第2章 戦いの中で /sect.2
 
 艦外作業中の一、二班の技師のうち、命綱が切れたのは幸いにも吉川だけだった。真田は全員が艦内に戻ったことを確かめると、破損箇所の隔壁を閉鎖し、全員を待機ボックスのシートに座らせてベルトを着用させた。ここのモニターで見ていても、すさまじい勢いで冥王星が迫ってくるのがわかる。真田はそのモニターを見ながら冷静な声で言った。
「冥王星の引力圏にひきずりこまれている。多分、赤道付近の海に降りることになるだろう。この分だと着水の衝撃は六Gを超えるから、頚椎を損傷しないようにシートにしっかり頭をつけておくんだ。着水して艦体が安定したら、補修を再開する。今度はコバンザメを使うから、そのつもりでいてくれ」
 …コバンザメは、今度の航海に備えて真田が開発した補修用の器具だった。それは遠くから見ると、まるで巨大な鍋蓋のように見えた。艦の三層の装甲板が全て破られた場合でも、宇宙空間または大気中であれば外部から補修作業をすることができるが、ヤマトが液体または有害な気体の中にいる場合には、外部から作業をすることができず、かといって、艦体の穴をそのままにして艦内から作業することもできない。コバンザメはそういった場合に備えて開発されたものだった。鍋蓋に当たる部分は、装甲板と同じ強度を持つ金属で作られており、その周囲には電流を流すことによって対象物に密着する性質を持つ特殊な軟質プラスチックが接合されている。鍋蓋の取っ手に当たる部分は、人間が一人乗り込める大きさのコントロールブースになっていたが、ブースは独立して移動する能力を備えており、内部からの操作によって、自由に鍋蓋とブースを切り離したり、ドッキングさせたりすることができた。技師はこのブースに入って鍋蓋部分とドッキングしたうえ、破損した装甲板の箇所まで移動して、鍋蓋を外側から破損部分に密着させる。そして鍋蓋に設けられた弁から艦内にたまった液体や気体を強制的に排出させた後、コントロールブースだけを切り離して艦内に戻り、また次の鍋蓋とドッキングして次の破損箇所に向かうこととなる。こうして一時的にせよ艦体の穴を塞いでおけば、艦の内側から第二、第三装甲板を補修することにより、艦体の強度と艦内の気密を保つことができるのである。…コバンザメの鍋蓋部分は想定される艦体の破損に備えてさまざまな形状や大きさのものが作られており、反射衛星砲による破損に対応するサイズのものもあった。
 モニターは既に冥王星の映像で一杯になっている。技師たちは黙って着水への恐怖を押し殺していたが、その不安を紛らわせるように突然古賀が明るい声で言った。
「技師長、宇宙作業の時、うんと大きめのコバンザメを三枚ぐらい重ね張りして、その中で仕事してれば、ガミラスにビーム砲を撃たれても安心ですね」
 その脳天気な声に、大石が思わず振り返ってたしなめた。
「おい、無茶をいうなよ。そんなにコバンザメが余ってるわけないだろう」
 しかし、真田は古賀の言葉に何かを思いついたらしく、顎に手を当てて考えを追い始めた。その時、緑の声が飛んだ。
「着水します。Gに備えて下さい!」
 
 ヤマトは冥王星の海に艦尾方向からまともに落下し、いったん艦首を垂直に持ち上げた後、激しく艦首を海面に叩きつけて停止した。真田は衝撃のあまりの強さに艦体が破損部分から真っ二つに折れるのではないかと危惧したが、幸いその気配はないようだった。待機ボックスの技師たちは、全員シートベルトをきつく締めて懸命にシートに頭を押しつけていたため、頚椎捻挫や腰椎捻挫になった者はいなかったが、皆衝撃でふらふらしている。真田はシートベルトを外して立ち上がると、きびきびした声で言った。
「一号機は俺が操作する。二号機は山下に任せる。他の者は艦内の排水終了後、気密チェックをして第二装甲板から開始してくれ。艦内作業だと言ってもハードスーツは絶対脱ぐなよ。…いつ水漏れするかわからんからな」
 真田と山下は手早くコバンザメを左右両舷の破損箇所に取り付けると艦内に戻ってきた。一班と二班はそれぞれ左舷と右舷に別れて作業を開始している。真田の命令で非常態勢がとられ、三班と四班の者もかけつけた。
 …その時、ヤマトの真上から反射衛星砲のビームが襲ってきた。ビームはヤマトの上甲板、煙突ミサイル発射口のすぐ後ろを直撃した。そこには反重力装置とオートバランサーがあった。ヤマトは転覆し、そのまま海中へと沈み始めた。回路を寸断され、暴走した反重力装置は、ヤマトをどんどん海中深くへと沈めていく。真田は異常な沈降速度から、反重力装置に異変が起きたことを悟り、無言で補修現場から駆け出した。上下が逆さまになって混乱をきわめる艦内を必死に走り、ようやく反重力装置のところまでたどりつく。直撃の瞬間に非常用隔壁が下りていて、反重力装置のコントロールパネルのある部屋は無事だった。手動の非常停止用レバーを下げる。…ヤマトは水深三百メートルの地点でようやく停止した。真田は沖田用の回線のスイッチを入れた。
「こちら真田です。異常沈降の原因となっていた反重力装置は停止させました。しかし、オートバランサーも使えなくなっているので、艦を復元するにはメインタンクの注排水によるしかありません。また、当分はホバリングも不可能です」
 沖田の返事は短かった。
「ご苦労だった。われわれは第三艦橋で指揮をとる」
 天井の高い第一艦橋のスタッフはこの転覆でさぞひどい目にあったことだろう、と真田は思った。艦内用の人工重力装置が無事ならどうということはないのだが、メインの反重力装置が暴走した段階で艦内用の人工重力装置は自動的に停止している。真田は首を振ると待機ボックスへと向かって走り出した。…今の攻撃で破損した上甲板の補修手順を決めなくてはならない。
 緑は上下のひっくり返った待機ボックスで、床にひろがる照明と照明の隙間に窮屈そうにかがんで、携帯用のコンピュータ端末を壁面に接続し、補修用データを呼び出していた。一班C、Dの技師たちは、やはり照明を踏まないように気を遣いながらその周囲を取り囲んでいる。駆け込んできた真田の姿を見て、技師たちの顔が明るくなった。
「技師長、艦の転覆で右舷と左舷の補修現場はひどい状況です。しかし、甲板の破損孔も放置できません。補修の優先順位をどうしましょうか」
 山下が尋ねる。どうやら、他の班の技師たちは器具や材料が散乱した補修現場を片づけているようだった。緑が携帯端末を持ち上げて画面を真田に向ける。真田は画面を覗き込み、素早くキーを操作していくつかのデータを確認すると通信機に向かって言った。
「二班は左舷、三班は右舷のコバンザメをそれぞれ三号溶接で艦体に固定、その後第二装甲板だけ修復しろ。第三はしばらく放っておいていい。装甲板修復後は各班ともエンジンコントロール回路の正、副、予備系統を至急接続すること。四班と一班のABは後部上甲板にコバンザメを装着して三号溶接後、第二装甲板の補修。一班CDは反重力システムの修復に全力を尽くせ。…以上の作業が全て終了したら、第三装甲板の補修にかかれ。それまでは早く終了した班は他の班のサポートに回ること。事態は一刻を争う」
 真田は顔を上げた。緑たち一班CDの者は早くもハードスーツを脱ぎにかかっている。繊細な反重力システムの補修にハードスーツは不向きだった。緑は素早くハードスーツを片づけると、携帯端末を操作し、反重力システムの設計図を呼び出してプリントした。真田は設計図を覗き込んでいる緑に向かって言った。
「気をつけて行け。中央エレベータは使えない。Dデッキは寸断されていてまともに通れるところはない。Cデッキを7番まで進んでからラッタルで下りるんだ。上甲板の閉鎖がすんだら俺もすぐに状況を見に行く」
 緑は顔を上げ、いっしんに真田の言葉を聞いていた。その時、艦内オール回線から沖田の声が響いた。
「真田工場長、修理状態はどうか」
 真田は通信機に手を添えた。
「目下のところ、あと八時間はかかると思います」
 その後の沖田の言葉は、その場にいた技師たちを驚愕させた。
「よし、君も古代と合流して敵の攻撃基地の破壊工作に回れ」
「はっ」
 真田は顔を上げた。緑はいま耳にしたことが信じられないという顔つきで真田をじっと見つめている。山下が尋ねた。
「技師長、破壊工作って…」
 真田は待機ボックスの隅にあるロッカーを開け、隊員服を宇宙空間で使用するための手袋とブーツ、そしてヘルメットを取り出しながら言った。
「おそらく、ガミラスのビーム砲のありかを捜して潜入し、爆破するんだろう。たしかにこのままではジリ貧だからな」
「どうして技師長がそんな特攻隊なんかに…」
 山下は怒りを隠さなかった。特攻隊という言葉に、技師達は凍りついた。真田はブーツの上の端についたファスナーを閉めながら笑った。
「戦闘班長の古代はメカに弱いんだよ。誰か一人ぐらい専門家がいないと、いざという時困るだろう」
 その時、緑が急によろめき、膝をつくと、目を閉じてつぶやくように言った。
「床が…」
 吉川は胸をつかれたように緑を見た。緑はしばらくうつむいてじっとしていたが、やにわに顔を上げ、真田を見た。瞳に強い光がある。
「敵基地への侵入の糸口は壁にあります。壁から聞こえる音に注意して下さい。それから、基地の床には、何かはわかりませんが、危険があります。…新しい部屋に入るとき、特に注意が必要です。…たぶん、アナライザーが何かのお役に立ちます」
 真田はあまりに急な出来事で唖然としていた。緑はそんな真田を見るとまたうつむいてしまった。吉川はそれを見て必死に言った。
「技師長、緑のカンはすごく当たります。特にこういう時は百パーセントといってもいいぐらいです。突然のことで奇妙に思われるかも知れませんが、信じてやって下さい。そして、どうかお気をつけて」
 真田はわれに帰って吉川を、そして緑を見た。緑はきつく唇をかみしめて目を伏せている。真田は吉川と緑の肩に手をおいた。
「ありがとう。…大丈夫だ、心配するな。俺はちゃんと生きて帰ってくる」
 緑は顔を上げた。目がうるんでいる。真田は緑にむかって微笑むと、携帯用の時限式水素爆弾をいくつか取り出して腰にねじ込み、技師達を見回した。
「補修のことはお前たちに任せたぞ。後はよろしく頼む」
 そして真田は部屋を駆け出していった。
ぴよ
2001年09月21日(金) 23時17分47秒 公開
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ドキドキしました。ぴよさんは、技術畑の方ですか?修理のあれこれなんて、シロートの知識の域を越えています。被弾したら、即修理なんて、当たり前のことですが、今まであまり気にとめたこともありませんでした。こう次々被弾したんじゃ、技術班の人達、たまりませんね…。 Alice ■2001年09月23日(日) 00時01分42秒
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