第1章 A.D.2199 /sect.2
 
 緑はもう三十分以上も猛烈な勢いでキーボードを叩いていた。ディスプレイに現れる文字がどんどん上へスクロールしていく。やがて画面が切り替わり、ヤマトのフレームモデルが現れた。緑は画面上にウインドゥを開き、ワープに関する条件を設定していく。最後にエンターキーを叩くと、画面上のヤマトに変化が現れた。
「大変だわ、このままでは…!」
 緑は真田の端末にデータを送るとインターコムを取り上げ、第一艦橋の直通番号を押した。すぐに落ち着いた声が聞こえた。
「真田だ。どうした」
「藤井です。ワープで艦体に大きな損傷が発生するおそれがあります。艦体の補強を行うか、ワープのプログラムを調整する必要があると思います」
「わかった。こちらでも結果を検討する。データは送ってくれたか」
「はい」
「ありがとう。ご苦労だった」
 ぷつりと通信の切れる音がした。緑はインターコムをゆっくりと元の位置に戻した。胸がどきどきと高鳴っている。
(ほんとうにあの方の部下になれたんだわ)
 緑は目を閉じると胸に手を当てた。半年前の記憶が、まるで昨日のことのようにあざやかに蘇ってくる。実戦部隊見学の後、訓練学校に戻ってすぐ、緑はコンピュータで第三ドックの技師長の名前と経歴を調べたのだった。男は真田志郎といい、緑より十歳年上で、訓練学校を優秀な成績で卒業後、異例の早さで昇進していた。そのときプリントアウトしたデータと写真は、今も緑の手帳に大切にはさんである。
(真田さん…)
 緑は胸の動悸を静めようとじっとコンソールの前に座っていたが、やがてディスプレイにメッセージが入ったことに気付いた。メッセージには真田からのものであることを示す星印がついている。緑は急いでメッセージを開いた。
『ワープテストは一四二〇に行われる。艦橋ではワープテスト前に艦体の補強やプログラムの調整をする余裕はないとの判断がなされた。テスト後の艦の破損に備えて装甲板の補修準備をしておいてくれ。破損の規模はシミュレーションどおりでいい。こちらでチェックしたところではエネルギー伝導管にも不安材料がある。コスモナイトの保有量を確認して第一艦橋にデータを送るように』
 緑ははじかれたように立ち上がった。予めプリントアウトしてあった推定破損箇所のデータを手にとるとドアに向かって走る。コンピュータの作動テスト中だった吉川と古賀は驚いて振り返った。緑はドアの前で立ち止まると二人に向かってきっぱりとした口調で言った。
「技師長の指示で大工作室に行ってきます。すみませんが後をお願いします」
 二人に質問する暇も与えず緑は出ていった。その直後、沖田の声が艦内に流れた。
「総員に告げる。ヤマトは月軌道に乗ったところでワープテストに入る。各員戦闘体制のまま待機せよ」
 吉川と古賀は顔を見合わせた。そして、慌ててコンピュータの作動テストを打ち切ると戦闘モードへの切替えを始めた。
 
 緑は大工作室で補修担当の二班と三班の技師らに真田の指示を伝えた後、コスモナイトの在庫量を確認しようと資材倉庫に降りた。コスモナイトは二二世紀も終わりになってから発見されたレアメタルで、理論上、宇宙船のエンジン用の合金素材として最適であるとされていたが、産出量がきわめて少ないため、これまで実用化はされていなかった。しかし、イスカンダルのスターシャから送られた波動エンジンの設計図を分析した結果、コスモナイト以外の素材では強度が不足することが判明したため、地球防衛軍は全世界のコスモナイトをかきあつめてようやくヤマトの波動エンジンを建造したのである。波動エンジンの建造後に残ったコスモナイトは全て補修用としてヤマトに積み込まれた筈だったが、出航直前までエンジンの調整が続いていたため、その在庫量は不明だった。緑は薄暗い倉庫の中を進んだ。在庫番号をたどって奥へと進む。
「あったわ…」
 そこには、金色の鈍い輝きを放つ立方体が置かれていた。立方体は一辺が一メートルほどの大きさで、白いラベルが貼られている。しかし、床の上に置かれていた塊はたった二つにすぎなかった。緑は眉をひそめてラベルの文字をメモした。その時、艦内放送で第一艦橋のレーダー係を勤める森雪の声が響いた。
「ワープ、十五分前」
 緑は中央コンピュータ室へ向かって走り出した。
 
 第一艦橋の席についていた真田はコンソールのディスプレイに目を落とした。ディスプレイにはワープテストに備えてヤマトの船体各部の状況が映し出されている。接近してきたガミラス空母の艦載機は、ヤマトのブラックタイガーチームによって撃墜され、被弾したブラックタイガーの山本機も既にヤマトに帰還し、ヤマトは一応当面の危機を脱したかに見えたが、真田の表情は険しかった。
「ワープ三分前、各自ベルト着用」
「ワープ自動装置、セットオン」
 報告と復唱の声が次第に艦橋の緊張感を高めていく。その時、カーソルが点滅したかと思うと真田のディスプレイの隅に数行の文字が現れた。
『現在のコスモナイト保有量は20・5トン、エネルギー伝導管全体を補修するとすれば約一回分です。装甲板の補修準備は完了、二・三班が作業配置で待機しています。藤井』
 その文字を読むと、真田の眉間に寄せられていた深い縦じわがゆるんだ。その時、沖田が大声で叫んだ。
「ワープ!」
 真田は目を見開いてショックに備えた。
 
 緑は中央コンピュータ室の座席で苦痛に身をよじっていた。内臓を引きちぎられるような苦しさ…声を出そうとしても声にならない。眩暈と吐き気が大波のように次々と襲ってくる。薄く目を開くと、隣で吉川がコンソールに突っ伏しているのが見えた。そして、頭を殴られたような衝撃が来た。周囲が闇になった。 …気がつくと、眼前のディスプレイに異常を示すアラートサインが出ていた。ヤマトの左舷中央が大きく破損している。それは、シミュレーションで破損が予測されていた箇所だった。その時、技術班用回線から真田の声が聞こえた。
「ヤマトはこれより火星に着陸する。二班三班は火星着陸後直ちに左舷損傷部の補修にかかれ。一班四班は一八〇〇に作業を交代、二班はその後コンピュータ室の当直をしつつ交代で休息、三班は破損した装甲板の回収作業終了後休息せよ」
 緑は身体を起こした。艦外の装甲板の補修作業は重力場のある惑星上よりも宇宙空間の方がはるかに容易に行える。技師たちに向かってそのことを説明していた真田が、火星への着陸を希望する筈はなかった。緑は真田の今の心境を思って溜め息をついた。
 
 火星には激しい雪が降り続いていた。雪は容赦なく装甲板や作業用車両に降り積もり、補修作業を困難なものにした。ヤマトの隊員服は、簡易宇宙服として使用できるようになっていたが、その機能は大したものではなく、隊員服にへばりついた雪によって熱を奪われた二班と三班の技師達は、三時間の作業で身体の芯まで凍えきってしまった。破損した装甲板の切断を終えたところで交代の時間となり、技師たちは装甲板の破片を積んでよろよろと艦内に戻っていく。その技師達を見送りながら、緑は吉川に言った。
「吉川さん、訓練学校での実習を思い出しますね」
「ああ。溶接訓練だろう。俺たちの班が一番だったんだよな」
 同じ一班Dの古賀は緑たちよりも一年先輩だったが、それを聞くと二人の肩を叩いた。「じゃあ、一番の腕を見せてもらおうか。…ヤマトでも一班が溶接技術のトップってことにしたいもんだよな」
「はい!」
 緑と吉川は勢いよく作業用の台車に飛び乗った。台車には既に新しい装甲板が積み込まれている。その会話を聞いていた一班の他の技師達は台車に乗りながら次々に緑に向かって親指を立ててみせた。一気に補修現場に活気がみなぎった。
 
 真田は補修の開始時に現場で細かな作業指示を出した後、エネルギー伝導管のチェックに回っていた。エネルギー伝導管の外観には特に変化はなかったが、内部は波動エンジンを停止させないと点検できない。機関部のチーフである徳川は、メインエンジン停止に難色を示した。火星の重力場から離脱するためにはまた多大な推力を要するため、補助エンジンの動力を余分なことに使いたくないというのである。エンジンに異常はないと頑固に繰り返す徳川に、真田はそれ以上の検査を断念した。
(ヤマトの組織は縦割りになっていて、指揮系統が一本化されていない。全体の指揮権を持っているのは艦長だけで、副長もいない状態だ。…艦長に何かあった時、これで大丈夫なのだろうか)
 これから始まる長い旅に一抹の不安を覚えながら、真田は再び補修現場に向かった。
 
 補修現場に到着した真田は目を疑った。作業交代してまた一時間半しかたっていないというのに、装甲板の取付作業はほぼ終了していたのである。通常の作業時間から考えると驚くべきスピードだった。技師達は既に気密チェックに入っている。真田は台車に乗り、施工場所の点検を始めた。その真田に、すぐ隣の台車で気密チェックをしていた一班の技師が元気よく声をかけた。
「技師長、すごい早さでしょう。おれたち一班は四班の作業も手伝ったんですよ」
 真田は顔を上げて微笑んだ。
「早いだけじゃなく、出来の方も立派なものだ。よくこんなに頑張ったな」
 技師はにっこりと笑うと親指を立てた。
「いやあ、あんな可愛い子と一緒の班にしていただいたんですからね。ちょっとは頑張らなきゃ、他の班のやつに申し訳ないってもんですよ。これからは『溶接の一班』って呼んで下さい」
 その言葉に、周囲にいた一班の技師が歓声を上げ、一斉に親指を立てた。真田は笑い出した。
「参謀本部が技術班に一人だけ女の子を入れた理由が俺にもわかってきたよ。よし、気密チェック終了次第撤収だ。俺は艦長に報告してくる。みんな、本当にご苦労だった」
「はいっ!」
 技師達の明るい返事が真田のヘルメットに響く。台車を降りた真田は、一番高い台車に乗ったきゃしゃな姿を見上げた。緑は技師達の会話を聞いて恥ずかしがっているのか黙々と補修箇所の気密チェックを続けている。真田は黙って微笑むとハッチへ向かった。
ぴよ
2001年09月18日(火) 17時17分59秒 公開
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ドキドキ、緑の存在が技師たち、みんなを活気づかせてる状況が手にとるように分かります。私は今とても「にんまり」としています。 yomogi6 ■2002年05月26日(日) 11時46分57秒
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