第6章 ドメル艦隊、そして /sect.5
 
 固定用アームにしかけられた爆弾の爆発によって、ドメル艦は激しく振動し、衝撃で第三艦橋から引き離された。ドメルとゲールは強い振動と衝撃のためにブリッジの端まで飛ばされ、床に叩きつけられている。三十秒後に作動するようにセットしておいた自爆装置はまだ時を刻み続けていた。
 
 ドメル艦のアームが爆破されたことによる鈍い衝撃音が第一艦橋に届いた。
「島!加速だ!」
 真田が叫ぶ。島はメインエンジンと補助エンジンのパワーを限界まで上げて加速した。強いGが加速の急激さを物語る。
「ドメル艦、ついてきません!」
 Gに耐えて必死にレーダーにかじりついていた雪が声をはりあげた。その時、ヤマトの後方監視モニターの画面が真っ白に変わった。ドメルの円盤が大爆発を起こし、四散したのである。
「ドメル艦の爆発確認!」
 報告する太田の声がはずんでいる。その時、真田が急に席を離れ、沖田の前に立った。
「艦長、自分は艦底部で補修作業と負傷者の救護に当たりたいと思いますが」
 そう言う真田の顔は蒼ざめ、唇は固く引き結ばれていた。沖田がうなずくやいなや、真田は艦橋を駆け出していった。
 
 艦載機発進口で救命艇の発進準備をしていた吉川は、走ってくる真田を見た。
「技師長!」
 真田は壁につるしてあったヘルメットを掴むとまっすぐ救命艇にむかってくる。
「吉川!緑は」
「戻ってません。今から捜索に行くところです」
「よし、すぐ発進だ!」
 真田はそのまま救命艇に駆け込んだ。吉川も慌てて後を追う。操縦席では既に古賀が計器チェックを終えていた。真田は救命艇が動き出すと、すぐに識別信号探索用のモニターをセットした。緑のIDを入れる。…しかし、モニターは真っ暗なままだった。
「技師長…」
 吉川が泣きそうな顔でつぶやく。真田は前方に広がる広大な宇宙の闇をにらんで言った。
「爆発の時に吹き飛ばされたんだ。ドメル艦の爆発位置まで戻って捜索する!」
 古賀は救命艇のエンジン出力を一杯に上げた。ヤマトがフルスピードで加速していたため、ドメル艦の残骸はどんどん遠ざかっている。
 
「技師長、これは…」
 操縦を担当していた古賀がうめくように言った。救命艇はドメル艦の爆発位置に接近し、レーダーの探索エリア内に反応が出始めたが、残骸は画面を埋め尽くすほどの数で、どれが何なのか全くわからない。しかも、識別信号探索用のモニターには、いたるところに緑を示す輝点が現れていた。
「ゴーストだ。ドメル艦の残骸に反射しているんだ」
 真田はつぶやき、血が出るほど唇をかみしめた。
「これじゃあ、どれが本当の緑かわかりません。全部調べていたら間違いなくエアーが切れてしまいます。…緑の通信が入った時、艦外監視モニターで見たんです。あいつ、簡易装備のままでした」
 古賀はじっとモニターをにらんだまま言った。救命艇が移動するにつれ、モニター上の輝点はどんどん増えていく。真田は顔を上げ、いきなり副操縦席のコンソールのカバーを力任せにはがした。壁面の収納庫から携帯端末を取り出し、むき出しになった配線に接続する。そして、キーボードをセットすると、猛烈な勢いで叩き始めた。
「どうするんですか、技師長!」
 吉川の問いに、真田は作業を続けながら答えた。
「レーダーと識別信号探索システムをリンクさせて、モニターからゴーストを排除する。反射ルートを逆に探っていけばクリアできる筈だ。そのプログラムを作る」
「しっ、しかし、間に合うんですか?簡易装備だとすると、緑のエアーは…」
「間に合わせる!」
 真田は叩きつけるように言った。それは、これまで技術班の誰も聞いたことがないほど激しい口調だった。その間も、両手の指は嵐のようにキーボードを叩き続けている。端末の画面には読み取ることが不可能なほどの速さでプログラムの文字列が現れ、流れ去っていった。吉川と古賀はそのあまりの勢いに声をかけることもできず、呆然とただ見守ることしかできない。二人とも、いつも冷静な真田がこれほど必死になっている姿を見たのは初めてだった。やがて、古賀がわれに返ると低い声で吉川に言った。
「吉川、緑を救助した時のために救急治療の用意をしておこう。…あいつはA型だったんだよな」
「ああ」
「輸血と、酸素吸入の準備だ。それに、中和剤と酵素も用意しておこう。見ろ、艇外はすごい放射線だ。こんな中を簡易装備で漂っているとしたら…」
 そう言うと古賀は席を立った。救命艇の治療室に向かう。吉川もその後を追った。治療室に入ると古賀はぽつりと言った。
「見つかったとしても、もう生きていないかも知れない。…あいつが起爆スイッチを押したのは、爆発点のすぐ近くだったんだ」
 吉川は黙って首を左右にふった。頬を涙が流れ落ちる。古賀は吉川の肩をそっと叩くと輸血の準備を始めた。静かな艇内には、真田のキーボードの音だけが響いていた。
(待っていろ、緑…必ず助けてやる)
 真田は歯をくいしばってプログラムを続けた。
 
 真田は最後の入力を終え、キーを押した。その瞬間、雑多な光に満ちていた識別信号探索用モニターの画面が何かで拭われたようにきれいになり、一つの点が力強く輝き始めた。
「やったぞ!」
 真田はそう言うと携帯用の腕時計型モニターを引き寄せ、信号の発信源を入力して記憶させた。声を聞いた吉川と古賀が駆け寄ってくる。吉川はモニターを見て叫んだ。
「緑の反応が!」
 古賀が操縦席につくと、真田は携帯型モニターをつかんで立ち上がった。
「十時の方向だ。艇の操縦は任せる。俺は船外へ行ってくる」
 真田はそう言うが早いかエアロックに向かっていた。壁にかかったヘルメットとブーツ、手袋をひったくるように取り、有無をいわせず気密ドアを閉める。
「技師長!救命艇で接近しないと、放射線が…」
 吉川が叫んだが、真田はまたたく間に艦外用簡易装備を着てバックパックを背負い、艇外に飛び出していった。古賀は慌てて発信地点のポイントを確認し始めた。
 
 引き裂かれた司令船の残骸が七色星団の放つほのかな明かりに照らされて漂う光景は鬼気迫る眺めだった。真田は手首の携帯モニターの指し示す方向に向けてフルバーニアで突き進んだ。プログラムを入力している間は故意に心の中から締め出していた古賀の言葉が脳裏をかけめぐる。
(見つかったとしても、もう生きていないかも知れない)
 真田はその考えを振り払うように闇の中に目をこらした。
(生きていてくれ。おれは…)                       
 真田は歯をくいしばり、喉もとまで突き上げてくる狂おしい想いを押し殺した。誰も聞いていなければ大声でわめき出しそうだった。ポイントは着実に近づいている。その時、淡い星の光に照らされて白い隊員服がきらりと光った。
「緑!」
 真田は叫んだ。…緑はゆっくりと回転しながら宇宙を漂っていた。ヘルメットに覆われた首はがっくりとのけぞり、手足は力なく投げ出されている。真田は最後の数十メートルを一気に接近すると、緑を抱きかかえた。ヘルメットを接触させてのぞき込む。
 緑の美しい顔は紙のように蒼白で、全く血の気がなかった。ヘルメットの内側、襟元のあたりから鮮血があふれて頬とフェイスプレートを汚している。真田は緑の瞼がかすかに震えるのを見て安堵した。
(良かった、何とか息はある。しかし…)
 出血箇所を探そうとして緑の体を見た真田は目を見開いた。緑の左腕は、肘の下あたりから完全に押し潰されていた。隊員服や手袋が破れなかったことのほうが奇跡に近い。爆発の衝撃で重量物の間に挟まれたのに違いなかった。真田は携帯用モニターを救命艇の登録信号に合わせると、緑を抱いてバーニアを噴射した。
(もう少しだ、頑張ってくれ。…死ぬんじゃない!)
 
 救命艇が視界に入ると、真田は無線で叫んだ。
「吉川、止血帯と鋏、それに手術着の用意をしてくれ。放射能汚染がひどいから緑と俺の隊員服はすべて廃棄する。運び込んだらすぐに輸血だ」
 救命艇のエアロックは開いている。真田は緑を抱いてそこに飛び込んだ。すぐにハッチが閉じ、艇内側の扉が開いた。吉川が止血帯を持って駆け込んでくる。
「近寄るな、吉川。汚染されるぞ。止血帯をくれ」
 真田はエアロックの中で自分のヘルメットや隊員服を素早く脱ぎ捨てながら言った。吉川の投げた止血帯を受け取ると緑の左腕にきつく巻き付ける。
「鋏」
 真田は止血帯を巻き終えると緑のヘルメットをはずした。隊員服のファスナーを一気に引き下げる。隊員服の中から驚くほどの鮮血が床にあふれ、吉川が悲鳴のような声をもらした。真田は緑の隊員服の左肩から鋏を入れて切り裂き、止血帯の上のところで隊員服を切り取った。止血帯から先の左腕部分以外の隊員服を全て脱がせる。緑は下着だけを身につけ、上半身を血に彩られてぐったりと横たわっていた。真田はアンダーシャツ姿で緑を抱き上げると治療室に運び、輸血セットを右腕につないだ。
「吉川、エアロックの物を宇宙に排出しておいてくれ」
 真田は緑に酸素吸入器をとりつけながら振り返らずに言った。吉川はショックで凍りついたようになっていたが、その言葉を聞いてようやくわれに帰った。エアロックの床はおびただしい血で濡れている。吉川はスイッチを操作してエアロック内の隊員服やヘルメットを艇外に放出させた。古賀は救命艇を全速力でヤマトに向かわせており、ドメル艦の残骸はもう見えない。治療室では真田が緑に中和剤を注射していた。緑の右手の指にはバイタルサインを調べるためのチェッカーがつながれ、血圧や脈拍がモニターに表示されている。真田は中和剤を射ち終わるとその表示に目を走らせ、戸棚から昇圧剤を取り出して注射器にセットした。祈るような気持ちで注射する。
(頼む、死なないでくれ…!)
 緑は昏睡状態で呼びかけにも全く答えない。救命艇の中で行いうる治療はこれが限界だった。手術室以外のところで手袋を外しては、破壊されつくした創部の感染を招くおそれもある。真田は精製水で緑の血まみれの肌を拭き始めた。純白の下着は血で真っ赤に染まり、血の気を失った白い肌に鮮血が網目のような模様を描いている。ざっと血を拭きとって手術着を着せた後、真田は血で汚れたガーゼを片づけようとして絶句した。…治療室にあった金属製の容器は、緑が入院中の真田の体をふく時に使っていたものと同じだった。あの日、頬に涙を伝わらせながら淋しげにうつむいていた緑の姿が、目の前の緑とオーバーラップする。喉が固くなり、声が出なかった。目の奥が熱い。真田は目を閉じると治療台の横に膝をつき、組み合わせた手を額に押し当てて祈った。
(神様、どうか緑をお助け下さい)
 吉川は治療室の入口で、使用ずみの鋏を握りしめたまま茫然と立ち尽くしていた。エアロックから戻ってきた時から、緑の蒼ざめた顔と、押しつぶされたその左腕以外に何も目に入らない。…その時、吉川はベッドの横にひざまずいている真田に気づいた。真田はじっと緑の顔を見守っている。その悲痛な表情を見た吉川は心の中で叫んだ。
(緑、死んじゃだめだ。…技師長はこんなにおまえのことを想ってるんだ。せっかくそれがわかったのに、いま死んでしまっちゃ何にもならないじゃないか!)


 
ぴよ
2001年11月02日(金) 01時53分08秒 公開
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■作者からのメッセージ
ここのところ、上昇株だった吉川くんですが、経験のなさからか、緑の危機に取り乱してしまい、ストップ安の気配です。・・・実は、作者としましては、吉川くんの相棒、古賀くんの如才ない性格が割と気に入っていたりします。

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まるで24のドラマのようで一分一秒が鮮明に感じられます。手に汗を握る必死の救急作業に思わず魅入ってしまいました。 メカニック ■2011年06月23日(木) 23時53分51秒
な、なんというドラマでしょう。手に汗握るこの展開!ぴよさんの底知れない才能に脱帽です。真田さんと同じように、心臓が口から飛び出そうな気持ちになりました。死ぬなよ、緑! Alice ■2001年11月02日(金) 14時06分02秒
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