第5章 バラン星をめざして /sect.1
 
 ヤマトはイスカンダルと地球を結ぶ航路の中間にあるバラン星をめざしてひたすらワープを続けていた。一日三回のワープによって、スケジュールの遅れは五十日程度にまで回復したものの、この先どのような障害が待ち受けているかわからない。航海長の島は沖田に進言して、ワープ回数を一日四回に増やした。…そして、事件は起こった。六時間置きにワープするようになってから二日目、ワープ終了直後に沖田が倒れたのである。佐渡の診断結果は深刻だった。沖田の持病である宇宙放射線病が当初の予想以上に進行していたのである。ワープの影響であることは誰の目にも明らかだった。佐渡は沖田の同意をとって緊急手術を行ったが、沖田が命をとりとめるかどうかはわからなかった。
 一班の技師は大工作室で予備の補修用装甲板の製造に当たっていた。原料の溶解スイッチを調整していた吉川は、駆けこんでくる古賀を見て手を止めた。古賀は大声で叫んだ。
「艦長の手術、成功したそうだぞ!」
 技師たちはいっせいに振り向き、古賀のまわりに群がった。
「それで?もう大丈夫なのか?」
「いや、まだ意識が戻ってなくて、あと半日ぐらいしないと助かるかどうかわからないんだそうだ」
「そんな…」
 古賀をとりかこんだ技師たちはざわめいた。吉川は思わず呟いた。
「艦長にもしものことがあったら、いったいどうなるんだろう」
 山下はさっと振り向くと、厳しい声で言った。
「余計な心配をするな。艦長は必ず良くなるさ。…それに、俺たちには技師長がいらっしゃるんだ。どんなことが起きても、心配することはない」
 それを聞いていた古賀は眼鏡を押し上げながらひとりごちた。
「そうか、第一艦橋のスタッフで階級が上なのは技師長と機関長なんだ。…万一の時の副長は技師長かな、やっぱり」
「そんなことをここで詮索しても仕方ないぞ。さあ、もう持ち場に戻ろう。ここのところ無茶なワープが続いてるんだ。いつ艦体が破損するかと思うと俺は気が気じゃない」
 山下の言葉をしおに、皆は古賀のまわりを離れかけた。その時、艦内オール回線から古代の声が響いた。
「全艦、第一戦闘配置!」
 技師たちは慌てて持ち場へ走った。
 
 沖田のいない指揮系統の間隙を縫うように襲ってきたのは、ガミラスのバラン星基地の副司令官ゲールが操る宇宙生物、バラノドンだった。バラノドンは合体と離散を繰り返してヤマトの主砲をかわし、巨大な体をぶつけてヤマトを葬ろうと突撃をかけてきた。古代と真田の二人は波動砲発射を決断し、かろうじてバラノドンを殱滅することができたが、度重なるワープによって既に相当な負荷を受けていた艦体は、ワープ終了直後の波動砲発射によって亀裂を生じ、波動砲発射口も大きな損傷を受けた。真田は緊急補修態勢を組んだが、アンカーボルトを交換したうえでエネルギーラインを徹底的に検査する必要があり、波動砲が使用できるようになるまでには相当時間がかかりそうだった。いっぽう、手術後意識を回復した沖田は次第に快方に向かい始めていたが、ヤマトは沖田の容体が安定するまでの間、ワープを見合わせて巡航速度でバラン星をめざすことにした。そして三日が過ぎ、沖田の手術後初めてのワープを終えたヤマトの前に、不審な物体が立ちふさがった。
 
「謎の物体まで距離二万キロ、現在のところ別に影響はありません」
 艦長席にいた沖田は報告を聞いて古代を見た。
「古代、偵察機は出したな」
「はい」
 眉をひそめてじっとモニターを見ていた真田は、その言葉を聞くと意を決して沖田のほうを振り返った。
「艦長、あれはおそらく敵の要塞だと思います。偵察機の乗組員が心配です。ここはとりあえず一光年ほどの小ワープをして航路を戻り、エネルギーの回復を待って長距離ワープをして飛び越えてしまうのが得策かと思いますが」
 沖田は首を横にふった。
「それではわれわれは後背に敵を残すことになる。…それに、もしかしたら単なる浮遊物かも知れんのだ。偵察は必要だ」
「わかりました」
 真田はモニターに目を戻した。浮遊物の大きさからいって、有人要塞という可能性は低い。ガミラスの自動要塞だとした場合、その機能は…。真田は考えうる敵要塞の機能と対策を検討し始めた。そして、一時間が過ぎたころ、第一艦橋に偵察機からの連絡が入った。
「偵察機K62からヤマトへ。偵察機K62からヤマトへ。謎の物体まで距離約千キロ。接近を続けます」
 しかし、その直後、無線は偵察機の戦闘班員のすさまじい叫び声を最後にぷつりと切れた。
 
「マグネトロンウエーブだ。見ろ、偵察機の継ぎ目がはがれた後、爆発が起きている」
 真田は工作室で技師たちに映像を見せながら言った。
「こいつは無人要塞のようだ。機能から見て、ワープしない限り、恐らくヤマトを追尾してくる。千キロ以上近づいたらヤマトも同じ運命だ。で、対策だが…」
「波動砲は間に合いません」
 山下が即座に言った。
「ワープ直後です。エネルギーラインの点検に、あと二十時間以上かかります」
「わかっている。それは艦長にも報告しておいた」
 真田は技師を見回すと、手を上げた古賀を指した。
「距離からして、主砲は無理ですよね。耐磁コーティングしたミサイルってのはどうでしょう」
「遠すぎる。耐磁コーティング程度では命中精度を維持するだけの防磁性を保つのは難しいだろうな」
 真田はそう言うと、後ろのほうで何か言いたげにしている緑を見た。緑が立ち上がる。
「あの、思いつきですが、いったん小ワープで航路を戻って時間を稼ぎ、波動砲を修理してから要塞を撃つか、またはいっそ要塞を飛び越して先に進んでしまうのはどうでしょう」
 それを聞いた真田は視線を落とした。それはさっき艦長室で真田が沖田に提案したのと同じプランだった。真田は顔を上げた。
「その案はとてもいいと思うが、わけあって今回は採用できない。別の案を考えてくれ。ほかにないか。…それじゃ、耐磁性の機体の準備に入る。要塞に接近できる艦載機を作るようにという艦長の命令なんだ」
 技師たちは青ざめた。なぜ緑の言ったプランが使えないか、すぐにわかったのである。技師たちは憤激して口々に言った。
「そんな、自殺行為じゃないですか。あの要塞は艦載機の兵器くらいで壊れるサイズじゃありません」
「また特攻隊なんですか。誰が行くっていうんです。まさか技師長じゃないでしょうね」
「どうしてバックワープがいけないんですか」
 真田は手を上げて技師たちを制した。
「まあ、待て。適当な代替案がない以上、マグネトロンウエーブにやられない機体を作るのが今のおれたちの任務だぞ。発言するなら技師としての意見にしろ」
 技師たちは静かになった。真田がスイッチを入れると、スクリーンに図面が浮かび上がる。
「とりあえず二案作ってみた。A案は継ぎ目のないシームレス機を作るというものだ。こっちはそれほど時間がかからないだろう。軽金属を多用すれば計器も一応つけられる。しかし、この設計だと与圧がきかない。計器もこの条件ではレーザーセンサー以外にたいして役に立つものは作れないから、ほとんど有視界飛行と変わらないな。…B案は耐磁コーティングした機体に防磁フィールド発生機を取りつけるというものだ。これなら普通の機体でもマグネトロンウエーブに対抗できる。ただし、防磁フィールド発生機の製造を時間内に終わらせられるかが問題だ。攻撃部隊の出撃までのタイムリミットはあって四時間というところだからな。…一班は防磁フィールド発生機の製造、二班と三班がシームレス機の製造、四班は波動砲のチェックという分担にする。何か意見はあるか。…大石」
「宇宙服の防磁性能を確認して対策を講じておく必要がありませんか」
「大丈夫だ。さっき確認しておいた。ハードスーツはやばいが、ノーマルスーツなら心配ない。通信機能にも支障ないよ。他に誰か意見は。……それでは作業にとりかかれ」
 
 大工作室は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。シームレス機のボディーの鋳造に当たる者、予備のセラミックエンジンを調整する者、急ごしらえのアルミ製の計器のテストに必死の者…。しかし、一班の十六人の技師たちは、真田とともに設計室にこもって懸命に設計とシミュレートを繰り返していた。防磁フィールド発生機の基本設計は要塞を発見した後に真田が急いで作ったものだったため、そのまま実施設計に移行させるにはまだ完成度が低かったのである。要塞の発するマグネトロンウエーブに干渉して、その効果を打ち消すフィールドを機体の周囲に発生させ、機体の安全を確保するためには、克服しなくてはならないさまざまな問題があった。フィールドを安定して発生させ、必要な範囲に継続的に確保しなくてはならない。ディスプレイ上の模擬フィールドは周囲の条件設定によってさまざまに姿を変え、ともすると機体の端がフィールドからはみ出た。耐磁コーティングを併用する設定にしていても、フィールドから外れた部分にある模擬機体の精密機器はたちまち変調を来たした。山下と一緒にフィールドの範囲調整をしていた古賀は音をあげた。
「これだったら、もうちょっとましな計器をシームレス機の中央部に積むことにして、それに防磁フィールド発生機を乗せた方が早いんじゃないですか。ブラックタイガーやコスモゼロは出っ張りも多いし、ぎっしり電子機器が詰まっていて、この任務には向かないですよ」
 緑はフィールドを安定させるための作業をしていたが、その言葉を聞いてはっとすると自分のディスプレイ上に急いでマイクロ波動エンジン搭載の試作機のデータを呼び出した。試作機は機体への負荷を減らすために極力突起を減らしたなめらかな形に設計されている。緑は試作機を材料にシミュレートをやり直し始めたが、その時、艦内オール回線から沖田の声が響いた。
「真田工場長、至急作戦室に出頭するように」
 真田はコンソールから立ち上がった。設計室の技師たちは恐怖の表情でスピーカーを見ている。真田は口元に笑みを浮かべると言った。
「どうしたんだ、皆そんなに暗い顔して。心配するな、これが間に合わなくてもシームレス機がある。…ちょっと第一艦橋の連中に説明してくるよ」
 山下が椅子を蹴って立ち上がった。
「技師長、どうか特攻隊の話だけは断って下さい。技師長はヤマトに欠かせない方です。爆弾をしかけるために要塞に潜入するのは私たちでもできる仕事です」
 山下は他の技師がこれまでに見たことがないほど真剣な表情だった。真田は山下の肩に手をかけた。
「ありがとう、山下。おまえたちのような部下に恵まれておれは幸せ者だ。…しかし、多分俺が行くことになると思う。さっき、艦長はそういう意見だったんだ」
「技師長!」
 真田は設計室を見回した。
「出撃はもうすぐだと思う。とりあえず、基本設計に現時点でのベストの修正をかけた装置をオートで製造しておいてくれ。使えるかどうか、ぎりぎりで判断する。だめなら今のシームレス機で出るよ」
 そう言うと真田はドアに向かって歩き始めたが、緑の横を通る時、画面に現れている機体を目にして眉をひそめ、立ち止まると、かがみこんで言った。
「緑、ボディーのデータを流用するだけならいいが、この後、何かあっても決して試作機を使うんじゃないぞ。…あれはエンジンテストがまだなんだ。こんな過酷な環境下で使って、万一暴走でもしたら大惨事になる。いいな」
 緑は言葉もなく、ただじっと真田の顔を見つめている。そのうるんだひとみを見ていると、いつか冥王星基地に向かって出撃した時のことが思い出された。真田は息を吸い込み、顔を上げた。
「おれたちの力でこの局面をなんとかしてみせよう。皆を信じている。よろしく頼んだぞ」
 そう言うと真田は設計室を出ていった。
ぴよ
2001年09月29日(土) 01時51分23秒 公開
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