第6章 ドメル艦隊、そして /sect.6 |
七色星団の決戦は、結果としてヤマトの圧倒的な勝利に終わったが、やはり彼我の戦力差を反映してヤマトにも相応の被害は出ており、ブラックタイガーが一機撃墜されたほか、敵艦載機のミサイル攻撃などによって艦内にいた八名が戦死し、十二名が重傷を負った。また、ヤマトのレーダーと第一砲塔が損傷し、右舷の装甲板が二か所破損、パルスレーザーにも被害が出ている。真田はヤマトに戻って緑を佐渡に引き渡すとすぐに技術班に補修を命じ、具体的な指示を与えるために艦外に出たが、指示どおり円滑に作業が開始されたのを見届けると艦内に戻り、まっすぐ医務室に行った。しかし、手術中を示す赤いライトはまだ点灯したままだった。真田は手術室の外でじっとライトを見つめていた。自分が子供のころ事故にあった時の記憶がよみがえってくる。すさまじい衝撃、はねとばされていく姉の姿。暗黒の長い時間の後に病室で目をさました時、自分の手足は全てなくなっていた。麻酔が切れた後のいつまでも続く激しい痛みと切り株のようになった自分の手足を見た時のショック… (おまえにあんな思いは絶対にさせたくない。復元手術さえ成功すれば…) その時、ライトが消えた。全身を固くして待つ真田の前で、ドアが開き、雪が出てきた。…疲れ果てた表情の雪は、真田を見てびくっとした。 「真田さん…」 「雪!手術の結果は…」 駆け寄る真田から目をそらしながら、雪は小さな声で言った。 「左腕は切断しました。先生もずいぶん努力したんですが、もう手のほどこしようがないほど潰されていて…」 真田は目を閉じて顔をそむけた。雪はうつむいたままつらそうに続けた。 「それに、被曝量が多くて、全身状態が良くありません。無菌室で治療することになりますが、いつ出られるか見通しがつかないそうです。…ワープに耐えられるかどうか…」 真田はこぶしを握りしめて雪の言葉を聞いていたが、やがて目を開くと低い声で尋ねた。 「意識は戻ったのか?」 「いいえ。昏睡状態です」 雪は真田の顔を見た。真田はじっと床を見つめている。彫りの深いその横顔は、雪に第一艦橋で隠し撮りした写真のうちの一枚を思い出させた。その記憶は、写真を受け取った時に緑が見せた、恥ずかしそうな、しかしとても幸せそうな笑顔の思い出と結びついている。雪はたまらなくなって言った。 「緑の意識が戻ったら、必ず真田さんをお呼びします。…無菌室といっても、真田さんが以前入院していた病室の中に、透明のビニールシートでもう一つ小さい部屋を作るような形で設置しますので、顔をごらんになることはできますわ。きっと緑も真田さんに会いたがっていると思います」 真田はそれを聞いて急に顔を上げた。 「ありがとう、雪。…すまないがもう一つ頼みがある。もしもこのまま意識が戻らず、容体が悪化するようなことがあったら…」 「危篤の時には一番先にお呼びします。何でしたらメディカルコンピュータのパスワードもお教えしておきますわ。そうすれば、真田さんの端末でいつでも容体をチェックできるでしょう。…本当はプライバシーとかの問題があるんですけど、今回は特別です。佐渡先生だってきっとわかって下さると思います」 雪からパスワードを教えられた真田はすぐにメディカルコンピュータにアクセスした。真田はα−4の開発をした時、宇宙での戦闘で兵士たちに発生する負傷や疾病について研究していたため、データの意味するところを正確に理解することができたが、そのことはかえって真田を苦しめる結果となった。…事実は雪が話していたよりはるかに深刻だったのである。 その二日後、雪から連絡を受けた真田は緑の病室を訪れた。医務室で大勢の重傷者の治療を続けている佐渡は、真田の姿を見ると眉間にしわを寄せたまま言った。 「真田くん、ヤマトの修理は進んどるかね」 「はい」 「いかん。いかんよ。…そんなに早く修理したら。修理はもうちょっとゆっくりやりなさい。この怪我人たちは、とてもじゃないがワープに耐えられるような状態じゃない。緑も同じじゃ」 真田はうつむいた。医療データの数値が頭をよぎる。佐渡は真田に近づくと言った。 「緑の意識は戻ったが、まだ話をさせてはいかん。顔を見るだけだよ。本来は面会どころじゃないが、きみの顔を見れば少しは容体が良くなるかと思って特別に許可したんじゃ。それを忘れんようにな」 真田は見覚えのある病室のドアをくぐった。…病室の中には、透明のビニールでもう一回り小さな部屋が作られていた。無菌室の壁面には、外側から手を入れて操作するための手袋のようなものが作りつけられており、換気のために接続された太いホースが床を這っている。その中に、さまざまな医療機器をつながれて、緑は横たわっていた。もともと抜けるように白かった肌が激しい出血と容体の悪化のために蒼ざめて、異様なほど白い。この数日の間に驚くほど痩せたため、ほっそりしたあごがますます細くなり、大きな眼ばかりが目立って、はかなげな印象がいっそう強くなっていた。まるで淡雪のように、手で触れたらそのまま消えてしまいそうに見える。緑は長く黒い睫毛を伏せて眼を閉じていたが、ドアの開く音を聞いてわずかに顔を動かした。ゆっくりとまぶたを開く。その動きはとても緩慢で、少し動くことにもかなりの苦痛が伴っていることが見て取れた。しかし、真田の姿が視界に入ったとたん、緑は目を見開いて体を動かそうとした。真田は思わず声を出した。 「動くんじゃない。話はしないように佐渡先生に言われているんだ。そのまま寝ていてくれ」 緑は大きな黒い瞳をいっぱいに開いて真田をみつめていた。やがてその青ざめたほほに、ゆるやかに微笑が昇ってきた。眼にうっすらと涙が浮かぶ。緑はかすかに唇を動かした。それはほんとうにわずかな動きだったが、息を殺してじっとその顔を見守っていた真田には、緑の言葉がはっきりとわかった。 「技師長…ご無事でよかった…」 真田はこぶしをきつく握りしめた。身体の中に、口に出せない激情がうずまいて、いまにも破裂しそうだった。真田はその全てを握りつぶそうとするかのようにこぶしに力を入れながら、自制心をふりしぼって穏やかな声を出した。 「おまえのおかげでヤマトは助かったよ。だから安心して、治療に専念してくれ。おまえがいないとみんなも元気が出ないらしい。…気を強く持って、頑張るんだ。そうすればすぐに良くなる」 まばたきもせずに真田の顔をみつめていた緑の眼から、涙がこぼれおちた。涙はつぎつぎに光る筋となって頬を伝わり、枕を濡らしている。真田はついに耐えきれなくなって言った。 「本当は、おれの時のようにずっとついていてやりたいが、そうもできない。…だが、おまえさえよければ、毎日必ず顔を見にくるよ。約束する。だから、一日も早く良くなってくれ」 その言葉を聞いて、緑は目を伏せ、かすかにうなずいた。ふたたび目を上げて、真田を見る。二人はそのまま、時間が止まったかのようにじっと見つめあっていた。 |
ぴよ
2001年11月04日(日) 23時36分08秒 公開 ■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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自分より真田さんのことを気遣う緑。「身体の中に、口に出せない激情がうずまいて、いまにも破裂しそうだった」同じ気持ちになりました。 | メカニック | ■2010年02月06日(土) 10時32分26秒 |
大切なものって、失ってみて初めてわかることがありますが、その時はもう遅いのです。老婆心ながら、“今日”を大切にしてくださいね、技師長。純愛って、ほんと切ないです。 | Alice | ■2001年11月05日(月) 09時56分42秒 |
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