第1章 A.D.2199 /sect.3
 
 ヤマトはその後間もなく火星を離陸した。しかし、火星軌道から木星に向かって航行中、突然異常な振動が艦体を見舞った。急速に推力が低下する。真田はエンジン機能に関するデータを呼び出した。その時、機関部にいる徳川から通信が入った。
「艦長、エネルギー伝導管に障害が発生しました。エンジン出力ダウンしています」
 ヤマトは木星の引力圏に引き込まれ、なすすべもなく引きずられていく。航海班長の島大介は懸命に操縦棹を操作していたが、それで解決する問題ではなかった。濃いメタンガスの渦が目前に迫る。その時、正面に巨大な浮き島のような物体が出現した。…木星の浮遊大陸であった。沖田は浮遊大陸への着陸を指示した。ヤマトはふらつきながら浮遊大陸に近づいていく。真田はインターコムの技術班用オール回線スイッチを押した。
「真田だ。これより浮遊大陸に着陸する。一班二班は着陸後、直ちにエネルギー伝導管の補修作業にかかれ。四班は所定の場所で対空監視」
 エネルギー伝導管は溶けて折れていた。ワープの際にかかった異常な負荷が内部を破壊し、それが火星離陸をきっかけに一気に表面化したものとしか考えられなかった。機関部でてきぱきと作業を指揮する真田に向かって、徳川は頭を下げた。
「すまん。きみのいうとおりじゃった。…あの時エンジンをとめて点検していたら、こんなことにはならんかった。許してくれ」
「いえ、わかっていただければいいんです。…それより問題なのはこの異常の原因です。これから五百回近くもワープしなくてはならないのに、エンジンがこんなことでは…」
 真田は無残に溶けたエンジンを見ていたが、手元の設計図に目を落とした。
「コスモナイト合金の配合に問題があったか、それともイスカンダルから送られてきたワープのプログラムにバグがあったか…とにかく、大至急対策を立てます」
 そのころ、第一艦橋では、ガミラスの偵察機への対応に追われていた。結局、問題の偵察機は戦闘班長の古代進がコスモゼロで撃墜したものの、浮遊大陸にガミラスの前線基地があることはほぼ間違いなかった。エンジンの補修を終え、艦橋に戻った真田は、沖田が波動砲の試射を兼ねて浮遊大陸のガミラス基地を攻撃すると言うのを聞いて耳を疑った。真田は思わず前に進み出た。
「艦長、いまここで波動砲を発射することには反対です。艦にどのような障害が起こるかわかりません」
 沖田は表情を変えなかった。
「ヤマトの全てのテストは今のうちに行っておかなければならないのがわからないのか。波動砲でガミラスの基地を叩く。後顧の憂いを絶つという意味でも必要なことだ。総員配置につけ」
 真田はだまって席についた。木星の強い引力にさからって離脱することが急務の今、大気圏内で波動砲を撃って推力をゼロにすることがきわめて危険であることは明らかだった。しかも、波動エンジンの不安はいまだ解消されていない。補修用のコスモナイトも遣い果たしてしまった。…真田は近くの小惑星や衛星の分析を始めた。早急にコスモナイトを調達しなくてはならない。
 
 波動砲は浮遊大陸そのものを粉砕し、吹き飛ばした。それはすさまじい破壊力を持つ兵器だった。しかし、波動エンジンのエネルギーを全て放出したヤマトは、当然のことながら木星の引力に引き込まれていった。徳川は叫んだ。
「波動エンジン始動、島、オーバーブーストを使え!焼きついてもかまわん、早く!」 ヤマトは激しく振動しながら木星の重力に抵抗し、じりじりと上昇を始めた。しかしようやく衛星軌道まで上昇した途端、ヤマトのエンジン出力は急速に衰え始めた。またエネルギー伝導管に異常が発生したことは明らかだった。真田は沖田に、土星の衛星タイタンへの着陸を進言した。…そこにはコスモナイトが埋蔵されている筈だった。
 
 ヤマトがタイタンに着陸すると、沖田は古代と森にコスモナイトの探査を命じた。そして、真田にはタイタンから今後の航海に必要と思われる資材物資を調達する任務が命じられた。真田は格納庫でタイタンのデータをじっとにらんでいたが、やがて集まった技師に向かって言った。
「これより水の補給に向かう。氷の塊を二メートル四方の立方体に切り取ってヤマトの後部甲板に搬入し、アルミシートで覆って固定する。水は酸素の供給源としても、生活物資としても不可欠だ。与えられた時間は限られているが、できるだけ沢山搬入できるよう努力しよう」
 
 資源採取作業は順調に進み、沖田の帰還命令が出た時には、予定を上回る量の氷塊が作業用車両に積み込まれていた。緑たち一班が真田の指揮でヤマトの後部甲板に氷塊を固定していると、そこに調査ロボットのアナライザーがやってきた。
「サナダサン、コスモナイトヲトッテキマシタ。百五十トンアリマス。イマ、コウジョウニ、ハコビコンデイマス」
 真田はアナライザーを見た。
「アナライザー、コスモナイトはどういう状態で発見されたんだ」
「ガケゼンタイガ、コスモナイトノ、コウショウニ、ナッテイマシタ。ガミラスノ、サイクツジョウダッタト、オモワレマス」
 真田は通信機をつかんだ。
「こちら真田だ。二班、三班と四班のA、Bはエンジンの補修にかかれ。エネルギー伝導管とフライホイールは全部交換する。コスモナイトの配合はコンピュータに入力済みだ。誤差が出ないよう慎重に頼む。氷塊の固定作業は一班A、Bの者で続けてくれ。一班C、Dの者は俺と一緒に来るんだ。これよりコスモナイトの採掘に向かう」
 すぐに八人の技師が甲板上を走ってきた。その時、アナライザーが言った。
「サナダサン、コスモナイトノサイクツジョウノ、スグヨコニ、チキュウノミサイルカン『ユキカゼ』ガ、ツイラクシテイマシタ」
「何だって…!アナライザー、生存者は捜索したのか」
「ハイ。コダイサンガ、イッショウケンメイ、サガシテイマシタガ、セイゾンシャハ、イマセンデシタ。タダ、フネノソトニ、『コダイマモル』トカイタ、コスモガンガ、オチテイマシタ」
 緑は真田が冷静さを失うところを初めて見た。真田は顔をそむけるとすぐ横にあった第三砲塔を強く叩いた。…しかし、真田はすぐに顔を上げると集まった技師達を見た。「…何でもない。待たせたな。急ごう」
 
 採掘場に向かう作業用車両は沈黙に包まれていた。緑は一班Cの山下がいつか第三ドックで真田と話していた技師であることに気付いた。ミサイル艦ゆきかぜ…それはあの時第三ドックで整備中の艦だった。山下はずいぶん長い間ためらった末、真田に声をかけた。
「技師長、ゆきかぜは沖田艦長の旗艦を逃がすために自ら楯となって沈んだと聞いています。整備の問題じゃありません」
 真田は長い間沈黙していた。そして答えた。
「旗艦が沈まなかったのは装甲が二重だったからだ」
「技師長は手に入る限りの材料で最高の整備をされたじゃありませんか!」
「…といっても対ビームコーティングをしただけのことだ。こんなことなら俺の一存でゆきかぜを解体して他の艦艇の資材にしてしまえば良かった。そうしたら乗組員もむざむざ死なずにすんだんだ」
 真田はタイタンの暗い地平線をじっと見つめながら、低い声で言った。緑はいつかドックで聞いた会話を思い出していた。胸が痛む。…真田は視線を戻し、そんな緑たちの様子を見ると、急に声を明るくして言った。
「すまないな、みんな。…ゆきかぜの艦長の古代守は俺の親友だったんだ。それであの艦のことになるとつい愚痴が出るのさ。どちらにしてももう済んだことだ。…それより、いまコスモナイトが大量に手に入るのはラッキーだぞ。コスモナイトをふんだんに使えれば、ヤマトの装甲板の強度を飛躍的に高められる。ガミラスのビーム砲など、全く受け付けないようにすることができるかも知れん」
 そう言うと真田は微笑んだ。その微笑みには見る者の不安を消し去る暖かさと力強さがあった。車内に安心感がひろがり、技師達は口々にヤマトの装甲の強化について話し始めた。しかし、緑は黙ったまま、真田をじっと見つめていた。真田は穏やかな口調で技師たちと技術的問題について話していたが、その手は固く握られている。
(技師長、私たちを心配させまいとして…)
 真田はレーダーを見てアナライザーの言ったポイントが近づいたことを確認すると窓ごしに鉱床を捜した。首をめぐらせた真田は、緑が大きな瞳に哀しそうな表情をたたえてじっと自分を見ていたのに気付いた。しかし、目が合った瞬間、緑は反射的に身を固くして顔を伏せた。白い頬にみるみるうちに鮮やかな血の色が昇ってくる。隣にいた吉川が急にうつむいた緑を心配そうに覗き込んだ。
「どうした、緑?」
 緑は黙ってかぶりをふった。…それを見た真田は視線を前方に戻した。行く手に金色の崖と、凍りついたゆきかぜの船腹が見え始めている。その時、真田はさっきまで胸を締めつけていた悲しみが、なぜか少し和らいでいることに気がついた。


ぴよ
2001年09月18日(火) 17時41分13秒 公開
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■作者からのメッセージ
このお話は、全部で8章あります。今回、連休前なのと、この先しばらく仕事が忙しそうな雰囲気だったので、今のうちにと思って1章全部を投稿しましたが、今後は挿絵を描きつつ順番にお送りする予定です。ヤマト1の航海をたどる長いお話ですが、ずっとおつきあいいただけたら、とてもうれしいです。お時間のある時にでも、どうぞ読んでやって下さい。よろしくお願いいたします。

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今年wowowにて、ヤマト一挙放送をしてずっと観ていたので、本編と平行してお話が進んでいますね。まさに楽しみながら読んでいます。 yomogi6 ■2002年05月26日(日) 12時01分56秒
今年wowowde yomogi6 ■2002年05月26日(日) 11時57分42秒
ヤマト本編と平行してお話が進むので、ストーリーにすんなりと入っていけます。ああ、そうか、あの時画面に映らない場所では、こんなことがあったのね…とごく自然に納得できるのです。巷にはいろんなタイプのオリジナルストーリーがありますが、こういうのは大好きです。これからの展開が楽しみ! Alice ■2001年09月19日(水) 14時35分28秒
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