第1章 A.D.2199 /sect.1

 地球の表面は真っ赤に変色し、見渡す限りの荒れ野となっている。その荒廃した地表を割って、一隻の宇宙戦艦が飛び立った。上甲板には多数の砲塔が立ち並び、巨大な上部構造が峰のようにそびえ立っている。それは、ガミラスの遊星爆弾によって滅亡の危機に瀕した地球が、最後の命運を賭けてマゼラン星雲のイスカンダル星に向けて送り出した戦艦だった。宇宙戦艦ヤマト…大昔に沈没した戦艦の姿を借りて蘇った超光速宇宙戦艦は、いま、大宇宙に向けて旅立とうとしている。
 
 ヤマトの乗組員の中で、艦の補修、維持、武器弾薬の製造、コンピュータの管理等を担当する技術班の者は、乗艦後、直ちに艦の最下部にある第一工場に集められた。ヤマト乗組員の隊員服は白地に兵科色のラインと錨のマークのポイントを入れたもので、技術班の兵科色はブルーである。ま新しい隊員服を着た乗組員らは、広大な工場の中でざわざわと囁きあっていた。出発前に艦長の沖田十三による訓示はあったものの、ヤマト計画自体が急なものであったため、乗組員の艦内での配置や当直態勢などは知らされていないままだったのである。そこに、一人の男が駆け込んできた。男は集まった乗組員を見回した後、落ち着いた声で言った。
「私は技師長の真田志郎だ。今入った情報だが、ガミラスの大型ミサイルがこの艦に向けて発射されたらしい。今はメインエンジンの始動が最優先だ。私は第一艦橋に上がって発進準備に当たる。諸君は、別命あるまでこの配置表に従って各部署で第一戦闘態勢のまま待機してくれ」
 真田は、そう言い終わると、目の前にいた技師に一枚の紙を手渡して艦橋へと走り去った。残された乗組員は配置表の周りに群がる。配置表を手渡された技師は大声で名前を読み上げ始めた。自分の配置を聞いた技師は次々と走り去っていく。
「…第一班C、山下芳樹、白井三郎、松本博、青木一也…以上は兵器製造プラント担当。第二工場で待機。第一班D、古賀武、大石浩二、吉川一郎、藤井緑…以上は中央コンピュータ室を担当。同所で待機。次は二班に移る」
 読み上げがそこまで進んだ時、周囲から小さなざわめきが起きた。
「ちぇっ、なんでおまえだけ緑と同じ班なんだよ」
「この埋め合わせはしてもらうぞ、吉川」
 新人の技師らは、吉川と呼ばれた若い技師に向かって口々に言った。緑は体にぴったりとフィットする女性用の隊員服に身を包み、まるで白い妖精のような姿でその傍らに立っていたが、それを聞くと小さな声で言った。
「吉川さん、コンピュータ室はEデッキです。急ぎましょう」
 吉川が振り返る。緑はもう身をひるがえしていた。美しい髪が輝きながら宙に舞う。吉川は同期の技師たちのひやかしを浴びながら慌ててその後を追った。遠ざかっていく緑の後ろ姿を追いかけながら、吉川は溜め息をついた。
(緑のことを忘れようと思ってヤマト計画に志願したっていうのに…)
 
 宇宙戦士訓練学校では、二回生までの間は共通のカリキュラムで訓練を行い、その後各兵科別に養成が行われる。緑は入学当初から同期の男子生徒の注目を一身に集めており、その可憐で清楚な美しさは、男子生徒たちを夢中にさせた。そして、多くの同期生が交際を申し込み、全員が同じ返事を受け取った。
「ありがとうございます。お気持ちはとてもうれしいの。でも、今はまだ毎日の訓練のことで精一杯で、気持ちに余裕がありません。どうかこれからもいいお友達でいてください。そして、わからないことがあったら教えてくださいね」
 こうして、緑の「友達」の数は増え続け、やがて、同期生で緑に交際を申し込もうとする者は誰もいなくなった。男子生徒たちは、十六歳にしてはおくてすぎるとか、いまどき恋愛に関心のない女の子がいるとは考えられないなどと愚痴をこぼしながら、同期生としての健全な交際を続けるほかなかった。やがて二年が過ぎ、三回生になった緑はメカニック部門を専攻する技術班のコースを選択し、吉川も同じコースに進んだ。その直後、ヤマト計画の概要が訓練生に伝えられた。それは、同期生の中で抜擢を受けて火星で特殊訓練中だった古代進と島大介の両名が、外宇宙から来た宇宙船乗組員を救助し、通信カプセルを入手したことがきっかけで開始された計画だった。宇宙人のもたらした設計図をもとに超光速宇宙船を建造し、その宇宙人の本星まで放射能除去装置をとりに行くというのである。同期生の多くの者がヤマト計画に志願し、厳重な選抜が行われた。密閉された艦内で長い航海に耐えられる強い精神力を持つ者。完全な健康体の持ち主。成績優秀者。選考の倍率は高く、四分の三の者が振るい落とされた。しかし。
(参謀本部の連中は何を考えてるんだ。あんな可愛い子をクルーに入れておいて、精神強健も何もあったもんじゃないぞ。これまでだって限界まで努力して自分を抑えてきたのに…そのうちみんな煩悩でおかしくなっちまうに違いない)
 そうつぶやきながらも、吉川はこれからの日々を考えて心が浮き立っていくのを感じていた。吉川はもう一度溜め息をつくと中央コンピュータ室のドアを開けた。緑や古賀はもうコンソールについている。吉川も慌てて席へ走った。

 ガミラスの超大型ミサイルを間一髪で撃破し、宇宙へと飛び立ったヤマトは、しばし平穏な航行を続けていた。沖田は戦闘配置を解除し、技術班の乗組員は当直の者を除いて再び第一工場に集められた。真田は技師達を座らせ、スクリーンに配置表と編成図を映し出すと技術班の体制について説明を開始した。
「技術班は四班に分かれている。ヤマトの中央コンピュータの管理と兵器製造プラントのメンテナンスは一つの班で十分対応できる。他の三班のうち、一つの班は非番で休息、あと二つの班は補修作業のため待機とする。これを八時間、三交代でローテーションするわけだ。…しかし、戦闘のために艦に被害が出た場合には、総力で補修に当たらざるをえない。非常時の配置はこのとおりだ。兵器プラントは休止させ、中央コンピュータの維持に二名のみ充てて、他の者は全員補修に回す。…恐らく戦闘の時には二晩三晩の徹夜は当たり前になると思う。すまんが今から覚悟しておいてくれ」
 真田はスクリーンの映像を切り換えた。九つに分割された画面にはさまざまな作業用機器が映し出されている。
「ヤマトはイスカンダルに着くまで一度もドック入りせずにたった一隻で戦い抜くことになる。ミサイルや砲弾を使用しても、補給してくれる基地はどこにもない。戦闘を数回行えば、出航時に積み込んだ金属原料はすぐに底をつくだろう。片道十四万八千光年もの長い旅を補給なしでやりとおすことは、本来ならば不可能に近い。…だが、われわれは不可能を可能にしなければならないんだ。諸君には戦闘中にも補修作業をしてもらうことになると思う。具体的方法については後で説明する。また、戦闘終了後には、金属原料を確保するために、敵、味方を問わず、破壊された艦船の破片を全て回収する。…残骸には敵兵の死体がくっついているかもしれん。敵兵ならまだいい。味方ということもありうる。…しかしこれは絶対に必要なことなんだ。技術班は地味で辛い部署だが、ヤマトの航海が成功するか否かは我々の働きにかかっている。諸君の健闘を信じている」
 真田は技師たちの顔を見回した後、補修作業の手順について具体的な説明を始めた。真田の考案した宇宙空間での補修要領は、これまでにない画期的なもので、破損した外部装甲板の交換や気密処理の方法など、細部に至るまで斬新なアイデアがちりばめられていた。吉川は感嘆しながら懸命にメモをとった。
(これならドック入りしなくてもたしかになんとかなるかも知れない。…さすが二六歳で第三ドックの技師長になったっていうだけのことはあるよな。…ヤマトの技師長になったのも、沖田艦長の一本釣りだったっていうし)
 真田の説明は、やがて技術的事項から作業員の安全管理へと移った。吉川は必死にメモをとり続けたため痛くなった手をさすりながら、何気なく隣にいる緑を見て、愕然とした。
(どうしたっていうんだ…こんな緑は初めてだ)
 緑はひたむきな表情で真田をみつめていた。白い頬が上気して美しい薔薇色になっている。真田の説明はよどみなく続いていた。
「…だから、ハードスーツを着て作業する場合にも、放射線計は必ず隊員服のベルトに付けておくようにしろ。累計の数値が境界域を超えた場合は医務室でDNAチェックを受けること。それから、後ほど技術班全員に識別信号の発信器を配布する。…艦外作業中に吹き飛ばされた者の命綱が切れた時に、その現在位置を探査するための装置だ。常にベルトに付けて携帯し、補修作業時と戦闘配置時には必ず電源を入れるようにしてくれ。技術班の者はいつでも救助艇を使用できるよう、艦長の許可もとってある。艦長の命令と抵触しない限り、おれは必ず部下を助けに行く。だから安心して作業してくれ」 そう言うと真田は笑った。
「…おれが吹き飛ばされた時、どうするかは皆に任せるよ」
 
 説明が終わり、解散をかけた後、真田は立ち止まって振り返ると言った。
「一班Dの者はいるか」
 緑は素早く真田のもとに駆け寄った。
「技師長、一班Dの藤井です」
 真田は抱えていたファイルのポケットから一枚のディスクを取り出した。
「ヤマトはもうすぐワープテストを行う。たぶん火星軌道まで飛ぶことになるだろう。…この中にヤマトの詳細な建造データとワープ航法の原理に関するデータが入っている。出航前に解析しておきたかったが、出航直前までエンジンの手直しが続いていたせいでできなかったんだ。ヤマトの中央コンピュータなら十分解析できる筈だ。…ワープテスト開始前に、ワープが艦の構造材に与える影響についてシミュレートしてみてくれないか。結果は第一艦橋の俺のコンソールに送ってくれ」
「わかりました!」
 緑はディスクを大切そうに両手で受け取ると、真田の顔を見上げ、姿勢を正して敬礼するとコンピュータ室に向かって駆け出した。真田はその姿を見送っていたが、手元のファイルに目を落とし、ページをめくった。そこには、技術班の隊員たちの個人データが記載されていた。
(藤井、緑か…)
 ファイルには、緑の両親が既に死亡していること、宇宙戦士訓練学校に入学後、緑がずっと優秀な成績を維持しており、三回生になって技術科に進んでからはトップを続けていたことなどが記載されていたが、真田はヤマトに乗艦する前に、自分の部下となる者のデータは全て頭に入れており、部下の配置もそのデータに基づいて決めていた。しかし、個人データに添付された小さな写真は、コピーを重ねたせいで暗くぼやけており、真田は緑がこれほど美しい少女であるとは全く予想していなかった。
(新人に優秀な女の子がいるとは思っていたが…)
 真田はファイルを閉じ、顔を上げて踵を返すと第一艦橋に向かって歩き出した。


ぴよ
2001年09月18日(火) 07時11分04秒 公開
■この作品の著作権はぴよさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
一回当たりの掲載量が多いので、ファイルが重かったらすみません。まだ先のことですが、第3章以降にはユキや加藤くんのCGも出てくる予定です。よろしくお願いします。

この作品の感想をお寄せください。
数年前に一度拝読しましたが、急に復習(?)したくなって読み始めました^^ も一回ドキドするのだ〜! ミュウ ■2009年04月15日(水) 16時52分08秒
もう一つのヤマトストーリーですね。ドキドキします。私的に当時から真田さんと島くんが好きでした。もう読める分だけ読みます。 yomogi6 ■2002年05月26日(日) 11時33分33秒
お名前(必須) E-Mail(任意)
メッセージ
戻る
[ 感想記事削除 ]
PASSWORD