第5章 バラン星をめざして /sect.2
 
 それから間もなく真田と古代の二人はシームレス機で宇宙要塞に向けて発進した。二班と三班の必死の作業によって、シームレス機の制作はかろうじて間に合ったのである。しかし、シームレス機にはパルスレーザー以外の武器は搭載されておらず、真田と古代が携帯した爆弾によって要塞を破壊する以外に方法がないことは明らかだった。二班と三班の技師はできたばかりのシームレス機を調整するという名目で艦載機発進口まで真田を見送りに行ったが、技師の中には涙を浮かべている者も多かった。古代と真田は並んだ技師たちに敬礼するとシームレス機の中に消えた。…そして機体は浮かび上がり、発進口を出ていった。
 一班の十六人の技師たちは真田が出撃していった後も設計室に残って防磁フィールド発生機の設計を続けていた。中途の設計に基づいて製造した発生機の性能にはやはり問題があったため、結局、シームレス機へは搭載されなかったが、これから高性能な発生機を作ることができれば、ヤマト本体へのマグネトロンウエーブの影響を軽減できるかも知れない。コンソールに向かった技師たちの指は嵐のようにキーボードを叩き、ヤマトに直接設置するための大型の発生機のモデルが次々に試されていった。しかし、緑だけはその作業に加わっていなかった。…緑はぎゅっと唇を噛み、蒼白な顔で必死に別の作業をしていたのである。やがて緑は突然立ち上がった。山下が驚いて顔を上げる。緑の目は何かに憑かれた人のように一点を見据えていた。
「どうした、緑」
 緑は振り返った。
「…山下さん、私を別の作業に当たらせて下さい」
「なに?」
「さっき、映像を見たんです。…急がないと取り返しがつきません。皆さんは作業を続けていて下さい」
 そう言うと緑は素早く設計室から出ていった。山下はいったんディスプレイに目を戻し、作業を続けかけたが、すぐに手を止めて言った。
「吉川、緑を手伝ってやれ。製造ラインの方へ行ったんだろう。機体への据え付けをするとしたらひとりじゃ時間がかかりすぎる」
「はい!」
 吉川は勢いよく答えると部屋を駆け出した。山下は部屋の時計を見上げた。真田たちが出撃してから、もう一時間近くが経過している。
 
 緑は工作室で新しい防磁フィールド発生機を自動組立機から取り出そうとしていた。吉川は駆け寄って発生機を台車に移した。完成した発生機はかなり小型のものだった。
「みんなが知らない間にこんな設計データを送っていたんだな。何に据えつけるんだ?」
「試作機です」
 吉川は思わず聞き返した。
「試作機だって?しかし、さっき技師長が絶対に使うなとおっしゃっていただろう。そんなことをしてどうする気だ」
「今は言えません。でも、絶対に必要なことなんです。とにかくお願いします」
 緑の顔は蒼白なままで、目だけが狂おしく輝いている。吉川は溜め息をつくと試作機に向かった。緑は身軽に試作機にのぼると、クレーンのフックを下ろして据え付けの準備を始めた。…驚くべきスピードで据え付けを終わらせると、緑はすぐに試作機をコンベヤに乗せ、操縦席から飛び下りて自動塗装ラインに走り、耐磁塗料のカートリッジをはめこんだ。…それを見れば、作業の目的を知らない吉川にも、緑が何をしようとしているかはすぐにわかった。
(試作機で出撃するつもりなのか?しかし、どうして…)
 試作機は間もなく耐磁塗料で数重にコーティングされた。緑は緊張した表情で時計を仰いだ。…緑たちが工作室に来てから既に四十分余りが過ぎている。その時、スピーカーから沖田の声が響いた。
「全艦、ワープ準備」
 信じられない内容の命令に、吉川は凍りついたように立ち尽くしていた。真田と古代を要塞に残したままワープするとは…。それならなぜ二人を出撃させたのか。絶望と怒りで声も出ない。一方、緑は沖田の声を聞いて一瞬動きを止めたが、すぐにレバーを動かして、試作機をリフトに乗せ、艦載機発進口へ送り出した。リフトが動き始めるのを確認するとすぐに身を翻して待機ボックスへと走り、ヘルメットと手袋、そしてブーツを抱えて戻ってくる。…それは宇宙用の簡易装備一式だった。吉川はそれを見て駆け寄ると、ブーツをはいてファスナーをしめようとしていた緑の手を押さえた。
「よせ、緑」
 緑は吉川の顔を見たが、何も言わずそのままファスナーを閉め、手袋に手を通した。吉川は緑の両肩をつかんで強く揺さぶった。
「自分が何をしようとしているかわかってるのか?エンジンか発生機のどちらか一方でもうまく稼働しなければ、たちまち爆発するんだぞ!それに、いくらひどい内容とはいえ、全艦ワープ準備の艦長命令が出てるんだ。こんな時に発進したら…」
 緑はヘルメットを抱えてまっすぐに吉川を見上げた。
「艦長抗命罪のことは、わかっています」
 澄んだ静かな声に、吉川はその後言おうと思っていた言葉を失った。緑は遠い目をして続けた。
「…でも、万に一つでも可能性がある限り、私にできることは全てしておきたいんです。シームレス機は与圧がききません。ノーマルスーツの酸素はそのうち切れてしまいます。この試作機なら、ワープしたヤマトを追いかけることができるかもしれません。どうか見逃して下さい」
 吉川は何もかも忘れて思わず叫んでいた。
「自分が銃殺になってもか?バカいうんじゃない!おれは…」
 緑は悲しげな目をして吉川の言葉を聞いていたが、吉川が激情に任せてその後を続けようとすると、小さくかぶりをふってさえぎった。そして、かすかにほほえんだ。
「お願い、行かせて下さい。…技師長さえお助けできれば、私は…あとでどうなろうと決して後悔しませんから」
 緑は静かに、ただ深い瞳で吉川をみつめていた。吉川は胸をざっくりと引き裂かれるような苦痛を感じていた。…なにもかも覚悟した緑の透明なほほえみは、その心の内をはっきりと吉川に明かしたのである。吉川は呪縛されたようにじっと緑の瞳を見ていたが、やがて視線を外し、そして一呼吸おいてから言った。
「…それじゃ、おれが行くよ。いま、ヤマトが必要としているのは技師長であって俺じゃない」
 緑の顔色がさっと変わった。
「いいえ!これは私の一存で決めたことです。吉川さんを巻き込むわけには…それに、マイクロ波動エンジンの調整があります。細かい設定は設計をした者でないと無理です。どうか吉川さんはここに残って下さい」
 吉川は目を閉じて考えていたが、やがて目を開き、ほほえんで緑をみつめると言った。
「わかった。…それなら二人で行こう。試作機には四人まで乗れる。技師長と古代を乗せて帰ってこられるよ。それに、二人なら、軍法会議の時も怖くないだろう。…きみが技師長を見殺しにできないように、おれもきみを一人で死なせるわけにはいかないんだ」
「吉川さん…」
 緑は吉川の手をとった。吉川はぎゅっと緑の手を握って言った。
「さあ、急ごう。早くしないと間に合わなくなるぞ」
 
 緑と吉川を乗せた試作機は、艦載機発進口から飛び立った。既にワープ準備は完了しており、乗組員はワープ待機に入っていて、艦載機発進口はロックされていた。緑たちが飛び立てたのは、ブラックタイガー隊員の根岸が当直に当たっていたおかげだった。…根岸は緑の同期で、緑に交際を申し込んでいた一人だったのである。根岸は緑の言葉を聞くと何も言わずロックを解除して発進口を開けた。そして、吉川にだけそっとこう言った。
「吉川、これでおれも同罪だからな。…査問の時には必ず俺の名前も出せよ。おまえ一人に抜け駆け心中なんかさせるもんか」
 雪はワープに備えて第一艦橋の真田の席に座っていた。既にマグネトロンウエーブの影響はヤマトの艦体に及んでおり、第一装甲板の一部が剥離を始めている箇所もある。その時、艦体チェック用のモニターに警告灯が点灯した。…艦載機発進口のロックが解除され、開放されている。雪は急いで艦内監視モニターで艦載機発進口を映した。一瞬、モニターに発進していく試作機の後部が映る。すぐに発進口は閉じ、警告灯は消えた。雪は顔色を変えるとレーダー席に駆け戻った。…レーダーには、ヤマトから急速に遠ざかっていく機影が映っている。機影はまっすぐに要塞をめざしていた。雪は振り向き、沖田に向かって言った。
「艦長、ヤマトの艦載機が一機発進しました。搭乗者は不明です」
「マグネトロンウエーブでも分解しないのか」
「はい。…宇宙要塞に向かっているようです」
「ビデオパネルにチェンジしろ」
 雪がスイッチを入れると、ビデオパネルに機影が映し出された。雪はその映像を見て息を呑んだ。…それは、以前、真田と一緒に開発している機体だと言って緑が頬を染めながら見せてくれた試作機だった。雪は搭乗者が誰であるかをすぐに悟った。しかし、沖田は不審そうに首をひねっていた。この機体はまだ正式に報告されていないものだったからである。
「命令違反だ。誰が乗っている。相原、呼び戻せ」
 通信班長の相原は、沖田に言われる前から艦載機用の周波数で試作機と交信を試みていた。しかし、試作機は呼び掛けに全く答えない。既にワープの準備を終えている第一艦橋には、ワープ自動装置の立てる電子音と、相原の声だけが大きく響いていた。
 
「緑、通信班長に返事しなくて本当にいいのか」
 緑は発進後、試作機の状態を的確にチェックしながら、どんどんエンジンの出力を上げて要塞をめざしていたが、通信機から絶え間なく聞こえてくる相原の声は全て黙殺していた。たまりかねた吉川が緑の顔をのぞきこみながら尋ねると、緑は落ち着いて操縦を続けながら言った。
「どちらにしても、いま戻ることは絶対にできないんです。…へたに口答えするよりは通信機を切っていると思ってもらったほうがましです」
 そう言いながらも緑は表情を変えない。それは真田が乗り移ったかと思うほど冷静沈着な態度だった。今は要塞に辿り着いて真田を救助すること以外、何も眼中にないようである。吉川は溜め息をついて通信機のボリュームを絞った。
(そういえば、冥王星で艦長に直談判しにいった時もこんなふうだったな。…ずっと前から技師長を、っていうことか。…)
 緑はメーターを細かく確認しながら試作機のエンジン出力をさらにアップさせた。マイクロ波動エンジンの快いうなりとともにGが体をシートに押しつける。宇宙要塞は肉眼でも確認できる距離に迫りつつあった。
ぴよ
2001年09月29日(土) 23時25分32秒 公開
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EfpCoyUcbcjKHfEcMSO JimmiNi ■2017年10月22日(日) 12時45分13秒
愛は盲目、一途なんっすねぇ。それにしてもぴよさんの技術的な記述は、毎回すごいです。私は、与圧がきかなければどうなるか…なんてこともわかりません。耐磁や防磁という単語も初めて知りました。(勉強になるなあ…)吉川君みたいな人って、ヒロインの横に必ずいますよね。たいていの場合、けっこういい人です。 Alice ■2001年10月01日(月) 13時14分01秒
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