第5章 バラン星をめざして /sect.5
 
 佐渡は手術室に真田を連れていくと、手術台に乗せ、自動検査機のスイッチを入れた。半透明のカバーが全身を覆い、ガスによって滅菌処理がされるとともに、さまざまな検査が同時に行われる。二十分ほどで検査が終わると、佐渡は真田に新しい入院患者用の衣服を着せてストレッチャーで病室へ運んだ。ストレッチャーを押しながら、佐渡は低い声で言った。
「大体、きみは自分の体を粗末に扱いすぎる。大分α−4を使っとるな。自分で開発した薬じゃから、使いたいのはわかるが、あれはやめておきなさい。そうでなくても技術班は艦外活動のせいで被曝量が多いんじゃ。こんなことをしていたら沖田艦長みたいな体になってしまう。きみ以外にヤマトをきっちり修理できる者はおらんということを忘れとるんじゃないのか」
「先生…」
「自分の体をいじめても、死んだ者は帰ってこん。もっと自分を大切にしなさい。きみに何かあったら悲しむ人がどれくらいいるか、わかっとるのか」
 病室のドアが開き、佐渡はストレッチャーをベッドに横付けした。すぐに看護婦が駆け寄って真田をベッドに移すのを手伝い始める。真田は何気なくその看護婦を見て息をのんだ。…緑は髪をぴったりとまとめ上げて白いナースキャップをつけ、白いワンピース型の看護服を着ていた。詰め襟で半袖の看護服はミニスカートといってもいいほど裾が短く、こうして緑が着ている姿を見ると、すらりと伸びた美しい脚がどうしても目に入る。真田は息をとめて視線をそらした。緑は真田をベッドに移し終わると、腕や脚の切断面からのぞいているコードの端を見て目を見開いた。
「技師長、このコード、回路の接続を切らないままで引きちぎったんですか」
「ああ。あの時はそんな時間はなかったし、古代に言ってもわからないからな」
「でも、激痛があったんじゃありませんか。今だって、この状態では…痛覚のカットオフ機能はついているんですか」
 真田は笑った。
「それはつけてなかったんだ。爆弾のせいで、スペースが足りなくてね。しかし、痛いのには慣れたから、心配するな」
 緑の目がみるみるうちに涙でうるんだ。緑は佐渡のほうを向くと、早口に言った。
「佐渡先生、アナライザーに言って工具を取って来させてもよろしいですか」
「ああ、かまわんよ。でも、せっかくあんたも滅菌したんじゃ。あんたが工作室へ行くのはやめんさい」
「わかっています。…技師長、切断面を見せていただいていいですか。いまできるようなら、すぐに回路を切ります」
「すまん。頼む」
 緑はベッドの横にかがみこんで、真田の腕を調べた。泣き出さないように唇を強くかみしめている。それを見ていた佐渡は、真田と目を合わせるととぼけた表情で言った。
「注射と投薬については緑に教えてあるから、三日間きちんと治療しなさい。被曝後だから、感染予防のために一般の乗組員の見舞いは禁止じゃ。用があったらそこのモニターで話すこと。命令も出せるように端末も置いとるよ。トイレだけはアナライザーに世話させるから、心配せんでええ。三日後の検査で血液検査の数値が回復したら、退院してよろしい。いいね」
「ありがとうございます、先生」
「いや。…艦長もなかなかくわせ者じゃね。きみはさっき何か言っとったようだが、ひょっとしたらもう選択は終わっとるのかも知れんよ」
 真田はその言葉を聞いて真っ赤になった。佐渡はひょっひょっと笑いながら部屋を出ていく。ドアの外で、佐渡がアナライザーを呼んでいる声が聞こえた。
「アナライザー、おるか。緑が工具を持ってきてほしいんだそうじゃ。技術班から工具箱を取ってきて、消毒してから渡してやりなさい」
 真田はその声を聞きながら視線を戻し、緑を見た。緑はベッドの横にひざまずき、真田と佐渡のやりとりも耳に入らない様子で懸命に回路を調べている。じっと一点をみつめているため、黒い瞳がいっそう大きく見えた。襟足にふわりと漂うおくれ毛が、きゃしゃな首筋の線と端正な横顔の印象を強めている。真田は要塞の中で古代に四肢を切断させて以来、ずっと続いていた激しい痛みも忘れ、その横顔に見入った。試作機の中で吉川から聞かされた出撃の時の緑の言葉が耳の中によみがえる。こうして緑のすぐそばにいると、これまでに経験したことのない、体ごと吸い寄せられていくような感覚に襲われた。しかし、その時、突然真田の脳裏に格納庫で見た情景がひらめいた。背の高いブラックタイガー隊員が緑をシームレス機から抱き下ろし、何かを話しかける。緑はその青年をみつめた後、うなずいていた。…真田は目を閉じた。ふたりで嬉しそうに話していた古代と雪の様子も目に浮かぶ。
(おれは何を勘違いしているんだ。緑だって、健康で五体満足の、同世代の男のほうがいいに決まっているじゃないか。緑のことを思っている男はヤマトの艦内に掃いて捨てるほどいるんだ。その中のどの一人をとったっておれより条件の悪い男がいるわけがない。…馬鹿なことを考えるのはよせ。万が一、こいつがそういう気持ちだったとしたって、止めるのがおれの義務なんだ)
 その時、緑が急に顔を上げた。
「技師長、左腕の調子はいかがですか。…工具がないのできちんとした処理はまだですが、一応回路は切れたと思います」
 真田は目を開いた。間近で心配そうにのぞきこんでいる緑と目が合う。真田は固い微笑みを浮かべて天井を見た。
「ああ、ありがとう。楽になったよ」
「よかった」
 緑は嬉しそうにほほえんだ。明るい声で続ける。
「それじゃ、ほかの分も応急処理をしてしまいますね。…もう少しだけ辛抱なさって下さい」
 緑はベッドの反対側に回り込んで右腕の処置をしようとしたが、真田の額に汗が浮かんでいるのを見ると、ハンドタオルを取ってきて病室の隅の洗面台で絞り、丁寧に真田の顔を拭いた。ひんやりした白い手が額にふれる。真田が一瞬体を固くした。
「どうなさいました?すみません、タオルが冷たかったですか」
「いや。いい気持ちだ。ありがとう」
 真田は緑と反対の方向に視線をそらし、低い声で言った。
「…すまん。迷惑をかけるな。…自分でも情けないが、文字通り手も足も出ない状態だ。気の毒だが艦長命令でどうすることもできない。三日間だけ、我慢してくれるか」
「我慢だなんて…」
 緑はタオルを持ったまま声を詰まらせた。黙ってタオルをゆすぎ、片づけた後、真田の右側にひざまずいて右腕の処置を始める。そして、静かな声で言った。
「わたしは技師長の部下になりたくて技術班を志望しました。こうしてお世話をさせていただくことができて、ほんとうにうれしいと思っています。どうか、そんなふうにおっしゃらないで下さい」
 真田は何も言わずまた目を閉じた。緑は一瞬顔を上げて真田を見たが、黙って作業を続けた。そして、右腕の処置を終えた後、にっこりとほほえんで言った。
「これから脚の処置をしますが、ベッドを少し起こしましょうか?そのほうがお楽かもしれません」
「ああ。頼む。…補修はどうなっているかわかるか」
「まだ待機中かもしれません。モニターで艦体の破損状況をごらんになりますか」
「そうしてくれ」
 緑はベッドの上半分を起こすと、壁に内蔵されているモニターを手前に引き出し、スクリーンを真田に向けた。
「とりあえず、スローで一周スクロールするようにしておきます。拡大が必要な時はおっしゃって下さい。ご指示の時には班長をモニターで呼び出します」
 そう言うと緑は脚の回路の処置にとりかかった。真田はじっと画面に見入っている。ヤマトの第一装甲板の破損はかなり広範囲にわたっていた。
 
 設計室では、一班の技師たちが図面を前に激しく議論していた。
「こんな爆弾なんて抜いちまう方がいいに決まってるよ。そのスペースを使ってもっと使い心地がいいように改良すべきだ」
「しかし、爆弾を入れて設計したのは技師長だろう。勝手に設計変更したら怒られるんじゃないのか」
「それじゃ、おまえはまた技師長が特攻に行って爆弾使うようなまねをしてもいいのか?これは、基本的には自爆を考えた設計だぞ。おれは絶対反対だ」
「でも、設計変更なんてしてたら時間がかかって、技師長はずっと手足のない不便な状態のままでいなきゃならないじゃないか」
 その時、それまで放心したような表情で図面を見ていた吉川がぽつりと言った。
「技師長のお世話なら心配ないよ。…艦長の命令で、緑が三日間つきっきりで看護することになったんだ」
 その言葉を聞いた技師たちは顔を見合せ、一瞬後に大騒ぎを始めた。
「何だって…!病室で二人きりか?」
「つきっきりって…その、どこまで世話するんだ?まさか、アレも…」
 その時、突然アナライザーが設計室に入ってきた。驚いた技師たちが振り返る。
「ヨシカワサン、ミドリサンノ、コウグバコハ、ドコデショウ」
 アナライザーは電子音をたてながら、のんきな声で言った。
「緑の工具箱をお前が何に使うんだ?」
 うさんくさげな声で古賀が聞く。アナライザーは表面の計器類をちかちかと点滅させながら笑った。
「シラナイ。ミドリサンニ、トッテクルヨウニ、イワレタダケダ。ミドリサンノ、カンゴフスガタハ、イロッポイゾー。オレハ、ミタンダ。コレカラ、イムシツニ、モドッテ、スカートヲ、メクッテクルヨ」
 それまで座ってアナライザーを見ていた技師たちが一斉に立ち上がった。騒ぎがいっそうひどくなる。
「看護婦姿、だと…!」
「じゃあ、あの制服を着てるのか、緑が…」
「ちくしょう、おれが特攻に行って被曝すれば良かった」
「やかましい、いいかげんにしろ、お前ら!」
 たまりかねた山下が一喝した。
「技師長がどんな苦労をなさったか、わかってるのか。よくそんなことが言えるな。とにかく、義肢の設計をどうするか、技師長にお尋ねするのが先決だ。それに、補修のことも早く決めていただかなくてはならん」
 その時、壁のモニターから呼出音が響いた。振り向いた技師たちは、そこに緑の姿を見て驚愕した。…緑は少し恥ずかしそうにモニター用カメラを見上げている。
「山下さんはいらっしゃいますか。藤井です」
 山下はモニターに駆け寄った。ほかの技師たちは周囲にむらがって、モニターの中の白衣の緑を見ている。
「おれだ。どうした、緑」
「技師長は感染防止のため、三日間はこの病室からお出になれません。これから補修の指示をなさるそうですので、よろしくお願いします」
 そう言うと、緑はモニターに内蔵されたカメラを動かしたようだった。モニターに真田が映る。
「山下、第一装甲板の補修だが、第二シフトで大丈夫だろう。今の当直は三班だな」
「はい」
「それじゃ、三、四班の両舷直で始めてくれ」
「わかりました。…技師長」
「何だ」
「技師長の新しい義手義足のことですが、爆弾は抜きますよ。その分、性能をアップさせようと思っています。よろしいですね」
 真田は笑い出した。
「おまえたちに任せるよ。…ただし、あまり性能をアップしすぎて、昔の子供向けドラマの改造人間みたいにしないでくれよ。普通のでいいからな」
「わかってます。急いで作りますから、早く良くなって下さい」
「ありがとう。それじゃ、よろしく頼む」
 真田が傍らにいる緑を見て、何かを言うと、画面は暗くなった。青木が大きな声を出す。
「くわーっ、いいなあ、技師長!おれ、何なら改造人間にされてもいいから代わりたいや」
 
 真田が入院してから、早くも二日が過ぎた。その間、緑は真田の隣の部屋で仮眠をとりながら介護に当たっていた。真田にとって、緑の優しい手で食事を食べさせてもらったり、枕の具合を直してもらったりすることは、耐えがたいほど気恥ずかしいことだったが、懸命に抑えようと努力しているにもかかわらず、視線はいつの間にか自らの意思を裏切って、献身的に介護をする緑の姿を追っていた。そして、二日目の深夜、ふと目をさました真田は、そっと毛布をかけ直している緑の横顔を薄闇の中で見た時、自分の胸の奥の熱い感情がもはや打ち消すことのできないものになっていることを悟った。
 
「今日は清拭をするそうです。これがすんだら注射をさせていただきますから、少しの間だけ我慢なさって下さいね」
 たくさんの熱いおしぼりを入れた容器を持って、緑がドアを入ってきた。真田は顔を赤くした。
「いいよ。男の体を拭くなんて、気持ち悪いだろう。アナライザーにさせるよ」
 緑はにっこりとほほえんだ。
「とんでもありません。…それに、あんな変態ロボットにさせるわけにはいきません」
 真田は思わず笑い出した。その前日、真田は、緑の看護服のスカートをめくったアナライザーをこっぴどく叱っていたのである。真田から人格プログラムを消去すると言って脅されては、さしものアナライザーもおとなしくならざるを得なかった。
「あいつもこれで懲りたろう。…おまえにまで手を出すとは馬鹿なやつだ」
 緑はそれを聞くとわずかに頬を染めた。
「それじゃ、失礼して拭かせていただきます」
 緑はベッドを半分起こしてもたれかかっていた真田の上半身の衣服を脱がせると、胸のほうから拭き始めた。熱いおしぼりで丁寧に拭かれていくのは、くすぐったいような不思議な感覚だった。二人はわざと目を合わさないようにしながら、恥ずかしさをまぎらすように話し続けた。
「中和剤はかなり射ったが、あと何本ぐらいになるのか、わかるか」
「あと二本だそうです。六時間置きに注射して、十本になるまで注射するということですから」
「随分多いな。…酵素も多かったし、やはりDNAに損傷が出ていたんだな」
 緑はおしぼりを交換するのにまぎらせて一瞬黙ったが、あきらめたように口を開いた。
「はい。…あとで佐渡先生からご説明があると思いますが…」
 そう言うと、緑は真田の顔を見た。
「技師長、今回の要塞に出掛けるよりもずっと前に、累計の被曝量が限界値を越えていたこと、ご存じだったんですか」
 真田は口の端を上げてかすかに笑うと目を落とした。緑は真田のその様子を見て、後ろに回ると黙ったまま真田の背中を拭き始めた。肩に添えられた緑の左手が熱い。
「おれはこんな体だから、もともと結婚して子供を作るなんてことは全く考えていない。だから同じことだと思って申告しなかったんだ。…おととい佐渡先生に怒られたよ」
 真田はわざと明るい声で言ったが、緑の返事はなかった。緑は真田の背中を腰近くまで拭いてしまうと、新しい入院服を着せかけた。そして、おしぼりの容器をかたづけ、自分の手を消毒した後、注射のセットを持って真田の傍らに来た。肩口を消毒して、注射器に薬を吸い上げる。その緑を見た真田は胸をつかれた。…緑の白い頬には涙が光っていた。緑は丁寧に注射をすると、真田の服のボタンをとめて、器具をかたづけ、静かに真田のほうを向いた。しかし、視線は落としたままだった。
「プライベートなことですから、私などが何かを申し上げるような筋でないのはわかっています。…でも、いつか機関部の人に襲われた私を助けてくださった時の、技師長のお手の力強さはよく覚えています。…機械の手でも、生身の手でも、私にとっては技師長の手にかわりありません」
 緑は途切れがちにそう言うと一礼し、片手で口元を覆って出ていこうとした。その時、ドアから吉川と山下が入ってきた。…二人は滅菌ずみの衣服を着て、新しい義手義足を携えている。吉川と山下は頬を涙で濡らした緑を見て目を見開いたが、緑は何も言わず、二人に会釈してそのまま出ていった。山下は吉川とともに驚きの表情で緑を見送っていたが、気を取り直すと真田に敬礼して言った。
「技師長、ようやく完成しました。ご不自由をおかけして、申しわけありませんでした」
「いや。こんなに早く仕上げてくれて助かるよ。ありがとう。…それじゃ、早速取り付けてもらえるか。改良版の威力を試してみたいな」
 真田はにっこり笑った。しかし、山下と吉川が肩のジョイントから取替えをしている間、その目は床の一点を見つめて動かなかった。
 


ぴよ
2001年10月02日(火) 23時28分54秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
長田艦長に励ましていただいて、強気になった吉川くんが、ついに挿絵に登場しました。箱を抱えた茶髪のカレがそうです。しかし、ダークホース根岸の出現で、いよいよ影が薄くなる一方かも・・・
この第5章で小説の前半が終わり、次の第6章から後半部分が始まりますが、ちょうどKOBEがドック入りすることもあり、いったんお休みして、10月の中〜後半から再開させていただこうと考えております。後半は挿絵を増加させ、加藤くんやスターシャも出したいと考えておりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
 読者様         ぴよ 拝

この作品の感想をお寄せください。
真田さんが緑に対する自分の気持ちを悟りつつあえて諦めさせるような言葉をかける。しかし緑の涙を見たとき緑が自分をどう想っているか気付いてしまう。sect5も切ない、う〜ん、切ない。 メカニック ■2010年02月03日(水) 18時12分27秒
数年経つと結構忘れてます。またまたグッと引き込まれました〜^^ ミュウ ■2009年04月16日(木) 11時59分26秒
挿絵でアナライザーがナース姿の緑のスカートを・・・見たいっ!・・・あっ!ごめんなさい・・・冷凍刑にしないで・・・! なんぶ ■2001年10月18日(木) 17時13分19秒
実際に思いを告白する前って、一番ドキドキする時期かもしれませんね。相手の些細な一挙手一投足が気になったり、、もしかして…と淡い期待を抱いてみたり。真田さんも人の子だったのね〜。赤くなったり、青くなったり、なんて可愛いんだろう。 Alice ■2001年10月04日(木) 10時25分19秒
頑張れ吉川!ついでにアナライザー(笑)後半も期待してますよ^^ 長田亀吉 ■2001年10月03日(水) 00時13分13秒
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