第7章 旧友〜イスカンダル /sect.4 |
真田はイスカンダルの宇宙船を分析したうえで、ヤマトの波動エンジンの大修理を始めた。サーシャの乗った高速宇宙船は地球まで一か月弱で到達するワープ能力を持っており、スターシャが見せてくれた宇宙船はそれと同型のものだった。ヤマトは装甲が厚く、多くの火器を搭載しているため、なめらかな外形で船体の大きさに比べて巨大なエンジンを積んだ高速宇宙船と同じようにはいかなかったが、それでも一回当たりのワープ距離を一千光年程度まで伸ばし、さらにワープによる人体へのダメージが少なくなるように改造することはできそうだった。技術班の乗組員たちは真田の指揮のもとできびきびと働いている。ヤマトの補修工事は波動エンジンを含めて二週間程度で全て完了する見込みだった。技術班のだれもが、ひさしぶりの新鮮な食料や、イスカンダルの緑の香りのする空気、そして美しい水のために生気を取戻し、長時間の作業にも不服を言わなかった。ヤマトの倉庫には沢山の食料が積み込まれ、食料自給システムの設置も終了して、出航準備は着々と進んでいる。そして、補修作業が完了し、出航を翌日に控えた日、守が真田のもとを尋ねてきた。 「真田、いよいよ出航だな」 「ああ。波動エンジンの修理もうまくいったし、思ったより早く地球に帰れそうだ。あとはコスモクリーナーを艦内で組み立てるだけだよ」 「そうか。良かったな。…それはそうと、前に言ってたおまえの部下の女の子、治ったのか」 「ああ。早ければあと二、三日で退院できるそうだ。本当にありがとう。おまえに口添えしてもらって助かったよ」 「おれは何も言っちゃいないぜ」 守はけげんな顔をした。真田は笑った。 「だって、スターシャさんは言ってたぜ。マモルの友達の頼みなら、って」 「こいつ…!」 守は真田の背中を強く叩き、なおも笑っている真田に向かって言った。 「おい、真田。約束だからな。今日はその子に会わせてもらうぞ。おまえの惚れた相手がどんな子か、おれも見ておきたいんだ」 「そういう言い方はよせって言ってるだろう。…でも、緑には会わせるよ。おまえのおかげで助かったようなものだしな」 緑は佐渡から入浴許可が出たため、ひさしぶりで髪を洗い、それを乾かしながら病室のベッドの上に座っていた。自分でも体調が驚くほど良くなったのがわかる。死を覚悟して暮らしていた日々が嘘のようだった。…緑はてのひらぐらいの大きさのフォトフレームを見ていた。横についた小さなボタンを押すと、メモリーチップに記憶させてあるデジタル写真が次々に映し出される。それは雪が隠し撮りしてくれた真田の写真だった。その時、ノックの音がした。緑は慌てて写真を枕の下に隠した。 「どうぞ」 開いたドアの向こうには、真田と守が立っていた。真田はベッドのそばまで来てから振り返り、守に向かって言った。 「古代、紹介するよ。…おれの部下の藤井緑だ」 緑はベッドの上で正座しようとしたが、すぐに守が言った。 「ああ、楽にしてて下さい。まだ入院中なんだから。ぼくは古代守です」 「始めまして。藤井緑です」 緑はそう言うと丁寧に頭を下げた。長い髪が輝きながらさらさらとこぼれる。女性の入院患者用の衣服はえりぐりの大きく開いた白いワンピース型で、治療がしやすいように両肩でリボンを結んで袖の上端を閉じるようになっていたが、それは見ようによっては白いドレスのようにも見えた。イスカンダルの医療機械による治療を受けた後、緑の顔色はめっきり良くなっており、頬や唇はほんのりと血の色を透かせて美しい薔薇色に輝いている。緑は顔を上げると、大きな黒い瞳を細めてにっこりとほほえんだ。 「去年の三月の実戦部隊見学の時、古代さんの艦を見せていただきました。その節はありがとうございました」 「そうだったかな。きみのような美しい人に会って、覚えていない筈はないんだが」 「あの、そんなことは…」 守の大胆な言葉に、緑は頬に手を当ててとまどっていた。守はかまわず続ける。 「具合はもうすっかりいいんですか。一人で爆弾をしかけに出て行くなんて、勇敢なお嬢さんだ。真田があなたのことをずいぶん心配していましたよ」 緑はさっと頬を染めてふりかえり、背後に立っていた真田を見た。しかし、真田は訓練学校時代のことを思い出し、苦い思いで守を見ていた。 (この野郎、美人と見るとすぐこれだ。全く調子がいいんだから…昔と全然変わってないな) 緑は真田が複雑な顔をしていたため、心配そうに見上げた。真田もすぐに緑に気付き、少し微笑む。…守はそんな二人を興味深そうに見ていたが、緑の枕の下からのぞいているフォトフレームを見つけ、にっと笑った。真田は守に向かって言った。 「緑は最初から技術班志望だったからな。だから見学の時、艦橋には行ってないんだろう」 「そうか。こんなきゃしゃで繊細な人が技術班とは驚きだな。溶接なんかもするんでしょう。真田は人遣いが荒いから、あなたも大変ですね」 「おい、古代」 真田はいいかげんにしろという口調で言うと肘で守の横腹をつつき、顔をのぞき込んだ。守は笑ってごまかす。守といる時の真田は、いつもの冷静で落ち着いた真田とは違って、まるで高校生のように若々しく、楽しそうに見えた。緑はそんな二人を見てほほえんだ。 「いいえ。技師長の部下として働くことができて、本当に良かったと思っています。早く退院して、また開発のお手伝いをしたいです」 真田はそうそうに守を緑の病室から連れ出した。艦橋に向かう途中、守はしばらく黙っていたが、やがて言った。 「その…なんていうか、色白で、さわったら壊れそうで、男の保護欲をそそる感じだな。それにあの目…。あんなすごい美少女が地球防衛軍にいたとは知らなかった」 「さっき言ってただろう。去年の三月におまえの艦に見学に行ったって。まだ一年目の新人なんだよ」 「十八歳か。進と同じだな。うーん…真田、おまえ、俺がスターシャと恋愛中で良かったな」 「どういう意味だ」 「はっきりいってタイプだ。おまえには勿体ない」 「この野郎!」 真田は守に指をつきつけた。 「いいか、緑はおまえがこれまでひっかけてきたような女とは違うからな。あの子を遊び相手にしたりしたら、おれが許さんぞ」 守は真田の真剣な顔を見て笑い出した。 「わかってるって。おれは親友の女に手を出すほど非常識じゃないよ」 「そういう言い方はよせと言ってるだろう。緑はおれの部下なんだ」 「何言ってるんだ。あの子、おまえの写真を病室の枕の下に入れてたぞ」 真田は急に立ち止まった。顔がみるみる真っ赤になる。守はうれしそうに笑いながら言った。 「それみろ、赤くなりやがって。正直になれよ。まったくガンコなやつだな」 真田は恨めしそうな顔で守を見たが、すぐに気を取り直して言った。 「とにかく、変なマネはするなよ。だいたい、おまえは訓練学校のころから女好きだったからな」 「二枚目なのは俺のせいじゃないぜ。むこうが勝手に寄ってきただけだよ。スターシャだって間違いなくおれに惚れてると思うんだ。いやしくも女王だから、自分からは言わないけどな」 守はのほほんと言うと、余裕を見せようとしてわざと頭の後ろで手を組み、ぶらぶらと歩いている。真田は心の中で言った。 (おまえこそ正直になれよ。本気になってるのはおまえのほうだろう) そんな真田の思いを感じたのか、守はふと真田の顔を見た。真田は諭すように言った。 「そんなことを言って、これから一体どうする気だ。ヤマトは明日出航だぞ。スターシャさんはこの星に残るんだろう」 守は黙り込んだ。真田は続けた。 「説得して、地球に連れていかなくていいのか。おれたちが出ていったら、あの人はまた一人ぼっちになってしまうんだぞ」 「まだ、考えが決まらん」 守は低い声で言った。 「決まらんって…まさかお前、ここに残る気じゃないだろうな」 守はうつむいたまま答えない。真田は守の前に回り込んだ。肩をつかむ。 「おい、弟のことも考えてやれよ。あんなに喜んでいるんだ。今じゃおまえがたった一人の身内なんだぞ」 守は顔を上げた。さっきまでとはうって変わった真剣な顔だった。 「真田…おまえならどうする」 「なに?」 「もし、あの子がこの星に残ると言ったら…」 真田はたじろいだ。 「馬鹿いうな。話が全然違うだろう。第一、おれはヤマトの技師長だぞ」 「そうか?何かの事情で、もしどうしてもあの子を一人だけ残していかなきゃならなくなった時、おまえはどうする。一緒に残るんじゃないのか」 真田は視線を落として黙り込んだ。やがて、守が笑い出した。 「ま、いいさ。とにかく、もう一度スターシャを説得してみるよ」 守の言葉に、真田は顔を上げた。守はじっと真田の目を見つめている。その瞳の中に、真田は守の固い決意を見た。守はほほえんだ。 「何があっても、どこにいても、おれたちは親友だ。それに変わりはないからな」 真田はしっかりとうなずいて、守の手をにぎった。守も強く握り返す。真田は言った。 「最後はおまえ自身の判断だ。おまえが決心したなら、おれは止めない。…しかし、弟にだけはよく言ってきかせてやるんだぞ」 「わかった、真田。…これからも進のことを頼む」 「任せておけ。最近、なんだかあいつが自分の弟のように思えてな」 「そうか。すぐ熱くなる進のためには、同じタイプのおれより、おまえのような冷静な兄貴がいてくれたほうがいいかもしれんな」 二人は笑いながら艦橋に向かった。 |
ぴよ
2001年11月14日(水) 03時14分10秒 公開 ■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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緑が元気になって本当に良かった。しかし性格が違う真田さんと守兄さん、どうやって親友になったのかな? | なんぶ | ■2001年11月15日(木) 15時42分39秒 |
やっぱり守さんは、女をとっかえひっかえしてたのかぁ。それにしても、むきになって否定したり、赤くなったりする技師長のかわゆいことといったら!もし緑が一人イスカンダルに残るようなシチュエーションになったら、ほんとにどうするんでしょ | Alice | ■2001年11月14日(水) 11時17分48秒 |
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