第6章 ドメル艦隊、そして /sect.1


 吉川は暗い表情で中央コンピュータ室の操作盤に向かっていた。もちろん、吉川の謹慎はとうの昔に解けている。…真田は吉川と山下が新しい義肢を装着した後、佐渡に頼んで注射の間隔を狭めてもらい、間もなく退院していた。緑も真田の退院とともに謹慎処分を解かれ、もとの任務に復帰している。たとえ艦長の命令とはいえ、二日余りの間つきっきりで真田の介護を行っていたということで、入院中の真田と緑のことを邪推する者が技術班員の中に全くいないわけではなかったが、おおかたの見解はいみじくも青木が言ったとおりだった。…技師長も人の子だから、緑と二人きりでいて何も感じなかったとは思えないけど、そこはそれ、手を出そうにも出せない状態だったんだからな、というわけである。退院してきた真田の態度は以前と全く変わらず、緑も同じだった。そのため、技術班の空気はすぐに平穏なものに戻った。しかし、吉川は、何事もなかったように勤務している緑を見ていると、試作機で出撃しようとした時の表情や、黙って涙を流しながら病室を出ていった時の様子が思い出されて、いっそう苦悩が深まるのだった。
(緑が技師長のことを思っているのは間違いない。でも、技師長はどうなんだろう。…あの時緑が泣いていたっていうことは、技師長のほうは全然その気がないんだろうか。だったら緑が可愛想すぎる。おれだって、あきらめられるものもあきらめきれない)
 その時、古賀が近づいてきた。いまは比較的暇な時間帯で、中央コンピュータ室を担当しているのは吉川と古賀の二人だけだった。
「どうした、吉川。宇宙要塞からこっち、ずっと暗いじゃないか。あの時、緑とけんかでもしたのか」
「いや。けんかはしてないよ。でも、おれ、今度のことでよく分かったんだ。…緑があそこまで本気だったなんて…」
 古賀はちょっと肩をすくめると壁面の操作パネルに向かった。
「今まで気付かなかったのか…?おまえもそうとう鈍いんだな。っていうより、認めたくなかったんだろうけどさ」
 古賀はパネルの計器をチェックすると振り向いた。
「緑はずっと前から技師長しか見てないぞ。冥王星の前からそうだ。あれを見てりゃどんな奴でもわかると思ってたけどな。…むしろ、おれが分からないのは技師長だよ。緑にあれだけ慕われてて、何とも感じないのかなあ。俺ならとっくに手出してるけど」
 吉川は思い切ってずっと考えていたことを口にした。
「…ほかに好きな女がいるとか」
「生活班長の森か?ありゃ古代の女だぜ」
 古賀は笑い飛ばした。吉川はまた考え込んだ。
「そうだよな。フェアウェルパーティーの時も技師長は交信放棄してたから、地球に女を残してきたっていうのとも違うし…やっぱり女の線はアウトかな」
「うん。それに、技師長って、何かそういう感じじゃないだろう。単に仕事一筋な人なのと違うか」
 気楽に言う古賀を見ながら、吉川はひそかに決意した。こうなったら真田に直接聞くしかない。
 
 真田は大工作室で補修用のパーツの製造を監督していた。
「よし、そのまま搬出して取り付けに回せ。…二班は取り付けが済んだら上がってくれていいぞ」
 ハードスーツを着た二班の技師たちがエアロックへ向かうと、真田の周囲には人がいなくなった。工作室の入口で待っていた吉川は、ずっとためらっていたが、思い切って真田に近づいた。
「…あの、技師長」
「吉川か。どうした」
 振り向いた真田は明るく声をかけたが、吉川の思い詰めた様子に眉をひそめた。吉川はじっと足元をみつめていたが、やにわに顔を上げると言った。
「こんなことを突然お聞きするの、変かもしれませんが、技師長は、好きな女性とかおられるんですか」
 若さに任せて叩きつけるように言い切ってしまうと、吉川はじっと真田の顔を見ている。真田は思いもかけなかった質問に、目を見開いたまましばらく絶句していたが、やがて目をそらした。
「は…確かに急な質問だな」
 背を向けようとする真田に、吉川はくいさがった。
「失礼なことをお尋ねしてることは分かってます。でも…」
「いや、いい。…それがおまえに何か関係があるからこそ、そうやってわざわざ聞きに来たんだろうからな」
 ふと見えた真田の横顔には、あきらめにも似た表情があった。真田は後ろを向いたまま、低い声で言った。
「…吉川、おれはヤマトの技師長だ。この艦を無事にイスカンダルへ…そして地球へと送り届ける義務がある。そのためには、六十四人の技術班員の気持ちを一つにまとめておかなくてはならないんだ。だから、おれの個人的な感情には地球に戻るまで眠ってもらっている。…少なくともそう努めているつもりだ」
 押し殺したようなその声音は、吉川に多くのことを物語っていた。真田は顔を上げ、振り向くと、強いて微笑みながら続けた。
「…それに、おれが技師長でなかったとしても、結局同じことだ。おまえも知っているとおり、俺の手足は作りものだからな。結婚は二十年も前にあきらめている」
「どうしてそんなことをおっしゃるんです!緑がそんなことを問題にするようなやつだとお考えなんですか?あいつは…」
 吉川は思わず叫んだが、真田の視線にあって口をつぐんだ。…吉川は、真田の眼の奥に緑の姿を見た。二人の男は、白衣を着て涙を流している美しい少女の幻を間にはさんで、しばらくの間唖になったかのように黙っていた。…やがて真田が目を閉じ、低く聞き取れないほどの声で言った。
「論点がずれているぞ、吉川。……緑は優秀な技師だ。あいつにもそう伝えてやってくれ。おやすみ」

 そう言うと、真田は工作室を出ていった。


ぴよ
2001年10月22日(月) 02時05分48秒 公開
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■作者からのメッセージ
いつもお読みいただいて、ありがとうございます。これから、後半の始まりです。
・・・というものの、いきなり吉川くんが暴走機関車と化してしまいました。(本当にこういう部下がいたら、結構イヤかも。)もっとも、艦長の小説、七色ネオン街の「そうかね部長」だったら、「好きな人ぉ?いないよーん」と答えて終わりかもしれませんね。

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これから熾烈な戦いが始まりますよね、その戦いの中で真田さんと緑は、そして吉川は、どうなるんでしょうか、非常に楽しみです。 なんぶ ■2001年10月23日(火) 13時15分41秒
連載再開、嬉しいっす。真田さんは真摯な人ですね。部下にこんなこと聞かれても、答えませんよ、普通は。ヤマトの時代の義手、義足って、現在の物より何倍も進歩していて、生身の手足に限りなく近いと思うんですけど、それでも結婚の障害になるんでしょうか…?「障害は個性だ!」って乙武君も言ってましたよ。 Alice ■2001年10月23日(火) 13時07分09秒
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