第2章 戦いの中で /sect.4

「酸素供給機の修復はあと少しで終わります。それなのにどうして攻撃計画を変更していただけないんですか!」
 吉川はドリルを握ったまま叫んだ。工具を手にした技師たちが第一艦橋から戻った山下を取り囲んでいる。山下はつらそうに言った。
「おれもそのことは説明したよ。しかし、艦長は意見を変えて下さらない。…攻撃部隊がビーム砲を破壊する前に全滅したとしたら、いつまでも海中で待っているのは自殺行為だというんだ。…攻撃部隊からの通信は三時間前からずっと途絶えているらしい」
 緑の視界が大きくゆれた。気がつくと床に膝をついており、吉川が腕をつかんで支えてくれていた。山下が覗き込む。
「大丈夫か」
「はい。…すみません、ちょっと貧血を起こしただけです」
 そう答える緑の顔には血の気がなく、唇も真っ青だった。山下はかがみこんで緑の両肩に手をかけた。
「緑、まだ技師長が戦死したと決まったわけじゃない。敵基地の中にいるとしたら無線を使えるわけがないからな。…お前なら技師長が今どうしているのかわかるんじゃないのか。少しでもいい、新しい情報があれば俺がもう一度艦長にかけあってくるから」
 緑は力なくかぶりを振った。
「…ずっと考えているんですが、全然わからないんです。見える時はいきなり映像がひらめくんですが、自分の意思ではコントロールできないらしくて」
 そう言いかけて、緑は急に顔を上げた。
「山下さん、艦長に私からもう一度申し上げてみます」
「何をだ?」
「私が技師長の出発前に見た映像のことを。…そうしたら、攻撃部隊が任務に失敗して全滅したとは考えないでいただけるかも知れません」
 緑は立ち上がった。瞳に輝きが戻ってくる。
「私が見たのは技師長が敵基地の中にいらっしゃるところでした。技師長は必ず任務を遂行なさる方です。第一艦橋へ酸素供給機の機能回復状況の報告に行って、その時艦長にご説明して来ます。…それに、捨て身の攻撃に出ると言っても、装甲板が穴だらけのままでは勝ち目がありません。この八時間というもの、ほとんど全員でコバンザメの合成と酸素供給機の修理に当たっていたんですから。せめて第二装甲板の補修が終わるまで待っていただくようお願いしてきます」
 山下は笑った。
「そうだな。第二装甲板の補修にはあと二時間くらいはかかると思うよ。…そのころまでには技師長からの連絡も入るだろうしな」
 緑はうなずき、身をひるがえすと駆け出した。
 
「ビームの直撃のことは真田工場長から報告を受けているが…。きみは自分に予知能力があると断言できるのか」
 沖田は腕組みをしたまま言った。
「わかりません。しかし、これまで見た映像は全部実現しています。ですから、少なくとも技師長が敵基地への侵入に成功していることは間違いありません。…さきほど申し上げた装甲板の修理作業のためにも、どうかあと二時間だけ攻撃を待って下さい。艦内への酸素供給の問題は解消しています」
 緑は必死だった。レーダー席の森雪も振り向いてじっと沖田を見ている。…雪は真田と一緒にガミラス基地に向かった古代の安否を気にかけていたのである。沖田は雪に向かって言った。
「森、酸素の供給状況はどうか」
「供給量は完全に回復しました。二酸化炭素の回収量も正常です」
 沖田は軽くうなずき、艦長席の傍らに立っている緑のほうを向いた。
「きみの予知を全面的に信じるわけではないが、確かに装甲板の修理は必要だ。総攻撃はあと二時間だけ待つことにしよう」
 緑の顔が輝いた。
「ありがとうございます、艦長!」
「今後、何か映像を見ることがあったら、すぐ私に報告するように。いいな。…では持ち場に戻りたまえ。装甲板の修理は必ず二時間以内に終わらせるんだぞ」
「はい!」
 緑は勢いよく敬礼すると艦橋を駆け出していった。機関席にいた徳川はその姿を見送ってつぶやいた。
「…さっきの山下といい、今の子といい、技術班はまとまりがいいですな」
 沖田はじっと何かを考えている。操縦席の島が振り返った。
「艦長、藤井さんに予知能力があるのは本当です。自分も宇宙戦士訓練学校のころ助けられました。…訓練中に爆発事故が起こることを予知して、皆を避難させてくれたんです。彼女があそこまで言うなら、古代たちはきっと無事だと思います」
 その時、雪のコンソール上のレーダーに大きな輝点が現れた。雪は素早くデータを確認し、沖田に向かって叫んだ。
「前方に、爆発確認!」
 沖田が身を乗り出す。雪は探索用のプローブが捕らえた敵基地の映像を最大望遠でメインスクリーンに映し出した。…ガミラス基地の上空はピンク色に染まっていた。基地周辺の凍りついた海が反射衛星砲の爆発のために溶け、怒濤となって基地を押し流していく。やがて、ガミラス艦隊が基地から脱出していく姿が見えた。沖田は呟いた。
「ガミラスの冥王星基地は終わりだ。これで地球に遊星爆弾が落ちることはない。…長年の宿願がようやく叶ったのだ」
 
 艦載機格納庫は攻撃部隊を出迎えようと集まった乗組員たちでごったがえしていた。
着艦した連絡艇から降り立った真田は、たちまち技術班の乗組員に取り囲まれた。
「技師長、お帰りなさい!」
「おめでとうございます、技師長!」
 技師たちは喜びに顔をくしゃくしゃにして、口々に話し掛けてくる。真田はその一人一人に答えながらふと顔を上げた。人込みの後ろに、口元を手で覆って立ち尽くしている緑の姿があった。真田は乗組員たちをかきわけるようにして近づいた。緑はじっと真田をみつめている。真田が緑の肩に手をかけると、緑はゆっくりと両手を離した。緑の唇は細かく震えており、切れ長の美しい瞳から涙が溢れて白い頬を濡らしている。…その瞳を見た瞬間、真田は胸の奥に何かが突き刺さったような鋭い痛みを感じたが、その痛みを打ち消すように明るい声を出した。
「ありがとう。お前の予知のおかげで命拾いをしたよ。…ガミラス基地の床に対人バリアがしかけてあったんだ。知らずに踏んでいたら間違いなく即死していた」
 緑は真田を見つめたまま、震える声で言った。
「技師長、お怪我は…」
「心配するな、俺は大丈夫だ。ただ、あえて言えば腹が空いたよ。一五時間以上何も食べていないからな。しかし、おまえたちだってどうせ何も食べてないんだろう」
 真田の言葉に周囲の技師がどっと笑った。緑も手の甲で頬の涙をぬぐって微笑んだ。その表情を見た真田は、胸の奥が再び締めつけられるように痛むのを感じ、緑から無理に視線を引き離して振り向いた。そこには山下がいた。山下はにっこりと笑って真田にディスクを手渡した。
「技師長、お留守の間に新型のコバンザメを合成しました。緑の設計です。後で見てやって下さい。…そういえば緑のやつ、艦長が技師長のいるガミラス基地を攻撃しようとした時に、なんとかやめさせようとして艦長の所へ直談判しに行ったんですよ。いったいこの子のどこからああいう度胸が出てくるんですかね」
 山下はそう言いながら緑にウインクした。緑の頬がみるみるうちに真っ赤になる。真田は急に顔を上げ、周囲の技師たちを見回した。
「おおよそのことは連絡艇の中で島と雪から聞いた。みんな、頑張って酸素供給機を修理してくれたそうだな。本当にありがとう。これからまたきつい補修作業が続くと思うが、よろしく頼む。…これから艦長に報告してくる。補修手順はその後で連絡するから、それまで休んでいてくれ」
 技師たちが歓声を上げた。真田は古代と加藤に声をかけ、踵を返してエレベーターにむかって歩き始めたが、格納庫の出口のところで急に立ち止まり、振り向いた。緑は遠くからじっと真田をみつめている。その姿を見た真田は目を閉じ、エレベーターに続くハッチをくぐった。
ぴよ
2001年09月23日(日) 09時39分51秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
Aliceさん、艦長、ご感想ありがとうございます!はじめてのバレンタインチョコにホワイトデーのお返しが来たようなうれしさです(号泣)。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
真田さんに憧れていた私は、高1の進路指導のとき「将来コンピュータ関係の仕事をしたいので理系に行きます」と言いました。しかし、担任(数学担当)に「おまえ、数学好きか。全教科中、一番成績悪いのが何か、わかってるのか」と言われ(いやまったく)、おのれの限界をさとり、以後、純然たる文系の道を歩んでおります。・・・というわけで、技術描写は、ただ根性のみで書いています(なお、コンピュータがらみで非常識なことを書くと、プログラマーの妹が突っ込みを入れてくれます)。

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只、只ビックリしいている状態です。私も文系の道へ学んだものですが、根性でここまでメカニックに対しての描写が生々しく感じられる事が羨ましいです。突っ込みを入れてくれる妹さんがいるのも、とても羨ましいです。私なんてうまくゴマかしてるだけで、やはり何とかせなば!と日ごろ思っているのですが・・・ yomogi6 ■2002年05月27日(月) 23時21分07秒
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