第2章 戦いの中で /sect.1 |
緑はくすんだ山吹色のハードスーツの二重ファスナーを丁寧に閉じると、うつむいて首筋で長い髪をたばねた。慣れた手付きでたばねた髪をぐるっとひねり、髪留めでまとめ上げる。…吉川はその様子を背後から見ていた。ハードスーツの襟元はヘルメットを固定するためのリングになっており、その無骨な金属製の輪は、緑のきゃしゃな両肩にずっしりと乗っていたが、白く細いうなじは白鳥の首のように優美な曲線を描いてリングの中から伸びている。襟足のおくれ毛が照明に透けて金色に光っていた。その時、吉川は後ろから肩を叩かれた。振り向くと、そこには、同じ班の大石がハードスーツを着て立っていた。 「吉川、早くハードスーツを着た方がいいぞ。そろそろガミラス艦隊の射程圏内に入る。いつ砲撃が始まってもおかしくないからな」 大石は吉川よりも五期上で、一班Dでは最年長だった。技術班の補修作業用エアロックの隣の待機ボックスは既にハードスーツを着た一班と二班の技師で一杯になっている。いまだにハードスーツを着終わっていないのは吉川だけだった。緑が大石の声に振り向く。ボックスの隅のほうにいた二班の同期生三人は吉川を見てにやにやと笑っていた。吉川の耳が真っ赤になった。 「すいません、つい、ぼーっとしてて」 吉川は慌ててハードスーツの上半身を頭からかぶった。腰のファスナーをとめにかかる。待機ボックスに設置されたレーダーモニターは、ガミラス艦隊が急速に接近しつつあることを示していた。その後ろには冥王星が白い影となって浮かび上がっている。 …ヤマトは、冥王星のガミラス基地を壊滅させるために出航以来初めての本格的戦闘に突入しようとしていた。 ガミラス艦隊は、いったん接近して攻撃をしかけてきたものの、ヤマトの反撃を受けるとさしたる抵抗もせず冥王星に向かって逃走を始めた。ガミラス艦隊の発射したビーム砲のうち数発はヤマトの装甲板をかすったが、タイタンで採集したコスモナイトを利用して真田が艦体に施した新型のビームコーティングのおかげでヤマトはまだ無傷といってもよい状態だった。一班と二班の技師たちはヘルメットのフェイスプレートを上げ、待機ボックスの中でじっとレーダーモニターをみつめている。モニターには冥王星から発射された巨大なミサイル群が映っていた。その時、軽く艦体を揺する振動とともに、モニター上にヤマトの迎撃ミサイルの影が現れた。迎撃ミサイルは途中で破裂し、網のように広がってガミラスのミサイルを粉砕する。パルスレーザーの掃射も開始された。しかし、モニターには依然敵ミサイルの影が映り続けている。 「艦尾に当たるな…」 大石がつぶやいた。その一瞬後に、強い衝撃が襲ってきた。技師達は一斉に立ち上がった。壁面のコンピュータディスプレイは艦尾エンジンルームの第一装甲板が破られたことを示している。画面には、補修に必要な資材の番号と補修器具の種類も表示されていた。技師達は真田が事前に定めた作業分担に従って補修器具を手にとる。資材搬送担当の技師はパネルを操作して艦外作業用の工作台車にコンピュータの示す番号の交換用装甲板を積込み始めた。作業準備が完了した技師はエアロックの前に並んで指示を待っている。真田は技術班内で作業指示を出す者の順位を細かく定めており、一班と二班の中で最も順位が高いのは一班Cの山下だった。山下は全員が準備を終えたことを確認するとヘルメットの顎にある送信機のスイッチを押し、第一艦橋の真田に連絡をとった。技術班のハードスーツの通信機の送信装置は顎のスイッチで通常の班内会話用回線から艦内オール回線または真田専用回線に切替えることができる。ヘルメットをかぶって溶断機を持ち、壁面のディスプレイを見ていた緑は、突然耳元で聞こえた真田の声に心臓が大きくはねあがるのを感じた。 「こちら真田だ」 「山下です。一、二班補修準備完了しました」 「少し待て。この空域を抜けるまでは艦外に出ないほうがいい。作業開始はこちらから指示する」 「わかりました」 山下は顔を上げた。 「よし、みんな技師長から指示があるまでこの場で待機だ。器具は床に置いてくれ。休め」 技師たちは補修器具を下に置くとエアロックの床に座った。緑もいったん床に腰をおろそうとして膝をついたが、その時、目の前がすうっと暗くなり、周囲の隔壁や床が透き通って、漆黒の宇宙空間に浮かんでいるような感覚に捕らえられた。 (あれなの…?でも、これは一体…) 緑は目を閉じて額を押さえた。背後に何かを感じる。目を開いて振り向いた緑は、周囲を包む闇の中をまっしぐらに迫ってくる強いビームを見た。緑は思わず立ち上がり、ビームの方向を指差して叫んだ。 「ビームが来ます!」 周囲の技師が一斉に緑を見る。山下も振り向いた。 「どうした、緑」 「一〇時の方向です。回避運動を、早く!」 「なに?」 吉川を始め、緑と同期の若い技師たちは、緑のただならぬ様子を見て、宇宙戦士訓練学校の実習中に起こった爆発事故のことを思い出し、青ざめた。吉川は叫んだ。 「直撃が来るぞ。みんな、衝撃に備えて何かに掴まれ!」 ガミラスの反射衛星砲がヤマトの左舷を直撃したのは、その四秒後だった。 反射衛星砲のビームはきわめて強力で、一部は新型ビームコーティングではね返されたが、そのエネルギーのほとんどはヤマトの左舷に集中し、三重の装甲板を全て貫いて大きな損傷を与えた。ヤマトはエンジン出力のコントロール回路を破壊され、制御不能になって暴走を始めた。操縦を担当していた島は、沖田の指示で冥王星の月にロケットアンカーを打ち込み、ようやくヤマトを月の裏側で停止させることに成功したが、直撃された左舷パルスレーザーガン担当の戦闘班員が一名死亡し、四名が重傷を負っていた。真田は作業班に作業開始を命じた後、沖田の許可を得て補修作業の指揮のため第一艦橋を離れ、無線で作業手順を次々と指示しながら破損箇所へと急いだ。ハードスーツを着込み、ヘルメットの受信回路を開いた真田は、聞こえてきた会話に注意を引かれた。 「緑、今度また直撃が来るのを予知したら早めに教えてくれよ」 「はい。でも、いつもわかるわけではないので、あまりあてにしないで下さい」 (…どういうことだ?) 真田は背中のバーニアを噴射して宇宙空間に出ると、破損した装甲板の除去作業を続けている緑に近づいた。宇宙での切断作業は、バーニアでの移動速度と切断の速度を調整するのが最も難しいとされていたが、緑はバーニアを巧みに使って手際よく作業を進めていた。みるみるうちに装甲板が一枚切り離される。緑は取り外した装甲板を押して台車に向かってきた。真田は台車の上で緑の押してきた装甲板を受け止め、バーニアを使って装甲板の運動エネルギーを殺すと台車に固定した。緑は台車にいるのが真田であることに気付き、慌てて持ち場に戻ろうとしたが、真田は突然緑の手を引き寄せた。緑の心臓が喉元まで突き上げてくる。真田は自分のヘルメットの送信回線を切り、手をのばして緑のスイッチも切るとヘルメットを接触させた。接触会話なら他の技師に聞かれることはない。 「さっきの、予知っていうのはどういうことだ」 真田の真面目な顔がすぐ目の前にある。いつも遠くから真田の姿を目で追っていたが、ヘルメット越しとはいえ、こんなに近くで、しかも目をのぞきこまれるようにして話をするのは初めてだった。全身が熱い。話そうとしても唇がふるえて言葉が出てこない。緑はヘルメットの偏光フィルターの濃度を上げるふりをしながら、うつむいて言葉をさがした。 「…予知なんて、そんなたいそうなものじゃありません。…ときどき、目の前が暗くなって、何かが見えることがあるんです。それで…」 「さっきの直撃も事前にわかったのか」 「…でも、ほんの一瞬前です」 「それなら立派に予知能力だ。今度何かが見えることがあったら、すぐ俺に知らせてくれ。それから、さっきみたいな時は艦内オール回線を使っていい。わかったな。…時間をとらせた。持ち場に戻ってくれ」 真田はそう言うと、緑と自分のヘルメットの通信スイッチを元に戻した。その瞬間、緑はいうにいわれぬ恐怖にとらわれて振り返った。真田も緑の見た方向を見る。宇宙の一角が鮮やかなピンク色に発光していた。 「総員三秒以内に艦内に退避!間にあわない者は遮蔽物に隠れて態勢を保持しろ!」 真田はそう叫ぶと、緑の手をつかんでバーニアをフルパワーで噴射した。勢いがついたところで、ヤマトの破損箇所にあいた大きな穴に向かって緑を放り投げる。緑が艦の中へと流れていくのを確かめると真田は身を翻した。宇宙空間にはまだ大勢の技師がいる。 「技師長っ!」 緑は切断された装甲板に手をかけ、身を乗り出すと遠ざかっていく真田に向かって叫んだ。…その時、鏡面加工された衛星がリレーした反射衛星砲のビームが、ヤマトの右舷を直撃した。 真田の退避命令が聞こえた時、吉川はパルスレーザーの砲座の破損箇所を切断している最中だった。ここから三秒でエアロックまで行くのはどうみても不可能である。 (まずいな、遮蔽物ったってここらには砲塔ぐらいしかないぞ…) 吉川は不安に駆られながら破損した砲塔の外部ラッタルに掴まった。その時、すさまじい衝撃が襲ってきた。あっと思った瞬間、壊れていたラッタルはちぎれ飛んだ。破損した砲塔の破片が体にぶつかる。吉川はそのまま宇宙の暗闇に向かってはじき飛ばされていった。 (しまった、バーニアで…) しかし、衝突のショックでどこかが破損したのか、背中のバーニアは作動せず、命綱もちぎれていた。ふき飛ばされた時についてしまった回転が止まらない。視界の隅にヤマトが見える。ヤマトは直撃の影響からか、加速し始めているようだった。吉川は絶望した。 (おれもこれまでか…ちくしょう、こんなことなら緑にアタックしておくんだった) その時、吉川の足首を力強い手が掴んだ。ぐいと引き寄せられる。汗でくもったフェイスプレート越しに吉川が見たのは、真田の笑顔だった。 「無事なようだな。よし、急いで戻るぞ」 真田は吉川の体を抱えるとバーニアを噴射した。 |
ぴよ
2001年09月20日(木) 21時22分46秒 公開 ■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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