第4章　オクトパスの試練　／ｓｅｃｔ．2
　



　オクトパス星団のガス嵐はようやく終息し、ヤマトはやっとの思いで海峡を抜けて大宇宙へ乗り出した。日程は既に二か月も遅れている。沖田はワープ回数を一日三回に増やすよう指示した。八時間おきのワープは、少しずつだが着実に乗組員の体力を奪っていく。しかし、多くの乗組員たちは、過酷なその状況をありあまる若さで克服していた。
　森雪がすさまじい勢いで駆け込んできた時、緑は一班の技師とともにマイクロ波動エンジンを搭載する試作機を仕上げている最中だった。何度も構造を検討し直した末に決定された試作機のボディーはなめらかな流線型で、ワープが機体に及ぼす影響を極力少なくするようにされている。雪は試作機のすぐ横まで来ると、大きな声を出した。
「緑！お願い、ちょっと話を聞いて！」
　真田と一緒にエンジンの据え付けをしていた緑は驚いて顔を上げた。一緒に作業していた山下と大石が何事かと顔を見合わせる。しかし、こんな重要な作業の最中に、途中で手を止めるわけにはいかなかった。緑はクレーンのワイヤーをつかんでそろそろとエンジンを下ろしながら、声を張り上げた。
「ごめん、後で聞くから、あと二時間だけ待ってて」
　吉川は試作機の下にもぐってタイヤの取付をしながら雪を見た。雪はどういうわけかクラシックな型のワンピースを着ている。その後ろからアナライザーが近づいた。すると、雪はきっと振り返り、腹立たしそうにアナライザーを蹴飛ばして立ち去った。アナライザーが慌てて雪を追う。…吉川の目が丸くなった。その時、吉川の横で作業中だった古賀が吉川をつついた。
「おい、今の見たか」
「ああ。いったい何なんだろうな」
「さあ…」
　吉川は工具をとるため試作機の下から這い出したが、ふと首をひねって試作機の上を見た。髪をまとめ上げた緑はエンジンの上にかがみこんで微調整をしている。吉川はその姿を見ると微かに微笑んでまた機体の下にもぐり込んだ。
　
　作業を終えて緑が個室にいる雪を訪ねた時には、雪は既に隊員服に着替えていた。雪は相当頭に来ている様子で、緑の顔を見るなり堰が切れたように一気に訴えた。
「緑、艦長の許可が出たの。アナライザーを改造してちょうだい。あの変態ロボットにはもうがまんできないわ。真田さんに頼みたいんだけど、事が事だから言いにくくって困るのよね。今日だって、せっかくのレクリエーション行事を台無しにされたのよ！」
「え…改造って？」
「あいつ、ロボットのくせにスカートめくりをするのよ。きょう、生活班の企画の最中に思い切りめくられちゃって…。ほんと、最低よ！きっとどこかのプログラムが異常なんだと思うわ。だから、そこのデータを消去すれば、まじめなロボットに戻るでしょう。ぜひやってちょうだい。さっき艦長にお願いしたら、真田さんに頼めば、っておっしゃったの。よろしくお願いね。あたしからはとても言えないわ」
「そう。…それじゃ、私から技師長にご相談しておくわね」
「ありがとう。まったく、第一艦橋勤務も楽じゃないわ。アナライザーと顔を合わせている時間が多いったら…」
　雪はなおもぼやいている。緑はくすっと笑いながら言った。
「ねえ、雪。ところで、その企画って、いったい何だったの？　隊員服でスカートめくりができるとも思えないけど」
　雪はわが意を得たりとばかりにうなずくと、戸棚の中からワンピースを取り出した。
「ほら、見て！素敵でしょ。食堂でファッションショーをやったの。この間、艦長から乗組員のストレスがたまっているみたいだから、何か娯楽を考えてくれって言われたんで、企画したってわけ。…うわさで聞いたんだけど、何でも、オクトパス星団のあたりで機関部の人が三人、ストレス性の神経症になって、無期限の冷凍治療を受けることになったらしいわね。…でも、何で機関部員ばかり神経をやられるのかしら。ひょっとしてタキオン粒子がもれてて、それが脳に悪影響を及ぼしてるのかも知れないわね」
　雪はものすごいことを言うところころと笑った。そのせいで雪は気付かなかったが、緑の顔はこわばっていた。緑は懸命に明るい声を作って言った。
「まさか。タキオン粒子がもれたりしてたら、ヤマトがワープできるわけないでしょう。それに、機関部員が脳をやられるって言ったら、徳川機関長もそうだっていうことになるじゃない」
　雪は笑いやんだ。
「それもそうね。じゃ、タキオン粒子は関係ないか。…でも緑も気をつけたほうがいいわよ。最近、女子乗組員の写真がこっそり出回ってるらしいの。戦闘班の連中が中心らしいんだけど…何だか気味が悪くって。古代くんに注意してもらわないと」
「そう…」
　雪の言葉を聞いて、緑はしばらく考えていたが、やがて顔を上げた。
「…雪…実はお願いがあるの」
「なあに？」
「第一艦橋の雪の席は右舷側でしょう。…艦長がいらっしゃらない時でいいから…その、…写真を一枚とってくれたら…うれしいんだけど」
「写真？何の？」
　雪はけげんな顔だった。緑は真っ赤になりながら、蚊の鳴くような声で言った。
「右舷艦首側の、艦内管理席の…」
　雪は大きくうなずくと、緑の背中を大きく叩いた。
「何よ、はっきり言えばいいのに。真田さんの写真がほしいのね！」
　緑は首筋まで真っ赤に染めて小さくうなずいた。雪は声を立てて笑った。
「まかしといて。たしかに、あたしの席からは真田さんがよく見えるわ。今度艦長のいらっしゃらない時にとっておいてあげる」
　緑は感謝の表情で雪の顔を見たが、急にはっとすると雪の手をとった。
「絶対、技師長やほかの人にわからないようにしてね。それに、みんなにも黙っていて。こんなことをあなたに頼んだのがわかったら、わたし、技術班にいられなくなってしまうから…。お願い」
　雪は笑いながら言った。
「わかってるわ。でも、知らなかった。緑がねえ…。せっかく教えてくれたんだから、あたしの秘密も教えてあげるわね。あたしは、古代くんのことが好きなの。たぶん彼もあたしを意識してると思うんだけど、まだはっきりはわからないわ。これでおあいこよ。おたがい人には言いっこなしね」
　緑は微笑んだ。
「ありがとう、雪」
「どういたしまして。一枚といわず、沢山とってあげるから楽しみにね。でも、気をつけてとらないと、あたしが真田さんのことを好きだと思われちゃうわね」
　
　間もなく、雪は沖田の命令で植物調査のためアナライザーを連れて惑星探査にでかけた。緑は再び大工作室に戻った。…そこには、組立の終わった試作機がぽつんと置かれていた。表面の塗装がまだのため、機体は銀色に輝いている。念のために機体の点検をしておこうと試作機に近づいた緑は、一人でチェックリストを見ながら点検をしている真田を見つけて駆け寄った。足音に気付いた真田が振り向く。
「どうした、おまえは非番だろう」
　そう言う真田の目は優しかった。緑は頬を染めながら答えた。
「はい。でも、何だかこの機体のことが気になって…」
「ああ。俺もそうだ。…そういえば、雪の用事って何だったんだ」
　緑は困った顔になった。
「艦長命令だって言うんですが…アナライザーの回路を直してほしいんだそうです」
「回路を？どういうことだ」
　真田は首をかしげた。緑はいいにくそうに続けた。
「その…スカートめくりをする癖をなくしてほしいということで…」
　それを聞くと、真田は大声で笑い出した。そして、笑いながら言った。
「そうか。ついに雪が切れたか」
「はい。だいぶ怒っていました。今日もひどくやられたそうです」
「アナライザーは人格付与プログラムが助平に出来ているからな。あれをなくしたら、ただの機械に戻ってしまうんだ。…まあ、あとで俺からよく言っておくよ。やりすぎるなってな」
　真田はいたずらっぽく言うと、試作機を見上げた。
「ヤマトの中央コンピュータや、この機体のコンピュータに人格を与えることは可能だが、なぜそうしないかわかるか」
　黙ってかぶりをふる緑を見て、真田は続けた。
「どうしてもプログラムを製作した者の癖がうつるのさ。それで、使う者と相性が合わないとトラブルの元になるんだ。…もっとも、おまえが人格プログラムを組んだコンピュータなら、みんな喜んで使うだろうがな」
　そう言うと、真田は緑をまっすぐに見た。
「もっと早く言っておくべきだったかも知れないが、実は藪の事件のあった夜に、おまえの端末の中を見させてもらった。それで例のメッセージを見つけて、反重力システムの制御室に行くことができたんだが、その時、一緒にほかのメッセージも見てしまったんだ。すまないことをした。許してくれ」
「とんでもありません。助けていただいたのに…。それに、見ていただいて困るようなものは入っていなかったと思います。そんなこと、気になさらないで下さい」
　緑は懸命に言った。真田はそんな緑をじっと見つめながら言った。
「最近は変なメッセージは入っていないか？」
「はい。あの後、そういうことはなくなりました。…やっぱり、あの人がしていたことだと思います」
「そうか。しかし、少しでも気になることがあったら、すぐ俺に言うんだぞ。何かあってからでは遅いからな」
　そう言うと真田はチェックリストに目を落とした。緑がそっと覗き込む。チェックはちょうど三分の一ほど終わったところだった。
「技師長、私もチェックをお手伝いします。リストの二枚目をいただけますか」
「いいよ。休んでこい。どうも、開発のことでいままでおまえに甘えすぎていたんじゃないかと思っているんだ。この機体の開発が終わったら、普通どおりの勤務に戻ってくれていいからな」
　真田はオクトパス星団以来、ああ言おう、こう言おうと考えていた言葉を口にした。しかし、その言葉を聞いた途端、緑の顔色が青ざめた。緑は、チェックを再開して試作機の横に回り込んだ真田を追いかけた。
「技師長」
　真田が振り向く。緑は大きな目を見開いて、両手を握りあわせていた。
「あの…いままで私が開発のお手伝いをしたこと、ご迷惑だったんでしょうか」
　真田は動揺した。
「何を言ってるんだ。おまえがいなければ、こんなに早く実用化にこぎつけられなかったんだ。迷惑なわけがないだろう」
「じゃあ、どうして…」
「おまえ一人に負担がかかっているじゃないか。もう一月以上も休み時間を大幅に削っておれにつきあってくれているんだ。このところワープも多いし、きっとそのうち体をこわすぞ」
　真田はひとことひとこと言い聞かせるように話していたが、緑の目がうるみはじめたのを見て言葉を切った。緑は急に目を伏せた。そして、しばらく沈黙した後に、震える声で言った。
「…私は、技師長と一緒に開発をすることができて、毎日とても幸せでした。…休み時間がほしいと思ったことは一度もありません。もし…ご迷惑でなければ、どうか、これからも私に技師長のお手伝いをさせて下さい」
　うつむいた緑の長い髪がこぼれ、細いうなじがのぞいている。その姿を見て、真田は目を閉じた。長い間悩んだ末にようやく結論を出したつもりでいたが、無理に押さえつけることによって消滅させたと思っていた自分の気持ちは、少しも衰えてなどいなかった。それどころか、緑の言葉を聞いたとたん、その気持ちは激しく抵抗を始め、きりきりと胸を締めつけてくる。真田は小さく溜め息をついて目を開いた。
「わかった。ありがとう。…とりあえず、この機体のチェックを終わらせてしまおう。コーティングのことも考えないといけないしな。それからのことは、また次のプランを立ててからだ」
「はい！」
　まるでさっと光がさしたように緑の顔が明るくなった。チェックシートを受け取りながら真田の顔を見上げ、少しはにかんだように微笑む。…その愛らしい表情が真田の胸をいっそう強く締めつけた。チェックシートを渡した後、尾翼の接合を確かめながら、真田はこれまで何度も自分に言い聞かせてきた言葉を再び心の中で繰り返した。
（勘違いするんじゃない…この子は技術者としてのおれを尊敬しているだけだ。上官としての立場をわきまえろ。六四人の部下全員のことを考えるんだ）
　歩みを進めながら試作機の機体に目をこらす真田の額には、深い苦悩の色が浮かんでいた。
　
ぴよ
2001年09月28日(金) 00時17分09秒 公開
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■作者からのメッセージ
ちょっと短いのですが、４章はｓｅｃｔ２までで終わりです。次回から、いよいよ「あの」宇宙要塞編の５章に入ります。どうぞよろしくお願いします。
この作品の感想をお寄せください。
なんてウブでピュアな恋心なんでしょ。清々しいね〜。21世紀初頭は、援交やテレクラや出会い系サイトが横行していますが、ヤマトの時代、人々は純粋なものに回帰していったのですね。 Alice ■2001年09月28日(金) 10時01分59秒
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