ!真田さんも!でもデスラー艦が突入して来たらまた無茶しそうだな、緑。 藤堂進 ■2001年11月23日(金) 04時56分29秒
緑、がんばれ!もう少しで技師長も答えを出すはずだ!? なんぶ ■2001年11月22日(木) 13時19分20秒
さ、どうなるかとても楽しみです。ここまできたら、形はともかく緑ちゃんに幸せになってほしいですね。 長田亀吉 ■2001年11月21日(水) 12時27分00秒
緑が高校生の年齢って、その落ち着きからちょっと思えないんですけど。でもそんなことを言い出したら、ヤマトの登場人物はすべからく皆若すぎますよね。18歳の艦長代理や航海長なんて、部下になる年長のクルーはさぞやりにくかったことでしょう。お互い好きなのに、気持ちを押さえて空回りしている図って、はたから見てるとやきもきしますね。 Alice ■2001年11月20日(火) 22時19分14秒
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