第7章 旧友〜イスカンダル /sect.5
出航を翌日に控えたその夜、機関部員一二名がヤマトから脱走した。…その主謀者は藪だった。七色星団とガミラス本星の戦いで大勢の乗組員が死傷し、人手不足が深刻になった際、従前の経緯を知らない古代が藪たち三人の冷凍を解除していたのである。地球に戻れば厳しい刑が待っているだけだと考えた藪は、事情を知らない機関部員たちを言葉巧みに説得し、森雪を拉致してダイヤモンド大陸に逃げ込んだ。そこにはスターシャの離宮、ホワイトキャッスルがあった。しかし、イスカンダルで安楽な余生を送ろうとした藪の野望はまたたくまについえた。…ダイヤモンド大陸は、ガミラスの崩壊に誘発された地殻変動のために、一夜にして海に沈んだのである。ヤマトから出動したレスキューヘリは森雪だけを救助し、脱走兵たちはことごとく海に沈んだ。
 この事件は、スターシャに地球人に対する深い嫌悪感を植えつけた。守は一緒に地球に来るよう懸命にスターシャを説得したが、スターシャは頑として応じなかった。地球を代表してはるばるイスカンダルまで来た者の中にすら、誇り高い女王の離宮を土足で汚すような不届き者がいるというのに、どうしてそのような者たちの本星へ行くことができようか、というのである。そして、夜が明けた。
 
 真田は第一艦橋で発進準備に当たっていた。大修理を施した波動エンジンが正常に始動してくれるかが最大の問題だった。…真田は守が十中八九イスカンダルに残るだろうと見て今朝早く別れを済ませていたが、その時、守は残るつもりであること自体は否定しなかったものの、不安そうな表情で呟いた。
「ゆうべのことで彼女がどれだけ誇り高いか良くわかった。やっぱり、女王というのは普通の人と違うメンタリティがあるんだな。俺も藪と同じ地球人だけど、スターシャは本当のところ俺をどう思っているんだろう」
「どうって、愛してるに決まってるじゃないか。誰が見たってわかるさ。自信を持てよ。…プレイボーイのおまえらしくないぞ」
 真田にそう励まされると、守はいつものやんちゃ坊主のような笑顔になって言った。
「そうだよな。俺、スターシャに好きだって言わせられるかどうか、最後に一発大ばくちを打ってみるよ。女王様にこっちから告白したんじゃ、一生尻に敷かれそうだからな。余裕があったらモニターで見ててくれ。振られたらおれもヤマトで地球に帰るから」
 真田は笑った。
「わかった。頑張れよ。カメラはラッタルの上についてるからな」
 守はにっこりしたままうなずいた。そして、真顔になって言った。
「それからな…おまえ、まだあの子に好きだって言ってないんだろう。悪いことはいわないから早く言っちまったほうがいいぞ。あの子はおまえの部下だし、ああいう控えめなタイプだから、絶対自分からは告白してこないに決まってる。いつまでもじらしとくのは残酷っていうもんだ。一度は死にかかった子なんだし」
 真田は頑なに黙っていた。守は真田の肩をつかんだ。
「おまえ、まだ手とかのことを気にしてるのか。そんなもの、恋愛には関係ないぞ。おれだって今じゃ片足は義足なんだ。いいから思い切って言っちまえって」
 真田は顔を上げた。
「地球に着いたら言うよ。…おれの部下はほとんど全員あの子に夢中なんだ。そんな時に上官のおれが抜け駆けしたらどうなると思う。このまえ艦長にもクギを刺された」
 守はため息をついた。
「全く、まじめな奴だな。そんなこと言ってたって、あの子がおまえのことを好きだってことは、一目見ればどんなバカにもわかっちまうぞ。かえってみんながヘビの生殺しみたいな状態になるだけじゃないのか。沖田さんもつくづくヤボな人だな」
 
 真田は予備電源で試験回転を始めている波動エンジンの状況をチェックしながら、艦外監視モニターを入れた。…左舷中央のラッタルで、守とスターシャが別れを惜しんでいる姿が見える。いよいよ別れてしまいそうなその雰囲気に、真田は呟いた。
(ヘビの生殺しか。…守、おまえだって似たようなものじゃないか。意地を張ってないでお前のほうからスターシャさんに告白してやれよ。このままじゃ本当に終わってしまうぞ)
 その時、突然スターシャが守に何かを囁くとぱっと顔を覆い、ラッタルを駆け降りた。守が後を追う。守の帽子がふわりと飛んでラッタルの中程に落ちた。スターシャはラッタルの下で両手を広げて待っている。そして、守が駆け寄り、二人はしっかりと抱き合った。守は目を閉じてスターシャの髪をいとしそうに撫でている。モニターでそれを見ていた真田の口元がふっとゆるんだ。
(おめでとう、守。…良かったな)
 やがて、守とスターシャはピンク色のエアカーに乗り込み、王宮へ向かって遠ざかっていった。
 
 イスカンダルの地表はみるみるうちに遠ざかり、青く美しい海が目の前一杯に広がっていく。…上昇を続けるヤマトの展望室では、技術班の乗組員たちが展望窓にはりついてその光景を眺めていた。イスカンダルに停泊していた間、他の班の者たちは半舷上陸を許可されて存分に観光や休養を楽しんだが、コスモクリーナーの積込みと波動エンジンの改造に忙殺されていた技術班の者たちにそのような暇はなく、結局最終日に四時間程度上陸することができただけだった。その苦労に報いるため、一班から四班までの各班長を除いた技師全員に休暇が与えられたのである。不運な四人の班長はコンピュータ室の当直と波動エンジンの監視に当たっていた。吉川は青く美しいイスカンダルを見ながらつぶやいた。
「ほんとにきれいな星だなあ。…山下さん、可愛想だな。結局全然見られずじまいか」
「ああ。管理職なんてなるもんじゃないな。しかし、なんだか藪の気持ちがわかるような気がするよ。…こんなにきれいな星で一日休暇なんかもらったら、おれも帰りたくなくなったかもしれない」
 古賀が言う。青木が窓枠に肘をついたまま振り向いた。
「古代の兄貴が残ったって話、聞いたか。女王陛下とくっついたんだと。…いいよな、綺麗な星で美人と二人きりなんて。おれもあやかりたいよ。緑と一緒に残れたらサイコーだろうな」
 その名前を聞いたとたん、その場にいた大勢の技師たちは黙り込んだ。
「緑か…」
「あれからどうなったのかなあ。イスカンダルの機械で持ち直したって聞いたけど」
「緊急輸血の募集が来なくなったってことは、治ってきてるんじゃないのか。誰か見舞いに行ってないのか」
 技師たちは顔を見合わせた。
「おれ、行ってみたけど、佐渡さんが入れてくれないんだ。一人に認めると皆が押し掛けるから駄目だとか言って」
「技師長は会ってるみたいだけど、いつ聞いても、大丈夫だ、良くなってるとしか言わないし…」
「もう三か月近くも姿を見てないもんな。…おれ、ブロマイド売ってた戦闘班のやつのこと馬鹿にしてたけど、買っとけば良かったよ」
 展望室にしんみりとした空気が流れた。その時、入口のドアが開いた。アナライザーの立てる独特の電子音が静まり返ったフロアーに響く。何気なく振り返った吉川は、信じがたいものを目にして叫んだ。
「緑…!」
 いっせいに振り向いた技師たちの目に映ったのは、アナライザーに抱きかかえられて入ってくる緑だった。…緑は入院患者用の白い衣服を着ており、アナライザーの腕の端から裾が長く垂れている。もともときゃしゃで繊細な雰囲気を持つ少女だったが、長い入院生活の間にいっそうかぼそく、たよりなげになって、いまにもふっと消えてしまいそうに見えた。漆黒のつややかな髪は腰までもとどくほどに長く伸び、アナライザーの動きにつれてさらさらと揺れている。すきとおるように青白く、はかなげなその姿を見ていると、この世ならぬ場所で妖精に出会っているような錯覚に陥った。…技師たちは言葉を失ってじっと緑をみつめていたが、やがてどこからかその沈黙が破れ、わあっと歓声があがった。
「緑!もう退院していいのか?」
「心配したんだぞ!」
「具合はどうなんだ?」
 またたく間に人の輪がいくえにも緑をとりかこむ。しかし、技師たちは遠慮して、ぎゅうぎゅう押し寄せることはしなかった。緑はしずかにほほえんだ。数か月ぶりに見る美しく愛らしい笑顔に、周囲の技師たちは息を止めて見入っている。…緑は首をめぐらせてそんな技師たちの顔を見ながら、澄んだやわらかな声で言った。
「ご心配をおかけして、申しわけありません。みなさんから輸血していただいたおかげで、もうすっかり良くなりました。あと二日で退院できるそうです。…ほんとうにありがとうございました。なんとお礼申し上げたらいいか…」
 緑は言葉を切ると深く頭を下げた。その時、それまでずっと黙っていた大石が口を開いた。
「緑、礼なんていいんだ。みんなおまえのために喜んで献血に行ったんだから。それより早く窓のところへ行こう。せっかくのイスカンダルを見損なっちまうぞ。みんな、道を開けてくれ」
 技師たちはさっと道を開いた。アナライザーが緑を抱えたまま得意気に進んでいく。
「サア、ドイタ、ドイタ。ミドリサンニ、イスカンダルヲ、ミセルタメニ、トクベツニサドセンセイノキョカヲ、トッタンダカラ。ホントハ、マダ、リハビリヲシテナキャイケナインダゾ」
 アナライザーは窓のすぐそばまで行くと、技師の一人が持ってきた椅子に緑を降ろした。ヤマトは既にイスカンダルの大気圏を離脱しており、眼下にはイスカンダルが漆黒の宇宙に浮かんだ青い宝石のように輝いている。緑は白く細い手をガラスに押し当ててじっとその光景に見入っていた。その後ろ姿を見ながら、吉川はにじんできた涙をこっそりと拭った。
(ガンだってうわさもあったけど、ほんとうに治ったんだな。良かった…。おれ、やっぱりおまえのことをあきらめられそうもないけど、おまえが技師長と幸せになれるように、これからできるだけ応援するよ。……早く前みたいに元気になるんだぞ)


ぴよ
2001年11月18日(日) 03時53分21秒 公開
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■作者からのメッセージ
藪を助けられなくてすみません。ところで、「そして、夜が明けた」というと、どうも某RPGの効果音が聞こえるような気が…(ちゃーらーらーらーらっちゃっちゃん♪)
 本作のタイトル決定には、今回のシーンが影響しています。…当初「宇宙戦艦ヤマト外伝」などという、どうしようもない題をつけていたため、連載に当たって急遽タイトルを決める必要が生じ、途方に暮れていた際、英和辞典の中に「sylph/1:空気の精 2:ほっそりした優美な女性(少女)」という記載を発見し、「おお!」と膝を叩いたというわけです。(なお、1は通常「風の妖精」と訳すことが多いと思います。…ところで、先日書店で「風のシ○フィード」という題の競馬系漫画を発見し、慌てております。)「青の」という部分は、技術班カラーだからとか、(黒髪黒目の筈なのに)画像は青髪青目だからとか(汗)、いろいろな理由で何となくつけました。…かなりアバウトですね。
お話のほうは、次回から最終章に入ります。長いお話でしたが、最後までおつきあいいただけたら本当に嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。

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はぁ〜緑、よかったね。藪なんて女の敵!地球に戻る迄、冷凍刑!(つい感情に走ってしまいました。) ■2002年06月09日(日) 01時08分50秒
藪の運命は、変わらなかったみたいですネ。 一途な緑、人のいい吉川、昔は、こんな人が結構いたんだけどなぁ〜。 なんぶ ■2001年11月22日(木) 13時16分19秒
緑、吉川になびけー(笑)。ほんといいやつですねー。 長田亀吉 ■2001年11月18日(日) 22時26分57秒
以前から疑問だったのですが、レスキューヘリは故意に雪だけを救出したんじゃないでしょうか。(古代の差し金で)それにしても吉川君って、つくづくいい人ですね。ドラマでも、“いい人”って報われないことが多いようです。人生ってままならないね、吉川君。 Alice ■2001年11月18日(日) 09時36分07秒
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