プロローグ


「訓練生は白線から出るんじゃない! 間違ってホットゾーンに入り込んで種なしになっても俺は知らんぞ!整備のじゃまをするな!」
 引率の教官がマイクで罵声を浴びせる。地球防衛軍の宇宙船用ドックの中では、作業服を着た整備員に混じって、水色と藍色の制服を着た宇宙戦士訓練学校の訓練生たちが右往左往していた。専門過程の兵科選択に先立って訓練生に実戦部隊を見学させるのは宇宙戦士訓練学校の伝統であったが、この見学は優秀な新人を求めている実戦部隊側にとって恰好の勧誘の機会となっていた。訓練生はドック及び係留中の戦闘艦の中を一日自由に移動して見学してよいことになっており、各部署ではそれぞれ担当士官が訓練生に説明をしようと待ち構えている。
 宇宙船用ドックの端にある第三ドックに係留されていたミサイル艦「ゆきかぜ」の舷門にいた士官は、近づいてくる三人の訓練生を見た。見学に来る訓練生は二回生の終わりなので、一七歳になっている筈である。一人は長めの髪に気の強そうな目をした青年、もう一人はまじめそうな風貌の青年であった。もう一人の訓練生を見た士官は目をみはった。三人目の訓練生は、これまでに見たこともないほど美しい少女だったのである。…すらりとした華奢な体つきで、腰が驚くほど細く、すっきりと伸びた首筋と脚の線が美しい。額で自然に分けたしなやかな漆黒の髪は、絹糸のように輝きながら背中の中程までを覆っている。透き通るように色白の細面の顔に、こぼれそうに大きな瞳が印象的である。黒目がちの瞳は、長い睫毛のために翳りを帯び、まるで涙を溜めているかのように潤んでいた。優しい眉とほっそりした鼻梁、小さな口もと…それは、見ていると胸が痛くなるほど、美しく、可憐で、はかなげな顔だった。連日、肉体的にも精神的にも厳しい訓練を受けている訓練生の中に、どうしてこんな清楚な美少女がいるのか…。茫然と見守っている士官の手前で、三人の訓練生は立ち止まった。
「古代、お前の兄さんがいるっていうのはこの艦なのか」
 まじめそうな風貌の青年が髪の長い青年に尋ねた。古代と呼ばれた髪の長い青年は、舷門のプレートを見ると振り向いて言った。
「ゆきかぜ…間違いないよ。兄さんはこの艦の艦長なんだ」
 それまで少し首をかしげて二人を見ていた少女は口をひらいた。
「特別なところを見せてあげる、っていうのは、そういうことだったんですか。…でも、古代さんも島さんも、成績優秀者として火星で特別任務につくことが内定しているんでしょう。今日はどうして実戦部隊の見学に来たんですか?」
 澄んだ優しい声に舷門士官の胸がおどる。古代は笑いながら言った。
「兄貴に会えるのは今日ぐらいしかないからさ。俺たち二人とも、来週には火星送りなんだぜ。このご時世で外出許可がとれるわけないしな。…兄貴ならきっと君にいろいろ見せてくれるよ」
 古代はそう言いながら少女の肩を抱こうとした。この野郎、うちの艦の乗組員なら今すぐぶっ飛ばしてやるのに、と士官は胸の中で呟いた。その時、島が古代の手をつかんだ。
「よせよ、古代。…緑、俺は古代とは違うよ。実戦を繰り返した艦の操縦系統に触れてみたかったんだ。古代の兄さんなら、俺を操縦席に座らせてくれるんじゃないかと思ってね。俺は外出の代わりに見学を利用するような不真面目な男じゃない」
「何だよ、島!一人だけいい格好するなよな」
 古代と島は小突き合いを始めたが、少女にそっと腕を押さえられ、振り向いた。
「二人とも、今日はご一緒してくれてありがとう。私はここで失礼します。…前からドックの整備作業を見学したいと思っていたの。ゆっくり見学していって下さいね」
 少女…緑はそう言うとにっこりと微笑み、ひらりと身を翻して駆け去った。舷門士官は焼けつくような失望感を隠して、茫然と立っている古代と島に声をかけた。…二人とも既に進路が決まっている訓練生で、しかもあの美少女がいないとしても、艦長の弟とあってはやむを得ない。
 
 緑はハンガーのラッタルを降り、第三ドックの一階を歩いていたが、その時、ふと耳に飛び込んできた会話に振り返った。…濃紺の整備服を着た姿勢のよい男が、ドックの隅にある電話で誰かと話している。緑は柱の陰に立ってそっとその様子をうかがった。男は彫りの深い知的な顔立ちをしており、冷静な声で説明をしていた。
「ですから、さきほどから何度も申し上げているでしょう。護衛艦を一隻解体して、その資材を他の艦の整備に回せば足りるんです。…そういう問題ではありません。こんな装甲ではガミラスのビーム砲で撃たれたら紙のように突き抜けてしまいます。装甲を二重にして対ビームコーティングする必要があるんです。……予算、ですか?」
 男はその後しばらく懸命に相手を説得しようと会話を続けていたが、突然電話を切られてしまったらしく、受話器を見つめた後、静かに置いた。技師の一人がそっと男に近づいた。
「技師長、上はどう言ってるんですか」
 男はこぶしを握りしめて電話機をにらみすえていたが、話しかけられて振り向いた。そして、心配そうな技師の顔を見ると、微笑して言った。
「心配するな。俺はこれから参謀本部に行って交渉してくる。それでもだめなら他の方法を考えよう」
 技師はほっとした顔でうなずいた。
「技師長がそうおっしゃるなら、きっとなんとかなりますね」
 男は苦笑しながら技師の肩を叩いた。
「そんなに買いかぶらないでくれよ。とにかく、しばらく後を頼む。もうすぐ訓練生がここにも見学に来ると思うが、おまえからよく説明してやってくれ」
 そう言うと、男は大股に立ち去った。顔に固い決意の表情がある。緑は両手を胸に当ててその姿をじっと見送っていた。


ぴよ
2001年09月16日(日) 17時33分10秒 公開
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■作者からのメッセージ
ぴよです。中学以来、24年間暖めてきたお話です。技師長と部下の女の子のラブストーリーですが、技師長のストイックさを大切にしたつもりです。・・・女性の真田さんファンの方は、ヒロインになったつもりで読んでいただくと、お怒りが少ないかと思いますが、それでも嫌だという方、本当に申し訳ありません。どうぞお許し下さい。
このお話を家族以外の方に読んでいただける日がくるなんて、夢のようです。ご感想をいただけるととてもうれしいです。どうぞよろしくお願いします。

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私も大の真田技師長のファンです。やはり昔の真田さんが一番かっこいいですね。これからも期待してかよってきますね。 花見月 ■2013年06月01日(土) 21時25分08秒
何周目か分かりませんが、再び読ませていただきます。 メカニック ■2011年06月18日(土) 00時58分00秒
タイトルに惹かれて読み始めました。24年間もの間、暖めてきたお話だけであって本当にとても設定が良いと思います。引き続き読ませて戴きます。 yomogi6 ■2002年05月26日(日) 11時16分57秒
これはとっても良く出来てるし、面白い!設定がしっかりしてます。絵もいいし、次回を期待!! 長田亀吉 ■2001年09月16日(日) 18時08分53秒
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