第7章 旧友〜イスカンダル /sect.2
 



 ヤマトはその日、ついにイスカンダルに着陸した。スターシャの誘導電波はヤマトをイスカンダルの首都、マザータウンの海に導いた。そこは波静かな入江で、丘の上には銀色に輝く壮麗な都市がそびえていた。その中央に、水晶でできたかのような繊細なフォルムを持った塔が、ひときわ高く輝いている。沖田に上陸を命じられた古代、真田、島、そして雪は、小高い丘の上で待っていたスターシャを見た。
…スターシャは足元まで届くかという長い金髪をなびかせ、青いドレスを着て立っていた。すっきりと整った面長な顔には、女王としての威厳があふれている。しかし、その顔はどことなく雪に似ていた。真田は思わずつぶやいた。
「雪に似てるな…」
 雪はうれしそうに頬に手を当てた。四人が近づくとスターシャはゆったりとほほえんだ。
「ようこそイスカンダルへ。私がスターシャです」
 どこかに自動翻訳装置が付けてあるらしく、スターシャの言葉は流暢な地球標準語だった。
「はじめまして。私は宇宙戦艦ヤマト艦長代理の古代進です。こちらは…」
 その時、スターシャは雪を見て叫び声を上げた。
「サーシャ!あなたヤマトで一緒だったなら、どうして連絡してくれなかったの?」
 雪は面食らっている。古代は慌てて中に入った。
「サーシャっていうと、あの火星で亡くなった…」
「ええっ?サーシャは死んだのですか?では、この方は…」
 雪は背筋を伸ばして言った。
「地球の女性です。森雪といいます」
 
 スターシャは妹サーシャの死を悲しんだが、涙をふくと一同を王宮の倉庫へ案内した。そこには、コスモクリーナーDのパーツが保管されていた。コンテナに入れられ、番号を振られたパーツはおびただしい数で、組立てには相当時間がかかりそうだった。真田はパーツの保管場所を確認し、設計図を受け取った後、いったんヤマトに戻り、コスモクリーナー積込みの準備を始めた。一方、古代と雪はスターシャの依頼で、サーシャの葬儀に立ち会うために王家の墓地へ向かった。
 その日の夜遅く帰艦してきた古代と雪は興奮していた。古代はまっすぐ艦橋に戻ると当直中の島の手を握りしめた。
「島、兄さんが生きていたんだ!」
 島は驚いて立ち上がった。
「兄さんって…ゆきかぜの艦長の古代守さんか?」
「そうだよ。おまえも見学の時に会ったろう?ガミラスの捕虜になった後、船が難破して漂流していたところをスターシャさんに助けられていたっていうんだ!おれ、何て言ったらいいか…」
 古代の頬には涙が流れていた。島は古代の肩を抱いた。
「良かったな、古代。…ほんとに良かった」
「うん。うん。…さっき兄さんに会ってきたんだ。明日、ヤマトに来るって言ってた」
「そうか。じゃあ、艦長にも報告しておかなきゃ。沖田艦長の部下だったんだろ、お兄さん」
「そうだったな。あ、それに真田さんにも教えなきゃ。真田さん、兄さんの親友なんだ」
「そうなのか。でも、真田さんは徹夜でコスモクリーナーの図面を検討して、組み立ててから積み込むか、パーツで積み込むか決めるって言ってたぞ。波動エンジンの検査もしなきゃいけないみたいだし…」
「じゃ、とりあえず艦長室へ行ってこよう」
 古代は時計を見た。艦内標準時間はとうに真夜中を過ぎている。
「…やっぱり明日にするよ。兄さんをいきなり連れていって艦長を驚かせようかな。そのほうが艦長も嬉しいんじゃないかという気がするんだ。それに、真田さんのびっくりした顔を一度見てみたいや」
「好きにしろよ。何せ、おまえのお兄さんなんだからな」
 二人は声を上げて笑った。

 真田はコスモクリーナーの図面を検討した結果、組立てに少なくとも五十日前後を要することが判明したため、地球への帰還期限に照らしてパーツで受け取るほかないとの結論に達し、翌朝早くコンベヤシステムとキャリーメカを準備して部下とともに王宮の倉庫に行った。真田は倉庫で技師たちに積込みとチェックの方法について指示すると、王宮のスターシャのもとへと向かった。ヤマトの波動エンジンはガミラス本星での戦いで大きく損傷しており、ワープ機能を回復するためには大規模な修理が必要だったが、真田はイスカンダルの宇宙船を参考にしてヤマトのワープ機能を改良しようと考えていたのである。そのころ、兄の守を迎えに行った古代進は、守とともに王宮を出、真田と入れ違いにヤマトへと向かっていた。
 守は進の持参した士官服に着替えて迎えの反重力カーに乗っていたが、近づいてくるヤマトを見るとその巨大さに嘆息をもらした。
「これがヤマトか…」
 進は誇らしげな表情で反重力カーをタラップの横につけ、降り立った。
「さあ、兄さん。沖田艦長のところへ行こう!」
 
 スターシャは真田の依頼を承諾し、王家の専用宇宙船を調査することを許可した。そして、イスカンダルの食料自給用の藻類培養システムを一つ進呈しようと約束した。…このシステムは、人間の排出する有機物を栄養としてタンク内で藻類を培養し、その藻類の生み出した炭水化物や蛋白質を原料に、あらゆる食料を自動的に合成するシステムだった。イスカンダルでたった一人生き残ったスターシャが何の不自由もなく生きていられるのは、これらの進んだシステムのおかげだったのである。そして、恒常的に食料問題に悩まされているヤマトや、食料危機にあえぐ地球の人々にとって、このシステムが福音となることは明らかだった。真田は丁重に礼を述べた。スターシャは鷹揚にほほえんでいたが、その表情にはどこか影があった。
(本当にきれいな女性だが、何か悩んでいる様子なのはどうしてだろう)
 真田は不審に思いながら辞去しようとしたが、急にスターシャが声をかけた。
「マモルは…ヤマトでどんな様子でしたか」
 真田は驚いて振り返った。
「え…どなたですって」
「古代守さんです。…あなたが来る少し前に弟のススムと一緒にヤマトに向かったでしょう。会わなかったのですか」
 
 真田は急いでヤマトに戻った。舷門で歩哨に立っている戦闘班員に古代たちの行く先を聞く。艦長室に向かうエレベーターの中で、真田ははやる気持ちを抑えかねていた。
(古代…生きていたのか?本当におまえなのか?)
 エレベーターのドアが開くと、真田は艦長室にかけこんだ。ノックを忘れていたのに気付いたのはずっと後になってからだった。
「古代守が生きていたんだって!」
 勢い良く飛び込むと、ベッドの上にいる沖田と、士官服を着た守、そして進が振り向いた。真田は沖田の顔を見て、ここがどこであったかを急に思い出した。
「あ、艦長…失礼しました」
 ぎくっとして立ち止まった真田を見て、守は破顔した。沖田も満面に喜びの色をたたえている。
「いや、いいんだ。君たちは同期なんだ。うれしいだろう」
 その言葉に、真田は守のもとに駆け寄った。互いにがっしりと肩をつかみあう。守は昔と同じ、やんちゃ坊主のような表情で笑いかけてくる。真田は顔じゅうで笑いながら言った。
「古代!この野郎、幽霊じゃねえだろうな」
「真田、相変わらずだな、おまえも」
 守が真田の顔を小突いた。真田も守の顔を小突き返す。二人は抱き合って大笑いした。そこに、一升瓶を抱えた佐渡や他の乗組員がどっとなだれこんできた。沖田はかつてない明るい声で言った。
「よし、古代が生きていた祝いだ。みんな飲め。無礼講だぞ」
 
 一同は艦長室の床に車座になって酒を回し飲みしていた。守は冥王星の戦い以後、自分が経験したことを話した。不時着したタイタンでガミラスの守備兵に襲われ、コスモガンで応戦したが捕らえられたこと…捕虜となって連れ去られた後、ガミラス艦が難破したこと…スターシャに助けられたこと。
「救助された時は、過被曝や減圧症、宇宙病などで、もう死体同然の状態だったらしい。それをスターシャがイスカンダルの医療機械で治してくれたんだ」
 守の言葉に、聞いていた相原が言った。
「死体同様の人を生き返らせるなんて、すごい科学力ですね」
「そうだな。どうも、人体の持っている治癒力を飛躍的に高める装置がついているらしい。詳しいことはおれもわからんが」
 それを聞いた真田の目が輝いた。
「艦長、その装置をお借りできれば、ヤマトの重傷者を回復させることができるのではないでしょうか」
 沖田はうなずいた。佐渡も大きくうなずいている。それを見た守が言った。
「そうだ。あれを使えば艦長の病気だって治るんじゃないですか。私のほうからスターシャに装置を貸してくれるように頼んでみます。彼女は優しい女性です。嫌とは言わないと思います」
 真田は守の肩を叩いた。
「きっと貸してくれるよ。…艦長、実はさきほどスターシャさんの所へ行って、イスカンダルの波動エンジンを研究させてほしいと頼んだところ、快く承諾していただいたうえに、食料自給システムを一つ進呈すると言っていただきました。あれがあれば、ヤマトと地球の食料問題は全て解決します」
 沖田はほほえんだ。
「そうか。それはありがたい。スターシャさんにはどれだけ礼を言っても足りないな。…古代、真田くん。せっかくのところをすまんが、これからすぐにスターシャさんの所へ依頼に行ってもらえんか。重傷者の中にはかなり容体の悪い者もいるようだ。一刻も早いほうがいいだろう。そうでしょう、佐渡先生」
「もちろんですとも」
 佐渡の返事を聞いて、二人は立ち上がった。沖田は笑いながら言った。
「途中で同期どうし、積もる話でもしてくるといい。ただし、酔っぱらい運転には注意してな」
 
 真田は艦内を歩きながら守に言った。
「なあ、古代。よく考えると女王様のところに行くのに酒を飲んでってのはまずいんじゃないか」
「うーん…。じゃあ、うがいしていくか。トイレ、どこだ」
 二人は手洗いに立ち寄った。洗面台で顔を洗う。守は鏡をのぞきこんで髪を整えながらしみじみと言った。
「しかし、生きておまえに会えるとは思ってなかったよ。…冥王星会戦のために出航して以来、だよな」
「ああ」
 急に真田の目がかげった。
「古代、すまなかった。…おれの整備が不十分だったばかりに、おまえやゆきかぜの乗組員をひどい目にあわせた」
「違うんだ、真田。ゆきかぜが沈んだのはおまえのせいじゃない」
 二人はタラップに向かって歩き出した。守は遠い目をしながら言った。
「不十分どころか、おまえの整備は完璧だったよ。ゆきかぜが最後の最後まで沈まずにいられたのは、あのビームコートのおかげなんだ。…撃沈の原因を作ったのは俺だ。あの時、沖田艦長は撤退命令を出した。しかし、おれは下らんヒロイズムでそれを拒否したんだ」
「古代…」
「戦って死ぬのが男じゃないんですか、と言ってな。…部下たちには本当にすまないことをした。俺が敵の真ん中へ艦を突っ込ませたせいで、ゆきかぜは至近距離から集中砲火を受けて沈んだんだ。あの艦を沈めたのは、おれの未熟さだよ。それなのに、艦長のおれ一人が生き残って…」
 守は顔を上げた。
「しかし、そのおかげで、これからヤマトの負傷者を助けることができるんだよな。罪ほろぼしというわけじゃないが、俺も誰かの役に立ててうれしいよ」
 
ぴよ
2001年11月10日(土) 00時10分27秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お待たせしました。守にいさん、登場です。
ゆきかぜ撃沈の原因を知っている1ファンとしましては、宇宙要塞で真田さんが自分を責めておられるのを見るたび、非常につらい思いをしておりましたので、かねてから念願だったこのシーンを書けて、とてもうれしいです。

この作品の感想をお寄せください。
詳細な設定のストーリーと緑のイラストに惹かれて読み続けてきましたが、今回のスターシャの美しさには感動してしばらく見惚れてしまいました。ヤマトヒロインの美しさを完璧以上に表していると思いました。続編や次回作を書かれる時は、雪やサーシャのイラストも増やしてください。 Wineglass ■2002年04月27日(土) 01時39分28秒
イスカンダルの科学力を使えば、緑も助かるのか!?是非そうあって欲しいものです。私も第1話の守のセリフは好きじゃないので、ここに来て命を粗末にしたことを反省している姿を嬉しく思います。それにしても、省きましたね、あの真田さんのセクハラシーン! Alice ■2001年11月10日(土) 23時35分54秒
人間の排出する有機物を栄養としてタンク内で藻類を培養し、その藻類の生み出した炭水化物や蛋白質を原料に、あらゆる食料を自動的に合成するシステム・・・まあ、農業も過程を省けばそういうことですが、まあ、そういうことなんですね(汗)。喜ぶ古代進が、フィクションとはいえ、いとおしいですね。守の性格設定は、本編のそれがかなりアバウトだった(と思う)ので、難しいと思いますが、お手並み拝見ということで、楽しみにしております(^^) 長田亀吉 ■2001年11月10日(土) 10時56分14秒
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