第4章 オクトパスの試練 /sect.1 |
「よし、この条件でもう一度シミュレートしてみよう」 真田がキーを押すと、画面上の数値がめまぐるしく変化を始めた。やがて数値の動きは次第に緩慢になり、停止したが、その内容を確認した真田は眉をひそめた。 「いかん。機体の強度が不足だな。バランスが悪いということか」 真田の隣で別の画面をチェックしていた緑が顔を上げた。 「ボディーの外形の凹凸をもうすこし削りましょうか」 「そうだな。…いや」 真田はそう言うとコンソールに手をついて立ち上がった。 「今日はもう終わりにしよう。おまえはすぐに寝てこい。いつのまにかもうこんな時間だ。一班の当直時間まであと六時間しかないぞ。…俺が後で違うパターンを二、三試しておくよ」 緑はにっこりと微笑みながら立ち上がった。 「すみません。もう少しでうまくいくと思うと、つい夢中になってしまって」 「ああ。ありがとう。ご苦労だった」 緑はクリップボードにはさんだデータを手にとると、丁寧に頭を下げてから部屋を出ていった。真田は緑の後ろ姿を見送りながらコンピュータの動作終了処理をしていたが、ドアが閉まってからふと視線を宙に浮かせた。 (いかんな。何がこんなに楽しいんだ。マイクロ波動エンジンの開発か。それとも…) 真田は灰色に戻ったディスプレイを見た。首をふるとプリントアウトされた何枚もの図面を丸めてホルダーに入れる。真田は、二〇日前に拿捕したガミラスの戦闘艇のエンジンを参考に、超小型の波動エンジンを開発しているところだった。この開発が成功すればワープ可能な艦載機を製造することができる。その効用ははかりしれないほど大きいはずだった。しかし、真田の心は急速に沈んでいった。 (これじゃ、緑の配置を変えろと言って陳情してくる三班や四班のやつらのことを笑えんな。技師長としての権限を濫用していると言われたら、とても反論できん。しかし、どうしたらいいんだ…いまさら手伝うなと言うわけにもいかない。それに、あいつには開発についての素晴らしい才能がある) 真田はひとり思い悩みながら設計室を出た。フェアウェル・パーティーの時、中央コンピュータ室で緑に一緒に開発をするよう依頼してからもう一か月近くがたっている。その間、緑は非番の時間を割いて懸命に真田の手伝いを続けていた。あの時、どうして緑に助力を頼んでしまったのか…。その時の自分の心理状態を思い出すと、真田は誰にも弁明できないような気がした。 艦内時間は午前二時を過ぎており、艦底に近いDデッキの通路を通行する者の姿はない。ヤマトは今、オクトパス渦状星団の前で三週間近くも足止めを余儀なくされていた。この空域にさしかかった時、真田はいったん小ワープで航路を戻り、そこから大ワープして危険空域を飛び越えるべきであると主張したが、沖田は、星団内に海峡がある筈だという島の意見に従ってガス流が途絶えるのを待つ道を選んだのである。しかし、ガス流はいっこうに衰える気配を見せなかった。これまでに空費された時間を考えると、いいようのない焦りに襲われる。艦内にも不穏な空気が漂い始めており、乗組員同士のけんかや軍規違反も急に増加していた。そろそろ艦長に別の方法を考えるよう進言すべきかもしれない…。考えを追いながら歩いていた真田は、いつのまにか居住区に来ていた。幹部乗組員用の居住区は個室になっており、女子乗組員の居住区と同じフロアに設置されている。真田はベルトウェイを進みながら、緑の部屋が近づいてくるのを見た。 (あいつ、ちゃんと寝たかな) 通りすがりにドアの上の表示を見ると、ランプは空室を示していた。下の階にあるシャワー室に行ったとも考えられたが、それにしては下から上がってきた真田と途中で出会わなかったのがおかしい。真田は一抹の不安を感じて自分の部屋に戻った。部屋に入るとすぐに個人用の端末を開き、緑の端末にアクセスする。…後でわかれば問題になるかも知れないと思いつつ、真田は内部に侵入して入力されたデータの内容を調べた。そこには、乗組員たちからさまざまな書き込みがされていた。無邪気なデートの誘いや、差出人不明のかなり猥褻な内容のものまで、一日によくこれほどの分量がと思うほどのメッセージが入れられている。そして、その最後に、不審なメッセージがあった。 『反重力システムから異常な振動音がしています。真田工場長にご報告をと思いましたが、お忙しいようなので、冥王星で反重力システムの修理を担当した一班の藤井さんにとりあえず連絡します。一班のほかの人はみんな寝ているようです。どうも様子がおかしいので、大変なことにならないうちに見に来て下さい。私は反重力システムの制御室にいます。機関部 藪 AM1:35』 そのメッセージを読んでいるうちに、真田の顔色が変わった。真田は一昨日、反重力システムの点検をしたばかりだったが、異常振動音が発生するような兆しはどこにもなかった。それに、最近真田に連絡をしてきた機関部員もいない。修理を依頼するなら、当直中の三班に頼むのが当然だった。反重力システムの制御室は居住区から離れており、乗組員が出入りしにくい区画にあって、しかも内部から施錠が可能な構造である。緑の端末のデータは、そのメッセージが既に読まれていることを示していた。真田は音を立てて立ち上がった。 (まさか…。そんな馬鹿なやつがヤマトの乗組員にいるとは考えたくないが、しかし、万一ということがある) 反重力システムの制御室に向かって走りながら、真田は唇をかみしめていた。いま目にしたばかりの差出人不明の猥褻な書き込みが焦燥感を煽る。緑がこんな目にあっていることを知らなかった自分にも腹が立った。 (ちくしょう、誰だか知らんが、必ず突き止めてやる。俺の大事な部下になんてことをするんだ) 床の上で必死にもがく緑を押さえつけながら、三人の機関部員はののしり合っていた。 「早く薬を出せよ!何もたもたしてるんだ」 「うるさいな。ちょっと待て…蒸発しないようにビニールに入れたんだよ」 恐怖に見開かれた緑の目の前で、男は手にしたタオルに液体をしみこませた。 「本当に間違いないんだろうな」 「間違うもんか。本物の麻酔薬だ。佐渡さんが酔っぱらってる隙に取ってきたんだ。俺が一番の功労者だからな」 男は手で押さえつけていた緑の口をタオルで覆った。緑は懸命に首を左右に振って呼吸しないように耐えていたが、やがて意識が遠のきはじめた。緑は心の中で叫んだ。 (技師長、助けて下さい…!) そして周囲が闇になった。 意識を失った緑を前に、男たちは顔を見合わせていた。麻酔薬をとってきたという男は小太りで背が低く、長い髪をぞろりと伸ばしていたが、緑の顔からタオルをどけるとにやっと笑って言った。 「おれが一番先だぞ。約束だったよな」 あと二人の機関部員は、痩せ型の男と眼鏡の男だったが、痩せ型の男はその言葉を聞き、ぐったりとした緑を見て、急におじけづいた様子だった。 「なあ、藪、こんなことして、本当に大丈夫なのかな。ばれたら銃殺じゃないのか。それに、この子もあんなに嫌がってたし…」 小太りの男は苛立たしそうな口調で言った。 「いまさら何言ってるんだ。もう手遅れだよ。いいか、こんなにスケジュールが遅れてるんだ。どうせヤマトは地球の滅亡に間に合わないに決まってる。そしたら、今の乗組員だけで暮らしていくことになるんだぞ。女にツバをつけとくのは、早いほうがいいに決まってるじゃないか。おまえだって、藤井がいいと言ったろう」 「そりゃそうだけど…。でもおれ、こんなふうになるなんて思ってなかったし…」 藪は鼻を鳴らして緑のほうに向き直った。 「こいつ、清純そうだけど、どうだか分かったもんじゃないぜ。おれはずっと前から、匿名でこいつの端末にいやらしい書き込みを続けてるんだ。でも、これまで誰からもそれについて調査を受けたことはないだろう。案外喜んでるんじゃないかとおれは思うな。だから、俺たちがやっちまっても、艦長に告げ口したりしないさ。かえって、これからもやらしてくれるようになるんじゃないかな」 緑の脚を押さえていた眼鏡の男は藪に言った。 「わかったよ。早くしろよ。人がくるとまずいぞ」 「ああ」 藪は緑ののどもとに手をかけると、隊員服のファスナーを荒々しく引き下ろした。ビーッと音がして、ウエストの下あたりでファスナーが壊れる。藪が隊員服の襟をつかんで開くと、まぶしいほど白い胸と、それを包む純白の下着が見えた。のぞきこんだ男たちの喉仏が動く。 その時、男たちの背後で、施錠してあったはずのドアが開いた。…真田は電子ロックを破壊してドアをこじあけたのである。真田は床にすわりこんだまま化石のように動けずにいる男たちの胸倉をつかむと、一人ずつ殴り飛ばした。殴られた男たちは部屋の反対側まで吹っ飛び、壁に頭をうちつけて倒れる。真田は倒れている三人を見下ろすと、語気荒く言った。 「まさかとは思っていたが、ヤマトの乗組員にこんなやつらがいたとはな。貴様ら、自分のしたことを恥ずかしいとは思わんのか!」 その言葉を聞いて、藪は反抗的な目つきで真田を見たが、ほかの二人は目を伏せて震えている。真田は三人の顔を見て名前を記憶した後で、倒れている緑に近づいた。きつく押さえられていた手首は赤く腫れており、蒼白な顔に乱れた髪がかかっている。無残に引き下げられた隊員服からふっくらとした胸が見えているのが痛々しかった。真田はそっと緑を抱き上げると立ち上がり、三人の男に向かって言った。 「このことは艦長にご報告する。処分は艦長がお決めになるが、それまで各自の部屋で謹慎していろ。これ以上罪を増やさないようにすることだな」 緑は暗い部屋で薄く目を開いた。割れるように頭が痛い。ぼんやりとしていた意識がだんだんはっきりするにつれて、最後に自分のおかれていた状況がよみがえってきた。 …緑は頭をおこすと周囲を見回した。驚いたことに、そこは見慣れた自分の部屋だった。一瞬、何もかも夢だったのかと思いかけたが、腕を体に回そうとした瞬間、隊員服が腰近くまで開いたままであることに気付いた。全身の血液が音を立てて逆流する。震える手でファスナーを戻そうとしたが、ファスナーは壊れていてそれ以上動かない。自分が意識をなくしている間に、あの男たちはいったい何をしたのか…。これまで長い間悩まされてきた猥褻なメッセージの文句が脳裏を走る。麻酔薬の影響と思われる激しい頭痛に襲われながら、緑は枕に顔をうずめて恐ろしい考えを追い出そうとした。…その時、左手に何か紙片のようなものが触れた。緑はびくっとして顔を上げ、紙片を手にとると上体を起こして暗い部屋の中で目をこらした。 『機関部員たちはおまえに何もしていないから安心しろ。隊員服のファスナーを壊しただけのところで取り押さえた。これから、やつらの処分のことで艦長に会ってくる。今日の当直は出なくていいから、このまま部屋で休んでいるように。山下にはおれから適当に言っておく。恐ろしかったと思うが、もう大丈夫だから、心配しないで寝ていてくれ。艦長室の帰りにまた寄る。真田』 走り書きされた文字は、この一か月間、設計室で何度も目にした真田のものだった。緑は紙片を胸に押し当てるとぎゅっと目を閉じた。その時、緑の部屋のドアが開き、すぐに閉まった。おずおずと顔を上げると、ドアの前に立っている人影が見えた。人影は静かに歩み寄ってくる。 「…気がついたか?」 真田の声を聞いた途端、張りつめていたものが音を立てて切れ、緑はベッドの傍らまで来た真田にすがりついた。真田は驚きに一瞬身を固くしたが、すぐに優しい声で言った。 「大丈夫だ。もう終わったよ。…やつらは艦長の命令で冷凍刑になった。たぶん地球に戻るまでそのままだろう。おまえの前に現れることはない。安心するんだ」 緑は声を出さずに泣いていた。細い肩が真田の腕の中で震えている。そのきゃしゃなもろい感触が、ずっと押さえていた真田の中の激しい怒りに火をつけた。真田は艦長室でのやりとりを思い出し、あらためてはらわたが煮えるような憤りを感じながら、強いて落ち着いた声を出して緑に話しかけた。 「おまえの端末におかしな書き込みをしていた奴がいただろう。あれも藪だったそうだ。これまでずっと嫌な思いをしてきただろうが、それも今日で終わりだ。これから、もし同じようなことをするやつがいたら、すぐ俺に相談してくれ。どうしていままで何も話さなかったんだ」 緑はそっと顔を上げた。あふれた涙は頬を伝わり、髪を濡らしている。緑は何か言おうとしたが、どうしても言葉にすることができず、また顔を伏せて真田にすがりついてしまった。緑のやわらかな胸の感触が辛い。真田は緑をベッドに寝かせると、毛布をかけてやりながら言った。 「今日の食事はアナライザーに言ってここに運ばせるから、外に出なくていいぞ。みんなには何も知らせないから、安心するんだ。風邪でひどい熱だと言っておくよ。艦長と徳川さんも絶対に口外しない。一日ゆっくり休んで、また明日から元気な顔を見せてくれ。…一緒にマイクロ波動エンジンの開発をしなけりゃな」 その言葉を聞いて、緑はようやくかすかに微笑んだ。そして、真田の顔をじっと見つめながら、震える声で言った。 「…技師長…ほんとうにありがとうございました」 真田は微笑んだ。 「気にするな。おまえはおれの大切な部下だ。おれが必ず守ってやる。元気を出すんだぞ」 そう言うと、真田は部屋を出ていった。緑は閉じたドアを見つめていたが、やがてメモを震える唇に押し当てて、激しく泣いた。 |
ぴよ
2001年09月26日(水) 20時05分42秒 公開 ■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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ツバつけるって、あんた…。狭い艦内、爆発寸前のストレス、クルーのほとんどが訓練校卒業したばかりの若い男の子で、しかも数少ない女性クルーが雪や緑のようなかわいい子だったら、こんなこともおこるよなぁ。女性クルーにはスタンガンくらい携帯させるべきでしょう。(コスモガンで撃っちゃってもいいけど)だけど、藪はイスカンダルで解凍されるんですね。 | Alice | ■2001年09月26日(水) 22時12分40秒 |
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